第9話 オリエンテーション

 藤巳は半信半疑のまま、半ば流されるような形で入学書類なるものにサインし、アンチモニ-校長と握手した。

 着席したアンチモニーは立ったままの藤巳にデスク向かいの椅子への着席を促す。さっきまで勝手に座っていた藤巳は、目の前の少女の外見をした女が、サイン一つで心理的に上位の存在になってしまったことに気付く。

 後ろで立ちっぱなしのブラーゴとレベルは居心地悪そうにしている。ブラーゴが手を上げた。

「あの校長、わたしたちはそろそろ教室に戻ってもいいですか?そろそろ終業のホームルームなんですが」

 続いてレベルも挙手敬礼のような感じで手をピっと上げ、発言する

「わたしたちは今日のドラゴンドライブの記録を作成し提出しなくてはいけない」

 アンチモニー校長は藤巳が安らぎより警戒を覚えるような笑顔を浮かべながら言う。

「折角新しい出会いがあった事です。ブラーゴさんとレベルさんももう少しゆっくりしていってくださいな」

 藤巳の後ろから二人が直立する雰囲気が伝わってくる。

「ハイ!」

「理解しました」

 アンチモニー校長は微笑んで頷く。それからデスクを両手で掴みながら椅子を転がして動かす。

 一般的な椅子では足がつかないくらいの体格。藤巳にはブラーゴとレベルがこれほどまでにアンチモニー校長を恐れる理由がわからなかった。

 椅子をデスクの端に寄せたアンチモニー校長は、デスクから生えた真鍮のラッパのようなものの蓋を開ける。藤巳が昔見た絵本に出ていた帆船の伝声管と同じ外見の物に向かって校長は喋り始める。

 「トミカさん、少し早いですがお茶の準備をお願いします。四人分で」

 それからアンチモニー校長は、藤巳の背後に居る二人にここに来て初めて着席を許可した。

 ブラーゴとレベルは部屋の隅にある書棚前の丸テーブルの周りに置かれた簡素な椅子に座る。

 二人が落ち着いた頃合にアンチモニー校長は、後ろの二人と藤巳を交互に見ながら言った。

「トーミさん、ブラーゴさん、レベルさん、最初に申し上げておきます。これは非常にデリケート且つ守秘性が求められる件であることをご承知ください」

 藤巳の後ろの席から「ハイ!」「理解しました」とさっきの繰り返しのような返答が聞こえる。藤巳も頷いて了解を示し、校長に話の続きを促した。

 「まずトーミさんに、わたしたちの世界でドラゴンと呼ばれているものについてご説明します」

 校長が藤巳に聞かせてくれた内容は、とても信じられないような内容ながら、藤巳がこれまで覚えていた違和感の辻褄を合わせるに足るものだった。


 藤巳が現在居るこの世界は、ほぼ9割以上が塩湖で出来ているという。

 アンチモニー校長はデスク上にある地球儀に似た物、ほぼ真っ白な中にあちこちシミやゴミのついたような球体を手に解説する。

 人は塩湖に点在する真水の湧くオアシスに街を作り、そこで暮らしている。

 このポケール・ドラゴンスクールのある、藤巳の見立てではロスのディズニーランドほどの大きさのオアシスの町は中の下くらいの規模に属し、それらの集合体が藤巳の知るインドネシアやトンガのような島嶼国に似た国を作っている、その国もまた連邦王国に所属しているという。

 ブラーゴはポケール連邦王国の最も旧い国の出身で、レベルもまた連邦内の別の国から来ている。アンチモニーは連邦王国直轄領の人間。この学院の他の生徒も各々の国から来たという。 

 それらの国々で古来より伝わる風習が、ドラゴンの伝説。


 その家に女児が生まれた時は厩を築くべし。

 それが各国に共通した伝承で、女児の数に応じて自宅内に広くスペースの空いた専用の建物を作ると、女児が一人前の女子といえる年齢の入り口まで成長した頃、ドラゴンドライバーとして選ばれた女子の厩にドラゴンが現れる。


 ドラゴンはその厩を所有する女子にしか扱うことが出来ず、その女子を生涯に渡って守り、走り、そしてその女の寿命が尽きると共に消える。

 かつては牛馬の何倍もの荷物を積み、驢馬さえ力尽きるほどの距離を、早馬にも追いつけないほど速く移動することを可能とするドラゴンは戦争や犯罪に使われ、各国では自国の女子を数十人に一人、数百人に一人と言われるドラゴンドライバーにすべく貧富を問わず義務的に厩を設けた。

 ドラゴンの現れた家の女子は竜騎士として、時に戦争で時に戦争で使い潰され、時に富と名声を得ていたが、転移魔法の進化した現在ではドラゴンによる輸送の意義がほぼ消滅し、王宮行事における演舞や面積の大きなオアシス内での細かな運び仕事で使われる程度だという。

 現れるドラゴンの能力は厩の価値相応と呼ばれ、豪奢な厩には速く強いドラゴンが現れるため、かつては各国の王族、貴族、富裕層は競って娘のための厩に金をかけ、必然的にドラゴンドライバーは令嬢が多くなったが、昔も今も平凡な農家や猟師の娘が偶然開いていた倉庫にドラゴンを呼んでしまう事例はしばしばある。

 それらの歴史的経緯の結果、今となっては厩の準備も、ドラゴンの操縦法ドラゴンドライブも少々古臭い風習となってしまい、近年では女子が生まれても厩を準備しない貴族も多くなっている。

 厩にドラゴンが現れなかった令嬢はそれはそれでドラゴンの替わりに男子との良縁に恵まれると言われ、今ではドラゴンに選ばれてしまった女子は、将来宮仕えのドラゴン屋に決定したと哀れまれる子もあり、高給は望めなくとも安定したドラゴン関係職に恵まれたと喜ぶ子もありといった中途半端な状態。

 重要度は薄れたとはいえ王宮儀式には欠かせないドラゴン演舞や、クーリエと呼ばれる大型オアシス内の使者を育成するため、このポケール・ドラゴンスクールが設立された。

 生徒の数は三十人ほど、各国の義務教育を終えた女子たちが高等教育およびドラゴンの操縦法を学び、卒業後は連合王国および各国の王宮に奉職する。中には宮仕えを蹴り、ドラゴンで独自の商売を始める子も居るらしい。

 

 そこまでの内容を淀みなく話したアンチモニー校長は一度話を区切った。

 何か聞きたいことは?と促されてるのに気付いた藤巳は、高校時代を思い出しつつ挙手する。

 「一つ質問があります」

 アンチモニー校長は長話の疲れを感じさせぬ微笑みを浮かべながら返答した。

 「その前にお茶はいかがですか?」

 藤巳の目は見開かれた。見ていたのは校長の顔ではなくその背後。藤巳のシボレーとブラーゴのフェラーリ、レベルのポルシェの並ぶスペース。

 小路を走って現れ、車列の前に停まったのは、藤巳の祖国で作られた車。ホンダ・シビック 

 

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