第52話 「土兵」
サソリ蜘蛛との戦いに勝利したのはいいが、結局は来た道を戻ることにはなった。
しかし、そこまで二人の士気が下がることはなかった。
ルゥの放った魔法の威力が、エヴァの予想を上回っていたのが一番の理由のようじゃ。
魔法について教えてもらうという名目でルゥを尋ねて、言葉だけでなく、行動で見せられた。
ならば、もはや言うこともないじゃろうしな。
今でも、ルゥに魔法のことについて、エヴァは質問責めをしている光景が伺える。
またそのエヴァにたいして嫌がることもなく、ルゥも対応している。
ワシは、そんな二人を見ながら、意識は前方の見えない洞窟の先に集中している。
一番右手の地下洞窟を進みながら、また少し考えてみる。
こんなものが、町の地下にあるということを。
ワシがまだ、転生前のトウブの頃でも、こんなものがあるという話は耳には入ってきていなかった。
すると、もっと過去には出来ていたのか、それともここ少しの間で出来たのか。
否、この地下洞窟の通路の石のひび割れや雰囲気的に、ここ近年で出来た様子は考えられないわ。
ワシは、隈なく左右側面の壁、床下、天井を見上げるが、やはり一切合切真新しさは感じられない。
自然に出来たという考えも無論却下である。
出来た理由か。
今は進むしか道はないか。
ワシは脳裏に嫌な考えが思い浮かんだが、そうならないようにと思い、首を横に振った。
このにこやかな話し合っている二人の談笑の光景とは、あまりにかけ離れているからじゃ。
しとしとと少し滑る足元を、気をつけながら歩き、頭上からしたり落ちる水滴を受けながら、ワシ達は洞窟の前に前に進んだ。
どのくらい進んだであろうか。
先程の中央の道ほどではないが、洞窟内部が少しずつ、広みを帯び、開けてきた。
雰囲気が変わってきたようじゃな、何事もなく、地上に繋がる道があればよいのじゃが。
「あれ? 道が開けてきたわね」
洞窟の構造の変化にエヴァが、気が付いたようじゃ。
「うむ、もしかしたら地上が近いやも知れぬぞ」
ワシは、さしたる理由もないが、つぶやく。
ここまで、ようやく辿り着いたのじゃから、そろそろ地上に戻してくれないかのぅというのが、ワシの正直な気持ちである。
「それだったらいいんだけど。けど、こういうときって、さっきみたいに何かが待ち受けてるって考えたほうが……」
ルゥが、少し身構えながら、ボソリと言った。
確かに、それはワシも頭の片隅に考えていたことじゃ。
「そんな縁起でもないこと言わないでよね、ルゥ。私は、さっきのあのサソリで胸がいっぱいよ」
エヴァが、首を振りながら、無理無理と拒絶の意を示している。
正直、ワシもエヴァと同意見なのじゃが。
警戒しながら、進み、ワシ達の目に写ったのは。
大きさにして、二ノーテスないくらいの大きさの土や砂で出来たような塊。それが開けた洞窟の中にぽつんと一つ立っている。
何じゃ?
ワシは、不審に思い、警戒しながら足を止めた。
ワシの後ろにいる二人もどうやらその固まりに気が付いたようじゃ。
大体人間族の成人男性を、少し低くしたかのような大きさの石と砂の茶色じみた塊じゃ。
これは一体。
ワシは二人に、ここで待つようにと手で合図して、その塊に近づいていく。
すぐに不測の事態に対処出来るように、細心の注意を払いながら、ワシは塊に近づいた。
手で触れられる距離まできたが、ワシは触らない。ここで触った瞬間に発動する罠やからくりがあるかもしれないことを、経験上知っていたからじゃ。
周囲を見て回る。
すると、ワシはこの塊のある部分を見て、足を止めた。
これは!
