異世界無双は始まらない

生際防衛隊

異世界無双は始まらない

 ―――――さい。


 うるさいなぁ。

 眠いのに。


 ―――――てください。


 本当にうるさいなぁ。

 僕は寝むたいんだよ。 


「起きてください!!!」


 うるさっ!

 はいはい。

 分かりましたよ。

 起きれば良いんでしょ、起きれば。

 僕は眠い目をこすり、渋々目を開ける。


 ん? 

 ここはどこだろう?

 見覚えのない場所だけど。

 というか、場所なのかな。

 真っ白で何もないんだけど。

 床すらもないのに、立っている感覚はあるとか、すっごく不思議。

 確か、自分の部屋で寝てた筈なんだけどな。


「ようやく起きてくれたようですね」


 その声に視線を向けてみれば、わお。すっごい美少女がいるよ。

 僕が起きてホッとしてるっぽいね。

 年の頃は僕と同じ位か少し下かな?

 小柄だけど快活な感じの女の子がそこにいた。

 スッと通った鼻筋に、愛らしい瞳。

 さらさらと流れる白く輝くロングヘアは、まるで陽光のように輝いている。

 胸はちょっと控え目だけれど、大きければ良いってものでもないよね。

 そういった意味ではバランス良い感じだと思う。

 極めつけは、頭部に付いている犬っぽいケモ耳と、背後に見えるフサフサな尻尾だね。

 綺麗と言うよりも、可愛い、そんな表現がぴったりな感じ。

 美少女は微笑みながら口を開く。


「やっと会えました」


 嬉しそうに微笑む美少女。

 あれ?

 この娘ってば、僕の事を知ってる?

 誰だろう?

 知り合いではないと思うんだけど。

 ケモ耳な美少女と会った事があったら、絶対に忘れないだろうし。

 でも、何だか懐かしい気もするような?


「君は誰?」

「私の名はシオンと言います。貴方達の概念で言うところの女神といった存在です」


 うん。やっぱり知らない名前だね。

 ん?

 女神? 

 幾ら可愛いからって言っても、流石に女神を自称しちゃう子ってどうなの?

 抜群のルックスとは裏腹に、頭の方はちょっと残念な娘なのかな。

 まぁ、全てが完璧な娘よりも、ちょっと欠点があるくらいの娘の方が、親近感湧くよね。


「失礼ですね!」


 うお、ばれた!


「心読めちゃうとか、ひょっとして君ってエスパー?」

「読んでません!

 勝手に貴方がブツブツと呟いているんですよ!

 それに私は、女神ですってば!」


 ほんのりと不本意そうな表情を浮かべる女神ちゃん。

 ふむふむ。

 つまり、夢って事かな。

 だってそうでしょ? 

 見知らぬ場所で、見知らぬ美少女にようやく会えたとか、言われちゃってるんだ。

 こんな事、リアルでは有り得ないよね。

 となれば、やる事は一つ!

 目覚めが、ちょっぴり憂鬱な事になるかも知れないけど、仕方ないよね!

 思春期だもの。


「ちょ!? 全部聞こえてますからね!?」


 どんびきした表情を浮かべて、後ずさる自称女神ちゃん。

 ほんのりと目尻に涙も浮かんでるっぽい。

 ちぇっ しくじったか。

 これだけ警戒されちゃうと、女神ちゃんのおっぱいを蹂躙する事は厳しそうかな。

 夢の癖に、思い通りにならないとか、なんて不親切な展開なのだろう。

 夢の中くらいは、御都合主義でも良いじゃない。

 でも諦めるにはまだ早い。

 ちょっと方向性を変えて攻めてみますか。

 という訳でレッツ、チャレンジ!


「ねぇ。女神ちゃん」

「め、女神ちゃん!?

 な、なんでしょう?」


 僕の問いかけにおっかなびっくり返事する女神様。

 ちくしょう。可愛いじゃないか。

 その代わり、女神らしい威厳は微塵もないけども。

 よっしゃ、一丁仕掛けてみますか!


「責任とってよ」

「え? な、なんの?」

「ピュアな少年をぬか喜びさせた責任をとって、おっぱい揉ませて!」


 これは完全に僕の言い掛かりだ。

 そんな事は分かってる。

 でもこれが本当にただの夢だったりしたら、女神ちゃんはHなサービスも沢山してくれる筈。

 いや、百歩譲ってただの夢じゃなかったとしても、ひょっとしたら揉ませてくれるかも知れないよね。

 というか、ただの夢じゃないんだろうなぁ。とは、思っているのだけれども。


「はゎ!? はわゎわわ!?

