カブ・ハンター ~forest princess in tokyo~(19)

 途中で数回の小休止を挟みつつ、少女と俺を乗せたハンターカブはひたすら北上し続けた。

 国道を走っていた頃は案内板でここがどこか何となくわかったが、幹線道路を外れて田畑の中を通る広域農道に入ってからは、場所の見当すらつかない。

 通行量に見合わぬ立派な舗装がされた広域農道に入ってから、ハンターカブのスピードは上がる。時々見かける軽トラを次々とと追い抜きながらも、ハンターカブに乗る少女からは疲労を感じさせない。

 ただ後ろで荷台に乗っているだけの俺は、国道で前後左右を走るトラックの排気ガスから開放されたのはいいが、走っても走っても終わりが見えない道に少しバテてくる。

 農道はだんだん細くなり、曲がりくねった道の周囲が田畑から森になってきた。夜明け前に家を出て以来ずっと走り続け、陽は西へと傾いている。

 いよいよ道は車一台がやっとの幅になってきた。荒れた舗装はやがて未舗装の山道になる。軽トラ一台がやっとの道。周囲からは人工物が消えていく。一つの大きな塊を成した森の中に自分の体が飲み込まれているような気分。

 退屈しのぎに後ろから体を伸ばし、少女の横顔を盗み見た。軽作業ヘルメットの透明な防塵シールドの奥に見えるグリーンの瞳は輝き、少女は笑みともいっていい表情を浮かべていた。

 この森の内部こそが、少女にとって生きる場所なんだろう。そんなことを思ってたら木の根を踏んだハンターカブが跳ねた。後ろから振り落とさそうになった俺は荷台に掴まることに神経を集中した。

 

 それからも軽トラ一台分の林道は随分長いこと続いた。日本の森林には防火帯道路と言われる細い林道が張り巡らされていると聞いたことがある。林道をハンターカブで走っていた少女は、不意に木立の中にカブを突っ込ませた。

 木々の隙間を抜けるといった感じで、木の枝を体にぶつけながら獣道を走るハンターカブ。まだ夕方より少し前の時間なのに、森の中は暗い。カブの音とライトに驚いて逃げる鹿や猪を時々見かける。森の中を走った末に、ハンターカブは木々が途切れた空間に出た。

 周囲を森に囲まれた草原と、東京ドームの2~3倍はありそうな湖。湖畔を回り込むように走ったカブは、一軒の丸太小屋に到着した。

 

 コンビニほどの大きなの丸太小屋から少し離れた位置にハンターカブを停めた少女は、カブから降りて言う。

「ここで待て」

 それからマウンテンパーカーのジッパーを外し。懐から銃身と銃床を短く切った二連散弾銃を取り出す。一度銃を中折れさせ、装弾を確かめた。どうやらこの道中で、実弾を装填したまま持ち歩いていたらしい。

 少女は散弾銃を胸の前に構えたまま、丸太小屋の周囲をゆっくりと一周する。警戒心に満ちた様子というより、その辺を散歩しているといった感じ。

 ポーチと言われる丸太小屋独特の地面から階段で上がる入り口に回り、ドアの周囲を一通り見た少女は、マウンテンパーカーのポケットから取り出した鍵をドアの鍵穴に突っ込んで回し、重厚な彫刻が施されたドアを開けた。

「入っていいぞ」

 ここは少女の縄張り。少し気圧されつつも俺は長時間カブに乗りっぱなしでふらつく足のまま、丸太小屋の中に入った。

少女は玄関ポーチの階段横に設けられた斜面でカブを押し上げる。俺より小さく細い体は、同じく長旅で疲労しているとは思えない。

  

 既に日暮れに近い時間。丸太小屋の中は薄暗かった。ハンターカブと一緒に小屋の中に入ってきた少女が薄暗がりの中を、勝手知った様子で天井から下がった幾つかのランプにマッチで火を点けた。

 意外と明るいランプの灯りに照らされた丸太小屋の中は、俺が少女に抱いていたイメージとは少し異なるアーリーアメリカンといた感じの調度品によって生活空間が作られていた。

 二十畳ほどのスペースには、中央に分厚い無垢材のテーブルと鋳鉄のストーブが置かれている。

 都会人が週末の余暇を過ごすログハウスと異なるのは、家電製品が見当たらないことかと思ったが、俺の見立ては小屋の左右を見回した時に間違いだったことに気付いた。


 戸口から見て左側の壁には、あらゆる種類の銃器類か架けられていた。少女が持ち歩いているようなショットガンだけで5~6挺。他にも拳銃、ライフル、対戦車ロケットのようなものまである。

 飾られているというより、手に取りやすいからという感じで壁に架けられた銃火器の横には、部屋の中央に置かれたテーブルとは異なるスチールのデスクが置かれている。

 デスクの上には秤と装弾機、火薬の缶。その横には薬莢形成機や雷管プレス、被甲弾製造機、そして多量の弾薬が置かれている。

 ここは日本の法律が届かない場所なんだろうかと思いつつ、部屋の反対側を見ると、そこはハンターカブの保管と整備を行うスペースらしく、レンガ敷きの上には冷蔵庫ほどもある工具箱や溶接機などが置かれている。

 鋳鉄のストーブに部屋の隅にあった薪をくべ、火をつけていた少女は、落ち着き無く部屋を見回す俺に言った。

「好きにくつろいで構わない」

 俺は少女の言いなりに、部屋の隅のに敷かれた毛皮の上にちょこんと座った。真横の壁に飾られていたヒグマの頭部剥製と目が合ったので、慌てて視線を逸らした。

 

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