第2話

 なぎさを含む打ち上げの日時と場所の連絡があったのは、クリスと渋谷で会った日から二週間後だった。健吾は、打ち上げの日の一週間前に久しぶりに服を買ったりして、ずっとそわそわしていた。妻には「またクリスと飲むことになった」と言った。それは嘘ではないにしても、誤解を招く言い方だった。

 当日、家から電車に乗り、指定された恵比寿の店へと向う道中で期待はますますふくらんでいった。健吾が女絡みで胸をふくらませるのは、久しぶりだった。ここ数年はずっとプロジェクトで忙しかったが、一時期、恋愛関係にあった女・山根香やまねかおりとVSをしたいという思いが、プロジェクトへのモチベーションになっていたことがあった。香は、付き合い始めて半年くらいで、仕事の関係で渡米し、その後、一年経たない内に香にアメリカで男ができ、香とのVSは実現しなかった。ともあれ、女性との恋愛やセックスへの欲望は常に、健吾の行動に大きな影響を与えていた。なぎさについて言えば、通常のヤりたいという欲望よりも複雑だった。なぎさの体を性器までも見ていることが大きく影響していた。ヤりたいには違いないが、彼女に求めるのは単なるセックスではなかった。

 ビルの窓ガラスに橙色の夕日が反射する頃、恵比寿駅に着いた。健吾は、Googleマップを見ながら歩いている内に緊張してきた。なぎさが自分のことを覚えていない、という大いにあり得る状況を考慮して、失恋の可能性に備えた。

 指定の時間の一〇分前に、健吾は指定の店に着いた。店員に案内され、二階への階段を登っている間に、女性の笑い声が聞こえてきた。また、クリスの英語訛りの日本語も。

 クリスが健吾を一堂に紹介した。クリスと健吾以外に、踊り子が二人、劇場の関係者と思われる健吾より年上の男性が三人、さらに常連客という男性三人が一つの長テーブルを取り囲んでいた。クリスが健吾を「VSの開発者」と紹介すると、女の子たちは、「すごーい」などと尊敬の反応を示したが、男性陣は、ほとんど押し黙ったままだった。それもそのはず、VRといったテクノロジーがこの業界を侵食しているのだから。

「そんな最先端の仕事をしている人がどうしてここに来たのか訊きたいな」

 ヒゲ面の小太りの男から皮肉な声が上がった。

「僕は正直に言うと、この前、クリスさんに連れられて初めてストリップ劇場に来た、まったくの新参者なんですが、この世界に非常に興味を持ちました。VRにはない感動があるんじゃないかって思いました。今日は、ストリップ業界の皆さんのお話が聞けることを楽しみにしています」

「またまた。本当はストリッパー目当てなんでしょ」

 笑い声が湧き上がった。

「バレました?」と健吾は言ったが、踊り子の中になぎさはいなかった。健吾は、紹介が終わると、クリスに「なぎさちゃんは?」と訊いた。

「ああ、一時間くらい遅れるらしいです」

 クリスはそう言うと、含みのある笑いを投げかけた。

「そう言えば、VSの道具一式、ありがとうございました。さっそく試しましたよ。いや~、予想以上でした。もう、毎晩ハッスルしましたよ。彼女もハマりました。ですが、リアルでできる環境ならば、あえてVSをやるメリットはないかもしれませんね。性的な快楽は、まったく問題ないんですけどね。結局これは技術の問題ではないのかもしれません。というのは、セックスはやっぱり自分をリスクに晒すことを伴いますからね。性病という生物学的なリスク、場合によっては妊娠のリスクもあります。リスクのないセックスなんて、カフェイン抜きのコーヒー、アルコール抜きの酒のようなもので、そこに多くを求めることはできないのではないでしょうか?」

「……僕も同じことを考えたことがあるよ。だけど、電子タバコは従来のタバコに取って代わろうとしている。車にしても運転はますます自動化され、運転免許を取る人はますます減っている。……つまり、人的または物質的なリスクを含む、あらゆるリスクを低減する方向に世界全体が進んでいるように思うんだ。それは良いことだと思うけどね。そうした状況の中で、セックスもまた変わっていくと思うんだ。VSがリスクのないセックスというのは同意だな。でも、だからと言って、リアルなセックスに劣ると決まったわけではないんじゃないかな――」

