第壱章 黄道館

      壱


「いやーはっはっは。鬼熊の奴らもこれでしばらくは動けんでしょうな」

 貸元は膝をぱしぱしと叩きながら笑う。

「しかし旦那、鬼熊のところの上田って言えば、ちょっとは名の知れた浪人者だ。うちだってかなり煮え湯を飲まされてる。それをかるーく斬っちまったってんだから、相当な腕ですな」

「なに、慣れているだけのことだ」

 夢人は出された茶を啜りながらこともなげに言う。

「慣れてるねぇ……何人斬ったらそこまでに慣れるんですかねぇ。いや恐ろしい」

「はははは」

 夢人ははぐらかすかのように笑う。屈託の無い。どれほどの場を踏めば、人を斬った後でこのような顔をすることが出来るのか。

「しかしあの騒ぎでは、しばらく賭場も開けぬのではないか」

「まぁそうでやしょうねぇ」

 貸元はうーんと首を捻る。

「良いじゃないですかお前さん」

 貸元の脇に座った妙齢の女が、新しく急須に入れた茶を勧める。貸元の女房でなかなかに色気のある女だ。

「先生にもしばらく骨休めしてもらえば。ねぇ先生」

「確かにしばらくは平穏無事って所か……いっそ湯治場にでも行こうかよ」

「あら。いいねぇお前さん。そうしようよ」

「先生もご一緒にどうです」

「そうだな……お園さんが相手をしてくれるなら考えようか」

「せ、先生っ馬鹿な事はいいっこなしですぜ」

 貸元にとってお園は後添えになる。この歳若い女房をべたぼれしていた。

「ははは。やはり私は遠慮しておこう」

「いやまぁ……そうですか、それじゃぁまぁ」

 貸元は手文庫を引き寄せると頑丈な造りのその蓋を開ける。

「これは今回の手間賃で……」

 かちりかちりと小判を四枚並べる。

「あとはこれで、しばらく遊んでておくんなさい」

 更に二枚、あわせて六枚の小判が並ぶ。小判一枚でひと月あまり家族が食べていけるご時世である。かなりの大金だが、人を斬った代金としては高いのか安いのか。

「うむ。いただこう」

 夢人は小判を懐に収めると、ゆっくりと立ち上がる。

「馳走になった」

「それじゃ先生、なにかあったらうちの若いもん走らせますんで、それまではゆっくりしていてくださいや」

「ふふ、時間だけはたっぷりあるからな。せいぜいのんびりさせてもらう」

 表へ出ると昼八つといったところでまだ日は高い。長屋に戻ってもする事は無い。夢人は門前町あたりをふらりと散歩することにした。

懐も比較的暖かい。水茶屋で団子でも摘むのも良いかもしれないし、その団子を包んでもらい、馴染みの女のところに行くのも悪くない。

「金があるのは良いことだな」

 人の賑わいを楽しみながらふらりふらりと歩いていると、向うから浪人風の男が三人歩いてくる。浪人風とはいっても身なりが良い。身なりが良いと言う事は金をもっているということだ。

