第6話 ポケール・ドラゴンスクール

「じゃあ私が先行するからあんた、トミって言ったっけ?後ろからついてきなさい、レベルは最後尾」

 塩湖のオアシスで出会った藤巳とブラーゴ、レベルの三人は、シボレーC-10トラック、フェラーリ・デイトナ、ポルシェカレラRSRターボに乗って、ブラーゴが学院と呼ぶ場所まで行くこととなった。

 ブラーゴは藤巳のシボレーをドラゴンと呼び、素性の知れぬドラゴンに乗った奴は学院まで連行する決まりだと言う。藤巳も現在の自分を取り巻く不可解な状態について、このブラーゴという少女より話の通じそうな相手に聞きたかった。

 ブラーゴの知り合いだという銀髪の少女レベルは、特に何も聞くことなくポルシェに乗り込もうとしている。

 藤巳はこの小柄な少女がポルシェを扱えるのかどうか興味を持ち、つい注視してしまった。

 レベルは競技用ポルシェのドア下を通る強化バーを跨ぎ、慣れた様子でバケットシートに座り、シートベルトを締めている。

 ステアリングはレベルの体格に合わせ手前にオフセットされていた。シートに座り自然に腕を伸ばしてステアリングを握ったレベルは、ポルシェのドアをカキン、と閉める。

 突っ立ってレベルとポルシェを眺めていた藤巳はブラーゴに急かされる。

「早くしなさい!授業始まっちゃうわ」

 藤巳もシボレーのドアを開けて、こっちは着席の容易なベンチシートに滑り込んだ。ドアを日本車ではありえない重い音と共に閉める。

 藤巳はベンチシートには不似合いな四点シートベルトを両肩に通しながら、シボレーと並んだ位置にあるフェラーリに乗り込んだブラーゴに向かって話しかけた。

「その学院ってのはここからどれくらいかかる?」

 フェラーリのドアを開け放ったままのブラーゴは、白い詰襟シャツの胸ポケットから銀色の鎖がついた懐中時計を取り出して言う。

「あんたのそのシェビーって遅そうなドラゴンに合わせて三十分ってとこね。私のフェラーリでブっ飛ばせば十分ちょっとだけど」

 さっきから藤巳に敵意をむき出しにしているブラーゴが、このシェビーの速度をどれくらいと見積もっているのか藤巳は考えた。ごく普通のトラックの実用速度なら百km前後だろう。フェラーリ・デイトナの最高巡航速度は二百五十kmくらいか。

 藤巳は頭の中で計算した数値を伝えた。

「五十kmくらいか?」

 返答したのは少し離れたところに居るレベルだった。

「このオアシスからスクール正門まで52.35キールマール、あなたは理解している」

 理解できないのは藤巳だった。キロメートルが訛ったにしては発音そのものがおかしい。明らかに別の単語。それも学院というところに行けば多少なりともはっきりするだろう。

 ブラーゴは何で自分の言った数字から藤巳の回答が導き出されたのか、指を折って計算をしていたが、答えに至る式が思い浮かばなかったらしい。

「いいから行くわよ!」

 乱暴に閉じられるドア。ブラーゴがエンジンをかけっ放しにしていたフェラーリのシフトレバーを一速に入れるのが見えた。

 藤巳はフェラーリの繊細なドアの扱い方には感心しなかったが、同じ力加減で行われているらしきシフト操作には合格点をつけた。

 鋼のシフトゲートから伸びた長いレバー。男の力が必要なミッション。力任せなくらいでないとフェラーリの変速は出来ない。

 クラッチの構造上半クラッチでゆっくり発進することが出来ないフェラーリのクラッチをスパっと繋ぎ、ブラーゴのフェラーリ・デイトナは飛び出す。

 藤巳も自分のシボレーのシフトレバーを一速に入れた。こっちはたっぷりした低速トルクと商用車と兼用することを想定した大容量ミッションのおかげで、強化クラッチながらラフな操作でも問題なく発進できる。

 横目でチラっとレベルを見る、彼女もポルシェ独特の強制シンクロのせいでギアがどこに入ってるかわからないミッションを器用に操作し、高回転での発進操作に弱いポルシェのクラッチを上手く繋いで這うように走り出す。

 

 フェラーリを先頭に、シボレー、ポルシェの三台一列での走行。

 速度は藤巳の予想した通り、アメリカ車には珍しいキロメートル表示に取り替えられたスピードメーターで百km前後。

 藤巳は何もないように見えた塩湖には、実際に走ってみると色んな物があることに気付く。

 さっきブラーゴが水浴びしていたような小さな緑地の島は時々見かける。自然物か人工の物か、蟻塚のような白い構造物が幾つも建っている場所もあった。遠くには広い陸地のようなものも見える。

 藤巳が予測した三十分という時間が半分ほど過ぎた頃、何かの移動物が横を掠めた。

 続いてもう一回。今度はいくらかはっきり見えた。藤巳の思った通りそれは車だった。

 時間が経っていくに従って周囲を走る車の数は増していく。車種までわかるようになった。メルセデスベンツのセダン、シトロエンの小型車、スバルの四輪駆動車など様々な車が走り回っている。