「VSなんて俺は興味ないよ」クリスの隣にいる男が口を挟んできた。キャップを被った五〇絡みの男だった。「VSなんて所詮、本物のセックスには勝てないんだから、オナニーと変わらないって。ストリップ見たほうが何倍も楽しいと思うね。俺は。あんたもそう思ったんじゃないのかね?」

「……ストリップはすばらしい文化だと思います。確かに、VSにはない良さがあるでしょう。それは認めます。しかし、僕はテクノロジーの進化は止まらないと考えているので、VSの出現は避けられないし、そうである以上は、その可能性を追求するべきだと思っています」

「『テクノロジーの進化は止まらない』か。しかし、アンチテクノロジーという思想もあるよね。俺はむしろ、そっちに賭けたいね。なぜって、テクノロジーが世の中を良くすると思えないから。何でも自動化されたおかげで、失業者はわんさとでるわ、働いている奴は、ロボットに顎で使われるわ、こんな世の中のどこが良いのかって思うよ」

「確かにどこか無味乾燥しているようにも思います。これは、VSにも言えることなんですが、社会全体もそうなのかもしれません。社会全体が何かを失いつつあるんじゃないかって。まあ、未来から見れば、今は過渡期なのかもしれませんが。しかし、本当にこのままで良いのかどうか大いに疑問に思います。VSにしても、間もなく世に出るでしょうが、まだまだ改善の余地があることは認めます」

「そういう意識は非常に大事だと思います」クリスが会話に加わった。「そういう意識がなければ、VSの進化はおぼつかないですから。僕は今後のVSに大いに期待してます。VSが社会の縮図のように思えるんです。VSは、今のような安全だけど、どこか味気ない社会に似てます。VSがまず、別の方向性を示すことができれば、社会にインパクトが波及して、アンチテクノロジーとも違うムーブメントのようなものが起きる可能性はあるんじゃないでしょうか」

「それはどうかな……。VSにそこまでの影響力があるかどうか。いずれにしても、今の社会に足りないものは、すごくアナログな言葉で言うと、『魂』といったものかもしれませんね。『魂』とか『気合』とか昔の人は言ったものです。僕は一笑に付した口ですが。しかし、未だに愛を信じている人は多いし、いくらテクノロジーが発展しても、人類はそういう信仰を捨てることは不可能なのかもしれません」

「それについては同意だ。愛こそは、人間でないと伝えられないものだと俺は思うんだ。とりわけ、人間の体温こそが、愛を伝えられる。やはりお互いに離れていては愛は届かないんじゃないかな。ホログラムだろうが、アバターだろうが、それは同じことだと思う」

「僕もその可能性はあると思いますが、そうと断定はしません」

 健吾はそう言って、香のことを思った。香と出会い、過ごした日々は、例外的なものだった。朝起きたときから、毎日が楽しみだった。これから先、あんな日々が訪れることがあるだろうか? VSなんか放っておいて、香の後を追って、アメリカに飛んでいたらどうだっただろう。そんなことは考えてもなかったが。それに彼女とVSを試すことができていたとしても、それで彼女を繋ぎ止められたかどうかわからない。

 健吾はビールを飲みながら、イタリアン中心の料理をつまんだ。隣に踊り子の一人が来た。

「こんばんは~。飲んでます?」

 その子には見覚えがあった。劇場に入ったときにステージにいたストリッパーだった。今日は、グレーのパーカーにタイトなジーンズというカジュアルな服装をしていた。健吾は下半身を見た子に対して、どこか気まずかった。

「飲んでるよ。美女と飲む酒は美味しいね。名前、何だったっけ?」

「芸名は、『かえで』ですけど、もう終わりです。この業界から足を洗うことにしましたから」

「そうなんだ」

 かえでは、学生時代からストリッパーをしていて、就職もしないで、二〇代後半まで来てしまったけど、そろそろ潮時だ、という主旨の話した。

「何かやりたいことがあるの?」

「う~ん。やりたいことというより、できることかな。歯科衛生士の学校に行こうと思ってるんです。わたし、手先は器用な方だし、それに人と接するのが好きだから」

「へぇ~、いいんじゃない」

「健吾さんは、VSの仕事、すごいですよね。最先端じゃないですか。実現したんですか?」

「したよ。一年以内には市場に出回ると思うよ」

 健吾がかえでにVSの仕組みなどをいろいろと話している内になぎさが来た。

「なぎさちゃん、おはよう!」と受付にいたオヤジが言った。

「おはようございます」

 なぎさは、黒のレザージャケットに花柄シャツ、黒のタイトなパンツというロックテイストの服装だった。なぎさは、かえでの隣に座った。なぎさにビールが注がれたグラスが渡ったところで、再度乾杯があった。健吾はなぎさとグラスと合わせたとき、なぎさを見て微笑んだ。なぎさも微笑んだが、特に健吾を認識しているというサインはなく、健吾は落胆した。しかし、健吾はめげなかった。