金を持っている浪人は、たいていが悪い奴だ。

お人好しでは生きていけないのである。その点夢人も似たり寄ったりだった。

 そんな羽振りの良さそうな浪人が三人、道の真ん中を我が物顔で歩いてくる。

道行く人は迷惑そうに道端に避けていく。傍迷惑だがそれを咎め立てるものはいない。そんなことをして面倒に巻き込まれるのは真っ平ごめんなのだ。

 夢人も好んで面倒に巻き込まれるつもりは無かった。

我が物顔で歩きたいなら歩いていれば良い、自分には係わり合いのないことだ。夢人もわれ関せずと道の脇へと離れる。

しかしどこか面白くないという感情も残っていた。

 カチ

 すれ違いざまに硬いものがぶつかる小さい音。それと同時に三人組の血相が変わる。

「おい貴様。鞘がぶつかったぞ」

「……そうか。私は気が付かなかったがな」

 嘯く夢人。事実鞘当をするつもりなど毛頭無かった。

しかし、それを明白に避けるほど離れなかったのも事実である。つまりはどう転んでも夢人には構わなかったという事になる。

いや、本当はこうなるのを望んでいたのかもしれない。

「気が付かなかっただと。ふざけたことを言うな。第一髷も結わずに総髪を流しているようなその風貌が気に喰わん」

「ほう……気に喰わなければどうする」

「気に喰わなければどうするかだと。馬鹿め、一言詫びを入れれば見逃してやったものを」

 鞘が当った男は刀に手をかけるとスラリと抜く。遠巻きに野次馬が集まり始める。

「抜け。抜くまで待ってやろう」

「刀を納めろ。今収めれば見逃してやるが」

「なんだとっ。抜け、抜かぬなら斬るっ」

「わるいことはいわん。あんたでは私は斬れそうにない。刀を納めよ」

「斬る」

「忠告はしたぞ」

 男は上段から斬り降ろす。その切っ先を半身で交わすと夢人も一閃。夢人の切っ先は寸分たがわず男の喉元でぴたりと止まる。凍りつく刻。

「な……」

「だから無理だといったのだ」

 あわてた残りの二人が刀を抜く。しかし仕掛ける事は出来ない。仲間の命は夢人の手の上なのだ。

「……まいった。謝る。謝るから許してくれ」

 切っ先をつきつけられた男の額からねっとりとした汗がだらりだらりと流れ始める。激昂し赤くなった顔も今ではすっかり蒼く変わっていた。

「さてどうしたものか」

 夢人は首を傾げる。おどける様なとぼける様な態度。しかしピタリとつけた切っ先は毛ほども動くそぶりを見せない。

「貴様……我らを『黄道館』門人と知って嬲る腹か!」

「『黄道館』だと」

 夢人は更に首を傾げる。確かにどこかで聞いたような気はする。が、一向に思い出せない。

「知らんな」

 そっけなく答える。再び凍りつく刻。

「……な……ならば……」

 対峙した浪人の一人が喉から絞り出すように声を上げる。

「何故我らに因縁をつける」

「……は」

 この言葉には流石の夢人も唖然とする。

「は、は、は、ははははははは、これは良い」

 夢人は腹の底から笑う。屈託の無い笑い声。そこには嘲笑も侮蔑も感じられない。ただ可笑しいから笑う。そんな笑い。

「な、何が可笑しい!」

 顔色を紅くしたり蒼くしたり、めまぐるしく変化させながら怒鳴る。ピタリと止まった夢人の切っ先とは対照的にカタカタと震える切っ先は、まさに彼等の肝の有り様を現していた。

