第3話

 月曜の朝、健吾は出社するなり、自分のデスクのPCを立ち上げて、コーヒーをすすりながら、いつものようにメールに目を通した。高層ビルの一一階のフロアにある健吾の席からは東京タワーが望める。だが、この眺めにも飽きていた。DM(ダイレクトマーケティング)メールに混じって、部下から懸案事項の専用下着の素材についてのメールがあった。他社と提携して開発した下着素材は、機能面では問題なく、残すは強度テストの合否のみだったが、無事テストに合格した、とのことだった。健吾はそのメールに「報告ありがとう。お疲れ様」と返信した。

 朝のチームミーティングでは、直属の部下の原田から今週のスケジュールの確認があった。今週の作業は、先週に引き続き、実際のテストユーザーからの不具合や問題の報告を一つひとつ潰すという作業である。スーツやアタッチメントの問題からVRのバグまで、さまざまな問題が上がってきた。これまでで、報告を受けての最大の変更は、離脱時の操作だった。VRのセットのどこにリセットボタンがあるのかわかりにくいが、目立つのも興ざめだ、というもっともな指摘を受けた。そこで、音声認識でVRから離脱できるよう仕様変更したのだった。

 一通り実務面の確認が終わると、「以上です」と原田は健吾に言った。

「今週の作業は原田から話があった通りです」健吾は徐ろに話し出した。「進展として、下着の素材が決まりました。これまでのもので問題ないそうです。これでまた一歩製品化に近づきました。テストユーザーからの報告も一つひとつ潰していけば、いずれは終わるので、今週も気を抜かないで、頑張りましょう」

 チームメンバーから口々に「はい」と返事があった。

 健吾は自分のデスクに戻ると、手持ち無沙汰になった。開発が一通り終わった今となっては、スケジュール通りに進んでいる限り、健吾が直接やる仕事はもうなかった。部下の報告を受け、適宜指示を出したり、たまに社長に報告するだけで良かった。

 このプロジェクトが成功すれば、健吾は次期CTO(最高技術責任者)候補の最右翼になると噂されていたが、健吾は、どうにもモチベーションを保つのが難しくなっていた。徹底的に議論を交わし、アイデアを形にしていた開発段階の頃の感動と熱意はもうなかった。最終的に製品化されれば、感慨ひとしおなのかもしれないが、それさえ疑わしかった。しかし、当初定義した「VSの実現」を達成しており、テストユーザーからの評価も悪くない以上は、今更ちゃぶ台返しをやる理由もなかった。

 子どもとキャッチボールをして遊んだ昨日は、健吾はよき父親として振る舞うことに忙しくて、なぎさとのデートのことは忘れていたが、暇になるや否やまたぞろそのことが気になり出した。健吾は、午前中からネットでデートで使えそうな店を検索し始めた。

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