 何でそんな痴女見たいな事を、しなければいけないんですか!」


 おっふ。

 そんな痴女みたいな事って、言われちゃったよ。

 まぁ、良く考えたら、出会って即おっぱい揉ませる女の子とか、僕も嫌だし。

 初めてはやっぱり、色々夢見ちゃうよね。

 憧れのお姉さんだったり、お隣の幼馴染とか、友達の綺麗なお母さんってのも捨てがたい。

 まぁ、そんなのはエロゲーや、エロマンガの世界だけでの話だろうけど。


「それよりも、いい加減に話を聞いてくださいよ!」

「はいはい。分かりましたよっと。

 それで? 痴女神ちゃんは僕に一体何の用事があるの?」

「痴女神ちゃん!?」

「アニメのヒロイン並みに露出度高い服装していて、今更でしょ」

「そ、そんな」


 そんな僕の言葉に、ショックを受けたらしい痴女神ちゃん。

 だって女神ちゃんときたら、漫画やアニメの学生ヒロインが着てるような、ミニスカの制服っぽい格好なんだよ?

 そんな格好の人が、リアルに居たとしたら、如何わしい映像の撮影くらいのものだと思う。

 思春期の少年は、前屈みになる事必至だし、下手したら普通に襲われちゃったりするんじゃないかな?

 ふふふ。女神ちゃんときたら、凄く不安そうな表情で、「私の格好ってそんなに変ですか?」とか、言いながら、衣服のチェックとか始めちゃってるよ。

 うんうん。美少女がおたおたするのを眺めるのって良いよね。

 端を発したのが、僕の言葉からなら尚更だよね。

 いやぁ、眼福、眼福。


「って、話を逸らさないでくださいよ!」

「あらま、ばれた?」


 一々リアクションが面白いよね、この子。

 ついつい弄りたくなっちゃう感じ?

 小学生男子が、好きな子に意地悪したくなっちゃう気持ち、ちょっと分るかも。

 とか、思ってたら、再び女神ちゃんの目にじわっと涙が溜まり始めちゃったっぽい。

 ちょっとやりすぎちゃったか。

 失敗、失敗。


「それで? その女神ちゃんが僕に一体何の用?」


 流石にちょっと可愛そうになって来たから、救いの手を差し伸べてみる。

 まぁ、僕としても、ずっとこのままだと流石に困る。

 幾ら美少女と一緒だとは言っても、二人きりだと色々と支障ありそうだし。

 主に僕の理性的な方面で。

 そんな僕の思いが通じたのか、パッと表情を明るくする女神ちゃん。


「よくぞ聞いてくれました!

 本日、私が貴方と接触した理由はですね。

 なんと! 貴方には異世界への転移権が当選したんですよ!」

「異世界への転移権?」


 ひょっとして、ラノベとかでよくあるあれかな。

 とりあえず、転生ではなく、転移って事は、僕が既に死んでいるって線はなさそうかな?


「はい! そうです!

 流行の異世界転移で、無双やチートが出来ちゃうチャンスですよ!」 


 そう言ってニコニコと笑う女神ちゃん。

 ようやく本題に入れて嬉しそう。

 しかし、分らない事があるし、腑に落ちない事もある。

 良し、駄目元で聞いてみるとしよう。


「あの。ちょっと質問良いですか?」

「はい! どうぞ!」

「何で僕なんです?

 僕は普通の高校生なんだけど?」


 ジャブとしてはこんなところかな。


「あ、その件でしたら、先ほども伝えた通りです。

 神というのものは、人々の願いを叶える存在なんですよ。

 人々の願いを叶えることによって、信仰されて力を得ます。

 人々の想いが、私達、神族の力の源という訳ですね!」

「つまり、異世界転生や転移といった、願いを持つ者が増えたから、信仰の為にそれを叶えてくれるって事なのかな?」

「はい。そういう事です。

 理解が早くて助かりますよ!」


 ふむふむ。

 要するに、お客様に対する利益還元的なものなのかな。

 理屈としては分らなくもない…… かな?