 そのうちの一台が藤巳の横に並ぶ。ジャガー・タイプEのクーペ。並走した濃い緑色のジャガーの運転席に乗っているのはやっぱり女の子。

 三台一列の先頭を走っていたフェラーリがジャガーに幅寄せし、運転しているブラーゴが仕草で追っ払うような合図をすると、ジャガーは速度を上げて走り去った。

 藤巳は進行方向に大きな物体があることに気付く。塩湖の中に緑色の大きな山。 

 近づいていくに従って形がはっきりしていく。山というより木々の茂った丘といった感じ。建物があちこちにあるのが見える。

 その塩湖の丘は塀のようなもので囲まれていた。一箇所が広く開いているのが門らしく、中まで道が伸びている。

 門の周囲には何台か車が停まっていた。車を降りてお喋りをしている人間の姿。やっぱり女の子。

 先頭のフェラーリが合図をするようにブレーキランプを点滅させ、それから減速を始めた。ジョギング程度のスピードに落として門を通過する。

 門を潜った中は、それまでの塩湖の白い平面とは大きく異なる緑豊かな場所だった。

 広く曲がりくねった道があちこちに伸びていて、コンクリートのように見えるがデザインが随分古臭い建物があちこちに見える。藤巳が遠景から推測した限り、広さはロスのディズニーランドくらい。内部に関しては日本の田舎で見るコテージタイプのラブホテルを思いきり広くしたみたいだと思った。

 ここがブラーゴの言う通り学院ならば、校舎といった感じの三階建ての大きな建物が見えた。フェラーリは素通りし裏手に回りこむように走る。藤巳のシボレーとレベルのポルシェもついて行った。

 時々、ブラーゴやレベルと同じ白い詰襟シャツに白スラックスの女子が道を歩いているのを見かける。何人かは藤巳を指差して驚いたような顔をしている。余所者だからという意味だけでない、それ以上の違和感を示している。

 それほど高くなく傾斜もなだらかな丘の頂上に近くなると、建物の数が少なくなり森の中の道といった感じになる。道だけは大型車が充分すれちがえるほど広く、アスファルトではなく土を均しただけのように見える路面は極めて平面に近く、未舗装路特有の砂埃が立つ様子も無い。

 前方のフェラーリが停車し、窓から手を出して横を指差すような合図をした。

 枝分かれしている道に曲がれということらしい。ウインカーをつけて左折したフェラーリに従い木々のトンネルのような枝道を走って数分、フェラーリは停車した。

 鬱蒼とした森の中に現れた広い空間。その端近くにフェラーリが彼女の性格に似合わぬ神経質な駐車をするのが見えた。藤巳もシボレーを横付けし、レベルのポルシェも並ぶように停まる。

 森の中には小さな建物が一つ。それまで見かけた妙に古臭い石造りの建築物とは異なる、木造の建物。

 フェラーリを降りたブラーゴが隣に停められたシボレーの窓ガラスをコツコツ叩くので、藤巳もシボレーから降りた。

「これからあんたには校長に会ってもらうわよ。今わたしが事情を説明してくるからそこで待ってなさい」

 藤巳が頷くと、ブラーゴはニヤリと笑って付け加える。

「校長は怖いわよ、あんたがいつまでそうやって余裕ぶっていられるか楽しみだわ」

 横でポルシェから降りたレベルが、最初に会ってからずっと変わらない無表情のまま言う

「校長はとても恐ろしい、理解している」

 一体どんな奴と対面させられるのか。緊張した面持ちのブラーゴが木造家屋の入り口に立ち、何か言うと引き戸が開き、ブラーゴは中に入っていく。

 すぐに出てきたブラーゴが手招きするので、藤巳もシボレーを離れ、どことなく和風の面持ちを感じさせる建物に歩み寄る。

 ブラーゴはポルシェの横を動こうとしないレベルもジェスチャーで来いと伝える、渋るような仕草を見せたレベルはまた歩幅の狭い早歩きで藤巳のすぐ後ろに来る。

 木戸をくぐって中に入ると。分厚い無垢材の床が張られた明るくいい香りのする空間だった。左右の壁は書棚で埋まっているが、図書館のような黴臭さは無い。

 部屋の真ん中は大きなデスクになっていて、ブラーゴがデスク前に直立している。レベルはブラーゴの横にササっと歩み寄り、並んで立つ。

 藤巳はこのデスク前の椅子から立ち上がり。回り込んでくる人物がブラーゴの言う校長なんだと察しをつけた。

「お初にお目にかかります。わたしがこのポケール・ドラゴンスクールの校長アンチモニーです」

 校長と名乗っているのは、レベルよりさらに小さく、もっと幼く見える女の子だった。

 切りそろえた黒髪とそれに合わせたような黒いゴシック風のドレス。日本人の藤巳が外見から例えるなら、ゼンマイの力でお茶を持って来るカラクリ人形みたいな感じ。

 藤巳はブラーゴやレベルが彼女を恐れる理由を少しだけわかった。

 この片手で抱えて持てそうな少女の部屋。デスクと書棚の間に家具の一つのように置かれていたのは一台の黒い車。

 それは全てのスーパーカーの王と呼ばれる、ランボルギーニ・カウンタック。

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