第4話 そして異世界へ……

 ウチの近所にある総合公園には、街並みが一望できる高台があるのだが、掛屋はそこで1人佇んで遠くを眺めていた。

 通りの向かいから園内へと歩を進める後ろ姿を目撃していなかったら、おそらく見失っていただろう。つーか、あの短時間でよくここまで歩いて来れたな。


「か……掛屋!」

 俺が声をかけると、掛屋は一瞬気付いたような素振りを見せたものの、すぐに眼前に広がる景色に視線を戻した。リアクション薄っ!


「……何?」

 少し間を置いて、掛谷は今までに聞き覚えのないぐらい低いトーンでつぶやいた。

 しまった。慌てて追いかけてはきたのはいいが、その後のことは完全にノープランだった。


「あ、いや、何か態度がおかしかったもんだから、その……どうしたのかなーって」

「……」

 完全スルー。ヤバい、何でもいいから間を繋がなければ。


「か、掛屋はさ……RPG、好きなの?」

 あんな質問をしておいて、よもや嫌いなわけがあるまい。


「……もしそうだとしたら、何?」

 掛屋は前を見据えたまま俺に言った。多少は脈があるようだ。


「何って……いや、気が合うなーと思って! 俺も好きなんだ、RPG! ハハハ……」

 乾いた笑いと共に答えてはみたものの、あまり響いている様子はない。どうやら選択肢をミスったらしい。


 これはマズいな……よし! 違う切り口から攻めよう!

「あ、RPGっていえばさ! ほら、英雄っていかにも勇者っぽいと思わない? イケメンだしガタイも性格も良いし、それに何たって名前も“英雄ヒーロー”!」

 我ながらうまく話題を英雄を繋げることができたぞ。


 このまま不機嫌になった理由について掘り下げていこう……と思ったのも束の間、

「そうかしら」

 と、掛屋は想定外の答えを返してきた。

「私はむしろ、彼ほど勇者に不適格な人もいないと思ったわ。たった今」

 明らかに落胆の色が見てとれる。


「そ、そうか? アイツがもしRPGの世界の住人だったら、周囲の期待に応えて魔王とか倒してくれちゃいそうな気がするけどなー……」

 俺が食い下がったのが癇に障ったのか、掛屋はやれやれといった感じで大きくため息をつくと、

「あなたは何もわかっていないわね。何も」

 と、語気を強めて言った。


 しまった。よくわからんが、完全に裏目に出てしまっている。

 この場をどう取り繕おうか必死に考えていると、不意に掛屋はこちらに向き直り、

「ねえ、池畑君」

 と、あらたまった感じで言った。

 俺を見つめる涼しげな眼差しに、思わずドキッとする。

 目の前にいるのは、本当に俺の知っている掛屋なのか?


「あなたはなりたいって思ったことないの? 勇者に」

「へっ!?」

 まさか逆に質問されるとは思ってもみなかった。


「そ、そりゃまあ……男なら誰しも一度は妄想したことあるんじゃない?」

 俺が面食らいながらもそう答えると、掛屋は、

「RPGの世界に行ってみたいと思ったことは?」

 と、なおも問いかけてくる。


「おー、行けるもんなら是非行ってみたいね! もしかしたら俺みたいにうだつの上がらないヤツでも、異世界だったら大活躍できるかもしれないし! なーんて……」

 勿論、俺は100%冗談のつもりだったのだが――……。


 今にして思えば、この一言が全ての始まりだった。


「……そう」

 掛屋は何かを決めたような表情を浮かべると、こちらへと歩き始めた。

「えっ、な、何!?」

 俺が困惑している間にも、彼女はどんどん近づいてくる。

 何だ? 俺はチューでもされちゃうのか??


 やがて掛屋は、俺の目の前で立ち止まると、

「いいわ。じゃあ連れてってあげる」

 と言いながら、胸の辺りで両手を輪の形にした。


 その瞬間――……。


 輪を中心に眩い光が現れ、あっという間に掛屋と俺を包みこんでしまった。

 視界は真っ白で何も見えず、少しずつ意識が遠のいていくのがわかる。


「向こうに行けばきっとわかるわ。土生君が何故、勇者にふさわしくないのか」

 まどろみの中で、掛屋の言葉がまるで鐘の音の如くリフレインしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る