カブ・ハンター ~forest princess in tokyo~(9)


 翌日以降も俺の引きこもり生活は続いた。

 もう何年も家の中から出ない生活をしていて今さらだが、外に出ないことと、外に出られないということの間には心理的な違いがあるんだろう。

 いつも通り宅配ボックスに届けられるケータリングで食事を済ませ、いつもと同じようにPCルームで時間を過ごす。

 外に出てライオンに襲われた日は家に帰ってネットやアニメを見ても、ついさっき味わった経験が強烈すぎて集中できなかったが、今はそれなりに楽しんで見ることが出来る、ただ、モニターに映る屋外の自然風景や、ネットの文章で描写される街並みの様子が目につくようになった。

 室内に居ながらにして外の世界を見た気になっていると、自分が置かれている現状が虚構か何かであるかのように思えてくる。

 ウチの近所に警察や自衛隊すら敵わぬ強いライオンが居て、俺が外に出ると襲われるなんて話、信じられるものではない。

 俺はPCルームを出て、タブレットを片手にリビングに降りていった。とりあえずそのライオンの話を証明できるのは、俺が外に出た時に実際に見たライオンと、そのライオンについて知っていると称する少女。

  

 リビングに行くと、少女はいつも通り大窓の前の床に寝っ転がっていた。

 俺が部屋に入ってきても振り向きもせず、ただ窓越しに狭い庭を見ている少女。

 彼女はそのライオンを追っていて、俺の臭いに惹かれているというライオンを仕留めるため、俺の近くに居るというが、ここに来て以来何もせず、ただケータリングの食事を貪っては寝っ転がっている。

 ネットで聞いた野生動物の話を思い出した。確かライオンの群れの話。狩りによって食料を得る肉食獣のライオンも、実際に狩りを行うのは雌で、雄はは普段何もせずゴロゴロしていることが多いらしい。

 金髪翠眼の少女の外見ながら、ライオンを狩猟する者を称し、そのくせ雄ライオンのように何もしない少女。俺はといえば仕事も学業もする必要の無い立場なのに、何かをしなくてはいけないという義務感と共に家にこもっていたような気がする。

 ネットを見る時には楽しまなくては、アニメを見る時には笑わなくては、ノベルやコミックを読む時は感想を得なくてはと思いながら、日々情報を消費していた。

 

 俺のタブレットには、少女へのご機嫌取りになればと思ってネットで集めた、少女の乗っているハンターカブや、持っている大きなナイフ、常に肌身離さない銃身を短く切った散弾銃についての情報が表示されていた。

「いいものを見せてやるよ」

 寝転んでいる少女の前に立った俺はタブレットを見せた。画面を一瞥した少女は一言。

「わたしの得物については全て知っている。学び得る必要は無い」

 少女はそれだけ言って顔を逸らした。自分の使っているハードウェアの使用方法や利点欠点、同じ物を使っている他のユーザーの感想など、情報は絶えず仕入れないといけないという俺がおかしかったのか。

 少女はタブレットに手を伸ばし、ハンターカブの改造例が載っているサイトのウインドゥをフリックして閉じた。それから新しいウインドゥを開き気象庁のサイトを表示させる。天気予報を無視して衛星写真だけを見た少女はひとつ頷き、俺の存在など無視してもう一度床に寝転んだ。

 この少女がタブレットどころか携帯電話さえ使えるかどうか怪しいという俺の推測は間違っていたらしい。現実にはありえない極端な設定のアニメやコミックのキャラクターに毒されていたのかもしれない。


 少女は窓に顔を近づけ、隣家の壁に囲まれた狭い空を見た。それから短く呟いた。

「もうすぐ雨が降る。しばらくあの獅子は動けないな」

 彼女の仇敵だというライオンは雨に弱いらしい。少女は対決の時間を先延ばしにされて少し残念そうな顔をしている。

 俺はタブレットに目を落とした。地域別予報ではこの辺りはしばらく晴天。しかし山を隔てた隣市に発生した雨雲が時間と共に発達していた。 

 窓の外を見る。庭で伸び放題の草が揺れていることで、外は風が吹いていることがわかった。

 

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