第21話 編入生
女子ばかりの生徒達の視線に晒されながら、藤巳は教室に入った。
とはいえどこに座ったらいいかわからない。自分の席を聞こうにも教壇には誰も居ない。
新しく入学する藤巳をお姉さまとして指導するナビの役割を負ったブラーゴは、一番後ろの端にある席につきながら言った。
「今日も遅刻かな」
同じくナビのレベルは自分の席らしき最前列の机から椅子を引いて座る。それから小さなお尻を半分横にずらして言う。
「トーミはここに座ればいい」
藤巳の面倒を見るべく張り切っている様子のレベルと、教室に着くなり役目は終わりとばかりのブラーゴ。藤巳は出入り口近くに突っ立ったまま事態の進展を待つことにした。
どこかから高く金属質の吹鳴音がした。
藤巳には聞き覚えのある音。フェラーリやポルシェ、ロールスロイス等に使われているFIAMM社製ホーン。
電子式ではなく圧搾空気を用いるトランペット式ホーンの音がチャイムらしく、生徒たちは机の上にペンやノートらしき紙綴じを取り出している。ただし先生はまだ居ない。
長いこと鳴らしっぱなしだと少々耳障りなホーンの音が十秒ほど鳴った頃、別の音が近づいてきた。
発生源から音が到達するより速いんじゃないかと思うほどの速度で近づいてきたのは、黒いランボルギーニ・カウンタック。
校庭の駐車スペースに停めている余裕は無かったらしく、教室の窓の外に横滑りしてきたカウンタックのドアが開き、中から黒いゴシックドレスの女が出てくる。
ホーンのチャイムが鳴り終わるのと同時に、教室の窓を開けて飛び込んできたのはアンチモニー校長。
吹鳴の残響が微かに聞こえる教室。校長はつんのめて転びそうになりながら教壇に駆け上がった。
「すみません寝坊してしまって。夕べはトーミさんの抱っこがあんまり気持ちよかったので」
ブラーゴが振り返り、汚らしいものを見るような視線を藤巳に向ける。レベルは目を見開い口をポカンと開けている。校長が教室の最奥に向けた妖しい視線と、壁によりかかりながら胸の前で軽く手を振る藤巳の仕草で、トーミとは誰のことを指すかを他のクラスメイトも察したらしい。
教室中の女子生徒からの好奇の目が、一転して敵意へと変わった。
校長は髪と夕べと同じゴシックドレスを直し、藤巳を手招きしながら言った。
「本日は皆さんに新しい仲間を紹介します」
藤巳は机が並ぶ中を歩いて教壇へと向かった。途中で真横を通られた女子が悲鳴を上げて距離を取ったり、憎々しげに睨んでくる、途中で上着を引っ張られた。
「トーミ」
小さい手で上着を掴んでいたのはレベル。子犬のような顔で藤巳を見上げている。
「トーミは、校長とナカヨシになったの?」
藤巳はレベルの手を上着から離し、両手で包みながら言う。
「なったよ。でもベルのほうがずっと俺と仲良しだ」
レベルは安心したように目を細める。藤巳はそれが笑っているということがわかる程度には仲良しになったと思っていた。少なくとも、藤巳にはまだあの校長の表情の下に隠された感情が全然見えない。
藤巳の背後から伝わってくる殺気がさらに濃くなったように思った。レベルはこのクラスの女の子たちにも可愛がられている存在なんだろう。
教壇の横に立った藤巳は振り返り一礼する。一言挨拶しようとすると、先に校長が口を開いた。
「彼はトーミさん。ご覧の通り非常に稀な男子のドランゴンドライバーです。彼に関して皆さんにお伝えしたいことがあります。実は彼は不幸にしてドラゴンと故郷に関する記憶を失い、昨日ブラーゴさんとレベルさんに保護されました。彼が楽しく実りある学園生活を送れるように、皆さんのご協力をお願いします」
昨日メイドのトミカに言った嘘の繰り返し。それを聞いた女子生徒たちはといえば、同情などカケラほども感じてないような表情で藤巳を見ている。どちらかといえばこいつをどうやって痛めつけてやろうかって顔。
藤巳はさしあたって無用の注目を浴びる儀式を早めに切り上げるべく、頭を下げて挨拶した。
「トーミです、よろしく」
校長はそれだけですか?とでも言いたげに藤巳を見る。藤巳は昨日校長から聞いた、この学校の性質や意義を思い出して言い添える。
「ドラゴンはシボレーC-10。あの外に見える銀色のポルシェと緑のジャガーの間に停めてある黄色いトラック」
生徒たちは一応窓の外を見たが、すぐに興味を失い視線を藤巳に戻し、睨みつけてくる。藤巳はあのシボレーの素性に気付いた子は居ないらしいことに気付き、安心と失望の混ざった気持ちを味わう。
九百馬力のV8エンジン、トルクは八十kgを表示したところで計測器がパワーに負けて破壊されたので不明。ニトロのスイッチを入れれば一千馬力を超える藤巳のシボレーは、ただの実用車にしか映らなかったらしい。
校長は教室の中を見回し、並ぶ机の真ん中あたりを見て言った。
「コーギーさんの隣が空いてますね。トーミさんはその席で」
藤巳は言われた通りの席についた。
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