3個目 パン屋さん、カンパーニュと酒を楽しむ

「持っていくのはカンパーニュにしよ」


 カンパーニュを焼くため、シンクの上に作業台のせスペースを確保する。

 レシピがうろ覚えだったので、スマホに保存していたレシピを見ているのだが、流石にネットワークには繋がっていない。

 さすがにそういうファンタジーは無理かと思ったが、全く使えないよりはマシだ。

 使えなくなる前に紙に書いて写しておかないと、と考えながら手際よく道具や材料を揃えていく。

 

 カンパーニュの生地は、水で溶いたモルトをハチミツを混ぜた水に混ぜ、ボウルにすべての材料を入れよく混ぜ、纏まってきた生地を作業台の上で時間を掛けてゆっくり捏ね、なめらかなになったら張るように丸め、ボウルに入れラップをかけて暖かい場所で30分ほど発酵させる。

 パンマットの上に生地を出して拳を入れ、三つ折りに折って……90度向きを変えてもう一度三つ折りにし、ボウルに戻しラップをかけてさらに30分発酵させる。 

 発酵が終わった生地をパンマットの上に取り出し、向こう側と手前から折って三つ折りにし、90度向きを変えてもう一度三つ折りにし、軽く膜を張らせるように底をとじる。

 打ち粉を多めに振った発酵かごにとじ目を上にして入れ、パンマットをかぶせ、室温で型いっぱいに生地がふくらむまで発酵させ、オーブンを300℃に予熱しておく。

 オーブンシートを敷いた作業台に逆さまにして取り出した生地を置き、クープ――パンを均等に焼き上げるため、成形後にパン生地の表面に入れる切り込み――を入れる。

 クープは先ほどのドワーフ達の持ち物に入っていた葉のモチーフを模して入れ、霧吹きでさっと表面を濡らし、オーブンシートごと熱した天板に移し、220度に温度を落として焼いて行く。

 もちろん、色を見て温度を調整することも忘れずに。



 * * *



 それなりに時間が掛るこの工程の合間に明日のパンの仕込みも挟みつつ、手土産のカンパーニュを焼き上げた。

 通常は手のひらサイズの物を出すんだけど、せっかくなので大きいまま焼いてみた。

 出来上がったカンパーニュは乗用車のハンドルくらいの大きさで、大きめ紙袋をで包み、麻の紐で結んで包み紙を固定した。


 包みを片手に村へ向かおうと村の入口に差し掛かった所で、日本人で3歳児くらいのドワーフの子が声を掛けてくれた。


「……っ! タ、タツユキ様!」


「こんにちは。えっと……?」


「ラド様の家まで案内するよう言われて来ましたっ! ダナと言いますっ!」


 案内してくれるダナちゃんと食べ物や工芸品などの話をしながらラドミールさんの家へと向う。

 ダナちゃんは金髪でウェーブ掛った髪を三つ編みにしていて、顔的にも幼児感あるのだが、本人曰く成人済みらしい。

 女性に年齢を聞くのは失礼だけど、気になる~っていう顔をしてたようで、照れつつ教えてくれた。


「……っ!」


 可愛いなぁと思って、うっかり小さな子に接するように頭を撫でてしまったのだが、素早い動きで距離を取られてしまった。


(あー……やっちゃったなぁ)


「ごめんね! つい撫でちゃって嫌だったよね!」


「いえ……嫌ではないのですが、ワタシは伴侶がいますので……」


「タツユキ殿、頭を撫でるのは求婚の意味があるんだ。ドワーフはそういう仕来しきたりがあるんだ」


 ちょうどラドミールさんが迎えに来てくれていたようで、ダナちゃんは助かったような顔で撫でられた頭を抱えながら来た道を猛スピードで走って行った。


「そ、それではワタシはここで失礼しますっ!」


「え、あ、あっ、ダナちゃん、ホントにごめんねー!」


 背中に謝罪の言葉を投げてみたものの、ちょっとリカバリー出来ないかなと思っていたら、腰の辺りをぽんぽんと叩かれた。


「俺が後からちゃんと言っておくから安心しな」


「是非とも宜しくお願いしますね」


 にやりと笑い頷くラドミールさんの後ろには他の家の倍以上の大きなログハウスがあった。

 