「何が可笑しい……仕掛けてきたのはそちらではないか。なぁ」

 言葉に詰まる浪人たち。事の次第がどうであれ、先に抜いたのは浪人たちである。因縁をかけたほうは浪人たちなのだ。

「まぁよい。私もそろそろ飽いてきた。終わりにしようか」

 夢人のその言葉に浪人たちは少し息をつく。やっと終わる、そう感じ取ったのだ。特に切っ先をつけられた男などは、ようやく安堵の色が浮かぶ。

 しかしその瞬間、夢人の切っ先は素早く一閃する。

一閃させた切っ先が男の喉笛を掻き切る。喉笛はその名の通り息を漏らし、ヒューと甲高い音を告げる。

 男は顔を真っ赤にしながら喉を掻き毟る。幾ら息を吸おうとしても、息をすることが出来ないのだ。

暫し掻き毟った後、目をぐるんと白く剥くと、そのままドウッと倒れた。

「貴様っ」

「終わらせるとは言ったが助けるとは言っておらん。刀を抜いた以上、斬るか斬られるかだ。違うか」

「お、おのれっ」

 あわてて刀を構えなおす二人。

それにゆっくりと対峙する夢人。

二人は正眼に、夢人は下段に構える。動けない二人。動かない一人。

「キエェェェ」

 喉の奥から振り絞るような奇声を上げ、正眼に構えた切っ先を振り上げると、一人が突き動かされるように斬りかかる。

身を守っていた正眼の切っ先が、振り上げる事により無防備になる。

 同時に夢人も踏み込む。下段からの切り上げを一閃。その切っ先は胴を深く切り裂く。両断された臓物が、切り裂かれた腹からビタビタと零れ落ちる。

「おのれ」

 残る一人も斬りかかる。夢人は切り下げた刃を返すと体を入替え、それと同時に切り上げる。突いた浪人の伸びきった左の手首がすっぱりと切り落される。

「ぐぐぅ……」

「手当てをすればお前だけは助かるぞ」

 夢人は手首を押えてうずくまる浪人にそう声をかけると、刀を収める。そして野次馬を掻き分けながら悠々とその場を後にした。


      弐


「だれかな」

 野次馬を抜けると人影が一人、夢人の後ろをついてくる。仲間かとも思ったが、どうにも殺気が感じられない。夢人は振り返るといつもののんびりとした口調で声をかける。

「いやぁ旦那。強いねぇ」

 そう答えたのは背の高い人物。夢人も背は高い方だがそれよりも四、五寸高い。体格は夢人よりも数段良く見えた。

 朱色を流した着流しを身に付け、頭には漆塗りの菅笠。そして何よりも目を引くのは、その人物がどうみても女だということだ。

 肉付きの良い豊満な体躯は肥満ぎりぎりといえなくも無いが、長身と相まって均整を保っていた。

洗い髪を後ろで無造作に束ね、切れ長の目とすっと通った鼻筋は十分に美人といえた。

「思わず見惚れちまいましたよ」

 そういうとニッコリと微笑む。

「なに、たいした腕ではないよ」

 夢人も返礼とばかりに微笑む。

「で、何用かな」

「いやまぁ……用があったのは旦那が斬ったほうだったんだけど……」

「ほう」

「まぁその辺は追々と。旦那、立ち話もなんだからその辺の茶屋にでもどうです」

「ふむ……まぁよかろう」

 連れだって歩く二人。

片や総髪を後ろに流した男。

片や男物の着流しを着た大柄な女。

傍目には偉く目立つ組み合わせである。目立つ組み合わせではあるが、特別気に留められるかというとそうでもない。

とかく江戸は人が多い、人が多ければいろいろな人がいたものである。

 

