カブ・ハンター ~forest princess in tokyo~(18)
少女と俺を乗せたハンターカブは早朝の幹線道路を走った。
古臭い原付の車体に110ccのエンジンとオフロード装備をつけたハンターカブは、トラックが大半を占める流れの速い国道を巡航している。
これから、男としては普通程度の体格の俺と少々の旅荷物を荷台に乗せて北へと向かう。少女は正確な場所を教えてくれないが、口ぶりからするに飛行機か新幹線で行くような距離を走ることになるらしい。
こんな自転車にちょっとしたエンジンのついたような乗り物で大丈夫なのかと思ったが、信号待ちで横に並んだ新聞配達のカブは、俺よりずっと重そうな新聞の束を前後に積んでいた。
ジャージズボンに新聞社の名が入ったジャケット姿の配達員が横目で俺たちを見る。生き延びるための旅に出る俺たちも、彼から見れば自分らが働いてる時間にカブでデートらしき事でもしているように見えるんだろう。
新聞配達のカブは横に並ぶハンターカブに対抗するように満載の配達カブを急発進させた。次の交差点で新聞配達カブは重荷を感じさせぬ敏捷な動きで、車体を傾けて曲がって行った。
ネットで多少なりとも評判を知っていたが、カブというのは大したもんだと思った。ちっぽけで不恰好だけど、明確な目的を以って乗る時には、何よりも頼りになるツールになる。
目の前の少女に似ていなくも無い。
自宅のある二十三区の東端から一度都心に入ったカブは、本州の北の端まで繋がる国道四号線に入った。広い車線のほとんどをトラックが占めている。
少女は他車の流れに乗って淡々とした様子でカブを操縦している。武器を持って獣に立ち向かうように回りの大きな車を抜きまくるようなことはしない。
幹線道路を走るのに充分な性能を備えたカブも、トラックとぶつかったらひとたまりもない。無駄なリスクに労力を費やすことなく走っていれば、周囲を警戒することも出来る。俺にはこの少女が、カブで大人しく走りながらも、自らが獣を狩る瞬間を待っているように見えた。
後ろで乗っている俺はといえば、快適ともいっていいツーリングを楽しんでいた。幹線道路で排気ガスが多いのは少し閉口だが、まだ寒くなる前の秋の朝はバイクに乗るのに快適な気候で、ロードサイド店舗が並ぶ周囲の景色もPCのモニターを見るより興味深いものだった。それに、風になびき時々鼻をくすぐる少女の金色の髪も悪くない。
朝の通勤渋滞が始まる頃、俺たちは東京を抜けて北関東に入っていた。
関東から東北に入る前に一度給油とトイレの休憩をした後、午前中はずっとカブで走りっぱなしだった。
荷台に座りっぱなしの尻が痛んでくる。それに加えさっきから腹が減ってきた。カブを操縦する少女より先に弱音を吐くのが躊躇われたので、どこかに止まって飯を食おうとは言い出せずにいた。
部屋の中から出ることなく、朝昼晩に届けられるケータリングの食事で過ごしていたせいで、空腹に耐えるといのは長らく経験しなかった事。これも一興と思い少女が食事という行動を思い出してくれるのを待った。
何度目かの信号待ち。そろそろ俺の頭の中は何を食べるか、何が食べられるのかという思考で満たされつつあった。
どこかのドライブインかファミレスにでも入るのか、それともこの少女は動物を狩って食うのか、今なら少女が目の前で撃ち殺し切り裂いた獣の肉も食えそうな気がした。
田舎国道にありがちな動物注意の看板が目に入る。偶然目の前をあの標識の図案みたいな猪でも横切らないかなと思っていたところ、少女は唐突にカブを減速させ、国道沿いのファーストフードショップに乗り入れた。
少女は店舗の駐輪場を通り過ぎてドライブインにカブを向け、注文用の窓口に乗りつけた。それから俺を振り返って言った。
「頼む」
俺はメニューを見ながら、何種類かのハンバーガーとドリンクを注文した。栄養が偏っていると思いサラダも頼もうとしたら、少女は「いらない」と言う。
そのまま商品受け取り用の窓口にカブを回す。原付の客も特に珍しくないらしく、俺が代金を払うと店員が紙袋に入った商品を渡してくれた。
自ら狩った獣の肉を食っているという少女に似合わぬファーストフード。俺を気遣って好みに合わせてくれたのかと思ったが、少女はファーストフードショップの敷地を出て、国道の広い路肩にカブを停め、袋を破って中身を食い始める。
近くには落ち着いてハンバーガーが食べられそうなベンチのある公園もあるが、少女はカブに乗ったままハンバーガーを食い、ドリンクを飲む。
俺も少女を真似るように、荷台に乗ったままハンバーガーを食った。少女は美味くも不味くもなさそうな顔のまま、ハンバーガーをコーラで流し込み、今まで走ってきた道を見ながら呟いた。
「奴が近づいてきている」
少女は食事中ずっと左手だけを使い、常に右手を空けていた。
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