 でも、僕自身は、そんな願いをした事はないんだけど?

 となれば、僕の返答は決まっている。

 僕はニッコリと笑顔を浮かべて、女神ちゃんに向かって口を開く。


「いや、そういうの間に合ってるんで」

「ああ。良かった!って。

 ええええ!?

 間に合ってる!?」


 おおぅ。本当に弄り甲斐あるなぁ。

 何そのリアクション。

 今時こんな分りやすいリアクションとる人っているんだね。

 いや、人じゃなくて女神ちゃんか。 

 まぁ、女神ちゃんにはちょっと悪い気がしなくもないけど、そんな話を鵜呑みにする訳ないよね。

 旨い話には裏があるってのが、こういった話の定番だし。


「はわゎわわ!?

 何でですか?

 異世界ですよ!

 チートですよ!

 きっとモテモテですよ!」


 何だかワタワタと慌てながら必死に語りだす女神ちゃん。

 うん。これはあれだね。


「さっきから女神ちゃんってば、何だか必死だよね?」

「!? い、いえ…… そんな事はありません……よ?」


 疑うような僕の視線に、露骨に挙動不審になる女神ちゃん。

 しかも最後の方なんて、何故か僕に疑問系で、問いかけちゃってるし。

 これじゃ、何か裏がありますって、自白してるようなもんだよ。



「でも、モテモテってのは、ロマンあるね」

「そうですよ!

 年齢=彼女居ない暦も、異世界にさえ行けば、終わる事間違いなしですよ!」


 ニコニコと、胡散臭い営業トークみたいな事を言い放つ女神ちゃん。

 カッチーンときたよ。

 それじゃ、まるで僕が不細工みたいじゃないか。 

 何て酷い事を、何て良い笑顔で言い放つんだ、女神ちゃんは。

 その表情を見れば分るよ。

 この言葉に関して、女神ちゃんに悪意はないって事は。

 まぁ、何かしらの裏はあるんだろうけど。

 だから、余計にメンタルにダメージ来るよ。

 そりゃ、僕もラノベに出てくるような異世界には興味深々だよ?

 でもね。

 だからといって、即YESって言う人は居ないんじゃないかな。

 いや、中には居るのかもしれないけど。

 人生が懸かっている訳だし、ホイホイ食いつく訳には行かないよね。


「折角大学の推薦決まったところだからなぁ」

「はゎわわ!? チートですよ!? 剣と魔法ですよ!?」 


 そう、僕ってば、既に進路決まってるんだよね。

 それにしても、女神ちゃんってば、メチャ焦ってるね。

 何が何でも、僕に転移して欲しい気配がビシバシ伝わってくるよ。

 転移権とやらが当選したというだけの話なら、次の人を探せば良い訳で。

 それにも関わらず、僕を転移させたがっているって事は、僕じゃなきゃ駄目な理由があるんだろう。

 この女神ちゃんなら、揺さぶり掛ければ、ポロっと言ってくれそうな気がしなくもないけど。


「そういえば、チートってチートって騒いでるけどさ。

 僕って一体どんなチートになる予定なの?」

「何だかんだ言って、興味深々じゃないですか!

 素直じゃないんですから!」


 僕の質問にニパっと、俄かに笑顔になる女神ちゃん。

 小走りに僕の元へと駆け寄ると、馴れ馴れしく僕の肩をペシペシと叩き始める。

 同世代の男子にされたら苛っとするんだろうけど。

 可愛い。何だろう。

 この小動物的な愛らしさ。


「そりゃ、異世界にも、チートにも興味はあるよ。

 だから、教えてよ女神ちゃん」

「ふふーん。ならば、教えちゃいましょう!