程なく門前町に入る。日和も良いためかそこそこの人通り。二人は適当な茶屋に腰をかける。

「お団子。みたらし十個に餡子十個ね」

「おいおい。そんなにどうするのだ」

「どうするって……食べるに決まってるでしょうに」

「そんなにか」

「たいした量じゃありませんって」

「どこがどうたいした量じゃないのか……」

「まぁまぁ」

 ぱくぱくと食べ始める女。

「なるほどたいした量じゃなさそうだな」

その食べっぷりに苦笑を浮かべる夢人も、茶を啜りながらみたらしに手を伸ばす。香ばしい醤油の香りと甘い香りが確かに食欲をそそる。

「して、そなた名はなんと言う」

「……ん……」

 女はしまった、という様にはにかむ。茶を啜り団子を流し込む。

「失礼しました。まぁそうですね……『牛』とでも呼んでくださいまし。で、旦那のお名前は」

「牛か……言い得て妙だな。私は春夜夢人だ」

「夢人の旦那ね」

「それより先ほど斬った連中に用事があるといっていたが」

「ああ、その話でしたね」

 牛は再び団子を頬張りながら頷く。

「じつはさるお方から探るよう言い付かってましてね」

「そんなことを知り合ったばかりの私に話していいのか」

「あまりよくはないですね。でもまぁ、いいです」

「いいのか」

「いいんです」

 牛はあまり気にした風も無く先を続ける。

「そもそも連中はなんなのだ」

「……旦那、知らずに斬ったんですか」

「『黄道館』とか名乗っていたが……どうにも思い出せん」

「連中もエライお人に絡んじまったねぇ……」

 飄々と話す夢人に牛は半分呆れ顔で説明する。

「『黄道館』は符術や祈祷なんかで最近巷を騒がせてる集団ですよ」

「……ああ、思い出した。無料で病を直してくれるとか、広く施しを行なっているとか、そんな噂を聞いた事がある」

「そうそう、その『黄道館』です」

「ふむ……しかし解せんな。ならば先程のような浪人風情と関わりも無いと思うが」

「以前はそうだったんですけどね。噂が噂を呼んで人気が出る。人気が出ると人が集まる。人が集まれば自ずと金が動く。金が動けば……って寸法ですよ」

「なるほどな」

 結局のところ金なのだ。

金は人を狂わせる。

しかしこの苦界にあって、人は狂わずにはいられない。

「まぁ……要はちょいと大きくなりすぎたって事ですね」

「それで探りを入れているのか。ふむ……おぬし、公儀の手のものか」

「え……あは、まぁ似た様なものかな。公儀に仕えてるわけじゃないですけどね」

 牛は笑いながらはぐらかす。夢人もそれ以上の詮索は止めた。

しかし話は意外な方向に流れ始める。

「そうだ旦那。一仕事する気はありません」

「仕事だと」

「うまくいけば仕官って事になるかもしれませんよ」

「仕官か……」

 浪々の身となって十年、いろいろなことに手を染めてきた。それこそ表に出来ない事柄も数多い。生き残る浪人はそうやって穢れていく。

既に夢人は武士として生きる事は出来なかった。浪人は浪人として生きるしかないのである。

「宮仕えは御免被る。が、仕事というのは興味があるな」

 夢人は最後に残った餡子の団子を手に取ると、茶と一緒に頬張りながら答える。殆どの団子は牛の腹の中に消えていた。

「あ……」

「ん?」

「……ええっと。それじゃぁ今度改めてお声をかけさせていただきます」

 牛は菅笠をかぶると立ち上がる。

「そうか、楽しみに待っていよう」

「じゃあ旦那。ご馳走様」

「おいおいまてまて」

 流石の夢人もこれには慌てた。団子二十本に茶代。この時代、茶代だって馬鹿にはならない。

「お前が払うんじゃないのか」

「野暮なことはいいっこ無しですよ。旦那」

牛はクツクツと笑いながら歩み去る。夢人はただ唖然とするばかり。

「これは……いっぱい食わされた。いや、食われたか」

 自然と笑いが込み上げてくる。初めは喉の奥で堪える様に、次第に噴出し、声になる。屈託の無い笑い声に道行く人が振り返る。

「はははははは、いや、参った」

 一頻り笑った夢人は満足げに溜息をつくと、茶をもういっぱい。ゆっくりと啜った後、小粒を置いて茶屋を後にした。


      参


「で、逃げ帰ってきたというわけか」

 上座の男が静かに、しかし威圧のある声で答える。

「……面目次第も御座いません」

 左手を押さえた浪人は小さく縮こまる。

「右手はまだあるようだな。腹でも切るか」

「……」

「そう責めなさるな」

 助け舟を出したのは人の良さそうな小柄な老人。軽杉袴に羽織姿。どこぞの隠居といった風情だ。手元に竹で出来た杖を携え、大事そうに磨きつづけている。杖はかなり使い込んでいるらしく、手油が染み込んで黒光りをしていた。

「無理せず下がって養生なさいな。おって沙汰するでな」

 浪人は頭を下げるとそのままその場を辞する。

「御老体は優しい事だな」

「責めるべきは奴等が昼日中から酒を飲み騒いでいた事じゃよ。まぁそれも今回の事でいい薬になったじゃろうて」

「うちはその浪人はんが気ぃになりますわぁ」

 京訛りでそう告げたのは風変わりな女だった。髪を唐人風に左後ろで団子に結い、右目には刀の鍔で拵えた眼帯。胸に晒しを巻きその上から丹前を羽織る。下にはたっつけ袴を履き、手元には五尺はあろうかという大野太刀を携えていた。

