フォルセル建国祭29 ~終焉~

ならばやるべきことは一つだけ。

ワシの中で、行うべきことはもう決まっていた。

杖を両手で持つ。

そして、幼少期いわゆる、まだ転生前のトウブと呼ばれていた頃の記憶を鮮明に辿る。

魔法を発動するに辺り、詠唱に時間がとられることを嫌い、ワシは魔導士という職に対して、戦闘を行うに対して単騎では、向かないということから、魔導士になるという選択肢は眼中になかった。

まぁ、気が使える時点で、その選択肢は限りなく、ゼロに近かったのは言うまでもない。

ワシの友ももちろん、兄弟子、弟弟子と魔導士になるという者はもちろん皆無だった。

それだけ、この気というものに誇りや自信が刻み込まれていたのかもしれん。

じゃからこそ、気を使うものは己が気を鍛えに鍛えぬいた。

ワシも同様じゃ。

じゃから今こうして、その頼みの気を封じられた状態では何も自分に残っていない。

封じ込められたのは、ワシの落ち度じゃし、自分の力を過信し、あのセスクの力を見誤った。

本当に情けない。

おまけにこの身体のボロボロ状態と、至れり尽くせりじゃ。

思わず、自分の窮地じゃというのに、笑いがこみ上げてきた。

小悪魔が、またワシに向かってきている。

完璧にワシを、手負いの獲物と認識しているようで、一切の躊躇や警戒もなく、ただ一直線に正面から向かってくる。

普段のワシなら、堂々と受け答えるが、今は!!

