異世界の洗礼②-1-1
――いや待て、ここは魔法の存在する世界だったか。であればもしかすると、彼女の言う魔物とは本来の意味ではなく、例えば魔法の動物、略して魔物、と、言っているのかもしれない。
でもどうなのだろう。判然としない。今までの話の雰囲気的には、単にスピリチュアルな存在を示す言葉という可能性も否定できないし、もしくは薬物依存による幻覚作用を指す隠語の可能性だって考えられる。
後者だとするならこの星の住人に未来はない。麻薬とは人種を怠惰に陥れ破滅させる凶器である。その感染力は絶大で、発見時には迅速な対処が求められるだろう。例えそれが医療目的であったとしても電脳麻酔のない文化圏であっても、帝国の法では人間による麻薬の運用は認められていない。
非人道的な文明というだけでなく薬物まで蔓延している惑星となれば、そんなものは問答無用で討伐対象だ。そして帝国がそう判断した時、その指揮を取らされることになるのは恐らく私だろう。いかに退役したとはいえ私は予備役であるし、強大な私兵を抱える帝国上級貴族でもある。私がこの惑星の発見者であることも加味すればそれが順当といえる。
「黙って立っていないで。(紐を)引くのは疲れるわ。主人の気持ちがわかったならついてきなさい」
少女は思案する私の様子も構わず数度紐を引く。嬉々として。
――自分たちが滅ぼされるかもしれないというこの時に、さっきからこの女は何がそんなに楽しいのだ。
定年を過ぎたおっさんにペットの首輪を嵌めて嬉々としている少女。斬新過ぎて評価不能だ。「この女頭おかし過ぎない?」という感想しか持てない。
と、批評家目線で彼女の振る舞いの異常性をなじっていてふと、私は気が付く――
――ん? んん? これは……。
それが――定年引退した大の大人が十代の少女にお散歩首輪リードを引かせている構図である――と言うことに。
――っ?! これは?! このガキ、自分の見た目を理解してやがる!
この常軌を逸した行動を、果たして帝国臣民たちはどちらが強要していると思うだろうか。
この一見可愛らしい見目美しい少女が、自ら進んでこの事態を引き起こしたのだと、臣民は真実を看破してくれるだろうか。
答えは恐らく、否である。臣民の9割は看破しまい。むしろ真実が歪んで伝わるだろうこと疑いの余地なし、私だって第三者ならそう思うと思う。「何弁明こいてるんだジジイ悪即自決しろ」なんて言ったぐらいにして。それくらいの事案だ、誰もがみな私が銀河帝国辺境伯という権力で個人的趣味を少女に強制させたと考えるだろうことは想像に難くない。っていうかこの女冤罪着せるの凄腕すぎでは。
――首輪をっ! ……いや、今更引きちぎっても遅いか?
周りにカメラらしきものは見当たらない。が、世の中には超望遠や光学迷彩などカメラを隠す方法なんぞいくらでもある。ここで下手に力任せで首輪を処理しようものなら、その映像を「辺境伯、権力にあかせて少女を襲う瞬間!」「元帝国元帥、歪んだ性的嗜好!」などと銘打ったでっち上げスクープの素材として利用されるかもしれない。驚いた少女の顔なぞ取れ高として申し分あるまい。
――だとしたら何と悪辣な。こうなったら惑星もろとも始末するか……。
困ったら暴力に訴え平民を薙ぎ払うのは貴族の華である。貴族に正当性があるのなら、貴族は平民を証拠の有無にかかわらずその場で即罰してもよい。それは帝国法にも明記されている帝国貴族の権利であり義務でもある。
だが問題は、この星に存在する魔法という未知の力だ。アオイ中将のよこした記録には帝国陸軍でも相当に手を焼いたとあった。
加えてこいつらが私を救助ポッドから引きずり出し拉致した組織であるという点も無視できない。恐らくそれにも魔法が関わっているはずだ。考え過ぎと切り捨てるのは早計。例のキスショットを保存している可能性も加味すれば迂闊に手を出すべきではない。
――非武装な上この筐体単体で事に当たるというのもリスクが高すぎる。
そもそもまだ圧倒的に情報が足りていない。最終的には暴力に訴えるにしても、孤立無援な己が立場を考えれば、今がその時期ではないことくらいわかる。
――少女に従って行動するしかあるまい。無念だがそれが最適解だ。
頭ではわかっている。けれどこの我慢はなかなか心に来るものがある。
私の扱いはどう考えてもペット以下、奴隷のソレである。にもかかわらず周りからはこの難業が私が強要している変態行為にしか見えないという二重災厄。断じてお勤めをやり遂げて引退した老人に課してよい所業ではない。
――アオイ中将ではないが、ぶっちゃけハラワタ煮えくり返るっす。だぞ。
だが結局折衷案は浮かばず、私は自分の心を殺して、色々なものにあきらめをつけた。
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