フォルセル建国祭27 ~セスク~

  距離を取り、セスクの次なる手を待ち受ける。


「やはり気の使い方だと貴方に百日の長がありますね。僕の気が一向に通じない」


セスクが言った。

口調は落ち着いているが、内心はイライラしているはずじゃ。

自分の繰り出す一手一手が看破されているのじゃから。

ワシだって、同じ立場ならそう思う。


「ふむ、よく心得ているではないか。ワシとお主の圧倒的な経験の差をのぅ。そればかりは、すぐには埋められん差じゃ」


ワシは、得意気に言う。


「たしかに、それを埋めることはすぐには出来ない。でもそれが勝負の絶対的な決定打になるとは言い切れない」


セスクの目は、まだ何も諦めてもいないし、微塵も負けるとも思っていない。

厄介な相手じゃのう。

この手の相手は、完全に勝負の決着が着かないと納得しない性格じゃ。


「お主のいうことは否定はしない。一理あるしのぅ。じゃが、この開いた差をどう埋めるつもりじゃ」


ワシはセスクに問うた。


「これを使う!」


セスクが自分の胸元から、一つの小さな容器を出した。

中身には透明とは異なる、薄い青色の液体が入っているのが見えた。


「それは?」


ワシはセスクに聞いてはみたが、返答は返ってこなかった。

セスクは、蓋を開けて、躊躇なく中身の液体を勢いよく、飲み干した。

軽くため息を吐くセスク。


「ごちそうさま」


誰に言うわけでもなくセスクは言った。


「それはなんじゃ?」


ワシは、飲み干した容器を指差して聞いた。


「秘密兵器。本当は使いたくなかった。だけど、仕方ないよね。これ以上、こっちの予定が狂うのは嫌だし。ただでさえ、あの魔道士の存在は余計だったなぁ」


セスクが、セスルートの方をちらりと見た。

セスルートは、ベルクの闇魔法に対して、光魔法で対応している。相反する属性で共に、魔法によく精通して、魔力に優れた者しか使用出来ない魔法だ。

ベルクの闇魔法に対して、それを包み込むかのようにセスルートは光魔法を出し、闇魔法を消滅させている。

そのため、大きな爆発らしい爆発は起きていない。


「何故使うのが嫌なんじゃ?」


セスルートの存在は誤算だったのは、ともかくとして、その容器に入っていた液体を使用するのが嫌だという理由が知りたい。


「話してもいいけど、実際体験したほうが早いと思うよ」


セスクはそう言い、構える。

話したくないと言うのなら、仕方がない。

そこまで画期的に変われるとは思わんが。


「行くよ!」


セスクが掛け声と共に、すたんと地面を一蹴りした。


「!?」


セスクの顔が、すぐ目の前ほどの距離にあった。

早い!

これではまるで別人じゃ。

ワシの目の前で、セスクがまた動いた。

地面をまた一蹴りして、ワシの右側面部に移動する。

早いが……読めん速さではないわ!

視覚で視認できる速さではあるため、ワシは反応する。

ワシは右側面に移動したセスクに対して、右腕で自分胸元から外に振り払うかのような横殴りで対応する。

決してワシの拳は遅くはなかったが、セスクの顔面に直撃する寸前、セスクの姿はそこにはなく、ワシは自分の背面部に痛みを感じ、前のめりに転がり、地面に倒れた。

蹴りか!?

