カブ・ハンター ~forest princess in tokyo~(4)
夕食が届くまでの間、とりあえず少女には風呂に入ってもらうことにした。
俺が入浴を勧めると、少女は少し渋る顔をした。
「臭気を落とすと獲物に接近を気付かれる」
とはいえ雑巾にもならないほど汚いマウンテンパーカーのままで室内を歩かれたらたまったものではない。
母が生きていた頃は汚かった家は、相続で俺のものになってから出来るだけ綺麗にしているが、一人で三階建ての一軒家を掃除するのがどれだけ大変か、通販のクリーナーを使っても一日潰れる。
「ここで俺を守ってくれる間は動物を狩る必要は無いよ。食べるものは全て俺が面倒を見る」
少女はそれからも「狩りは食うためだけでは無い。革を取り角を取り胆を取り、金に換えて糧にする」とブツブツ言ってたが、結局俺に追い立てられるように浴室に入った。
広い脱衣所を見回す少女に、洗濯機を指しながら言った。
「服の洗濯もするといい。使い方はわかるか?」
斜めドラムの洗濯乾燥機をしばらく見ていた少女は頷く。
「狩りをしていて街のホテルに泊まることもある。問題無い」
少女はそう言いながらマウンテンパーカーを脱いだ。ドキっとさせられる。肌や体のラインの露出という意味ではなく、マウンテンパーカーの下。パーカーほど汚れてないウールシャツの上に着けた。革のホルスターのようなブラジャーのような物で、背中に脇差ほどもあるサバイバルナイフを吊っている。
ついさっきパーカーの下から一瞬で抜いたランドールのサバイバルナイフを革鞘ごと洗面所に置いた少女は、一度脱いだパーカーを手に取り、ポケットの中身を出して洗面所に置く。
マーブルチョコの紙筒を短くしたような散弾銃の紙製実包。メタルマッチと言われる火打ち石が嵌めこまれたマグネシウムの小片、方位磁石、細身の折り畳みナイフ、小さく纏められたロープ、最後にウイスキーの携帯瓶のような金属の容器。
俺が銀製らしき容器を指差し、これは何だと言おうとすると、少女は返答した。
「塩だ」
少女が下にはいている厚手のジーンズを脱ごうとするので脱衣所から退散した。その間ずっと少女は、彼女が乗っていたハンターカブから持って来た、短く切り詰めた散弾銃を手元に置いていた。
俺が普段から掃除しているリビングをもう一度片付けていると、バスルームから洗濯機が作動する音が聞こえる。どうやら使い方は間違って無かったらしい。
宅配ボックスが開閉されたことを知らせるチャイムが鳴ったので、俺は届けられた夕食を玄関まで取りに行った。
二人前のケータリング弁当を持ってリビングに戻ると、ちょうど少女が入浴を終えたところだった。俺は弁当を落としそうになる。
少女の姿は変わっていた。白い肌に金髪。グリーンの瞳。いままで少女の美貌に気付かなかったのは汚い風体のせいだということに気付いた。
洗濯したチェックのウールシャツはこざっぱりした感じで、下にはいているダークベージュのジーンズも、革の継ぎ当てがお洒落にすら見える。
不似合いなのは右手に持った散弾銃だけど、それも銃全体に彫刻が施されていて、おそろしく高価な手作りの狩猟散弾銃を惜しげもなく切り詰めたことがわかる。日本じゃ猟銃を短く切ることには重罰が科せられていることは忘れた。
サバイバルナイフは背中に吊るストラップを革鞘に巻きつけた状態で、ジーンズの背中に突っ込んでる。
俺はあちこち不審な点のある金髪美少女が羽織っているマウンテンパーカーに手を伸ばした。パーカーを剥ぎ取られた少女はまた不満そうな顔をする。
あちこちに継ぎを当てられ、繕われたマウンテンパーカーはうちの洗濯機と輸入物の洗剤を以ってしても綺麗にはならなかったらしい。元は緑色だったらしき生地は全体が得体の知れない汚れで覆われていた。あのハンターカブでずっと外を走ってきてついたんだろうか。それとも獣の血と体液か。
少女は返せ、と言うかのように手を伸ばす。さっきまで無頓着だった彼女が、汚いものを恥じているように見えた。俺はパーカーの裏地を見た。襟のあたりにタグがついている。
「これ、同じものを持ってるぞ」
俺はリビングから階段を登り、二階の一室に入った。衣服を仕舞っているウォークインクローゼット。外に出ることの無い生活の中で、収集癖に任せて買った服が着られることもなくブラ下がっている。その中から一着のパーカーを手に取った。
アウトドアファッションという言葉が生まれた頃、都会でアウトドア風の服装をする連中の間で最も人気のあるアイテムだったシェラデザインのマウンテンパーカー。以後多くのメーカーに模倣されたマウンテンパーカーの元祖。
俺はブリティッシュグリーンのパーカーを手に階段を下り、少女にマウンテンパーカーを投げ渡す。
少女は自分の雑巾みたいなパーカーと、ほぼ新品のパーカーを見比べていたが、俺を見て言った。
「狩りには到底使えない代物だが、予備として貰っておこう」
少女は空調が利いて上着のいらない室内でわざわざ新品のパーカーを着込み、それが俺の言う通り同じ物でポケットやジッパーが同じ位置にあるのを手で確かめて安心した様子。
真新しいグリーンのパーカーにチェックのシャツ、ダークベージュのジーンズを着た少女は、地元の練馬区の街を歩いてても違和感無い姿に見えた。渋谷あたりでは若干浮くだろうけど、金色の髪と整った容貌がそれを補っている。
暗い窓に自分を映している少女の姿は、なぜかちょっとだけウキウキしてるように見えた。
とりあえず見た目だけでも小奇麗になったところで、俺は少女と夕飯を食べることにした。
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