第17話 酔いと渇き
夕食はデザートの色は真っ赤だがとても甘いメロンで締めくくられ、藤巳とアンチモニー校長は、テーブルの横に停めてあったシボレーとランボルギーニに乗りこんだ。
ボトルで頼んだワインを三杯ほど飲んだだけの校長は既に目線が定まらず、足もフラフラな様子でランボボルギーニ・カウンタックに乗り込み、エンジンをかける。
この校長がどこかに車をぶつけて死のうが知ったことではないと思っていた藤巳も、見た目だけでなく音までもが芸術的に美しいランボルギーニが少し心配になったが、店内を走り始めたランボルギーニはスーパーカーには意外と難しい低速走行を問題なくこなしてる様子。
車、この世界で言うところのドラゴンごと入る形式の広い店の出入り口に、有料道路の料金所のようなものがあった。先行するランボルギーニは一時停止した後、下半分しか開かない窓の替わりに独特のポップアップドアを開ける。
深いバケットシートから腰を浮かせた校長が分厚いサイドシルに座って、店員らしき人に料金を払っているのが見えた。藤巳が先ほども見たポーカーチップのようなカラフルなコイン。
支払いを終え、シートに座り直してドアを閉めた校長のランボルギーニが、グリルレストランの敷地から大通りに出る。
そこからは往路で藤巳がちょっと後ろから煽った時と同じ激しいドライヴィング。ランボルギーニの動きに先ほどの酔いは微塵も感じない。
藤巳もシボレーのタイヤを鳴らしながら後ろからついていったが、道が分かってるだけに、帰路はこの複雑な道の走行を多少なりとも楽しむことが出来た。
校長が飲んだ残りのワインを全部飲んでしまった藤巳。傍目には酒を飲んでいるようには見えない正確な運転操作にでも見えるんだろうけど、藤巳自身は自分の反射速度や判断力、動態視力がベストコンディションの時より劣っていることを自覚していた。
藤巳は少なくともこの世界では、酒に酔った状態でシボレーを運転するのはやめようと思った。
藤巳と校長は、曲がりくねった道を登った先にある丘の上の校長室に戻った。
途中でさっさと分かれて藤巳の宿として提供された来賓室に戻っても良かったが、あの少女のような外見ながら正体不明の校長が乗るランボルギーニと、もう少し走りたい気分だった。
校長室の前に停めたランボルギーニから降りたアンチモニー校長は、まだ酔っ払って足元が覚束ない様子ながら、何とか木造一戸建てのの校長室に設けられた巻上げ式の木戸を開け、ランボルギーニをバックで乗り入れさせる。
難しいバック駐車を正確にこなした校長は、またしてもランボルギーニから降りた途端足をふらつかせ、そのまま木戸も閉めずランボルギーニのフェンダーにしなだれかかった。
そのまま目を閉じる校長を見かねた藤巳はシボレーを降り、開けっ放しの木戸から校長室に入る。木製のシャッターみたいな木戸を手で閉めた。
床に座り込みランボルギーニに頬を寄せ、今にも寝息をたて始めそうな校長の腰を持って支え、立たせる。
体は細く頼りなく、バストやヒップも体格相応。藤巳に体重を預けてくるが、片手で抱えられそうなくらい軽い。
「ここで暮らしてるのか」
壁を書棚に覆われ、出かけてる間も点けっぱなしの白熱灯っぽい間接照明で照らされた校長室の中。校長は半ば寝言のような感じで答える。
「うーん、お部屋はあっちですー」
家に帰って気が緩んだのか、店を出た時より酔いがひどくなった様子の校長。指差した先には書棚の隙間といった感じのドアがあった。
藤巳は校長を何とか歩かせながらドアを開ける。中はカントリー調といった感じの居室だった。
大きなベッドが置かれ、部屋の端にはキッチンやテーブル、バスが見える。日本ではワンルームマンションと言われるステュディオ・スタイルの部屋。
この校長がどれくらいの地位にあるのか藤巳にはわからなかったが、それに似合わぬ質素な印象を抱かせる部屋。掃除は行き届いていた。
きっとあのホンダ・シビックに乗ったメイドが綺麗にしてくれているんだろう、と思った藤巳は、少女趣味な赤いチェックのシーツがかかったセミダブルのベッドに校長を寝かせる。
黒いゴシックスタイルのミニスカートドレスを着たままの校長を、ゲロを吐いた時に喉に詰まらせないように横向きにして、畳まれていた毛布を頭から被せる。
それで夕食を共にした女子への義務は果たしたと思った藤巳は、校長の居室を出ようとした。
「帰っちゃうんですか?」
もう寝てしまったと思った校長が、毛布から顔を出して藤巳を見ている。
「帰る。夕食、美味かったよ」
校長はさっきより赤くなったような顔を半分隠しながら、毛布の下で体をモゾモゾと動かす。
「まだ飲み足りません、走り足りないんです」
短い沈黙。藤巳は校長を振り返る。ワインのせいか少し充血した目を大きく開けて藤巳を見ている。
「だから走りに行くんだ。飲むほうはあれで充分」
部屋の窓からは外に停めた藤巳のシボレーが見えた。
「一人でですか?」
「一人でだ」
アンチモニー校長は顔半分だけ隠してた毛布を頭から被り、体を丸めた。
「明日、学校に来てくださいね、ナビの二人が迎えに行きますから」
「そうするよ」
藤巳は校長室を出て、シボレーに乗り込んだ。
エンジンをかけ、シートベルトを両肩に通した藤巳は、後ろを振り返ることなくシボレーを発進させる。
バックミラーに映る、部屋の窓に貼り付くように藤巳を見ているアンチモニー校長には気付かないフリをした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます