フォルセル建国祭28 ~成長~

 小悪魔が、再び敵意を剥き出しにして、ワシに向かってくる。

鋭い爪と牙を出し、ワシに向かってこようとするが、その爪と牙がワシに届くことはなかった。

ワシの後方から煌々とした真っ赤な火球と風脈を帯びた真空波が繰り出され、悪魔を切り刻み、燃やし尽くした。

外からの増援か。

ようやく来たか。

ワシは、ようやく訪れた増援を確認して、安堵した。


「トーブ!」


聞き慣れた声が、ワシの鼓膜を鳴らした。


「エヴァ」


ワシは声のしたほうを向き、エヴァの姿を確認する。

怪我らしい怪我もないようじゃ。


「トーブ大丈夫なの? そんなぼろぼろで」


エヴァが、心配そうな表情でワシを見ている。

まぁ、少々久しぶりに派手に戦ったからのぅ。

見た目はぼろぼろじゃが、心はすっかり晴れている。

久々に充足した闘いじゃった。

傍目から見ると、着ている服はぼろぼろで、心配されるのは仕方がないかもしれぬがのぅ。

現にエヴァもそう見ているしのぅ。


「大丈夫じゃ。特に怪我らしい怪我もないわ」


エヴァに心配させないように、ワシは敢えて気のことは伏せておくことにした。


「それならいいけど。あの少年なんなの? 私達の前ばかりに現れて」


エヴァは、唇を前に尖らせながら話している。


「さぁのぅ。たまたまじゃということもあるじゃろうし。ワシもよう分からんわ」


少年もといセスクのせいで、身体の自由が利かないことも伏せておく。

ここで話しておいて、心配させるのも意味のないことじゃ。


「トーブもよ、いきなりぶーんって跳んでいって、そんなぼろぼろなって。私には落ち着けってよく言うのにさ」


エヴァが、少し怒っている。


「すまん、すまん。今度から気をつけるわ。それよりも下がっていろ、まだ戦いは終わっておらんのでな」


ワシは、エヴァに言い放った。

周囲には、まだ悪魔たちがいるが、増援で来たであろう騎士や魔道士が対応している。

しかし、悪魔の数が多いため、手こずっている。

例え、気は使えんでも、今まで鍛えてきた肉体があるわ。

ワシは、気の使用を諦め、肉弾戦で悪魔と闘うことを決めた。

二足歩行の悪魔がワシを捉えた。

ワシに向かって、襲い掛かってくる。

さて、やり合うとするかのぅ。


「!?」


ここでワシの身体にまた異変が起きた。

身体の至る所に激痛が走る。

身体の内部から汗腺を通じて、血液が吹き出そうな感じだ。

ぬぅ!?

あやつの気に当てられた残り香がまだあったか。

他者の気は、己が気とは相容れぬ。

まさにこの言葉に尽きた。

この二本の足で、立っているのがやっととはおのれ!

こんなときに!


「トーブ!」


ワシの前に、エヴァが立ちはだかった。


「ならぬ、エヴァ。さっさとそこから離れるのじゃ。今の君は、戦える状態ではないはずじゃ」


身体の内部からの激痛に耐えながら、ワシは何とか気力を振り絞り、エヴァに話しかける。


「嫌よ、もう私の目の前でトーブが傷つくのは。それにただ手をこまねいて見ているのはもう嫌なのよ」


エヴァはそう言うと、セスルートから貰った杖を、片手にワシの前に立ち、悪魔と向かい合う。


「気持ちは分かる。じゃが、今の君では、うっ」


ワシの身体の内部に稲妻が走ったかのような痛みが流れる。

ぬう、くそっ!

この身体さえ、この身体さえ動いてくれれば。


「キッシャアアア!」


悪魔が叫び声なのか、雄叫びなのかわからない声でエヴァに襲い掛かってきた。

エヴァは、セスルートから貰った杖を前方に掲げ、詠唱をしているようじゃ。

口元が動いているのが、顎の動きで分かる。

詠唱はいいが、このままでは詠唱の前にやられてしまうぞ。

ワシは、再び身体を奮い立たせようとしても、身体は他人の身体の様にぴくりとも動かない。

悪魔の長い爪が、エヴァの柔肌に迫ろうとしていた。

しかし、エヴァはまだ詠唱をしている。

くっ、誰か!

誰か、エヴァを助けてくれ!

その時じゃった。

ワシの脇を猛々しい闘気と共に、大きな壁のような塊が通り過ぎていった。

桃色の肌に、肉食獣の革の腰巻き。常人離れした体躯。

そこには、ワシの知っている友人がいた。

マンダリン。


「待たせたな、二人共。大丈夫か?」


悪魔の二の腕をがしりと掴み、エヴァとワシに声をかける。

その直後……。


「えいっ! 嘆きの火炎ファーラ・ネル!」


エヴァが魔法名を叫ぶ。

マンダリンは、エヴァの詠唱に途中で気が付き、悪魔を突き飛ばし、距離を取った。

セスルートから貰った杖が先端で光をあげて、

エヴァの得意の炎魔法が唱えられた。

ごうっという如何にも炎魔法の力強さを演出するような音が、ワシの耳に入ってくる。

やったか!

魔法を唱えることができなかったエヴァが、ここでようやく初めて新しい杖で魔法を使用した。

魔法を唱え終わったエヴァも、信じられないといった感じで、目をぱちくりさせている。

よかったのぅ、エヴァ。

セスルートから貰った杖を見ながら、エヴァは未だに信じられないといった感じでいる。

エヴァの唱えた魔法は、まるで火球が生きているかのように地面を跳ねながら、悪魔の足元に跳び、そこから悪魔の体全体を燃やす程度の火柱が出てきた。


「やった、やったわ。ようやく魔法が唱えられた」


ワシの方を振り向き、エヴァは遂に自分の感情を声に出した。


「うむ、本当によかったのぅ」


ワシは、痛みに耐えながら、声を振り絞って答える。


「どういうことだ? 魔法を唱えたくらいで」


事情を知らないマンダリンが、不思議そうにつぶやく。

事情を知らないマンダリンにとっては、ワシとエヴァの会話は、おかしな内容に聞こえたのじゃろう。


「詳しい話は後じゃ。これには長い長いエヴァの道のりがあったのじゃからのぅ。して唱えることが出来た理由はなんじゃ?」


ワシはエヴァに聞く。


「分からないわ。とにかくトーブを助けたくて、無我夢中で。気がついたら、詠唱が終わって魔法が出ていたの」


エヴァも魔法を繰り出せた明確な理由について分かっていないようじゃ。

無我夢中の中の光明と言ったところかのぅ。


「無我夢中でも唱えられたことには変わりはない。よかったな。これでセスルートさんにいい報告が出来るな」

「うん、セスルート様にきちんといい報告が出来るわ。吉報ってやつ?」


そう言うとエヴァは、セスルートの方を見た。

顔色変えずにベルクと互角以上に渡り合っている。

ここに人がいるせいで、全力で戦えないのだ。

国王は、結界が破られた時点で、あっという間に外に護衛のものと逃れている。この大広間に閉じ込められていた人もぞろぞろと外に脱出している。

よかったよかった。

犠牲者がでなくて本当に。


「えらくぼろぼろだな? 誰にやられた?」


マンダリンが、ワシの破れた服装を見て言った。


「あの森の中で会った少年とやり合ってな。中々の実力者で簡単にはいかなかった。今回は引き分けという形で結局別れたしのぅ」


ワシは、先程まで戦っていた少年の顔を脳裏に浮かべる。


「あいつか……」


マンダリンは、怒りの感情を表情に露わにした。

無理もない。

同族の友人をけなされ、挙句の果てに足蹴にされたのじゃ怒るのも当然の話じゃ。


「引き分けとは、珍しいな。お前ならやれただろうに」


マンダリンが聞いてくる。

ワシが負けるとは微塵も思わんらしい。


「どうじゃろうな。実力はワシが上じゃったが、やつの方が覚悟は上じゃった。これだけは言える。やつの決死の攻撃は中々堪えたわい」


ワシは未だに気を練れないことに気が付きながら答える。


「そうか。お前にしてはえらく弱気な言葉だな」


マンダリンの言葉にワシは、答えることはできなかった。

気を使用できなくなったということは、例えマンダリンにも気が付かれてはならない。

ワシの中で、そう何かが訴えている。


「それはそうと結界が割れて、お主は入ってきたみたいじゃが。結界の外では、やはり大事になっていたのかのぅ?」


ワシは、話題を変えた。

勘の鋭いマンダリンには、ばれてしまうような気がしたからじゃ。


「まぁな。オレは昨日のことがあって、ひと目の付かない倉庫を色々と野探ししていたら、ある人に会ってな」


マンダリンはそう言うと、周囲をきょろきょろと見回した。


「いたいた。とても魔法に精通している人だ。オレと同じ理由で彼女も色々と探していたらしい」


マンダリンが指差す。

その太い指先には、紅色の法衣を着て、三角の魔道士の帽子を被ったマリィがいた。


「マ、マリィさん」


エヴァが、しっかりと魔道士の正装をしたマリィを見て、声を上げた。

ワシもそのマリィの姿を見て、合点がいった。

セスルートの知り合いであれば、それ相応の実力を秘めておるのも疑問ではないか。

マリィは、他の魔道士たちと協力しながら小悪魔達を倒している。


「かなりデキる。その探している数カ所で仮面を被った胡散臭い連中がいたんだが、オレとあの人で倒して、その内の一人からここの事を聞いて来たんだ。オレは相手に対して突っ込んで、あの人はオレを補助する魔法を掛けてくれた。気持ちいいくらいに楽に敵が倒せたぜ。連携というやつが取れていた……いや、あの人がうまくオレを補助していたということか」