「この前、ショー見させてもらいましたよ。最高でした」

「フフ、ありがとう」

 なぎさはそう言って笑った。それは、照れ隠しのような笑いだったが、その反応に、視線を絡ませ合ったあの瞬間には、特に意味はなかったのだ、という思いが強まった。

「こちら、加藤さん。VSの開発者だよ。すごくない!?」

 かえでの紹介になぎさのグラスを口に運ぶ動作が一瞬止まった。

「ああ、あのVSの。クリスさんから話は聞いてます。わたしたちの商売がたきだね」

「なぎささんは、これからもストリッパーを続けるんですか?」

「働ける場所があればね。まだしばらくはやりたいと思うけど」

「……でも、ずっとはできないでしょ。将来的には何か考えてるの?」

「考えてるよ。今は言わないけど」

 なぎさはそう言って、笑った。なぎさのその言動には健吾に好感を抱かせるものがあった。「今は言わない」ということは「後で言う」とも解釈できたし、またその表情には冷たさはなく、非常に洗練されたものを感じた。

 健吾がトイレから戻ると健吾の席には、野球帽のファンの人が座っていた。健吾は、席を移動し、なぎさの対面にあたる席に座った。隣には、劇場関係者のごま塩のヒゲのオヤジがいた。そのオヤジは、問わず語りに語り出した。劇場を閉じるのは、時代の流れとはいえ、無念だ。ホログラム映像のストリップを流す店もあるが、自分たちは、やはり本物の女の子でやりたい。それがこだわりだ、それは信念と言ってもいい、とオヤジは話した。

「きっとあんたにはわからないと思うけど、そういうのが良いと思う人も少なからずいるんだよ」

「いえいえ、わかります。バーチャルはまだリアルを超えてないことを僕も認めざるを得ません。結局のところ、コストの問題なんでしょうね。ホログラムを流したほうが、はるかに低コストで、一定の集客も見込めますからね」

「まあ結局は、ビジネスだからね。仕方ないね」

 オヤジはそう言って、あごヒゲを撫でた。


 飲み会がお開きになると、なぎさとかえでが六本木のクラブにいっしょに行く人を募ったが、大半が帰宅し、ファンの人が一人とクリスと健吾だけが残った。

 クラブは六本木で有名な古いビルの二階にあった。エントランスから近い方にDJバーのフロア、その奥にメインのダンスフロアという構造だった。

 健吾は入店から一時間くらいして、なぎさが一人でバーのスタンディングテーブルで飲んでいるときに、絶好のアプローチのチャンスを見出した。健吾を認めると、なぎさは微笑んだ。

「何、飲んでるの?」

「モヒート。お酒飲まないの?」

「飲むよ。後で。お酒、強いね」

「そうかな」

「……将来どうするの?」

「気になる?」

「そうだね」

 ストローで俯きがちに飲んでいたなぎさは、顔を上げて、健吾と視線を合わせた。最初は探るようだった眼差しは、徐々に輝きだした。

「踊ろうか」

 なぎさはそう言うと、健吾に「あげる」と言って、グラスを渡した。

 午前一時過ぎのフロアは、大勢の客で大いに賑わっていた。健吾となぎさは、フロアの中央で周りの客に混じって、向き合って体を揺らした。音楽は、出会い系のクラブやディスコでよく流れるような定番のEDM(エレクトロニック・ダンス・ミュージック)だった。フロアの巨大モニターには、曲のPVが流れている。半裸の若い女性が出てくるよくあるPVだ。

 健吾が好んで聴く曲ではなかったが、なぎさと向き合って踊っている今は、曲は何でも良かった。なぎさは頻繁に視線を合わせてきた。健吾は中学時代に初めて女子とバドミントンをやったときのような快楽を覚えた。健吾は夢中でシャトルを叩いた。女子と話す術を知らない当時の健吾にとって、お互いを行き交うシャトルは、言葉の代わりだった。

