カブ・ハンター ~forest princess in tokyo~(7)

 

 ここしばらく経験の無い早寝をしたおかげで、まるでカタギの勤め人のような時間に目を覚ました。

 寝返りを打って部屋の隅を見ると、少女の姿が消えていた。

 床の上で大雑把に丸められた寝袋を見て、少女がこの家を去ったわけではないことだけはわかった。

 起きている時は物音があったほうが落ち着くので、常時起動しているデスクトップとテレビを操作した。

 テレビの朝刊読み上げコーナーでも、ネットニュースでも、昨日この家の近くに現れた巨大なライオンについては報道されて居なかった。


 ただ地元の情報を集めた掲示板に気になることが書いてあった。近隣にある自衛隊の駐屯所で未明に大きな物音がして、その後早朝配達の人間が通りがかった時に正面ゲートが破壊されているのを見たという。

 ゲートはすぐにシートで隠され、朝の通勤時間にはもう修繕が完了していたとの事だが、その話題はどっかのバカが車で突っ込んだんだろうという最も説得力のある推測に皆が納得した雰囲気になる。

 別のニュースを見た後で掲示板を見たところ、それらのレスが丸ごと消されていて、その後に件の書き込みをした人間が別の掲示板で事実無根の個人中傷をしていたという、説明臭いレスがあった。

 結局、削除されたそれらの地元ニュースは、もっと注目度の高い地元のお祭りの話題で流された。


 他には特に目を惹くニュースが無かったので、俺はネットを切り上げて一階へと降りた。そろそろ朝食が届く頃。

 いつもは宅配ボックスに置いて貰い、顔を合わせることの無い配達員に何か聞ければと思いながら居間に出たら、大窓越しに少女が庭に居るのが見えた。

 また猫とか野鳥でも狩り始めるのではないかと思ったが、少女は庭に停めたハンターカブの整備をしているようだった。

 特に何かを植えたり育てたりしてるわけではないが、通販で衝動買いした電動芝刈り機の威力を試してみたくて、芝生やら雑草やらを短く刈り揃えてる庭。

 結果として人工的な庭園というより森の中の自然な草地のような風景。周囲を囲う木々の替わりは周りを覆う人家の壁。

 

 しゃがみこんでハンターカブのチェーンを調整している少女は、住宅地の中に生まれた草地と不思議な調和を見せていた。

 本来の野外活動よりも都会のカジュアル靴として見慣れたレッドウイングのハンティングブーツ、一九三〇年代に青染めされる前の西部開拓史時代に履かれていたようなダークベージュのジーンズ、チェックのウールシャツ、俺があげた物を早速作業用に使っているらしきマウンテンパーカーも、部屋の中でしか着ない俺よりも彼女が着たほうが似合ってるように見える。

 作業を終えたらしき少女が、カブに積んでいた工具を片付けて油で汚れた手を拭いているので、俺は声をかけた。

「そろそろ朝食の時間だぞ」

 少女は立ち上がりこっちを向く。朝の陽を受けて輝く蜂蜜色の髪とグリーンの瞳。

 少女は「わかった」とだけ言って大窓を開け、庭から居間に入ってくる。


 ブーツのまま室内に入ろうとした少女は、思い出したように紐を緩めて履いていたハンティングブーツを脱ぎ、昨日服と一緒に洗濯した靴下で居間に上がってきた。

 靴で上がる生活に慣れている様子を伺わせる少女が、普段どんな場所をねぐらにしているのかが気になったが、それより興味深かったのは、ブーツの下にはいていた靴下。

 北欧風の模様が編みこまれた靴下は、俺の見立てでは脱脂していないウールの高級品。値段も高いがそれ以上の耐寒性を持ち、何日も履き続けても木綿やナイロンの靴下のように不衛生になりにくい。


 少女の姿に気を取られているうちに、朝食がいつの間にか届いたので、俺と少女はケータリングの食事を食べ始めた。

 少女は昨日のチキン照り焼きより、今朝の鯵の干物を気に入った様子で食べている。海の物とは縁遠い生活をしているんだろうかと思ったが、それ以上の興味は沸かなかった。

 少女はハンターカブの整備中も朝食の時間も、常に銃身を切り詰めた散弾銃を手元に置き、ジーンズの背中には大型のサバイバルナイフを突っ込んでいた。

 少女の狩りは終わっていない。つまり俺の危機は去っていないらしい。

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