「気にするまでも無かろう。腕は少しは立つようだが、所詮は痩せ浪人。どうということも無い」

 とは坊主頭の巨漢だ。手や腕の節々がまるで岩のように厳つく盛り上がっている。僧衣を身にまとった姿は弁慶を思わせた。

「なんならあっしがちょっと探りを入れやしょうか」

 これは町人風の男。どこにでもいそうな男だったが目付きだけは鋭い。懐に入れた手を動かすたびにカツンカツンと小さな音が鳴った。

「ふむ……本当に腕が立つなら仲間に引き入れるのも良いかも知れぬ」

 上座に一人陣取る浪人風の男はそういって頷く。

月代は剃っていないがきちんと髷は結い、袴を身に着け、陣羽織を羽織っていた。広い肩幅でがっちりとした体躯をしており、相当に修行を積んだ剣客に見えたが、どこか学者のような雰囲気も持っていた。

どうやら一同の中でも上に立つ人物のようである。

「軍学様」

 障子が開けられると、そこには年若い門人が一人。

「越賢良師様がお呼びです」

「わかった。今行く」

 軍学と呼ばれた陣羽織の男はすっくと立ち上がる。

「吉助」

 へい、と答えたのは町人風の男。

「手数をかけるがその男、少し調べておいてくれ」

 へい。吉助の懐が再びカチリとなる。


      四


「お召しでしょうか」

「うむ軍学。首尾はどうじゃ」

 広い板の間。正面に設えられた祭壇の前に烏帽子姿の神主然とした壮年の男が立つ。

「順調に。が、今だ時は至りません。いま少しご辛抱を」

「こうしている間にも世情には苦悶が満ち満ちておる。救えるものが零れ落ちていく。待つとはこれほどに苦痛に満ちたものであったか」

「良師様の苦悩は察するに余りまりますが……」

 軍学は深々と頭を垂れる。

「急いてはことを仕損じるとは真実なれば……闇雲に人を集めれば、それだけで綻びの元となります」

「うむ……」

「かつて由比正雪が幕府転覆を謀った時も、仲間内から事が洩れたのが原因と聞き及びます。しかもその者は正雪の右腕ともいえる人物。そこまで信用した者からでさえ、事は洩れ出すのです。慎重には慎重を重ねねばなりません」

「うむ……しかし……」

 良師は懐に入れた一冊の古びた書物を取り出す。

「我がこの太平要術書を手に入れたその時から、我には世直しの天命が下されたのじゃ」

「御意」

「故に我は過去にその志半ばで倒れた大賢良師を越えるものとして越賢良師を名乗り、この国に太平楽土を打ち立てようぞ。蒼天已死黄天當立。蒼とは葵、すなわち徳川幕府じゃ。今こそこの預言が成就されるときにほかならぬ」

「御意」

「そうでなければこの力、天がくだされた意味が無い」

 良師は振り向きざまに手を振るう。それと同時に祭壇に掲げられた蝋燭にぽぅっと火が点る。ゆらゆら揺れる灯火。

「お父様……」

 先ほどから脇に控えた巫女が控えめな声を上げる。その言葉からどうやら良師の娘らしかった。年のころは十五、六。長く艶やかな髪を水引で縛り、黒目がちで大きな瞳が神秘的な色合いを醸し出していた。

「そろそろ御祈祷の刻限です」

「うむ。承知しておる」

 良師は鷹揚に頷く。しかしその直後に少し顔色が曇る。

「病平癒の符水も今では布施を頂くようになってしまった。以前のように無料で施すことは出来ぬものか」

「良師様のお心は承知しております。しかし」

 軍学が言葉を続ける。

「世直しには軍資金が必要です。それに布施は富める者のみから集めております。彼らにとってはさしたる金子ではないはずです。なにとぞ心安らかに」

「うむ……そうか……」

「お父様……」

 再びうむ、と頷く良師。

「世情の事はそなたに任せる。頼りにしておるぞ」

「ありがたきお言葉。この鏑木軍学、一命に代えましても」

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