 貴方に与えられる能力名は!」


 そこまで言うと、女神ちゃんは、クルリと一回転してビシっと僕を指差す。

 女神ちゃんってば、ノリノリだなぁ。

 見ている僕まで、何だか楽しくなってきちゃうよ。

 でも、他人を指差すのは失礼だから止めようね。

 そして一呼吸置いてから、女神ちゃんは口を開く。


「【女神シオンの加護】です!」


 女神の加護とか何だか凄そう。

 これはちょっと心躍るかも。

 いや、落ち着こう。

 冷静になるんだ。

 まだ、ポンコツな能力な可能性もある。

 これ見よがしに女神ちゃんの名前入りって時点で怪しいし。


「具体的には何が出来るの?」

「よくぞ聞いてくれました!」


 僕の質問に、ここぞとばかりに胸を張る女神ちゃん。

 慎ましやかだけど、淡い膨らみ。

 女神ちゃんが、間違いなく女の子なんだと再認識させてくれる。

 うんうん。とても良い光景だね。


「何が出来るかと言いますと!」

「言いますと?」

「ずばり! 私のような耳と尻尾が生えます!」


 胸を張って自信満々に答える女神ちゃん。

 言い終わると、満足げに一仕事やりきった感を醸し出す女神ちゃん。

 って、あれ…… それだけ?

 うん。何ていうか、あれだよね。


「何かしょぼくない?」

「しょぼいとか言わないでくださいよぅ」


 僕の言葉に心外だと言わんばかりに、頬を膨らませる女神ちゃん。

 やっぱり可愛いなぁ。

 何時間でも見ていられる気がするよ。

 っと、いけないいけない。

 和んでる場合じゃないよね。

 女神ちゃんってば、ちょっと説明不足すぎだと思うんだよね。

 うーん。

 これは、もうちょっと突っ込んで質問しとくべきだよね。

 女神ちゃんの説明じゃ、意味がさっぱり分からないしね。


「耳と尻尾が生えると何かメリットあるの?」

「へ? はわわわ!?」


 僕の質問に慌てる女神ちゃん。

 何これ。超可愛いんですけど。

 今まで膨れていたというのに、女神ちゃんってば、コロコロと表情が変わって本当に面白い。


「ご、ご質問の答えですが!

 聴覚や嗅覚が少し敏感に…… なり…… ます……

 身体能力も少しだけ……あがるかも?」


 一生懸命答えてくれる女神ちゃんだけど、みるみる勢いがなくなっていく。

 最後の方に至っては、やっぱり疑問系になっちゃってるし。

 そりゃ、そうだろうね。

 どう考えても、チートじゃないもん。

 あれば、便利だろうけど、無くても何とかなる。

 そんな感じの能力だよね。

 これで異世界無双は無理なんじゃないかな。

 まぁ、異世界人の身長が、5cmくらいなら無双出来るかも知れないけど。 

 そんな僕の視線に気が付いた女神ちゃん。


「仕方がないんですよぅ!

 私はまだ新米女神なんですから!」


 一生懸命に身振り手振りを加えつつも、言い訳をする女神ちゃん。

 見ていてとても愛らしいし、癒されるけど、言っている事自体はダメダメだよね。

 挽回どころか、むしろ逆効果なんんじゃないかな。


「あくまでも今は、ですよ!

 もっと信仰を集める事が出来れば私の力も増します!

 そうなれば―――――」

「能力も強くなる?」

「その通りです!」


 えっへんと胸を張る女神ちゃん。

 人間でも神様でも成長の余地があるって事は素晴らしいよね。

 胸とかも、もっと立派に育つと良いね。


「今…… 不謹慎な事を考えませんでしたか?」


 胸を隠すように手で押さえ後ずさる女神ちゃん。

 おっと、バレちゃった。

 口には出してないのに。

 新米とは言え、女神ってのは伊達じゃないのかも。

 つまり、今は微妙な能力だけど、努力次第では本当にチートや無双になれる可能性は秘めてるって訳だね。

 さて、お陰で少しだけ、女神ちゃんの魂胆が分かってきたよ。

 この部分を揺さぶれば、もうちょっと良い条件を引き出せるかも?

 という訳で、交渉スタート! 


