カブ・ハンター ~forest princess in tokyo~(8)
ケータリングの朝食を終え、俺はいつも通りの時間を過ごすことにした。
リビングから二階に上がり、PCルームで食後のお茶を飲みながら、DVDレコーダーが録画したアニメを見る。
少女にも好きなように過ごしていいと言う積もりだったが、言われるまでもなく朝食を終えた少女は、リビングの隅に寝転がって、大窓から庭を見ている。
外は通勤、通学時間の騒がしさが落ち着いた頃。お茶と菓子を供にアニメを見て、たまにネットなどをして過ごす、働かなくともいい身分の特権のような贅沢を最も感じる午前は、一日の中で最も好きな時間。今日が平日か週末かはここ最近意識してない。
今日も革のアームチェアに沈み込むように座り、夕べ放送されたアニメを見たが、今期は外れが多かったのか、見ているというより消化しているような気分になる。
特にプレビューで繰り返し見たくなるシーンも無いまま、数本の三十分アニメを前後の曲とCMを飛ばして一本二十分少々で見終わった俺は、映像を見る時に座るアームチェアからPCデスク前のアーロン製ビジネスチェアに移り、ネットを始める。そっちもあまり面白い見物は無かった。
時間はまだ午前の半ば、一人で何もせず過ごしてると時々、夜になって寝るまでの一日の長さを思うようになる。何か別の暇つぶしをすべきかと思った俺は椅子から立ち上がった。
部屋を出て階段を降り、リビングに入ったところ、少女はさっき見た時と同じ格好で居た。起きてるとも寝ているとも判別つかない様子で、顔を大窓の外に向けている。窓から見えるのは隣家の壁に囲まれた庭と、少女が乗ってきたハンターカブ。
代わり映えのしない庭の風景を、何かの情報が映されたモニターのように見ている少女は、朝からアニメを見ている俺は別方向に怠惰な姿だった。違うのは、今日はいまいち不発気味だった俺と違って、少女はそれなりに充実して見えること。
俺はリビングのソファに座り、少女に話しかけた。
「一つ聞いていいか?」
こちらに背を向けて寝転んだままの少女は、眠っているのかと思うくらい長い間、何もせず何も言わず動かなかったが、やがて背を向けた格好のまま答えた。
「あのライオンは何なんだ?」
また長い沈黙。少女は寝言のようにゆっくりした口調で答える。
「あの獅子は私の山を統べる主だ」
少女の言っていることがわからない。要するに彼女の田舎にはライオンが居て、そのライオンがこの東京にまでやってきたという事か、そんな事が現実に起こりうるかはさておき。俺は追加の質問をした。
「俺は詳しく聞きたいんだ。あのライオンがどういう動物で、どういう事が出来るのか、俺はそれに対してどうすればいいのか」
動かなかった少女の体が少し動く、少女はゴロ寝したまま、傍らに置いていた散弾銃に手を置いた。
「あの獅子は私が生まれた頃に、私の山に現れた」
とりあえず忍耐力を発揮して聞くことにした。
「その頃、私の山はまだ祖父の山だった。その中のどこかで生まれたのか、それとも何処かから来たのか、それはわからない。ただあの獅子は、祖父の山に在り、祖父の糧を食らい、そして祖父を狩ろうとした」
日本の山中にライオンが居る、そんなことが明らかになればニュースになるだろう。でも、UMAでも何でもないライオンの話がどれほど大々的に報道されるのかは知らない。事実俺が見た東京のライオンについては、一切報道されていない。
「一つの山に二体の主はいらない。祖父と獅子は幾度と無く戦った」
彼女の話しているのは日本の山だろうか。それとも麓までバスや電車で行けて、観光登山道を通れば頂上まで行って土産物など買える、俺の山に対するイメージがおかしいのか。今はただ少女の言葉を聞くしか無い。
「祖父と獅子の戦いを知った幾人ものハンターが獅子に挑んだ。ある者は姿さえ捕らえられず、ある者は大陸で多数の獅子を狩った経験があるにも係わらず、あの獅子の姿を見た途端逃げ出し、ある者は生きて帰って来なかった」
俺が今まで何となく手をつけてなかったネットゲームの類に出てくる、随分レアな上に強いモンスターのような物かと思った、それとも所詮人間の脳ミソと空想で作り上げたモンスターを超越した存在なのか。
「国が狩りを行ったこともある。最初は自衛隊、続いて米軍は空から森を焼き尽くした。しかし祖父の山は広大だ、幾つかの峰を坊主にしたところで何も変わらない」
日本のどこかに軍隊の力すら及ばない存在が居る。正直なところ、俺には少女がヘンな読み物の影響を受けた妄想を話しているとしか思えなかった。第一なんで俺がそんな物に係わらななくちゃいけないのか。少女は俺の疑問を先回りしたように答える。
「あの獅子はお前の臭腺に魅かれている。この地上のどこに居ようと、どんな守りに固められていようと、お前を食らいに来る」
俺は一体何に巻き込まれたのか。別に動物園でライオンに石を投げたりしたことは無い、ただ、昔から動物には縁があった、好かれるというより、放し飼いにされてる動物の多くが、俺を見ると目の色を変えて突進してきた。
「じゃあ俺はどうすればいいんだ?ここを出て警察か自衛隊にでも駆け込めばいいのか?」
少女はゴロンと転がって俺を見た、精緻な彫刻の入った散弾銃を持ち上げ、銃口で俺の爪先をつつく。
「お前はあの獅子がそれを待っているのがわからないのか?焦れてここから出ればまさに思う壷、お前は容易く食われるだろう」
外に出たくなくて、ずっと外に出ない暮らしをしていた俺は、外に出られなくなってしまった。
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