第3話

「……はぁ」


 思わず溜息をついてしまった。

 学園長室でじーさん相手に論争――というほど言い合いになってたかも怪しいが――を繰り広げ、見事に敗北した俺は自らの寝床である寮へと帰宅していた。気分は言うまでもなく憂鬱だ……。

 まさかあそこまでボロボロに言われるとは思わなかった。なんというか、今までの努力が否定されたような感じだ。まあ、努力の方向が間違ってたという可能性があるかもしれないが……。



天才は99%の努力と1%の才能である



 世の中にはこんな言葉がある。多くの人がこの言葉を聞いて天才でも努力しているんだから俺だって……なんて考えるかもしれない。しかし、俺はこう思ってる。たとえ努力ができたとしても、1%の才能がなければ天才なんかではないんだという意味だと。そんな才能がないのが普通じゃん、と思うだろう。それでも、天才ばかりの家に生まれてきた俺にとってその差は致命的だということだ。我ながらひねくれているな、と思わないこともないが。


「俺の唯一の長所、補助魔法だけで勇者にでもなれる世界にならないもんかな……」

 思わずそんなこと呟いてしまう。自分で思っていたより、卒業出来ないという事実にまいっているようだ。

 はぁ、にしても今とは違う世界か……。様々な文明や、知らないものがたくさんありそうだ。いろんな可能性があるんだし、俺でも勇者になれる世界もありそうなだけどな。まあ、そんなことありえないしないものねだりしても仕方がないか。


 …………まてよ、俺、異世界に行ける魔法つかえるじゃん! なんで気づかなかったんだよ。あほすぎだろ俺……。よし、帰って早速実行だ!


 ……いや、よく考えたら――よく考えなくても思いつくかもしれないが――行きたいところに行ける保証はないんだよな。その上、着いた瞬間から命が狙われる超ハードモードな世界に行ってしまう可能性もある。すでにこの世界が俺にとってハードモードだが。


 ……とりあえず却下だな。この案は。

 ということは結局俺はこのの世界で生きていくのか。まあそれが普通なんだけど。



「おーい! ユリウスー」


 今まで考えていたことにひと段落ついたころ、誰かが俺のことを呼んでいる声が聞こえた。いや、聞いたことがある声なので、誰かわからないわけではないが。

 まあ間違っていたら恥ずかしいので、とりあえず俺を呼んでいた人物を確認してみる。


 金色の少しまぶしい髪に吸い込まれるような美しさを持つ青い瞳、そのうえ天使のような雰囲気をしている可愛らしい少女だった。

 初めて見るひとだった。なんてことはなく、今までに何度も見てきた人物だ。


 イルザ・ブロスフェルト


 それが今しがた俺を呼んでいた人物の名前だ。

 アーベンロード家には及ばないものの、ハイリヒ王国の中でも結構な地位を確立しているブロスフェルト家の長女であり、昔よく遊んでた幼馴染というやつだ。

 年は俺と同じ15歳。

 もちろん、頭もよく、そのたぐいまれなる容姿もあって男女かまわず注目――男どもからはなにやら崇拝されているが――を集めているがそれだけではない。勇者としての剣の才能もすごいの一言である。


 そんな完璧超人のような彼女だが唯一、短所がある。それは、背が低いことだ。……こんなの短所になるのかとも思ったが、彼女がそういうのだからそうなのだろう。

 確か150cmないくらいだと聞いたことがあるから、俺との差は25cm程度ある。もちろん俺のほうがでかいが。並んで歩くと相当な差があるため、どうしても幼馴染というよりは妹、といった感じだ。本人には言ってはいけないことだが。

 まあ、その短所と言えないような短所も胸の大きさを際立たせているだけのような気もするが。


「ユリウス? どうかしたの?」

 イルザが上目遣いで尋ねてくる。これは破壊力抜群だ。

「いや、大丈夫だよ。にしてもイルザと話すのは久しぶりだね。なにか用だった?」

 久しぶりということもあり、とてつもなく緊張しているのだが、なんとか隠せているはずだ。そうでなくちゃ困る。

「なんていうか、あの……そっ卒業試験、合格出来なかったみたいだから……。その、どうしているのかなとお思って……。ユリウス、落ち込んでたってアーベル君に聞いたから」

 イルザがとても言い辛そうにしながら尋ねてきた。きっぱりと口にしなかったのは彼女なりの配慮というやつだろうか。

 にしてもアーベルの野郎、イルザに変なこと言いやがって。あとでとっちめてやる。

「さっきじーさん――学園長と話してきたけど、結果は変わらないらしい。まあ俺ももう吹っ切れたし大丈夫だよ」

 少しだけ嘘だ。まだ完全に吹っ切れてるとは言い難い。

「ほんとに大丈夫?」

「大丈夫だって。イルザは心配性だな」

 残念だなと口にしているイルザにむけて俺は大杼だと言い放つ。

「それにしても俺が合格出来なかったの、残念だった?」と半分冗談交じりで問いかける。

「それは残念だよ。もちろん。……ねえ、昔一緒に勇者になろうって約束したの覚えてる?」

「ああ、覚えてるよ」

 六歳くらいのころにした約束のことだろう。

「今でも一緒に勇者になりたいって気持ちはもちろんあるけどさ、それよりもユリウスには好きなこと、自分でやりたいことをやってほしいって思うな。自分勝手だっていうのはわかってるけど、一部だけでも魔法の才能があって、それだけではしゃいでた小さい頃のほうが学園に通ってたときよりもずっと楽しそうだったから」

「イルザ……」

 学園にいたころは全然話してなかったのに、そこまで見てくれてたのか。楽しかったには楽しかったけど、何かが違うって気もしてたからな。

 にしてもすきなことか……、危険かもしれないし、賭けではあるけれどこの世界で生きるよりはいいのかもしれないな。何事もトライ&エラーだしな。エラーはしたくないが。


「じゃあ僕はそろそろいくね」

「ありがとう、イルザ。自分のやりたいこと、見つかった気がするよ」

「そう? 少しでも役に立てたなら嬉しいな」

 イルザは頬を薄く赤らめながらそう答えた。

「それじゃあ、今度こそいくね」

 バイバイといった風に手を振ってきたので、俺も手を振り返しながら返事をする。

「またいつか」


 こちらとしては最後の別れのような心境だが、あちらには伝わってないだろう。

 だがもしも彼女にそんな気持ちが伝わっていたのなら、それはとっても嬉しいことだなって、そう思う。

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