ワシは、詠唱を開始した。

簡単な魔法しか知らぬが、まずは。


「……む!」


短い詠唱とともに、ワシの周囲の地面から細かな石の礫が浮遊する。

数にして五個。始めはこんなもんじゃろうて。

ワシは意識を、小悪魔のほうに向ける。


「破っ!!」


普段の気を使用するときと変わらずの掛け声で、石の礫が小悪魔に向かって飛んでいった。

ワシの拳くらいの大きさの礫が小悪魔に直撃する。

一個目が小悪魔に直撃すると、小悪魔は体勢を崩し、さらにそこに二発目、三発目と次々と着弾する。

小悪魔に直撃したと同時に、石の礫が粉々になる。

足止めや牽制くらいにはなる程度の威力じゃな。

久々の魔法の使用に、ワシは驚きもせず、冷静に分析する。

身体が悲鳴を上げているのは今も同じじゃから、無駄は出来んのじゃ。

正直、ここから動くとなると非常に辛い。

できれば、この場から動かずとしてあの小悪魔を仕留めたい。


「ぎぃいい!?」


石の礫が着弾し、地面に倒れた小悪魔が悲鳴を上げて、着弾した箇所を抑えて、転げ回っている。

まずまずの出だしじゃな。

じゃが致命傷にはならん。

それに……。

ワシは周囲で、小悪魔達と激闘を繰り広げている魔導士たちの雄姿を見る。

華やかかつ強力な魔法で、小悪魔をほぼ一撃の下で粉砕している。

気持ちがいいくらいに。

ワシとしても、ああもいかなくても倒すくらいはせんとのぅ。

周囲の魔法の先輩たちの雄姿から、激励を受けてワシは気持ちを振るい、立たせた。

エヴァやマンダリン達も頑張っている。

ワシも負けられんわ。

小悪魔がようやく、立ち上がりそうになった。

ワシは、すぐに詠唱を開始する。

ここで立ち上がらせずに仕留める。

石の礫を再度召喚し、今度は小悪魔に脚部に直撃させるように意識し、杖を振るった。

リリス族が杖を振るっているところを見ると、様にはなる、悪くないとワシは感じた。

ワシの思った通り、石の礫は小悪魔の脚を取らえ、小悪魔は再び地面に転げる。

ワシはその姿を確認して、再び詠唱を開始する。

敵を倒すには、もっと想像を膨らませなければ。

それは気も同じことだ。

新しい技を使用するとき、基本的にはその技の動作自体は自分で思案するところから始まる。

あとはその技を使用するのに、どの程度の最低限の気が必要か試してみる。

よってその技の効能、威力と消費する気の双方を対比して、その技が果たして実戦向きなのか、それとも限定された場合での使用になるのかが決まる。

石の礫程度で倒せないというのならば……。

ワシはかつて、フォルセルの山奥で地殻変動で出来たであろう地面から突き出た猛々しく、見事なまでの石と土が混ざり合った自然の織りなす石と砂の柱を思い出した。

さらに、自分なりにそれに創造を加えていく。

小悪魔に直撃する部分には、鋭さを。

研磨されたかのような槍の先のような。

ワシの創造が、次第に固まっていく。

小悪魔も徐々にじゃが、体勢を立て直していく。

ワシは詠唱を続ける。

杖を、地面に突き刺すかのように置き、出来うる最大の速さで。

先ほどの石の礫とは異なり、中々詠唱が終わらない。

少しばかり、ワシが欲張りすぎたかもしれんのぅ。

ワシはそう脳裏で考えつつも、詠唱を続行する。

詠唱時間と技の威力との兼ね合い。

これも様々に試したり、自分を鍛え上げていかないといけない。

この魔法も周囲にいる魔導士たちは、ワシの半分くらいで詠唱を終えるやもしれない。

セスルートであれば、三分の一以下やもしれん。

それだけ、ワシの魔法の使用には、無駄があるということじゃのう。

小悪魔がようやくここで立ち上がった。

じゃが、この立ち上がったのと同時にワシの詠唱が終わりを告げた。

ワシの再三の転ばしに怒り狂い、充血した眼をさらにかっと見開き、充血させ、向かってくる。

ワシは詠唱が終わり、地面に付いた杖を軽く、浮かし、再び地面に付いた。

コンッという軽快な音とともに地面が僅かに揺れた。

地面の中にある何かに知らせを送るかのように。

すると、小悪魔の脚元に異変が起きた。

ガタガタと真下の地面が揺れ動く。

小悪魔は、異変に気が付き、足を止めるが、自分自身に何が起きているか詳しく、理解できていない。


「石と砂の墓標」


ワシは、何となく頭に浮かんだ言葉を口ずさんだ。

その瞬間に、小悪魔の地面の下から、大きな音と共に、地面を押し上げるかのように、巨大な石と砂の尖った塊が勢いよく突き出てきた。

その速度はあまりに早く、小悪魔はその鋭い三角形の先端に胴体を突き刺されて、断末魔の悲鳴を上げ、上空から地面に叩き落とされた。身体には突き刺された痕と、撃ち当てられた時の打撃痕。

