カブ・ハンター ~forest princess in tokyo~(3)

 自宅からさほど距離の無い近所だったので、一箇所だけ曲がり角を教えただけで、俺と少女の乗ったハンターカブは家に着く。

 短いカブ二人乗りでわかったのは、この女の子がとても傲慢な性格だということ。

 車道と歩道の区別の無い住宅街の道路で、彼女は常に道の真ん中を走り、向こうから走ってくる車は端にどかせる。

 原付バイク、特にカブのような働くバイクは道の端を走り、車や歩行者が来たら進路を変えて譲るものだと思っていた。

 この金髪翠眼の小さな女の子はどんな田舎から出てきたんだろう。おそろしく汚い服装とボロボロのカブを見ながら思った。

 もし、この風体に似合いの辺境の地なら、道はアスファルト舗装された道路ではなく獣が踏み固めた道になるんだろう。原付で端を走れば谷底にでも滑り落ちる。対向車や歩行者の替わりに来るのは野生動物で、こちらが道を譲れば喜々として捕食しに来る。


 彼女の無法な走行に妙な納得をした。あるいはもう何年も家から出ない生活で田舎に対するイメージがズレてるのかもしれない。、自分の住む二十三区内の地元さえよく知らなかった。例えば街中に巨大なライオンが現れるとか。

 一言も発しない少女の乗るカブの後ろで、つまらない思索をしていた俺は、自分の家が近づいてきたことに気付いて少女の肩を叩く。彼女の着ているマウンテンパーカーはひどく汚れていて、触れたらこっちの掌が汚れそう。

 肩に触れられた少女がギン!と音がしそうな鋭い目で俺を睨むので、俺は前方を指差して言った。

「ここが俺の家だ」


 周囲に並ぶ建売住宅を圧するような注文建築の三階建て。住んでいるのは俺一人。ご近所さんとは回覧板のやりとり程度の交流はあるが、こっちの事情については腫れ物を扱うように誰も何も聞かない。

 その上、女の子を連れ込んでるとなれば評判は更に下がるだろうと思ったが、それも今さらのこと。そういう集団の中での処世がイヤになって、仕事も何もせず家から出ない暮らしを選んだ。

 少女がカブを停めたので荷台から飛び降り、門扉を開ける。敷地内の玄関前には広いタイル敷きのスペースがあって、小さいながら庭もある。

 俺が門扉の中から少女を手招くと、家の外観をあちこち見ていた少女は何の遠慮も無い様子でカブを押して入ってくる。


 一般家屋よりセキュリティ厳重なカードキーで玄関を開錠し、団地のような重い鉄ドアを開けた。金貸しをしていた母が特注した、大概の拳銃弾を弾き返すドア。

「バイクはそこに置いて、とりあえず中に入りなよ、お茶でも淹れるから」

 少女は溶接用バラクラバ帽の庇で半ば隠れたグリーンの瞳で俺を見た、それから周囲を見渡してから言った。

「こちらがいいだろう」

 少女はそれだけ言って、玄関を無視するようにカブを押して歩き、家の庭に回る。特に手入れしてない木々と隣家の壁に囲まれていて薄暗いが、一応定期的に刈っている芝生のスペース。


 少女は庭をあちこち見回した後、大きな楠の下にカブを停め、リアキャリアに荷物を括り付けた縄を解きめる。大きな布シートを広げて庭に敷いた。

 それから荷台のボロ布袋に手を突っ込み、別の布を取り出した。広げるとそれはテントのようだった。早速庭の端に設営を開始する。

 この少女は人の家の庭先でキャンプを始めるらしい。なぜかライオンに襲われることになった俺を守ってもらうためうちに連れて来たが、ここで待ち伏せするということか。 

 俺はもう勝手に野営させようかと思った。最初に会った時からこの少女は同じ人間という感じがしない。こちらに敵意を持って襲ってくるライオンを眼力で退かせるなんて、まともな女だとは思わない。


 そう思って家に入ろうとした俺の足が止まったのは、どこかから入ってきた猫が少女の前を横切った時。

 よく美少女の出てくるアニメで、不思議ちゃんな女の子が「待て待てー」と言いながら猫を追いかけるシーンは見たことがあるが、猫より速い動きで追い、捕まえてしまう子を見るのは初めてかもしれない。

 少女は引き倒した猫の首を押さえた、マウンテンパーカーの裾が払われたかと思ったら、俺の目では捉えられない速さで腰に吊った大型ナイフを抜いている。

「ちょ!ちょっと何してるんだよ!」

 少女はナイフを振り上げながら言う。

「野営の地は決まった、ならば今夜の糧を狩る。肉はひどく硬いが肝はなかなかのものだ」


 自宅の庭で少女が野宿しているだけでもご近所から何を言われるかわからないのに、猫を殺して食ったとあっては通報されるかもしれない。俺は少女の腕を押さえて言った。

「メシなら、食事なら俺がご馳走するから、この猫は勘弁してやってくれ」

 少女は必死でジタバタする猫と俺を交互に見ていたが、やがて腕を下ろしナイフを腰の鞘に納めた。

 危険の無い都内の野良暮らしですっかりデブ猫になった野良猫は、覚えとけよよ言わんばかりの威嚇を少女に向け、庭から逃げ出した。

 俺は少女を玄関から室内に迎え入れた。とりあえずリビングのソファに座って貰う、いつも食事を頼んでいるケータリング会社に追加注文をしながら、この汚い格好だけは何とかしてくれと思った。

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