 * * *



「がははははは! そりゃ違いねぇわ!」


「面目ないです」


「まぁまぁ気にすんなよ! タツユキ殿はまだ来て浅いんだろ?」


「ええ、そうですね。今朝来たばかりです」


「その内慣れる慣れる! がははははは!!」


 夕飯は焼いた肉とエールという酒と数種類のチーズだった。

 なんという漢料理。

 エールはフルーツみたいな風味とまろやかな香りでぐいぐい飲み進めてしまう味だった。

 異世界の酒は生ぬるいのかなと思ったら、水の精霊というのが存在していて、冷たくしてくれるので美味しく飲めるのだった。

 肉も柔らかく、チーズもゴルゴンゾーラのような辛みがピリッとしてて酒に合う合うような物ばかり。


 手土産のカンパーニュを薄目にスライスして、肉とチーズを挟んだサンドイッチをささっと作った。

 ぱくりと口に突っ込むと肉の熱でとろっとなったチーズが口でほどけて、胡椒が強めの肉との相性は最高で、肉汁の染みこんだパンもパン自身の酸味と相まって食が進む。

 そしてこの後味がある内にエールを口に流し込む。

 あぁ、この為に生きて来たんだ……と言わんばかりの爽快感とアルコールのくらっとするような気持ちよさはどんな世界でも一緒なんだなぁ。

 ラドミールさんも同じようにサンドイッチを食べ、エールを飲むと目を見開いて僕に親指を立ててみせる。

 そうして二人で食べては飲み、飲んでは食べて、楽しい時間を過ごした。


「そういや、タツユキ殿はいつまで居るんだ? あ、いや、悪い意味じゃないからな」


「一泊する予定が無かったものでどうしようと迷っているんです。いつもなら朝に焼いてそのまま色んな所を転々として販売して家に帰る所ですが、迷ってここまで来てしまったので、元の場所に帰れるかどうかも怪しくて……」


「そうか……俺に出来る事は……無いな。力になれなくてすまん。俺には宿くらいしか用意出きん」


「いえいえ、美味しいお酒ありがとうございました。朝になったら来た道を帰ってみようと思います。もし、帰れなくてこの村に戻ってきた時は…」


「俺んとこに来い」


「…ありがとうございます」


「タツユキ殿が良かったら、だがな」


「その時は是非ともお邪魔させていただきますね」


 少し目の奥が熱くなるような話をしてラドミールさんは食器をキッチンへ持って行く。

 後ろに付いてグラスを持っていくと、食器をシンクに置いただけで今日は洗わないようだ。

 洗いましょうか? と聞くと、シンクの中には水と風の精霊が居て、皿を洗ってくれるのでこの中に置いておくだけで十分なんだそうだ。


「そんじゃ、そろそろ寝るか。タツユキ殿ウチに予備の寝具が無くてな。ソファしかないがそこで良いか?」


「寝る所があるだけでありがたい話です。ちょっと酒が足腰に来てまして」


「結構飲んでりゃそりゃ仕方ないわな。そうそう、こっちじゃ寝る前はこう言うんだ。<月の御加護がありますように> それじゃあな」


「はい、<月の御加護がありますように>」


 僕は火の入ってない暖炉の前にあるソファに案内され、薄めのブランケットのような布を掛けて寝転がる。

 175cmが寝転がっても余裕がある大きいソファで、スプリングは入ってないが下に敷いているクッションがいい感じにふかふかしている。

 ラドミールさんは寝転がったのを確認して、二階へ上がっていった。

 この村に来て色々あって、酒も入ってる所為か寝転がったとたんにまぶたが重くなってしまった。

 意識がふわふわしている中、何故かキッチンでカチャカチャと食器が動いているような音と話し声が聞こえてきた。




『イセカイのニンゲン、ヒサビサにミたねぇ』


『そうそう、ヒサビサだねぇ』


『ぱんオイしいねぇ』


『オイしいねぇ』


『ありがとね、イセカイのニンゲン』


『ありがとニンゲン』

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