「ねぇ、女神ちゃん?」 

「な、何ですか?」


 ニッコリと満面の笑顔な僕。

 対する女神ちゃんてば、ぎこちない笑顔。

 これじゃぁ、何か後ろ暗いところがありますよと言ってるようなものだよね。

 それじゃぁ、ズバッと核心を突いてあげようじゃないの。


「女神ちゃんの本当の目的は――――」


 そこまで言って一旦女神ちゃんの様子を見てみる。

 おっふぉ。

 やっぱり、はわわわって感じになってるよ。

 それに女神ちゃんってば、凄い汗。

 滝のような汗って本当に搔けるものなんだ。

 視線もぐるぐると宙を彷徨ってるし、何だかちょっぴり罪悪感。

 ごめんね、女神ちゃん。

 でも、ここは勝負どころだし、手を抜く訳にもいかないんだ。

 だから、僕は核心を言い放つ。


「力をつける為に、僕に信仰を集めさせる事、だよね?」


 信仰の利益還元サービスなんかじゃない。

 僕が異世界で女神ちゃんから貰った力を使えば、それは自動的に女神ちゃんという存在の宣伝になる。

 神などという目に見えない存在を、信じる事は難しいのかも知れないけどれど、実際に神の加護をその目で見る事があれば、その説得力は段違いだと思う。

 実は、信仰を集めさせようって言うのが、女神ちゃんの本当の目的だというのが僕の予想だ。

 正解なら、きっと女神ちゃんは、分かりやすいリアクションを取ってくれる。

 そんな期待を込めて、女神ちゃんに視線を向けてみれば。


 ばたーん。


 唐突に倒れる女神ちゃん。

 あらま、動揺し過ぎて倒れちゃったっぽい。

 うん。どうやら正解だったみたい。

 ちょっと危険な感じの倒れっぷりだったけど、この空間は床もないし、平気だよね。

 床もないのになんで「ばたーん」って音が鳴るのかは、不思議と言えば不思議だけど、今更そんな事を気にしてもしょうがないよね。

 そこいらのリアクション芸人さん達よりも、良いリアクション。

 今も、目をぐるぐるさせながら「きゅー」とか言っちゃってるし、可愛い過ぎでしょ。


「女神ちゃーん。大丈夫ー?」


 呼びかけてみるけども。

 女神ちゃんは、目を回したまま動かない。

 相変わらず「きゅーきゅー」言ってるよ。

 これは介抱するべきだよね。 

 僕も男な訳で、如何わしい気持ちがないとは言えない。

 というか、あるよ。

 だって美少女だよ?

 女神だよ?

 けも耳&尻尾だよ?

 介抱という大義名分がある今なら、触っても大丈夫だよね。

 むしろ触るなら今しかないって感じだよね。

 という訳で、失礼しまーす。

 そっと女神ちゃんへと手を伸ばす。

 うん。脈はあるっぽい。

 呼吸もちゃんとしてる。

 僕には医学の専門的な知識はないけども、大丈夫そうな気がする。

 まぁ、女神ちゃんが相手では、医学の知識なんて当てにならないような気もしなくもないけれど。

 それよりも、サラサラとした髪の手触りが、気持ち良い。

 何時までも撫でて居たくなっちゃうね。

 でも、そういう訳にもいかない。

 何故なら、メインディッシュの、けも耳さんが僕を待っているのです。

 という訳で、けも耳さんも触ってみる。


「ふにゅ~」


 おお。柔らかい。

 ピンと立った、けも耳さんは、弾力もあるし、温かい。

 髪の毛がサラサラといった感触なら、けも耳さんの方の毛は、凄くフカフカしてる。

 この手触り、何だか昔飼っていた犬のシロネの事を思い出すなぁ。

 クニクニと曲げてみたり、フッっと吐息を吹きかけてみても、気が付く様子はない女神ちゃん。

 でも、刺激を加えれば「ふにゅ~」とか「ぅきゅー」とかちょっと気持ちよそうな感じの反応はしてる。

 これ、本格的に寝てるだけなんじゃない?

 ふっふっふ。無意識でも、体は正直というやつなのかもね。

 この無防備な感じが、すんごく可愛い。

 ここか?

 ここがええのんか? とか言いたくなっちゃう。

 やばいね。もう何だか、ちゅーしたい。

 相手の同意もなくちゅーとか、アウトな気がしなくもないけど、幸い今の僕には女神ちゃんを介抱しているという大義名分がある。

 人工呼吸という名の手当てを行っても、許されるよね。

 大義名分万歳。


「ふにゅ?」


 それじゃ、頂きまーすってところで、目を覚ます女神ちゃん。

 具体的には後5cmってところで、女神ちゃんのおめめがぱっちりだよ。

 ある意味、お約束なパターンとも言えるね。


「はわ!? はわわゎわ!?」


 状況は良く理解していないっぽいけど、唇を死守しようとジタバタる女神ちゃん。

 状況は良く理解しているけども、人工呼吸を完遂しようとする僕。

 神様的な力でドーン! って、されちゃうかと思ったけど、女神ちゃんにそんな気配はない。

 新米だから、そんな神様パワーは振るえないのかな?