ワシはすぐに、地面から立ち上がり、体勢を立て直し、セスクを捉える。

それにしてもなんという速さじゃ。

さっきまでの奴の速度とは比べ物にならん。


「あーあ、やっぱそんな顔をしてる。やっぱな、やっぱそうだよね。こんなの僕、本来の力じゃないし、ズルだよね」


セスクは、深いため息を付きながら、言った。

表情は、不服そうで何だか納得がいっていないようじゃ。


「でも僕も負けられないんだ。だからここは遠慮なく、使わせてもらうよ」


セスクは、そう言い、左手を掲げた。

左手に気がみるみる溜まっていくのが見える。

凄まじいまでの量と蓄積していく速度じゃ。

如何に気の熟練者でも、これだけの蓄積速度は中々出来るものじゃない。

さらに……口元で何か唱えている。

詠唱か。

一体何をするつもりじゃ。

するとセスクの詠唱が終わり、右腕に変化が現れた。

パチッ。

パチッパチッ。

弾けるような音が耳に聞こえてくる。

これは魔法か。

セスクの右手を、小さな複数の稲妻が覆っている。


「ふんっ!」


そして、掛け声とともにセスクは左手と右手を合わせた。

強力な気と稲妻が交わった。

軽く、ぱちりという音と共に衝撃波が走った。

じゃが、ワシは目を閉じることなく、セスクを見ている。


「さて、準備が出来ました。そろそろ決着といきましょうか」


雷魔法と気の融合か。

全く、本当にどこぞやの男のようじゃわ。

テンカイの姿が再び脳裏に過ぎる。

さて、ワシも何とか反撃に出なければのぅ。

ワシも両手、いや、全身に気を練る。

気が、ワシの身体全身を包み込んでいく。

まだまだ不完全ではあるが、試して……いや出さなければやられるな。

ワシは、新たな気の技を試すことにした。

セスクは待ってくれているのか、まだワシのほうに仕掛けてこない。

すると、セスクのほうに仄暗い法衣を着た魔道士の一人が近づいてくる。


「それ以上、近づいたら殺すよ。扱いが難しいんだ」


セスクは、脅しにも似た声で、近づいてきた魔道士に声をかける。

しかし、魔道士は臆することなく、セスクの近くまでいき、耳打ちをする。

初めは、魔道士に苛立ちを覚えていたセスクじゃったが、次第に顔つきが変わった。

どうやら何かあったようじゃ。

するとセスクは、魔道士の耳元で耳打ち仕返す。

すると、どこかで何かが弾ける音がした。

これは?

ワシの耳に入ってきたのは、昔懐かしい大衆の声じゃった。

まさか!

結界が破られたのか!

この大広間を閉じ込めていた結界が破られたのであれば、この耳から聞こえる声は間違いではない。

つまり、セスクの表情が曇ったのは、そういうことか。


「何をよそ見をしているんです。こっちも予定が変わったんだ。速攻でやらせてもらう!」


セスクが動いた。

どうやらこっちの増援が来る前に、ワシとの決着を着けるつもりなのであろう。

ならば、それに応えるのも武人として当然のことよ。

さっきよりも早い……な!

セスクの速度が、増々上がっている。

ワシに向かって、蹴りを繰り出してくる。

ワシは、両手で足の底を受け止める。

しかし、その反動で少しばかり、後方に押しやられてしまった。

セスクが、その隙を逃さず、背後に回る。

ワシは予め、その動きを読んでいたので、すぐに体勢を整え、セスクの繰り出してくる攻撃を迎え撃つ。


「読んでいる!? だとしても!」


セスクが、構わず攻撃を繰り出した。

雷と気の二種の力を秘めたセスクの突きが迫ってくる。

空気が振動し、今にも稲妻が空気伝達してくるかのような感じにさえなる。


「むん!」


ワシは、何とかセスクの手首を掴んだ。


「はあああああああああ!」

「ぬううううううううううう!」


セスクとワシの力比べになる。

セスクの両手が押してくれば、ワシはさらにそれ以上の力を繰り出し、押し返す。

また逆も然りじゃ。


「いい加減食らってくださいよ! こっちは時間がないんです」


歯を食いしばりながら、セスクが言い放つ。


「それはそっちの都合じゃ。ワシには関係ないことじゃ」


ワシも、両手に全身のちからを込める。


「ちっ、うおおおおおお!」


セスクが、気をさらに両手に送ったようじゃ。

セスクの押してくる力が、次第に増してくる。

そろそろじゃな。

ワシは、頃合いじゃと思い、ある技をここで試そうと試みた。

気同化。

気使い限定で使える技じゃ。

相手の気を吸収し、自らの気に同化することにより、相手の気を無効にして、こちらの糧にできる技じゃ。吸収したセスクの気はすぐにこの空気中に放出される。

自分以外の他者の気は、自分の気と反発しあうからじゃ。

まだ修行中の身で今は一時吸収し、すぐに体外に放出することしか出来ない段階じゃ。これが自分の気に変換できるようになったら、気使いが相手なら、かなり優位に戦えることになるはずじゃ。


「えっ!? なんだ? これ」


セスクの驚く顔が見える。

ワシが、セスクの気を吸収しているからじゃ。

驚くのも無理はない。

セスク本人の感触として、一方的に力が抜けていくような体験をしているはずじゃ


「これは一体!?」


セスクの視線が、ワシの顔の前で止まった。

ようやくここでセスクは自分なりの答えが出たようじゃ。いや辿り着いたといったほうがいいか。


「貴方の仕業ですか……」


今まで、にやにやとしていたセスクの表情が、今回ばかりはにやにやしていない。


「そうじゃとしたらどうする?」


ワシは、試しに聞いてみた。

セスクは、すぐに即答はせずに、押し黙っている。


「なんじゃ? だんまりか。ならば嫌でも話すようにするまでよ!」


ワシはそう言い、セスクの発する気を吸収し、体外へ放出していく。

中々の量の気を秘めている。

セスクの潜在能力の高さが分かってくる。

ワシは、躊躇することなく、セスクから全ての気を奪い取ろうとする。

一見、ワシが有利に見えるが、それは正解であり、間違いでもある。

他者の気が自分の気と混じり合うと反発し合うのじゃから、もし混じってしまうと、ワシはただではすまない。

そんなぎりぎりのところにいるのじゃ。

この放出をするということをしくじると、一気に形勢は逆転する。


「お主の気が、どんどん無くなっていっておるぞ。このままいくと、お主の気は空になるわ」


気が、空になったときの使用者にはかなりの疲労が訪れる。


「分かっていますよ、そんなこと……。けど、こんなところで!」


セスクの気が一気に増大した。

丹田から再び新しい気が生み出され、体に流れ込んでいく。

両手には、未だに気と雷魔法の複合技が健在している。

手の周りには、まだ容赦のない稲光が弾けているのが目に見える。

ふむ、まだまだ気も出ておるし、魔法も衰えていないか。

じゃが、それも時間の問題じゃ。

ワシは、ここで逃すほど甘くはないぞ。

セスクは、ワシから離れようと手を振りほどこうとするが、ワシはその手をきっちりと掴み、離さない。


「くっ! ちぃいい」


セスクは、ワシの手を振り払うことが出来ないので、舌打ちをする。


「無駄じゃ、この手は絶対に離さん」


ワシが、そう言ったときじゃった。


「くっ……くっくっくっ、あっはっはっ」


悔しそうなセスクの顔が、笑い声と共に変わっていった。

まるでこの状況を楽しんでいるかのようだ。

何じゃ?