身体のあちらこちらが粉砕されており、一瞬にして息絶えている。


「ふぅ……何とかなったか」


ワシは、小悪魔が消えていくのを見届けると、その場にへたりこんでしまった。

どうやら思いのほか、魔力の消費が大きかったようじゃ。


「はぁはぁ……」


荒い呼吸を何とか落ち着かせようとする。

中々呼吸が戻らない。

すると、何かがワシの肩に触れたような気がした。

天使の羽のような優しい感触。

するとワシの身体の中の痛みが少しだけ、取り除かれたようじゃ。


「大丈夫?」


ワシの隣でマリィがいた。

さっきまで前線で、小悪魔と戦っていたはずじゃが。

涼し気な表情でワシを見ている。

ワシの肩に細く長い手が置かれている。

肩に置かれたのはこれか。


「私の魔力を少しだけれど、貴方に渡したわ。

あとは何か辛そうだったから、回復の魔法もね」


ふっとマリィはワシに笑いかける。

そうか、身体が幾分楽になったのはこのおかげか。


「ありがとうございました。本当に助かりました」


ワシは、マリィに感謝の意を込めて、頭を下げた。


「いいのよ、貴方のさっきの活躍も見せてもらったし、友達にも色々と協力してもらったしね」


マリィはそう言い、マンダリンの方を指さした。

マンダリンはワシ達には気づかずに小悪魔と戦っている。

エヴァはというと、


「トーブ? さっきのあの土魔法。トーブがやったの?」


ワシの目の前に来ていた。


「うむ……まぁ、そんなところじゃ」


ワシは、頭を掻きながら、エヴァに返答する。


「凄いじゃない! いつから魔法なんて使えたのよ」


エヴァが、興味津々でワシに訪ねてくる。


「うむ、それはじゃな……」


ワシは、中々説明するのが、難しいので考える。

しかし、ワシ達の会話はマリィの


「貴方たち、そろそろあいつが決めるみたい。ここに来ていた来場者の避難も済んだみたいだしね」


この一言でかき消された。

すぐにワシとエヴァは、悪魔のベルクと対峙しているセスルートを見た。

今までは、ここに来場した人たちを守る戦いじゃった。

被害が出ないように、出ないようにと後手後手の対応だったが、これからは違う。

攻勢に出たセスルートが見れる。

周囲の小悪魔達も、精強な騎士と魔導士により、ほとんどが殲滅された。

残っているのは、本当にいよいよベルクだけとなった。

終局じゃな。

それもこの戦いに終止符を打てるのは、この場ではセスルートしかおらん。

悔しい話じゃが。

ワシは、セスルートの会話が聞こえるように耳をすました。


「ぬぅううううう。私の生贄が全ていなくなるとは! 貴様さえ貴様さえいなければ」


苦々しく、ベルクはセスルートを睨みつけている。


「それは、俺のせいにされちゃ困る。俺の障壁を破ることが出来なかったお前の責任だ。こうなることが嫌で、今後悔しているのであれば、全力でことにあたるべきだったな。お前の落ち度だ」


ベルクの感情がこもった言葉に対して、セスルートは淡々と答えていく。

相変わらず、この男のこの冷静なところは、崩れることはないのぅ。


「我としたことが感情的になってしまったわ。ここで取り乱してしまったら意味もない。それに生贄は別にここにいた人間たちじゃなくてもいい。変わりに非常に魔力を秘めたものでも代用がきくのであるから」


すると、ベルクはセスルートを見下ろしながら、にやりと口を開いた。

なるほど、確かにおつりがくる話かもしれんな。

じゃが、それは……。

ワシは、セスルートを見る。

セスルートは、動じない。

むしろ、こんなときだからこそ、さらに冷静さが増している。

そんな印象を受ける。

悪いが、ベルク。

お主のその買い物はかなり高い買い物になるやもしれんぞ。

ワシは憐みの目でベルクを見る。

ベルクが動いた。上半身だけとはいえ、巨大な両腕がある。

両方を交互、交互にセスルートに向かって、叩きつける。

しかし、セスルートはその攻撃を柳が風を受けるかのような、動きでかわしていく。

この身のこなし。

体術も十二分にいけるな。

ここでベルクも、自分の攻撃が当たらないことに業を煮やしたのか、大きな口を開口一番。

どす黒い闇の息を吐いた。

酷く広範囲で、魔導士たちは障壁を張っている。ワシ達にはマリィが張ってくれている。

セスルートは、それに対して特に動きは見せない。

避けないのか?


「セスルート様、逃げて!」


ワシの隣にいたエヴァが思わず叫んだ。

ワシも思わず、そう叫ぼうか迷った時じゃった。

セスルートに動きがあった。

詠唱をしている。

するとセスルートの杖を持つ手とは逆の手に、眩い光を放つ、剣が現れた。

実態のない魔法の剣。

あれは?