ワシの瞳に写ったのは、苦悶に満ちた人の顔だった。
そこだけ、他と異なり、綺麗にくっきりと土と砂の表面に浮き出てきているかのようじゃ。
まるでさっきまで生きていたかのように、妙に生々しい。
「トーブ、どうしたの?」
エヴァが、声量を抑えながら聞いてきた。
ワシはもう一度、この苦悶に満ちた表情を見つめながら、
「いや、なんでもないわ。ただの土と砂の塊のようじゃ。先に進もう」
ワシは、このあまりに生々しい顔を、二人には見せたくなかったので、先に進むことを促した。
「なんだ。ただの土の塊か。変なの。ルゥ行きましょ」
エヴァはそう言うと、ルゥの手を引っ張り、こちらに向かってきた。
ワシは、この顔の部分を、二人に見せないように、自分の背中で隠すように立っている。
ワシは二人がこの塊を過ぎ去るのを見届けてから、二人の後に続く。
さっきのあれは一体。
あの表情は、中々普通では拝めるものではない。
恐怖という感情を押し込めたかのような表情。
ワシは、振り向き、もう一度先程の塊を見た。
ただっ広い洞窟の広間のようなところにぽつんと佇んでいる。
この地下洞窟に紛れ込んだ冒険者の成れの果ての姿か、それともただの塊でその浮きだった模様がそれに見えたのか。
分からないことばかりじゃが、ワシは二人に離されるわけにはいかないので、二人の後を追った。
「なんか、雰囲気変わった感じがしない?」
道幅がさっきの広間から、通常の大きさに戻り、三人で歩いていたら、エヴァがそう投げかけてきた。
エヴァが、周囲をキョロキョロと見ながら、何かを感じているようじゃ。
以前にもあったが、エヴァのこういう感性からくる突発的なことは勘の類は結構よく当たる。
どういう理由からそうくるのか理由は定かではないが、当たるのだ。
「うむ、さっきまでの洞窟内部特有の寒気が消えたようじゃな。じゃが消えた理由が分からん」
ワシも、エヴァ同様何かを感じていた。
ワシは、勘というよりも、経験上のものから培った戦術眼からじゃが。
ルゥが、訝しげな表情で軽い呼吸をしながら、何かを感じている。
「精霊達の数が増しているみたい。それもこの先に進むに連れて。でも何でだろう、妙に落ち着きが無い」
ルゥが、精霊たちの鼓動を聞きながら話しているようじゃ。
「精霊のおおよその数まで感知するとは、ルゥ、お主はやはり凄いやつじゃのう」
ワシは、ルゥの言葉に再びたまげた。
「ううん、私は元々感知型で、こういう方が得意なの。魔法の使用についてはおばあちゃんがみっちり稽古を付けてくれたから、今では何とか恥を欠かないくらいまでにはなったけど」
ルゥが答える。
「全く。じゃから凄いと言っておるのじゃ。中々出来んことを、さらりとお主は実行するからのぅ。まぁ、それ故かなりの努力と苦労はしたとは思うがのぅ」
ワシは、まだ年端もいかない少女を見て言った。
家庭にも特殊な経緯があるような気もするが、ルゥはやはり潜在的なものとして、他者とは異なるものを持っている。
「二人で何を話しているのよ。寒くなくなったのなら、私は万々歳よ」
エヴァが、嬉しそうに言った。
この特に寒くなくなった理由に疑問を抱かないのが、凄いところじゃが。
まぁ、そこがエヴァらしいと言えばエヴァらしいが。
「何にせよ、今まであったことがなくなったのじゃ。再度、気を引き締めねばならん。まず、今まで通りいくとは考えないほうがいい」
ワシは、二人にそう訴え、歩みを進めた。
洞窟特有の寒さを無くす何か。
それは一体なんじゃ。
洞窟内部では、考えられないほどの暖かさ、いうなれば過ごしやすい適温の温度を肌で感じる。
地下でなくて、地上であれば、何も問題はないことじゃが。
何もなければいいんじゃがのぅ。
このワシの考えは、この洞窟の先にある出来事であっという間に崩されることになる。
「あっ、あれを見て!」
エヴァが、前方を指差した。
再び開けた洞窟内部に今までとは打って変わって、こじんまりとした古びた木製の建築物が姿を現した。
祭壇?
