第23話 休み時間

 ホームルームらしき時間が終わり、またエアホーンのチャイムが鳴った。

 アンチモニー校長は教壇に立って今日の授業の予定らしきものを説明していたが、隣席のコーギーとお喋りしていた藤巳はほとんど聞き流していた。

 他の生徒たちもなんだかだらけた空気。これが校長のいうドラゴンドライバーだろうか、と思ったが、藤巳は自分が以前いた場所のことを思い出した。

 あれは確か父がやっている輸入車屋の関係で競技に引っ張り出されることになった時、一応サーキットを走るということでB級の競技ライセンスを取ったが、必修とされている講義の間ずっと周りの申請者たちは携帯を見たり居眠りしたりしていた。

 みんなさっさと終わらせて走りに行きたい顔をしていた。


 一時間目の授業が始まるまでの時間。生徒たちは席を立って教室の外に出たり、仲のいいグループで固まってお喋りをしたりしている。 藤巳が高校生の頃、転校生が来た日は席の周りに他の生徒が集まって質問攻めにしていた気がしたが、クラスで唯一の男子、それもあまり歓迎されていない様子で誰一人近づいてこない。

 そこへコーギーが別の女の子の誘いを断り、藤巳の席までやってきた。机に手をついて覆いかぶさるような格好。白い開襟シャツの胸が強調される。

「何かわからない事があったら教えてあげるわよ」

 そう言った矢先、二人の生徒が藤巳の席に近づいてきた。

 藤巳の学園生活をお姉さまとして指導するナビに任じられたブラーゴとレベル。

 レベルは小さな体で、席に座る藤巳と、その机に寄りかかるコーギーに間に割り込むように入ってくる。

「トーミのナビはわたし。必要なことはわたしが教える」

 コーギーはプっと吹き出し、昆虫が威嚇するように両手を上げるレベルの頭をポンと叩く。

「大丈夫だってトーミくんを取ったりしないわよ。ベルちゃんの初めてのナビだもんね」

 一歩離れてやりとりを見守ってたブラーゴが口を挟む。

「いいじゃない面倒な仕事をやってくれるっていうんだから」

 コーギーはブラーゴに向き直りなから言った。

「ブラーゴはナビするの三回目だっけ?確かベルちゃんの時もブラーゴがナビだったよね?」

 ブラーゴはコーギーの机に勝手に座りながら藤巳を指差した。

「こいつはノーカウントにしたいとこだけど四回目よ。学科の失点を埋めるには一番効率いいからね」

 レベルが自分の新入生時代を思い出したのか顔を赤くして俯く。コーギーはレベルの銀色の髪をクシャクシャ撫でながら言った。

「じゃあベルちゃんにはトーミくんのお姉さまとして頑張ってもらおうかな?でも一人じゃ大変な時はいつでも言うのよ、ちゃんとナビできないようなら、わたしがトーミくんのお姉さまになっちゃうから」

 レベルはまた威嚇のポーズを取る。コーギーは目を細めて笑っていた。どうやらからかっているだけらしい。

 二人のやりとりを一歩引いて見てたブラーゴが、藤巳の机に布製の袋を放り出す。

「校長が忘れてるみたいだから貰ってきてあげたわよ、授業で使う物が入ってるわ」

 藤巳はブラーゴに礼を言いながら袋の中身を机に広げた。教科書らしき本と白い紙が挟まったファイル。ガラスの棒のようなペン。

 レベルは布の袋を見ながら、すっかり忘れてた自分の頭を叱るように指でトントンと叩いていたが、藤巳の腕を掴んで言う。

「授業でわからないことは、わたしが教える」

 藤巳はレベルと、さっき筆記具を貸してくれたコーギーにも感謝を伝えながら、教科書の表紙を撫でた。

 真新しい教科書とこれから始まる授業に不安を覚えているように見えたのか、コーギーが藤巳の肩を叩いて言う。

「心配ないって、授業中がわたしがついてるから」

 またレベルがコーギーへの対抗意識を表わし、藤巳から離すように手で押している。ブラーゴは何かに気付いたように藤巳を見ていた。

 藤巳が覚えていた不安は、これから始まる授業ではなかった。目の前の勉強道具、周りの女の子たち、そして今着ているブレザージャケット。自分が居た世界のものが、どんどん違う世界の物に置き換えられていく気持ち。

 藤巳は窓の外に停めてある自分のシボレーを一瞥し、それからブラーゴを振り返った。

「つまんない考え事してるヒマあったら授業の準備でもしなさい」

 それだけ言ってブラーゴは自分の席につく。始業のホーンが鳴り、名残惜しそうなレベルと、すぐ隣に座るだけのコーギーも席に戻り、一時間目が始まった。

 

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