異世界の洗礼②-1-2

授業が終わると、少女はリードを嬉しそうに引いて教室を出る。ついた先は校舎の隣に建てられている数百人は収容出来るだろう大きな建物。入ってすぐ目に飛び込んできたのは年代物らしき彫像品の数々だ。


――中々に趣きある空間が演出されているな。ここは……食堂、なのか?


部屋の中心部には規則正しく配置された幾つもの大きな長机。そのすべてに真っ白なテーブルクロスがかけられている。着席している子供たちの給仕をしているのは個々で雇い入れている使用人か。服装に統一性がない。


少女は長机群の中を歩き進み、やがてひとつの長机の中央辺りで立ち止まる。と、持っていたリードを私に手渡した。


「なぜ渡す?」


「察しが悪いわね。周りを見てわからないの?」


「…………」


椅子の斜め後ろに佇む少女が、ただジッと私を睨む。


「椅子を引きなさい?」


「…………」


「…………」


この女、どうやらここからは私に犬ではなく使用人役をさせたいらしい。


自分で座ればいいだろうにとは思ったが、睨み合っていても埒が明かないので求められるままに私は椅子を引いてやった。


「どうぞ」


「次からはもっとスマートにやりなさい?」


「…………」


私はグーで殴りたい衝動を抑える。謎の力の解明が終わるまではこの少女に逆らうべきではない。その思いだけが私を踏みとどまらせた。


魔法という未解明の力は帝国の科学力をもってしても説明できない奇跡だ。それはアオイ中将の寄こしたレポートによっても察せられる。オカルト嫌いな私でもこの少女に筐体を犯されている事実をもってすれば理解せざるを得ない。それに相手は文明度の低い惑星に住む野蛮な生き物だ。機嫌を損なわぬように振舞わなければ次は何をされるか知れたものではない。


――我慢だ。そして逆に、この女の下がった機嫌を上げるための手段を見つけるのだ私。そういう積み重ねが未来を切り開くのだから。


私は周囲を観察する。先ほどから周りでは給仕たちが席に着いた子供子らに配膳をして回っていたが、よく見れば皆メニューが違っているようだ。


――メニューはどこにあるのだ?


子供達にはメニューを選んでいる様子も注文しているそぶりも見られない。どういった基準で食事の内容が決められているのだろうか。


斜め後ろから主人たる少女の顔を窺えばすまし顔。こちらへ意識を向けている様子はない。


何を待っているのか。このまま黙ってこの場に待機し続けていていいのか。それとも気を利かせて給仕をここまで呼んでくるべきなのか。などなど色々考えていると、見覚えのある男性が一人、こちらへ近づいてきた。


「リモージュ君」


給仕ではない。ハゲネ何某とかいうこの地で最初に合った教師役の男だ。


少女が立ち上がる事を予想し私はそっと椅子に手をかけた。そして彼女が中年教師に気が付き立ち上がるタイミングに合わせてスッと椅子を静かに引く。


「先生」


「こんなタイミングですまないが、急ぎの話があるので悪いが来てくれたまえ」


「はい。わかりました」


少女はその場で一礼すると、私に顔を向けたまま壁を指す。


そしてそのまま教師の後をついていった。


――は?


壁際に立って待っていろ、というのだろうか?


――言えよ。無口か。


スマートに椅子を引いたナイスな付き人ぶりを発揮した私に対し、このガキ礼を示すどころか塩対応極まりない。


――帰ってくるまで壁際で待っていろとは、ひどいご主人様だ。


少女の後ろ姿を見送ってから私は椅子を戻す。やれやれ。と内心でぼやきながら私は壁際へと移動――その途中。


「おやおや、村人が一匹紛れ込んでしまったか」


近くの椅子に座っていた少年の一人がわざとらしく通路に足を投げ出してきた。

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