マンダリンにしては、えらく上機嫌で話している。余程うまく敵を倒せたのであろう。


「連携か。複数人で共に闘う場合は必須な内容じゃな」


ワシは、マンダリンの言葉を聞いて答える。


「まぁ、それはおいおい話すとしてオレ達は、ここにいるこいつらを倒そう。ここで野放しには出来ないからよ」


マンダリンはそう言い、小悪魔に向かって、いつものその巨体には似合わない速度で仕掛けていく。


「待ちなさいよ。私も行くから! あっ、トーブはそこで休んでいて。体調悪いんでしょ」


エヴァが、マンダリンの後を追いかけていこう行こうとした矢先に止まり、ワシに言葉をかけた。


「大丈夫じゃ。ワシも一緒に行くぞ」


ワシは気力を振り絞り何とか立ち上がったまではいったが、身体にふらつきがある。

うぬ……身体のいうことがうまくきかん。

これでは満足に戦闘することもままならない。


「分かってるんだからね。トーブが無理してるところなんてすぐに。だからここは私と彼に任せてトーブはここで休んでいて。約束よ」


そう言い、エヴァは、ワシの前まで戻ってきて、立ち上がっているワシを地べたに座らせた。


「すまぬ」


ワシは、面目ない気持ちで胸が一杯になったが、


「ううん、今までトーブが頑張って、守っていたんだもん。今から私が頑張る番よ。だから大丈夫、魔法も使えるようになったし」


エヴァはにこりと笑って、杖を高らかにマンダリンの傍に走っていった。

ふぅ。


ワシは、ため息をついた。

いつも守ってばかりと思っていたが。

どんどん遠くに向かい、小さくなる幼馴染の背中をワシは見る。

ワシの知らないところでどんどんエヴァもマンダリンも成長しておるのじゃな。

まるで我が子の成長を見るようなそんな感情が芽生えてくる。

じゃが、ワシも歩みを止めてはならぬ。

ワシの目指すもののために。

例え気が使えなくても、ワシは別の手段で先に進む。

悲観する必要はない。

今までが恵まれていた。

ただそれだけのことじゃ。

ワシは、そう心中で思いながら、エヴァが杖をかざしながら魔法を唱えているのを見つめていた。

魔法か。

幼少期に少しかじり、それっきりじゃ。

知識は人並み以上にはある。

今まで魔道士とも相まみえてきたこともある。

魔法を使用する相手に、如何に魔法を使用させずに、倒すかそればかり考えていた。

気を鍛えに鍛え抜いて出来たからできた行動じゃ。

エヴァとマンダリンが、小悪魔を協力しながら、倒している。

一見、両方とも攻撃志向の強い傾向に見えたが、そういう感じでもなさそうだ。

マンダリンが、高速移動で小悪魔の体勢を崩し、

そこにエヴァが、高威力の魔法を入れる。

また逆にエヴァが魔法で先に仕掛けて、小悪魔がその魔法を避けたところに、マンダリンが距離を詰めて、間髪入れずに叩きこんでいるという展開も何度も見受けられた。

ワシは、その頼もしくなった二人を見て、心に熱いものを感じた。

成長。

長くして成ると書くが、この二人にはどうやら今のところは当てはまっていないらしい。


「ギャンンスゥウ!」