「魔封剣ダーラカーナ」


マリィがつぶやく。


「ダーラカーナ?」


ワシが、オウム返しにマリィに聞いた。


「うん、セスルートの中で一、二を競うほど強力な技よ」


セスルートが、そのダーラカーナを息に対して、一振りした。

すると、光が一閃し、あれだけどす暗い息が一瞬にして、姿を消した。


「さて、どこを斬られたい? 手か首か? それとも……」


セスルートは一歩ずつ、ゆっくりとベルクに近づいていく。


「う……」


流石のベルクもさっきの一撃でセスルートの力が分かったようだ。


「それとも串刺しがお望みか? いいぜ、それを望むならやってやる」


そういうと、セスルートは持っているダーラカーナを上空に力強く投げた。

すると、真っ暗闇だった上空で光がほとばしる。

稲光とは異なるそれは、誰しもがセスルートが投擲したダーラカーナだと理解しているはずじゃ。

すると光を帯びたダーラカーナが無数の数になって、セスルートの背面に降り立ち、宙に浮き、並んでいる。

全部がベルクの方向にむかって、切っ先が向いている。


「ダーラカーナ・ヴァイ」


抑揚のない声でセスルートがつぶやくと、セスルートの後ろにあった剣が唸りをあげて、ベルクに向かっていく。

闇を切り裂き、光を帯びた矢のような無数の剣がベルクに吸い込まれていく。


「き、綺麗……」


ワシの隣で、エヴァが綺麗という表現でセスルートの繰り出した技を表した。


「確かにのぅ、まるで流星のようじゃわ」


流星が闇夜を切り裂き、ベルクの身体に突き刺さった。


「グオオオオオオオオオオン!」


ベルクの口から、悲鳴のような音が繰り出された。

ここでいて、初めて出した悲鳴ではないだろうか。

しかし、セスルートはその手を緩めることはしない。

完全に息の根を止めるまで、剣を矢のように打ち続ける。

ベルクからは、悲鳴すらも聞こえなくなった。

肉片に、ただに突き刺さる光る剣。

召喚紋から飛び出た大きな死体。

その死体はやがて、黒い霧になって、召喚紋の中に戻っていく。


「人間の魔導師覚えておくぞ。このベルクに辛酸をなめさせるとは。ゆめゆめ忘れるな。必ずや、再び相まみえようぞ。次はその体引き裂いてやるわ!」


黒い霧が、全て召喚紋の中に入り、召喚紋が閉じられた。

位の高い悪魔に死は中々訪れない。

大抵は霧状になり、年月をかけて、再び同じ形に戻る。


「ふん、逃げ足だけは早いか。だが次に会ったら確実に決着を着けてやる」


セスルートはそう言い、魔風剣ダーラカーナを消した。

そして、その場にすたんと座り込んだ。


「!?」


その姿を見て、マリィを含め、近くにいる者がセスルートの周りに駆けこんでいく。

もちろんエヴァもじゃ。


「大丈夫?」


マリィが、セスルートに声をかけている。


「あぁ、流石に少し今日は魔力を使いすぎたようだ。あの、悪魔も最後に取り逃してしまった。まだまだだな、俺も」


セスルートが、悔しそうに言った。

皆からは何をいうんですか、セスルートさんだから追い返すことが出来たんですという声が多数上げられている。

ワシもマンダリンに肩を貸してもらい、セスルートの前に連れて行ってもらう。

そこではエヴァが、セスルートから貰った杖で魔法を使用できたことを告げていた。

それに対して、セスルートはエヴァの頭を優しく、撫でて


「だから言ったろ、俺の目に狂いはないって」


と優しそうな声をかけている。

いよいよ、ワシはセスルートのところにたどり着いた。

セスルートが、ワシの姿に気が付き、立ち上がり、近づいてきた。


「君のおかげで、あの悪魔と一対一で対峙することが出来た。礼を言う、ありがとう」


セスルートが軽く頭を下げた。


「いえいえ、自分もあの少年とはいくらばかりか因果がありまして、それで対応したまでです」


ワシも逆に頭を下げた。


「中々の腕の持主だ。ここの騎士団に推薦したいくらいだ。そちらのお嬢さんも、オーク族の君も」


セスルートが、話を盛り立てるかのように言った。

この日に起きた出来事は、最終的にセスルートの催しの一環として、起きた出来事であるということで来訪者には説明した。

納得する者もいれば、しない者もいた。

それに対しての対応は、ここのフォルセルの騎士団が丁寧に対応してくれている。

ワシとエヴァは、朝帰りでマルスとイーダの元に帰った。

めたくそに二人に怒られてしまった。

無理もない。

約束は、昨日の夕方まで帰ることと約束していたのじゃからのぅ。

じゃが、そこでセスルートが仲裁してくれて、助かった。

しかしながら、イーダは、ワシのぼろぼろな格好を見て、心配したがワシは、大丈夫と返答し、余計な心配をかけないようにした。

エヴァは初めての建国祭でとんでもない経験をしてしまった。一生忘れない出来事じゃろう。

フォルセルから、シルトに帰る日が来ても、ワシには、気が元通りに戻る気配はない。

それだけが、ワシの心の中に大きく残る。






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