「わたしのこと好きなの?」

 なぎさは健吾の耳元で大声を出した。健吾はその言葉に「やられた」と思った。なぜなら、健吾は女子にアプローチさせることを潔しとしなかったからだ。

「好きだよ!」

 健吾はなぎさに負けないくらいの声でそう言うと、なぎさの頬に手を置いた。柔らかく温かいその感覚は、どこか感動的なものがあった。それはホログラムでは決して得られない感覚だったし、アバターでも今の技術では無理だった。健吾はその質感に、肉体に囚われた人間のいじらしさを感じた。健吾は一連の行動を完結させるべく、キスしようと顔を近づけたが、なぎさにかわされた。

「結婚してるのに、ダメだよ」

「……ああ、それについてはおいおい話すよ。とりあえず、二人で食事でも行こうよ」

「わかった。じゃあ、連絡先教えるね」

 フロアの隅に移動した後、お互いに携帯端末を出して、連絡先を交換しているときに、クリスが現れた。

「お、盛り上がってるね~」

 クリスはかえでといっしょだった。

「そうだ。タバコもらえる?」となぎさはクリスに言った。

 なぎさがクリスたちと喫煙スペースに行った後も、健吾は一人フロアに残った。そのうちに一人だけ残ったファンの人が近づいてきた。その人は、まだ三〇代前半かそこらに見えた。ロン毛で遊び人風のルックスだった。

「ここ、音楽いいスね」

「そうかな。まあ、よくある曲じゃない」

「女の子は、いまいちですかね。ちょっと飲みませんか?」

 健吾はロン毛といっしょにバーフロアに行き、ジーマを注文した。ロン毛の太一もジーマだった。

「やっぱり、あの劇場がなくなるの寂しいスね。僕は一年くらい前に初めて行って、それから片手で数えられるくらいしか行ってないですけど、楽しみが一つなくなったって感じスね。VRポルノにも一時期大いにハマったんスけど、急に冷めましたね。結局、ポルノはポルノって言うか。やっぱ彼女の代わりにはならないスね」

「ストリップ嬢も彼女の代わりにはならないけどね」

「ハハハ、確かに。いや~、お恥ずかしいことに、ストリップ嬢に恋してしまって、僕ってバカですね」

「どの子に?」

「かえでちゃんです。加藤さんは、誰かお気に入りの子がいるんスか?」

「……まあ、強いて言えば、なぎさちゃんかな」

 健吾はそう言った後、急に恥ずかしくなってきた。(中学生か、俺は)

「そうなんスか!? なぎさちゃんもかわいいですよね」

「太一くんは、何がきっかけでかえでちゃんが好きになったの?」

「そうですね。踊りを頑張ってるところですかね。今はアイドルにしてもバーチャル化が進んでいるけど、生身の人間が頑張ってる姿にはやっぱり感動的なものがあるんじゃないですかね」

「なるほど。わかるよ。僕もどちらかというと、テクノロジーに懐疑的になっていてね。VSの限界が見えてきたというか。VSの開発者が言うことではないんだけど。まあ、でも一方で、何とかVSの質を向上させられないか、とも考えているんだけどね」

「VSには期待してますけど、一方で怖い気もしますね。きっとVSにハマる野郎が続出しますよ。リアルでないとしても、それだけセックスがお手軽になったら、女の体の金銭的価値が暴落するんじゃないかって思いますよ。それともリアルなセックスはやっぱり高くつくのかもしれませんが。どう思います?」

「ああ、クリスも同じような懸念を口にしてたね。これについては、僕は楽観的なんだけど。仮に女の体の金銭的価値が暴落したら、売春から足を洗う人が増えるし、悪いことではないと思うけどね。それに、そういうテクノロジーに仕事を奪われている例は、他にもたくさんあるし。特別なことじゃないと思うよ」

「うん、うん。そうですね。もう本当に失業者で溢れてますもんね」

 太一はそう言うと、ウエストポーチから金属の煙草ケースとライターを取り出して、「吸います?」と細い煙草を健吾に差し出した。見たところ、市販のタバコではない。

「ありがとう。これはどうしたの?」

「自作っス。葉っぱ買って、自分で巻いた方が安上がりですからね」

 健吾が電子タバコではない煙草を吸ったのは、何年ぶりかだった。頭がクラクラした。煙草の味は、非常に濃厚で、美味しかった。

「VSは人類が通る道だと思いますよ。VRの技術がそこを目指すのは火を見るより明らかです。ただ、今後、従来のセックスに代わるかどうかは大いに疑問ですけどね。もちろん生殖できるわけではないので、完全に代替することはないでしょうが、生殖面を無視するとしても、VSはあくまでもリアルよりも劣るゲーム的なものというか。それでも、楽しめればいいですけど」