ワシの脳裏に初めに浮かんだ言葉じゃ。
「祭壇?」
ルゥが、声に出して言った。
何かを祀っているのか、儀式に使用しているのか、封印しているのか。
どれかにしろ、あまりいい印象はない。
この先が出口というわけは……ないか。
「う、うわああああああ」
突然、前の方向から叫び声がした。
前方の奥の少し薄暗い暗闇の中から、古びた外套を着た人間族の男たち三人が、こちらに向かって走ってくる。
何じゃ?
ズンズンズン。
地面を何かが音を上げて、走る音がする。
前方から聞こえてくるが、もちろん、逃げて来ている男たちの足音ではない。
「トーブ、あれを見て!」
エヴァが、指差した先には、成人オーク族と遜色ない大きさ、いわゆる三ノートスより少し小さいくらいの土の人形が、男たちを追いかけている。
「あれは、
恵まれた体躯で、相手を力で押しつぶす。
土の属性魔法の類で、魔力と魔法発動者の身体の一部を土に込め、作成する。
これにより、その魔法発動者だけの命令しか利かない土兵が誕生する。
命令は極めて、単調な命令内容しか理解できないが、無尽蔵の体力という点から、よく質量のあるものを昼夜構わず、運ぶときに使用されているのを見かける。
また、主の命令しか受け付けず、かなりの馬鹿力を要しているため、護衛として使われる場合もある。
今がまさしくそれのようじゃが。
「ひい、ひいいいい。化物、お助け」
男たちが悲鳴を上げ、顔を歪めながら走る。
土兵も意外と移動する速度は早く、男たちに追いつきそうだ。
土兵が構えた。
右腕部を上空に上げて、勢いよく地面に叩きつけた。
地面にたいして、叩きつけた土兵の拳は、地面を破壊し、浅く陥没させ、男達の走る体勢を崩し、前のめりに倒れたり、あまりの後方からの勢いで片方は地面に転がっている。
それでも、双方とも直撃は免れたため、すぐに立ち上がり、再び逃げ出そうとした時、男たちの逃げる方向の前に、水の壁が急に現れた。地面から溢れるばかりの水が、勢いよく出現する。前方を阻むかのようなそれなりの高さに広さと水量じゃ。
「水の障壁?」
エヴァが、その光景を見て、思わず言葉を漏らす。
急にないものが現れたため、ワシ達は驚く。しかし、ルゥだけは違った。
「水の精霊よ、我が意思の元、指し示す其れを凍てつかせよ!
すぐに水魔法を唱え、水障壁を凍らせ、すぐに割り、男たちの退路を確保した。
「ああしないと、私達も水浸しになっちゃうしね」
ルゥが、涼し気な表情で語る。
それにしても、ルゥの迅速な行動の速さにワシとエヴァは、ただただ驚いた。
「はぁはぁ……!?」
男たちは、ワシ達に気が付いたようじゃ。
視線が、こっちに向けられる。
しかし、男達はワシ達に声をかけるわけでもなく、ましてやルゥに礼を言うわけもなく、一目散にワシ達の横を素通りしていった。
あの顔つきじゃと、ここには少しもいたくないといった感じじゃ。
「何なのよ、ルゥに一言お礼とかないのかしら」
エヴァが、一目散に去っていった男たちに文句を言った。
「仕方なかろう。よっぽどあれが怖いのじゃろうて」
ワシは、前方に仁王立ちし、不気味なことに全く動こうとしない土兵を見る。
「読んだことあるわ。土兵でしょ?」
エヴァが、知ってるわという体で話す。
「うむ。少々厄介なのも、もちろん知っておるな?」
「厄介って?」
エヴァが、すぐにオウム返しで聞き返してきた。
「まぁ、痛みも感じず、命令遂行に忠実というのも厄介じゃが。何より、その土兵を操っているものがいるということじゃ」
ワシは説明する。
もちろん、その間も前方の土兵には、注意を払っている。
「操っているものか。つまり、その操っている本体を倒さないと、どうにもならないってことか」
エヴァが、ようやく納得してくれた。