 でも、この体格の女の子としては結構力持ちみたい。

 何せ高校3年生男子の僕と唇手前で互角の攻防を繰り広げてる。

 このままじゃ、埒が明かないし、ちょっと説得を試みてみようかな。


「女神ちゃん、落ち着いて。これは君の為…… ではないけども、僕の為なんだ。

 どうか受け入れてくれないかな」

「はゎわわ! 素直ですか! 駄目ですよぅ!

 好きでもない人と、そういう事するのはいけない事だと思います!」


 あらま、拒否されちゃった。

 女神ちゃんのいう事ももっともだけど。

 でも、その程度で諦める僕じゃない。

 こう見えて、僕は意外と頑張り屋さんだったりするんだよ。

 だから、次の一手を打たせて貰おう。


「僕は女神ちゃんの事が好きだよ?」


 女神ちゃんの目前で。

 女神ちゃんの目を見つめながら。

 女神ちゃんに伝えてみる。

 これが僕の放った一手。

 でも、決して嘘じゃない。

 だって、こんなに可愛いんだもの。


「ふぇぇ!?」


 ポンっと、一気に赤面する女神ちゃん。

 けも耳はピコピコと世話しなく動き回り、その逆に尻尾はピンと伸びたまま硬直しちゃってる。

 うん。そんな気はしてたんだよね。

 やっぱり女神ちゃんには効果抜群だったね。

 自分で新米女神と言ってた位だし、発言や行動は年相応の、というよりもそれよりも幼い印象がある。

 つまり、女神ちゃんってば、神としての力だけではなく、精神面でもまだ未熟なんだ。

 まぁ、僕も一般的な高校生な訳で、成熟してるかと問われたら、まだまだ、未熟なんだと思うけれど。


「女神ちゃんは、僕の事、きらい?」

「はわゎ。嫌いではないですけど!」

「じゃぁ、好き?」

「好きです! 大好きです!

 き、嫌いな人だったら、わざわざ呼び出したりもしませんし!」


 真っ赤な表情のまま言う女神ちゃん。

 え…… 好きなの?

 ちょっとびっくり。

 僕ってば、寝てる間にちゃっかり、ちゅーしちゃおうとするような奴だよ?

 何だか女神ちゃんの将来が心配になって来ちゃうね。

 それにしても困ったな。

 冗談だよって言うタイミングを逃しちゃった。

 でもまぁ、女神ちゃんの目的が、転移者に信仰を集めさせるという事で間違いないと思う。

 となると、転移させる人物を予め選定していた?

 普通なら、より多くの信仰を集められそうな人を選ぶんだろうけど。

 この女神ちゃんなら、好みを優先しちゃう事も有り得そうな気がする。

 というか、女神ちゃんの発言からすると間違いなく好みを優先してるよね。 


「僕とは初対面なのに?」

「はわゎわゎゎ!?

 わ、私は、加護を付与するのに、ふ、相応しい人間を探していたんです。

 だから、貴方の事は、ず、ずっと見てました。

 加護を与えるなら、貴方が良いなって思ったんです」


 恥ずかしそうに、それでもしっかりと僕の目を見て言う女神ちゃん。

 心なしか抵抗していた筈の力も緩んでいる気がする。

 何という破壊力。

 あ。これはまずいかも。

 多分、今の僕は女神ちゃんに負けない位に、赤面しちゃってる。

 幾ら目の前に居るのが、けも女神だからと言ってもさ。

 自分がこんなにチョロい人間だったとは思ってなかったよ。

 何だか女神ちゃんの事を好きになちゃったっぽい。

 何で僕がこんなラノベの主人公みたいな事になっちゃってるの?

 赤面しつつも見詰め合う、僕と女神ちゃん。

 真っ赤に染まった頬も、ぷっくりと艶やかな唇も凄く柔らかそうだなぁ。

 どうしてこうなった。

 異世界転移の話だった筈なのに、何時の間にかラブコメ的展開になってるの?

 何だか、ちゅー出来ちゃいそうな雰囲気だし。 

 そろそろ理性も限界だし、良いよね?

 ちゅー、しちゃっても良いよね?

 良し! こうなったら、3・2・1で行こう!


