第4話

 

 卒業試験のあったその次の日の午後12時。俺は寮にある自身の部屋の中心にたたずんでいた。もちろん何の意味もないわけではない。魔法陣を書くために精神を統一していたのだ。


 そう、俺はあの後異世界へと転移することにきめたのだ。とは言い、怖くないといえば嘘になるし、不安も感じている。それでもイルザが後押ししてくれた――と俺が思ってるだけかもしれないが――のだから覚悟を決めないわけにはいかないのだ。

 どんな世界にたどり着こうと俺はやり遂げてやるさ。……何をかは俺もわからんが。ただ、欲を言わせてもらえれば、こんな俺でも勇者になれる世界に、そしてスタートと同時にゲームオーバーにだけはならない世界にたどり着いてほしい。少し多いかもしれないがそれくらいいいだろう。なにせ何が起こるかわからない賭けみたいなものだ。自分の人生対価によりよい未来をつかもうとしているのだから。


「ふぅ……」

 そんなことを考えながらも、魔法陣は完成した。この魔法、意外と発動させるのが大変なのだ。魔法陣の仕組みだとかその辺は頭に入っているが、完成させるために必要な道具や魔力も自身で用意しなくてはならない。今回は何とか集まったが次にこの魔法を発動させることはないだろう。そもそも同じ道具があるかもわからない世界なわけだし。それでも、俺の覚悟は変わらないが。


「あとは呪文を唱えるだけか」


呪文詠唱


 魔法を発動させるうえで最も重要なことだ。と俺は思っている。ここでこめる魔力の量によって、魔法が発動しなかったり、逆に暴走してしまうこともある。

 にしてもこの魔法に名前を付けるのを忘れていたな。いつまでも異世界転移魔法という呼び方ではながいからな。……そうはいえ、急には思いつかないな。まあなんかかっこよさそうなのでいいか。…………よし、決めた。ヴァンデルンにしよう。後から思い出すと恥ずかしそうなネーミングだが。


「よしっ」


 魔法陣の上に立ち手をかざし、呪文を唱え始める。


「ユリウス・アーベンロードが告げる……」

 ここで俺の今後が決まる。絶対にミスをするわけにはいかない。


「 希望の扉――――


  奇跡の扉――――


  未知への扉――――


  未来への扉―――― 」


 風が強く吹き荒れる。


 自身の魔力が物凄い勢いで魔法陣に吸い込まれていくのがわかる。予想していたよりもずっときつい。だが、俺ならいけるはずだ!


「空間の精霊よ! 契約に従い我に応えよ! ヴァンデルン!」


 魔法陣が強く光を放つ。直後、体が何かに吸い込まれる。

 どうやら、魔法の発動には成功したようだ。物凄い安堵感と同時に不安も押し寄せてくる。成功した、という気持ちより、どこにつくのか、という気持ちのほうがつよいらしい。我ながら、結構な心配性だと思う。まあどうせついてみなければ分からないのだ。今心配しても仕方ないだろう。


 このとき俺は辿り着く世界への不安と、そして多少の期待で頭の中がいっぱいだった。だからこそ、気が付かなかった。

 魔法を発動させるために必要な魔導書が、机のままに置いたままだったのを……。

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