まぁ、その操っているものが、そう簡単においそれとワシ達の目の前に姿を現すとは、考えにくいがのぅ。
「ルゥ、お主はどう見る?」
ワシは、土兵が出た辺りから、魔法以外言葉を発していないルゥに意見を求める。
「……」
しかし、ルゥはワシの言葉が届いていなかったのか、無反応じゃ。
考え事か。
それとも。
「……ルゥ、ルゥ」
試しに、もう一度話し掛けてみた。
「えっ、あっ、何?」
ルゥが、ワシの言葉にようやく気が付いてくれた。
「考え事か?」
「う、うん。ごめん」
すっきりしない返事にワシは、疑問を覚えたが、
「それでどうする? 黙って奴が、ここを通さないとワシは思うが。何かを守るための土兵じゃからのぅ」
おそらくは、祠を守る土兵だとは思うが、近くを通るものであるならば、反応するじゃろう。
「土兵か。二人も分かってると思うけど、必ず土兵を操っているものがいるから、その本体を狙うしかないと思うの。つまり、土兵じゃ相手にならないってところを見せればいいんじゃないかな。そうすれば、操者が姿を現すかも」
ルゥがおおまかな流れを言ったが、問題はある。
土兵の操者が、必ず出てくるかは分からないことと、出てきた操者の実力が戦うまで不確かなこと、また戦闘中に操者が乱入してくる可能性も無きにしもあらずということか。
じゃとしてもここから戻る選択肢はないことから先へと進むしかない。
「うむ、分かった。なら、打撃は痛みを感じないということから、魔法で攻めたほうが懸命そうじゃな。ワシが、足止めをする故、二人はトドメを頼むぞ。あと操者の動きにも注意が必要じゃ」
ワシは、そういうと小刀を握りしめた。
この身体で、さらに気なしでどこまで通ずるか分からんが、誰かが足止めをしないと、安心して詠唱もできんからのぅ。
「準備はよいか? では始めるぞ!」
「うん、ちゃっちゃと終わらしましょう」
「トーブ君も無理はしないで!」
ワシの掛け声に、二人が反応する。
大きく息を吸い込み、土兵に向けて、突っ込むような形で進む。
後方では、二人がきっと詠唱をしているだろう。
土兵もワシが、近づくにつれて、微動だにしなかった身体が動き出した。
がたがたと身体を前後に震わしながら、土兵がワシの接近に気がついたようじゃ。
土兵が、先程の自分が地面を殴り、出来た穴から岩を拾い上げた。
そして、そのワシの身長くらいある岩を、ワシに向かって、放り投げてきた。
放物線を描くような弓なりの動きではなく、ワシに向かってまっすぐ無駄なく、飛んでくる最短の動きじゃ。
ワシは、すでにその動きを警戒していたので、すぐに横に飛ぶだけで、難なく避けることが出来た。
そして、横っ飛びからすぐに、体勢を土兵に向けて変更し、再び駆け出し、土兵とすれ違いざまに、握りしめた小刀で斬りつけた。
土兵に、刀身がぶつかった時に、一瞬、土ならではの硬さがあったが、ワシはその抵抗なぞ、無視し、大振りで削り取るかのように振りきった。
手応えはあった。
ワシは、持ち手である右手に確かな手応えを感じていた。
ワシの視線の先には、削り取った土兵の土片が、地面に落ちているのが映っている。
しかし、ワシはすぐに背面部から感じる重圧を察知し、その場から立ち退いた。
その直後に、ワシがいたであろう場所に土兵が覆い被さるかのように、力を込めて、二の腕を叩きつけていた。
痛みを感じないのは、厄介じゃな。
これである程度の知性を備え付けてきたら、もう人の兵士はいらなくなるわ。
さて、まだ付き合ってもらうぞ。
ワシは、再び小刀を右手で握り直した。
ワシのここからじゃと、エヴァとルゥが詠唱しているのが、はっきりと見える。
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