 3


 2


 1


『♪♪♪♪♪』


絶妙なタイミングで鳴り始めるメロディー。


「うわぁぁあぁぁ!?」

「はわ!? はわわゎわ!?」


 予想外の展開に、軽くパニック状態になる僕と女神ちゃん。

 後ちょっとだったのに、何事ですか!?

 何処から流れて来てるの?

 音源を捜してみれば。

 発信源は女神ちゃんの懐からっぽいね。

 どうやら、女神ちゃんもその事に気が付いたみたい。


「あ、私のスマホに電話が掛かって来てたみたいです。

 ちょっと、失礼します」


 そう言って、そそくさと僕から距離をとる女神ちゃん。

 残念なような、ホッとしたような不思議な気分。


「もしもし。シオンです。

 え!? この空間の使用許可時間が過ぎてる!?」


 神様もスマホって使うものなんだね。

 びっくりしちゃった。

 それにしても、この空間って時間制でのレンタルだったんだ。

 二度びっくりだよ。

 女神ちゃんってば、時間オーバーで、怒られてるみたい。

 何だか、今日一日でファンタジーに対するイメージが、随分と変わったかも。

 だって、新米とはいえ、女神がスマホ片手に、この場に居ない通話相手に向かってぺこぺこ頭を下げてるんだよ?

 たまに公園とかでそんな感じのサラリーマンを見かけるよね。

 そういう人の事を社畜っていうんだとか。

 神様の場合は神畜になるのかな?

 新築みたいで、ちょっと良いかも。

 何だかファンタジーが、一気に身近になったような気がするよ。


「はい! 申し訳ありませんでした!

 はい、はい。それでは失礼します」


 それにしても話の脱線っぷりが物凄い。

 異世界転移の話からスタートして、ラブコメ展開を経て、神畜展開だよ?

 僕達は一体何処へ向かっていて、何処へ終着するんだろうね。

 あ。そんな事を考えている間に、通話は終わったみたい。


「女神ちゃん。話は終わったの?」

「あ、はい。何とかここの使用時間を、30分だけ延長させて貰えましたよ」


 嬉しそうに答える女神ちゃん。

 うんうん。良い笑顔。

 頭を撫でちゃおう。

 嫌がられるかなって、ちょっと心配だったけど大丈夫みたい。

 むしろ尻尾もパタパタしててちょっと嬉しそう。

 癒されるなぁ。


「って、こんな事してる場合じゃないんです!

 私は貴方に異世界転移をして貰―――――」

「いいよ」


 ふっふっふ。女神ちゃんの言葉を遮ってやったぜぃ。

 女神ちゃんってば、目を真ん丸くしてぽかーんと呆けてるよ。


「はゎ? 良いんですか?

 本当は貴方を利用して力を溜めようとしてるんですよ?」 

「うん。分かってる」

「チートも、無双も、ハーレムも、出来ないかも知れないんですよ?」

「それも分かってるよ」


 躊躇いもなく即答する僕。

 凄く戸惑う女神ちゃん。

 不安そうな目で僕を見つめてる。

 ちょっぴり、けも耳も尻尾も垂れ気味かな。

 君は僕を騙すつもりじゃなかったの?

 そんな目で見ないでよ。

 僕は僕なりに、女神ちゃんに凄く我がままな見返りを求めるつもりなんだから。


「でもね。女神ちゃんにお願いがあるんだ」

「な、何でしょう?」


 ううむ。流石にちょっと緊張する。

 落ち着け、僕。

 こういうのは初めてだからなぁ。

 でも、何時までもウダウダしてても仕方ないよね。

 良し、言うぞ。

 思いっきり息を吸い込んで、ありったけの勇気を込めて。

 僕はお願いを口にする。


「女神ちゃん、僕と一緒に異世界に行ってください」


 言っちゃった!

 言っちゃったよ!

 うひー。恥ずかしいなぁ。

 これって実質的に告白だよね。

 まさかこの僕が、初対面の女の子、しかも、けも耳な女神ちゃんを好きになっちゃう日が来るとは思いもしなかったよ。

 というか、女神ちゃんは何で無言なの?

 「はわわゎ」とか、言いそうな感じなのに。

 あ、ひょっとしてまた倒れちゃう?

 もしくは、立ったまま気絶しちゃってるとか? 