「ああ、そうだね。テクノロジーは、劣化した現実のコピーを生産しようとしてるのかもね」

「関係者がそんなこと言わないでくださいよ。現実を超えるものを是非とも作って欲しいものです」

「……この煙草に比べたら電子タバコなんてまだまだだ。テクノロジーの水準は、自然に比べたらまだ低いってことだよ。確かにテクノロジーは、遺伝子操作やロボットなどで、どんどん社会を変革しつつあるけど、まだまだ広大な未知の領域があるし、短いスパンでは、難しいかもしれないな」

「死が乗り越えられると考えている人もいるようですけど、今世紀中には無理でしょうね。俺は、死にたくないんだけどね。どこまでも、この変革を見届けたいって思ってます」

「死は未来永劫乗り越えられないと思うよ。仮にマインドアップローディングが実現してもね。データが消える可能性がある以上は、死の可能性はなくならない。それに死後の世界が解明される見込みもないだろうし」

「ですよね。結局、生きてるうちが花ですね」

 健吾は頷いた。

「では、お互いにお目当ての子のところに行きますか?」

「俺はトイレ」


 健吾がトイレから出るとき、クリスと入れ違いになった。健吾はクリスが出てくるまで待っていた。

「お疲れ」と健吾はクリスに声をかけた。

「お疲れ様デース。また健吾さんとクラブに来ることになるとは、思ってもみませんでした」

「ホントだね。最近、仕事の方はどんな感じなの?」

 健吾とクリスはちょうど空いたソファー席に移動した。

「いつもどおりというか。VSの記事もいずれは書きますけど、まだ発表してはダメですよね?」

「そうだね。ゴメン。マスコミに発表するまで待ってもらえるかな」

「はい。ノープロブレムです」

「クリスには今後のビジョンとかあるの?」

「ビジョンですか? 唐突ですね」

「前から訊きたかったんだ」

「雑誌記者の仕事には満足してますし、続けたいと思ってます。プライベートでは、彼女と仲良くやっていければいいかな、と思ってますが。……あまりに漠然としすぎですか?」

「結婚の予定は?」

「ないです。実は豪州時代の話ですが、僕は一度結婚してるんです。子どももいます。妻が引き取りましたが」

「それで結婚には懲りた?」

「そうですね。彼女が子どもを欲しいと言えば、考えますけど、そうでない限り、結婚する必要はないと思ってます」

「寛大だね。その彼女。ストリップ嬢と遊びに行くことを許可するんだから」

「それは健吾さんの奥さんにも言えることですよね?」

「えっ……。ああ、まあね」

 クリスはフフと笑った。

「……その『彼女』ですけど、健吾さんも知っている子です。実は、なぎさなんですよ。隠すつもりはなかったんですけど、言い出しにくて。でも、健吾さんも既婚者ですし、遊びですよね? それとも、愛人狙いですか?」

「なるほど。何か引っかかるものがあったが、そういうことか」

 健吾は落胆したものの、安堵もそれに劣らず大きかった。得体のしれない男と付き合っているよりも安心だからだ。

「ただ、ああいう仕事してるんで、正直、彼女が他の男とヤるのは、しょうがないと思ってるんですよ。彼女、肉食系だし。健吾さんはヤる気あるんですか?」

「いいの?」

「僕らはお互いに相手の異性関係に干渉しない方針なんですよ」

「それで、うまく行ってるんだ」

「まあ、最低限のルールはありますけど。たとえば、最低でも一カ月に一度は会うとか。浮気相手を詮索しないとか」

「いやはや、それでカップル成立とは、驚きだね」

「結局、僕も女好きですからね。束縛しない/されない関係の方が都合がいいんですよ」

 そのとき、なぎさが現れた。

「どこ行ったかと思えば、男二人でおしゃべり? さあさあ、せっかくだから踊ろうよ。健吾さんも」

 なぎさはそう言って両手で男二人の手を取った。

「噂をすれば影だね」と健吾はクリスに言った。

「えっ? わたしのこと話してたってこと? どんな話してたのよ」

「そりゃあね……」

 健吾はクリスと顔を見合わせた。

「何、言ってよ」

「後で」

「気になるな~」

 健吾はフロアでなぎさの住んでいる場所と好みの食べ物を訊いた後、早々となぎさから再来週の週末にアポを取り付けた。

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