一体の小悪魔が、ワシに向かってきた。

二足歩行のそれはさっきからその場から動いていないワシに目を付けたらしい。

やれやれ困ったもんじゃわい。

ワシは、重い体を小悪魔のほうに向けて、構える。

やはり、気の流れは感じない。

じゃが気が使えないにしろ、今までその気を使用してきた肉体はここにはあるわ。

さぁ、かかって参られい!

満足に上がらない腕を、激痛に耐えながら、胸の辺りまでに持ってくる。

まだセスクの気が暴れているらしい。

全身を内部から針で刺されたような痛みは消えない。

周囲もそれぞれの自分に近い小悪魔に対応しているせいか、誰もこの小悪魔の存在に気が付いていない。

小悪魔が長く鋭い爪を振りかざし、ワシとの間合いを一気に跳躍して詰めてきた。

前方上空から小悪魔の身体がワシに覆いかぶさるように迫ってくる。

ワシは、この爪による一撃を避けるように身体を横に倒れるように、動かした。

いや、正直に言うと倒れたと表現したほうが正確かもしれない。

身体の本来の重量に、倒れるといった動きを意識して、あまりうまく身体が利かない身体を何とか動かす。

身体は地面に転がるように倒れ、ワシは地面に最低限の受け身を取りながら、転がる。

やはり、地面に倒れるのは痛い。

いつもなら不自由なく、動ける身体なのじゃが、こうなってしまったらもうタダの飾りでしかない。


「うむぅ」


思わず、声に出ていた。

自分の身体に対しての不満の感情が。

自分の身体が、自分の身体ではない気がする。

よく今まで他者から聞きなれた言葉で、自分の身体のことなのによくそんなことが言えるなと内心思っていたのじゃが、実際自分がそうなってしまった現状じゃと、やつらの言っていた言葉の意味がワシに重くのしかかった。

やれやれ、生きているうちに会う機会が会ったら、きちんと謝らなければなるまい。

ワシは出来うる限りの速さで、地べたで倒れている体勢を立て直す。

両手をまずは地面に付き、身体を起こす。

あとは両膝を付いた。

ここまでくればあとはすぐに立てる。

生まれたての四足歩行の動物を連想させるかのようなワシに対して、小悪魔はにやけたような表情をしている。

こいつは簡単に狩れる獲物じゃと、思われているのかもしれぬ。

ワシの視線にその時、魔道具の一種である杖が見えた。

杖?

何故こんなところに?

誰かが、戦闘中に落としたのであろうか?

地面にさっきのワシ同様に転がり落ちているその杖は、ワシの気持ちを引き付けるには、そう時間はかからなかった。

地面をはいつくばるように移動して、杖の元に向かう。

すぐに拾うと、ほんわりと何かが伝わってくるのが分かる。

気とは違う何かを感じる。

魔力か。

悪魔が、そんなワシに向かってくる。

ワシが、杖を手にしたことに怒っているのか、さっきの攻撃を避けたことに怒っているのか定かではないが、目が血走り、感情的になっているのは、見てすぐに分かることが出来た。

やれやれ、こっちは久しぶりなんじゃがのう。

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