「女神ちゃん?」


 僕も不安になって問いかけてみるけれど、反応はない。

 どうしよう。

 女神ちゃんがフリーズしちゃった。

 普段の僕ならこれ幸いに悪戯しちゃうところだけれど。

 流石の僕も、告白直後にそれをするのは気が引ける。

 本当にどうしようかと、僕が頭を抱えそうになったその時だ。


 ポロリ。


 女神ちゃんの瞳から涙が零れ落ちる。

 それを切っ掛けに止め処なく女神ちゃんの瞳からは涙が溢れ続ける。

 なになに?

 一体どういう事?

 うれし涙なの? それとも、泣くほど嫌だったとか?

 やばいね。

 僕ってば、今、最高におろおろしてる。


「ご、ごめ…… なさ…… い。

 わ、わた…… その…… 嬉……しくって」


 涙ながらに言う女神ちゃん。

 ちょっと聞き取り辛かったけど、今、嬉しいって、嬉しいって言ってくれたよね!

 僕の聞き間違いじゃないよね?


「そ、それじゃぁ?」

「はい。不束者ですが、宜しくお願いします」

「良かったぁ。末永く宜しくね!」


 涙を流しながらも、ニッコリと微笑んでくれる女神ちゃん。

 ああ、もう。

 守りたいなぁ。

 この笑顔。

 僕も女神ちゃんへと微笑みかける。


「二人で頑張って信仰集めて、チートな異世界無双を目指しましょうね!」 


 元気よく言い放つ女神ちゃん。

 そうだよね。

 女神ちゃんはそれを目指したいよね。

 でも、僕は。


「ごめんね。僕はそれを目指す気はないんだ」


 思いっきり否定する。


「はゎ? はわゎわわ!?」


 女神ちゃんってば、ここまで来ての僕の言葉に、盛大に戸惑ってるね。

 そりゃぁ、戸惑うよね。

 女神ちゃんは信仰を集めるのが目的だったんだし。

 それを思いっきり否定しちゃってる訳だし。

 理由を言ってしまったら、女神ちゃんに嫌われちゃうかな?

 怖い。

 でも言わなきゃ。

 戸惑う女神ちゃんの目を真直ぐ見つめて口を開く。


「信仰を集めるという事は、皆の神様になるって事だよね?

 僕はハーレムも、チートも、無双も無くて良い。

 女神ちゃん、いや、シオンちゃん。

 君が居てくれれば。

 それで良いんだ。

 だから、僕の、僕だけの女神で居て下さい」

「そ、そ、それって私の事がが、す、好きだからって事ですか?

「うん」

「独り占めしたいって事ですか?」

「そうだよ。だめ?」


 これが僕の本心。

 掛け値なしの本当の想い。

 さっきのが告白だとしたら、今度のはプロポーズだ。

 神様にとって信仰の力が大切だって事は、僕にも何となく理解出来る。

 シオンちゃんが、信仰よりも、僕を選んでくれる自信もない。

 でも、この想いだけは。

 伝えておきたかったんだ。


「ズルイです。

 そんな事を、そんな顔で言われちゃったら。

 駄目だって言えないじゃないですか。

 分かりましたよぅ。

 貴方だけの女神になってあげます。

 浮気なんてしたら、私、泣いちゃいますからね!」 


 そう言って、少し恥ずかしそうに手を差し出すシオンちゃん。

 その手をぎゅっと握り返す僕。

 シオンちゃんの手の平の熱が伝わってくる。

 シオンちゃんも僕の熱を感じてくれているかな?

 そんな事を思ってシオンちゃんの方に視線を飛ばせば、同じように僕を見つめていた。

 僕達二人の間に、自然と笑みが零れる。


「それでは、行きましょうか?」

「うん。行こう」


 僕達の体は淡い光に包まれていく。

 新たな門出を祝福してくれているようにも見える。

 きっと僕達はこれから多くの出来事を、体験する事になるんだと思う。

 悪戯したり。

 はゎわわってなったり。

 笑いあったり。

 喧嘩したり。

 仲直りしたり。


 嬉しい事も。


 楽しい事も。


 苦しい事も。


 悲しい事も。


 僕達二人でなら、きっと乗り越えていけるよね。


 僕達の異世界物語は、まだ始まったばかりだけれど。 


 僕達の異世界無双は始まらない。

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異世界無双は始まらない 生際防衛隊 @haegiwaboueitai

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