守護天使①-3-3

アンジェリカが言うには誘拐されてから丸一日以上私は寝ていたらしい。アップグレードをしたことによってそのあたりのログが消えてしまっているので確認できなかったが、彼女がそう言うならそうなのだろう。まぁそれはいい。


問題は、彼女に与えられ指示されるがままに装着したこの衣服アウターだ。


「この首の環の部分だが、少しごわつくな。まるで首輪のようだ」


「あらそう? じゃあ、ちょっといいかしら?」


「…………?」


そう、それは一瞬の事だった。彼女の暴挙を許してしまったのは害意が感じられなかったからだ。彼女の手が私の首にかかったかと思ったら、金具がかみ合うような音がした。


何をされたのか理解するまで要した時間は数秒。主に彼女の意図を理解できず困惑した時間である。


「今、ロックしたか?」


「ええ」


「……何故、これを?」


「ペットだから?」


言葉は理解できる。


だがそうじゃない。


私が知りたかったのは彼女の行動の意図である。


「…………」


「…………」


次の句が返ってくるかと待っていたが、彼女はそれ以上を答えない。


仕方がないので私は重ねて問うた。


「私は人間だが」


「そう。それが?」


二人の間に沈黙したまま睨み合うという時間が流れる。


それが? とはどういう意味なのか。


まさかヒントを出す真似をしなければわからないというのか。


「……もしかすると、これは、ファッションなのかね?」


「どこにそんなファッションがあるというの」


確かチョーカーという名前ではなかったか。などとどこかの惑星のおしゃれという概念を思い出し試しに言ってみたものの、彼女はそれを否定する。それどころか「あんたバカなんじゃないの」と言わんばかりに目を細めている。いわゆる『逆切れ』という構図だ。


「では、どんな意味が?」


「あなたは首輪の用途すら知らないの? それは飼い主がいると示すものよ」


「……私は人間だといったはずだが」


「それが?」


「つまりペットではないという意味だ」


「…………」


「なんだその目は。私は人間だ。わかるだろうか。ペットではない、という意味で――」

「姿を隠す事の出来ない守護天使はペットと同じ扱いになるのよ。殺されたくなければ外さない事ね。あ、そうだ。ちょっとここで待っていなさい?」


私の言葉を遮るように言い放つと、私に背を向け隣の部屋へ行く少女。しばらくして戻ってきた彼女の手には赤いロープが握られていた。


私の前に戻ってきた彼女は再び私の首輪に手をかける。カチカチと音を鳴らしながら、彼女はロープの先端についている金具を私の首輪に取り付けた。


「ふふ」


首輪に紐をつけたことで彼女の心情に何か変化が起きたようだ。小さく笑い声を洩らしたその口端がゆがんでいる。その表情には暗い喜びが見て取れた。


「ふふふ」


「…………」


これはあくまで私のただの憶測だが、この女、もしかすると、精神を病んでいたりするのではなかろうか。少なくともその振る舞いには、私に対して一ミリの好意も抱いていないことがよく示されていた。


満足そうな笑みを浮かべたまま、彼女は軽くその場でロープを引く。


「っ……何の真似だ」


「授業に行くのよ」


今度はやや強く首輪が引っ張られる。


――なっ!?


状況が飲み込めずよろける私を見て、彼女は満足そうにさらに頬を緩める。


コイツは何をしてくれているのか。そして今の状況のどこに機嫌をよくする要素があったというのか。もはやサスペンスだ。


「この首輪、外してもらえないだろうか。出来れば可及的速やかに」


「ダメよ。村人と区別がつかなくなるわ。そうしたら殺されても文句は言えないもの」


「歩いているだけで殺されると?」


「そうよ? だってここは華族の敷地だもの。村人が入るのはご法度よ。それを知らない人間はいないわ。いるとしたら村人に化けた魔物くらいなものかしら。だいたい本当に気がつかないような頭の村人なら、死んでも大した問題にはならないでしょ?」


平然と、当たり前だと言わんばかりの少女。


頭が悪ければ殺されても仕方がないとは果たして理屈として耐えうるものなのか。それとも何かの隠語か。そうでないなら――もしそのままの意味だとするなら――それはまるで、未開の地の蛮族たらん振る舞いではないか。


そもそも魔物とは何だ。私の記憶が確かならば、魔物とは心に巣食う邪心を指す言葉であったはずだ。それを彼女は、まるで動物かなにかのように言っているようにみえる。

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