終章

 程よい日差しが降り注ぐ。夢人は居間の縁側に寝そべる。

「旦那、暇そうですね」

「暇でない浪人なんておらんよ」

 見上げると牛が立っていた。手には折り詰めを二つ下げている。

「団子でも食べません」

 そうだな、そう言って夢人は身体を起こす。牛も縁側に腰を下ろす。あれから一月あまりが経っていた。今の所佐渡守の討手は無い。

 父親を目の前で斬られた衝撃もあろう、涼は塞ぎがちではあったが、いつしか気を取り直し、いまでは近所の子供を集めて読み書きなどを教えている。今も祈祷所だった板間から、子供たちの声が聞こえる。

 百足は相変わらず勝手気侭だ。しかし驚いたのは人並み以上に家事をこなせる事だった。涼と二人で家事は切り盛りしている。黄道館にいたころも、女同士という事で涼とは仲が良かったらしい。おかげで夢人は更にやることが無い。

「牛はん。来てなさったんですかぇ」

 奥から百足が顔を出す。団子どすか?それじゃあと、一旦に引っ込むと湯飲みと急須を下げてくる。

「本当にええ日和さんで」

 百足は茶を注ぐ。夢人は受け取るとずずっと啜る。味が濃い良い茶だった。おそらくは大岡屋敷からもらってきたのだろう。

「それより旦那」

 牛は自分が持ってきた団子を食べながら話す。団子はみたらし団子だ。しょうゆの焦げ目が香ばしい。

「うちの殿様がたまには顔を見せろって言ってましたよ」

 そういえばこの一月、屋敷には足を運んでいなかった。

「何か仕事かな」

「そうですねぇ」

 牛も茶を啜る。

「特に何も無いと思いますよ。私も暇ですから」

「寺社奉行とはそんなに暇なものなのか」

「いえ、お忙しいでしょう。ただ私みたいな裏仕事が今のところ無いってだけですよ」

「裏仕事か」

 夢人は笑う。それはそうだ。表の仕事は役人が取り仕切れば良いのである。夢人や牛が出張るまでもない。あくまで自分たちは汚れ役である。

「あらお牛さん。いらっしゃいませ」

 涼が顔を見せる。髪は櫛巻きに纏めていた。

「お団子あるよ」

「いただきます。あ、子供たちの分もありますか」

「はいよ」

 開けていない方の折り詰めを渡す。涼は嬉しそうに受け取ると奥に戻る。程なくして板間のほうから歓声が上がる。

「用意が良いな」

「食べ物の恨みは恐ろしいですからね」

 なるほど牛が言うと説得力がある。程なくして涼も戻ってくる。四人して縁側に座り茶を啜る。何事も無い。誰とは無しにほっと溜息が出る。日の光も暖かい。こう何もないのんびりした日々というのも良いものかも知れない。

「旦那っ旦那は居りやすか」

 うららかな日差しを遮るような大声が裏木戸から飛び込む。歳若い遊び人風の男が転がるように駆け寄ってくる。

「おまえは確か貸元のところの」

「旦那っ殴りこみ、殴り込みです」

 男はゼイゼイ息を切らせながら喘ぐように叫ぶ。おそらくずっと走ってきたのだろう。

「殴りこみだと」

「鬼熊の奴等が、殴りこんできやがったんで」

 喘ぎながらも言葉を続ける。

「浪人者を何人も雇って、えらい騒ぎになってやす」

「ほう」

 夢人はゆっくりと茶を一啜りすると立ち上がる。奥に戻って大小を腰に指す。

のんびりするのも良いが、喧騒もまた一興。

いずれにせよ、暇がつぶせるのは良いことだ。

「案内いたせ」

「まって旦さん」

 百足も立ち上がると奥から大野太刀を持ち出してくる。こちらも楽しければ何でもいいという輩である。そういった意味では夢人に近い。

「なんや知らんけど楽しいそう。うちもいきますぇ」

 百足は嬉々としてそう答える。

「牛はどうする?」

 持ち込まれた喧騒をどこ吹く風とばかりに団子を食べる牛に、夢人はわざと声をかけた。立場上、やくざ者の喧嘩には加わることはない。加わらないだろうが何と答えるか。

「私はいきませんよ」

牛はそう言ってお茶を啜った。断ることは分かっていた。しかし次いで出た言葉が、

「食べた後は寝転がるのが一番です」

 この答には一同吹いた。なるほど牛だ。牛も笑みを浮かべる。わざとなのだ。

「さて、参るか」

「それじゃぁよろしくお願いしやす」

 男は息をひゅぅと吸い込むと、元来た道を再び走り出す。 夢人たちもそれを追って走り出した。


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ずんばらりん 竹雀 綾人 @takesuzume

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