ずんばらりん

竹雀 綾人

序章

「さぁ半方無いか、半方無いか」

 賭場の熱気の中、諸肌脱いだ中盆の威勢の良い掛け声が響き、木札の張られる乾いた音が鳴る。町人風の男から浪人に遊び人、雑多な人々が賭け事の興じている。

「丁半揃いました。では、勝負」

 壷振りがゆっくりと壷を上げる。その目に皆の注目が集まる。

「グニの半」

 溜息をつく者、膝を打つ者、見上げる者、俯く者。出目一つで千差万別の表情が浮かぶ。そんな坩堝の中に新しい客が。浪人風の男が二人と、その仲間らしい遊び人が三人ほど。遊び人風の男たちはきょろきょろと鼠の様に目を動かしている。

「旦那、腰のものはお預け願いやす」

「うむ」

 賭場の入り口で若い衆が声をかける。肩幅の広いガッシリとした浪人は鷹揚に頷くと腰の刀に手をかけ、そのままスラリと抜き放つや袈裟懸けに一閃。

いきなりのことでわけのわからない若い衆は、肩口から胸にかけてをざっくりと切裂かれ、きょとんとした顔のまま、ぺたりとその場に崩れ落ちる。

「と、賭場荒らしだっ殴りこみだぁっ」

 熱気の充満した賭場の空気が一気に凍りつき騒然となる。

あわてて逃げ出す遊び人。

その場にへたり込む商人。

状況を見極めようとする浪人。

「舐めるなよこのどサンピンがっ」 

 長脇差を手にした血の気の多い賭場の若い衆が怒号を上げながら斬りかかる。

しかし浪人は体を捌いて軽くいなすと、逆袈裟に斬る。

若い衆は勢い余ってそのまま前のめりに倒れこみ、ピクリとも動かない。

次第に畳が赤く染まっていく。

「代貸しはいるか」

 もう一人の痩せた浪人が声を上げる。

「上がりを差し出して『これでお引きとりを』と土下座の一つもすれば命まではとらぬぞ」

「死んでからじゃ土下座もできねぇぜ」

「ここもいずれ俺達のものになるんだ。血で汚れるのはかなわねぇ」

 取り巻きの遊び人の喉からくくっと笑いが漏れる。縄張り争いの賭場荒らしなのだ。相手の面目さえ潰せればそれで良い。

「ば、馬鹿なことを言うんじゃねぇやっ」

 賭場の奥、長火鉢の前で煙管をふかしていた代貸しが、すこし上ずった声で、それでも逃げずに言葉を返す。

「せ、先生っ出番ですよ。そんな悠長に構えて無いで頼みます」

「ん……そのようだな」

 賭場の入り口からは死角になっている木戸の陰に、どうやら人がいるらしい。

「おい若いの……すまんが火鉢を頼む。もう少しで餅が焼けそうなのだ」

「餅って、そんな先生悠長な」

「まぁまかせておけ」

 代貸しの焦りとは真逆な、のんびりとした声をと共に木戸の奥から人影が、すぅっと立ち上がる。

 風変わりな男だった。

一見すると浪人のようだが、背まで伸びる総髪を結いもせずに後ろに流し、黒い着流しの裾からは女物の肌襦袢なのか薄桃色が見え隠れする。

脇差を腰に、大刀を手に携える。

「さて、お相手いたそうか」

 異質な雰囲気に浪人二人は身構える。

一人は中段に、もう一人は正眼に。

総髪の男はカチリと鯉口を切るが、鞘に収めたままに対峙する。

「抜かぬのか」

「抜かねば斬り込めぬか……」

「ぬかせ」

 正眼に構えた痩せた浪人が踏み込むと同時に切っ先を振り上げ、一気に斬り下げる。

男はそれを一寸の間合いで見切る。見切られた浪人は目を丸く見開くと慌てて退いた。

 浪人が退くと同時に男が前に低い姿勢で踏み出す。踏み出しながら鞘走らせると斬り上げ気味に薙ぎ切る。

煌く白刃が浪人の胴を薙ぐ。

一拍を置いてその胴がぱっくりと口を開け、赤白い臓物がズルルとはみ出す。

浪人は腹を抑えながらなす術も無く座り込んだ。

「……すこしは出来るようだな」

 斬られた仲間を一瞥することも無く、もう一人の浪人は中段に構えた切っ先を男に向ける。

男も鞘を腰に指すと、呼応するかのように刀を構える。下段の構え。地摺りに近い。

「わしは上田弥左衛門という。おぬし名はなんと言う」

「聞かねば斬れぬか」

「斬る相手の名は聞くことにしている。嫌ならば良い」

「春夜夢人」

「……本名ではあるまい」

「さぁてな」

 夢人と名乗った男は口元を微かに歪める。自嘲的な笑み。

「きえっ」

 その笑みが挑発と見えたのか、触発されたかのように気勢と共に弥左衛門が踏み込む。踏み込むと同時にグンッと伸びる切っ先は夢人の喉元を狙う。

 しかし夢人はやはり一寸の間合いでその切っ先を見切ると同じく踏み込み、それと同時に下段の刀を斬り上げる。

 弥左衛門の両手首から先がズッパリと切裂かれ、手にした刀と共に前方に飛ぶと、ざっくりと天井に突き刺さる。硬直した手首は刀からは離れず、赤い雫が滴り落ちる。

「ぐ……が……介錯を……」

 切り落とされた手首から鮮血を噴出しながら弥左衛門はがっくりと膝を付く。両手首を失っては、たとえ一命を取り留めたとて、生きる術は無い。

「良かろう」

 夢人は再び一閃。ブッっという低い音と共に弥左衛門の首筋が切裂かれ鮮血が零れる。既に多くの血を流しているためか、噴出す事は無かった。

そのまま弥左衛門は前のめりにドウッと倒れる。

見れば腹を裂かれた浪人も、自分の手で首筋を切裂き事切れていた。

「さて……後はおぬし達だけだが……」

 匕首を手にした遊び人風の男が三人、各々が背をつけあって、三方を睨む。しかしその手は震え、腰つきもおぼつかない。当てにしていた浪人二人があっさりと斬られ、敵地のど真ん中にたった三人取り残された形だ。

「まぁ、私がやるまでもなさそうだ……後は任せる」

「承知でさっ。やい手前ぇら生きて帰れると思うなよっ」

 木刀段平を携えた若い衆がよってたかってのタコ殴りメッタ刺し。これならば夢人にひとおもいに斬られたほうが楽であったかもしれない。

「お疲れさんでした」

 一方的な制裁を横目に見ながら、余裕を取り戻した代貸しが一服付けながら夢人に対して労いをかける。はじめの狼狽ぶりを見るといささか滑稽とも見えるが、そんなことを気にする柄でもないのだろう。

「ふむ……おおそうだ、おい若いの。餅はどうなった」

「へい、焼けとりやす」

 差し出した皿には醤油を絡めて海苔を巻いた磯辺焼きが三つほど。

「おお、焼けたか焼けたか。うむ美味そうだ」

 夢人はひょいと一つを摘むと香ばしい香りを楽しみながら、嬉しそうに口に運んだ。

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