4個目 パン屋さん、帰路に就く

「お、起きたかタツユキ殿」


 ソファから起きあがるとラドミールさんがキッチンで食器を片づけていた。

 精霊は、食べ物が気に入らなければ動いてくれないという気まぐれな性格らしく、昨晩二人で舌鼓を打っていたサンドイッチを置いていたら、キッチン丸ごと綺麗になっていたと豪快に笑いながら教えてくれた。

 うっすらとした記憶の中で美味しいと言っていたのを聞いたような気がする。


「おはようございます。少し飲み過ぎたようで、頭が痛いです」


「はははは、酒に弱いんだな。ほら、これ飲んで直しな」


 割れるように痛い頭を押さえ、起きあがるとラドミールさんが紙に包まれた薬らしきものと水を食卓に用意してくれていた。

 食卓に辿り付いて包み紙を開くと、むせるような薬の臭いと共にあの正●丸ラッパ印のような丸薬が三個現れた。


「なんですか? この丸薬、ちょっと臭いが……」


「良薬口に苦しってな。神様もそう言ってんだ、我慢して飲んでみてくれ」


 味はにおい通りの味で、出来るなら二度と飲みたくないと思う味だった。

 だが、胃に入って少し経つと頭痛が収まり、胃のムカムカも一切なくなり元気が出て来た。

 さすがはファンタジーと言ったところか。


「ラドミールさん! この薬凄いですね、さっきまでの頭痛が何処かに行ってしまいました!」


「そりゃ良かった良かった。それ万能薬だからな、何にでも効くんだ」


「何でも、ですか。それは凄いものをいただきましたね」


「ああ、いや、タツユキ殿のパンの方が価値があるものだからな。そう気にせんでくれ」


 改めて異世界すごい!

 身体の違和感が消えるくらいの薬だと高いのかなーと思い、聞いてみたがイマイチ価値が分からない。


「お気遣いありがとうございます。それでは、パンの仕込みもありますので、失礼させていただきますね」


「おう。なんも構えねぇですまないな。また来てくれ」


「はい! またご相伴に預からせてください」


 扉を開けると、空はまだ少し薄暗く朝靄が掛かり、心なしか澄んだ空気が自分の周りを取り巻いていて、眠気を吹き飛ばすついでで両手を上げて上体を反らし深呼吸をする。

 ふと車のほう――村の入口へ向かう途中から金属のぶつかるような音が二種類、風に乗って聞こえてくる。

 ドワーフだから鍛冶してるのかーなんてぼんやり考えながらのんびりと歩いているとだんだん音が大きくなっているようで、その音に比例して不安な気持ちがどんどん膨らんでいく。

 その気持ちを抑えながら小走りで駆けつけると、そこには日本で見る猪よりも身体が何十倍大きく、マンモスのような鋭い牙を持った獣が車に体当たりしている光景があった。

 もっと近くに……と、入り口の前線間近まで来るとドワーフ達が弓で必死に攻撃している姿が目に入り、そのタイミングで指揮をしているようなドワーフさんがこっちに気づく。


「おお、タツユキ殿!! 頼む、ラドミールを呼んで来てくれないか? 恐らくは鐘の音を聞いているとは思うが、念のためだ! タツユキ殿の鉄箱に気を取られている間に頼む!!!」


「え、ええ! すぐに!!」


 頭が真っ白になるほど混乱していたので、言われるままに来た道を出せる限りの速度で駆け戻り、ラドミールさんの家のドアを何度も叩く。

 何だ何だと出てきたラドミールさんに見たままを説明する。

 ラドミールさんは苦虫を噛み潰したような顔をし、僕を入り口に放置したまま室内へ戻り、身体と同じぐらいの巨大なハンマーを担いで来た。

 二人で村の入り口まで全力で走る。ラドミールさんは重そうなハンマーを担いでいるのに、走る早さが変わらないのはファンタジーで言う所のレベルが高い所為なのだろうか――と思ってる間に現場へ到着した。


 状況は相変わらず、他のドワーフ達が車を盾に村の柵の内側から弓で攻撃していて、車よりひと回り大きい巨大猪は僕の車に突進していて金属音が断続的に聞こえてくる。もうパンは焼けないし帰れないだろうと思い最後の姿を目に焼き付けようと隅々まで看取ろう。

 ……あれ?


「なんで車が無傷なんだろう……?」


「おお! ラドミールを連れてきてくれたか!」


「まさかこんな時期にレッドグレートボアが出るとは……」


「豪雷のラドが居れば千人力だ!」


 口々に戦っていたドワーフと野次馬ドワーフ達が声を上げたので、僕の呟きはかき消されたが、疑問は消えてない。

 日本の田舎では猪や鹿に当たった、若しくは当てられた車はそれなりに大きな傷やへこみが出来てしまう。

 だが、目の前にある自分の車はへこんでいる様子が無いし、細かい傷すら付いていないように見えた。

 そして巨大猪レッドグレートボアと車との衝突の際に出ている金属音は甲高く、まるで金属と金属を打っているような風に聞こえる。

 これはファンタジーなドワーフの皆さんの中に魔術師ソーサラーのような役職が居て、不思議な力で車を守っているのだろうか……と推測現実逃避した所でラドミールさんが櫓の上から光ったハンマーを構えて叫んだ。


「よし、てめぇら合図したら全員退避だ! 誰かタツユキ殿の防御頼んだぞ! 行くぞ、三、二、一、どりゃああああああ!!!!!」


 櫓の上から巨大猪が突進するタイミングに合わせて飛び上がり、構えていたハンマーを振り上げて勢いよく巨大猪の脳天めがけて叩きつけた。

 僕はというと、合図と共に他のドワーフに米俵のように担がれていてさらに他のドワーフが巨大猪と僕の間に塔盾タワーシールドを構えていたため殆ど見えなかったが、衝撃音と共にまばゆい閃光がほとばしったのは分かった。


 光が収束すると周りのドワーフ達は勝鬨を上げていたが、俵抱きされていた僕は担いでたドワーフがうっかり両手を上げたせいでバランスを崩し地面に転がされてしまっていた。


(あの巨大な猪を一撃で倒すってのは結構レベルが高いって事なのかな?)

 

 ラドミールさんのハンマーに負けず劣らず、大きくて重そうな斧を持ったドワーフが意気揚々と巨大猪へと向かっていき、ズザンと首に一撃を落とす。

 この村の戦闘系ドワーフ達はタメ技一撃必殺が決まりなのかと関心現実逃避している間に、ゴツい雰囲気のドワーフ三人で巨大猪の後ろ足を縛って櫓へ釣り上げ――遺跡特集番組で見たような埋葬用の――巨大な壺の中へ血を入れていた。

 これはジビエで良くある血抜きというやつなのだろうか? と、なんとなしに見ていたら血が流れていた傷口から白い煙が上がり、そのまま巨大猪全体を包んでしまった。


 そして他のドワーフ達全員で白い煙の塊になってしまった巨大猪に向かい、黙祷のような体勢で囲っていた。


「神よ、この収穫に感謝を捧げます」


 神妙な面持ちでラドミールさんが巨大猪の頭を天に掲げると、いつの間にが曇り空になっていた雲の切れ間から光の柱がスポットライトの様にそこへ降り注いでいた。


「「「感謝を捧げます」」」


 光が強くなると他のドワーフ達も声を揃えて祈りを捧げ、気づくと巨大猪の頭は消えたように無くなっていて、白い煙の塊になっていた巨大猪は霜で覆われているように見えた。

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異世界移動パン屋さん shirotaka @494976

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