第22話 ジャガーのコーギー

 藤巳は席に座って周りを見回した。

 二十数人ほどの女子生徒。藤巳は教室に入るまで、ブラーゴとレベルの白い詰襟シャツと白スラックスを見て、自分のボタンダウンシャツにジーンズ、校長からの貰い物のブレザージャケットという格好に少し気が引ける思いだったが、教室に居る面々を見る限り、ブラーゴたちのような制服を着ているのは半分くらいで、残り半分は思い思いの服装をしている。

 整備用のツナギみたいな服だったり、ドラゴンの運転には似つかわしくなさそうなワンピースのエプロンドレスだったり、最前列の端にはメイド服の女の子も居ると思ったら、昨日会ったホンダ・シビックのトミカだった。

 藤巳は日本で過ごした高校時代、同じ市に制服はあっても着用は本人の意思に任せるという高校があったのを思い出した。

 あの頃の藤巳は女の子みたいに制服で高校を決めることは無いけど、自転車通学にあまり向かぬ自分の都立高のブレザーを摘みながら、あの高校に行っていたら別の高校生活があったのかもしれないと思っていた。恐らくは今と同じジーンズにコットンのシャツを着ていただろう。 

 藤巳が隣に座ることになったのは、制服と私服の混じりあった女の子たちの中間のような格好の女の子。

 学園制服の白いシャツは詰襟ではなく開襟で、ブラーゴほどでは無いが豊かなバストがシャツの切れ込みから覗える。スラックスも七分丈くらいに詰められ、腰周りもタイトでヒップのラインがよくわかる。

 緑色がかったふんわりとした髪をポニーテールにした女の子は、他の女子生徒ほど藤巳に敵意を抱いておらず、片手を挙げて挨拶をしてきた。

「よろしく。私はコーギー。ドラゴンはジャギュア・Eタイプ」

 人懐っこい子だな、と思った藤巳も挨拶を返す。

「トーミだ。これから色々と世話になるよ。外で見たけど綺麗なジャガーだな」

 とりあえず彼女が授業中の隣人になるのかと思い、藤巳なりに良好な関係の構築に努力した。

 逆隣は広い通路になっていて、その向こうはコミュニケーションを取るには遠すぎる距離。それに通路の向かい側の女の子は前後の席の女子たちとグループを作ってるらしく、揃って藤巳に警戒感を露にしている。

「ありがとう。わたしのジャギュアを褒めてくれて嬉しいわ」

 藤巳は実家の輸入外車屋とアリゾナの自動車博物館での仕事で得た知識で、ジャガー・タイプEがかつてプロダクション(市販車)レースでフェラーリやメルセデスを圧倒したジャガーXKの直系車種で、雑誌などでは優雅さや気品を取り上げられる事が多いながら、動力性能でも市販車トップクラスだということを知っていた。

 「速いだろ、あれ」

 コーギーは机に頬杖をつきながら目を細めて笑う。

 「わたしはブラーゴやベルみたいにブっ飛ばすヒトじゃないから」 

 藤巳は目の前の女の子に、男がいつまでも車で子供じみた競争をしているのを笑われた気分がしたが、不快な気持ちは沸かなかった。照れくさいようなくすぐったいような気持ち。

 確かにジャガーは速い車だけど、最高速度で疾走していても、街中や田舎道をゆっくり走らせていても等しく気持ちいい。

 もう一つ、藤巳が実家の売り物のジャガーを持ち出して乗り回した時に気付いたことがあった。他の車には無いジャガー特有のコノリーレザー製シート。

「あの革のシートはいいな、特に夜中に誰も居ない道で、素っ裸になって運転すると最高だ」  

 コーギーはしばらく目を見開いて藤巳を見ていたが、破裂するような勢いで笑い出した。

 教壇で今日の授業内容の説明をしていたアンチモニー校長が咳払いする。肩をすくめたコーギーは口を押さえるが、それでも笑いが漏れるのが押さえられないらしい。

 やっと笑いが収まったコーギーは目に涙をにじませながら、藤巳に手を差し出した。

「あなた面白いわね!何か困ったことがあったらいつでも言って」

 藤巳が握った手をぶんぶんと振ったコーギーは、藤巳がペンもノートを取る紙も無いのに気付き、自分の予備のペンと紙を貸してくれた。

 筆記具を手渡す時に藤巳の席に身を乗り出したコーギーは、囁くような声で言った。

「今夜試してみるわ。でも絶対見に来ないでね」

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