カブ・ハンター ~forest princess in tokyo~(10)

 今まで意識したことの無かった外の天気が下り坂になっていく中、俺は居間でゴロ寝している少女を放置して、日中最も多く過ごすPCルームにこもった。

 チェックしているアニメやネットサイトを消化しつつ、小さな窓から外を見た。

 さほど眺望の良くない窓から見えるのは、東京二十三区の端にある住宅地の平穏な街並み。ついこないだまでこの窓は、あくせく働く人たちを見下ろすための物だった。

 昨日数年ぶりに外に出てからずっと、ネットやアニメが面白くない。それまで意識したことの無い退屈という物を意識するようになった。

 窓の外をサラリーマンらしき人が急ぎ足で歩いている。住宅地の営業回りか昼食を終えて社に戻るとことか、それとも単にスーツを着て社会人ゴッコでもしているのか。やることがあるのは大変で、時間に追われるのは苦痛だろう。こっちはやることが何も無い。

 俺はPCルームの隣にある衣装部屋のことを思い出した。部屋の中で着て遊ぶだけのために通販で買った服や靴、小物類が収納されている部屋には、スーツはあっただろうか。

 

 思考があまり明るい方向に行かない考え事をしても無駄であることに気付き、俺はPCのモニターに視線を戻した。特に何を見るでもなく、ニュースサイトを端から読む。

 少女の言った通り午後から雨になるらしい。とはいえ霧雨程度。外出には支障ない、と俺への当てこすりのようなことが書いてある。

 サイトをローカルニュースに切り替え、あるお知らせを見た俺は、チェアから立ち上がった。

 PCルームを出て隣の衣装部屋に入る。何を考えてこんな物を買ったのか、以前に通販で取寄せた服は見つかった。

 部屋着から着替えた俺は、一階のリビングまで階段を下りる。午前中とほぼ同じ格好で寝転んだまま庭を見ている少女に、背後から声をかけた。

「出かけるぞ」

 少女は寝返りを打って俺を見た、それから答える。

「どこに行くのだ」

 俺はスマホを取り出して少女に見せながら言った。

「近くの神社でお祭りがある。見に行かないか?」

 少女の話を信じる限り、俺はライオンに狙われて命の危機に瀕している。多少なりとも生きながらえる方法はこの家に篭り極力外に出ないこと。

 そこらの建売住宅よりずっと丈夫なこの家が、警察や自衛隊でも歯の立たぬライオンの襲撃から身を守ってくれるわけではないが、俺を餌にしてライオンを狩ろうとする少女にとって、見知った場で迎え討つほうが有利らしい。

 しかし少女によるとそのライオンは、雨が降ると活動が制限されるという。霧雨が降り出した今ならば、外に出ても襲撃を受ける可能性は低い。

 今まで外に出たいなんて思ったことは無かった。昨日外に出たのも、そういう欲求というより、自分が引きこもりじゃないという自己確認のためのノルマ消化みたいなもの。結果としてライオンに襲われ逃げ帰ることになった。

 外に出なくていいならば出たくなんて無い、しかし出られないとなると出たくなる。明日以降は天候が回復し、ライオンにとって活動に最適な晴天が続くらしい。その間ずっと家から出られない。

 俺の提案を聞いた少女は、さほど考えることなく返事した。

「いいだろう」

 それから俺を見て、少し眉をひそめながら言い足す。

「ところでその馬鹿げた格好は何だ?」

 俺はついさっき衣装部屋で身につけた服装を見せるように両手を広げながら言った。

「祭りとくれば女は浴衣、男はアロハにリーゼントだろ?」

 少女は何か目の毒な物を見たかのように視線を逸らした。

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