何がおかしいというんじゃ?

ワシは、自分の目の前で笑っているセスクを一瞥する。

自分が危機的な状況での、このセスクの言動は異常である。


「ふん、その余裕もいつまでもつか、見ものじゃわい」


ワシは、そう言いセスクの手を握る手に力を込めた。

セスクは、ワシの握力で腕を握られ、一瞬痛がり、顔を歪めたが、すぐに何事もなかったかのように、振る舞う。

おかしな奴じゃ。

にしても、奴の気がまだ枯れることなく、出ておるのも凄いことよ。

そしてその出ている量も未だに衰えることをも知らない。

じゃが、そろそろここで終わりにしようぞ。

長く戦っていてもいいことはないからのぅ。

結界が割れたことにより、外部からこっちに増援もくるし、今が決め時じゃ!

ワシがさらに、気同化の勢いを増そうとしたとき、異変は起きた。

初めは気がつくか気が付かないかわからないくらいの痛み。

細い針で一瞬、二の腕を刺したような感じだ。

それが間隔的に数回、繰り返された後、それはいきなりやってきた。

ワシの両手に激しい芸痛が訪れた。

ぬううう!?

何じゃ、この痛みは!?

突然の痛みに、ワシは思わず、セスクを掴んでいる腕の力を緩ませてしまった。

セスクは、この隙逃すものかという感じで、すぐにワシから逃げるように手を引き抜き、後方に軽く飛び退いた。

しかし、その身のこなしは先程のそれとは異なり、酷く身体がふらついている。

じゃが、ワシの攻撃から逃れたのは事実じゃ。

ワシの両腕に激しい痛みが走る。

何じゃ、この痛みは。

腕が上がらないほど痛みがある。

手の筋をずたずたに切り裂かれたかのような感じに似ている。

しかし、外傷はこれといってない。


「はぁはぁはぁ……」


セスクの息がきれている。

本人も自分の身体を支えているのがやっとのようで、何とかその場にかろうじて立っている感じだ。


「お主一体何をしたのじゃ……」


ワシは、セスクに聞いた。

お互いすぐに攻撃に転じる様な状態ではない。


「それを聞いてどうするんです? 僕と貴方は敵同士なんですよ。だったら分かるでしょう。自分の用いる全てで敵を倒す。それだけですよ。うっ、がはっ……」


セスクは、そう言い終わるか否やで、大きな堰をした。

手で口元をおおったが、口元にぬぐい切れない血が付着している。

やはり彼もかなりの損傷をしている。

ワシ同様に。


「お互い傷だらけじゃな。痛み分けとはいかぬか?」


ワシは試しに聞いてみた。


「勝負に引き分けなんて考えられない。勝つか負けるか、生きるか死ぬかですよ!」


セスクの気持ちは、まるで折れていない。

どんな傷を負ったとしても、戦い抜くじゃろうな。

面倒な相手じゃわい。

戦場では気持ちの折れない相手が一番やりにくい。

どんな辛い状況でさえ、その折れない何かがあるだけで死さえ恐れない。

やれやれ。


「じゃが、あまりに時間をワシ達はかけすぎてしまったようじゃのう」


ワシは、後ろから迫ってくる結界の外からなだれ込んでくる武装した騎士、魔導士の姿を確認する。


「ちっ……こんな楽しいときに。邪魔ばかり。

邪魔する奴は蹴散らそうと思ったけど、この傷じゃ厳しいか……」


セスクは、残念そうにつぶやいた。

すると、そんなセスクの想いを察知したのか、セスクの後ろから、魔導士が現れた。

さっきと同一の魔導士か分からないがセスクと小声で話している。

そして、セスクがしぶしぶうなずいている。


「今日のところは、まずは引き分けとしておきましょうかね。こちらとしても目的らしい目的は果たしましたから。決着は後日必ず。ではまた会いましょう。気使いの先輩」


セスクが、そう言葉を言い終わるか否やで、後方に複数の仮面の魔導士が現れた。

人数にして十人ほど。

皆が、この結界張りやセスクと行動を共にしていたのであろうか。

すると、セスク以外が詠唱を始めている。

そして杖を掲げると、眩しい光が一瞬発光し、セスク達の姿はなくなっていた。

転移魔法か。

複数で分担して唱えおったか。

ワシは、ここでの戦いは終わっていないことを思い出した。

まだ、悪魔のベルクが残っている。

しかし、それ以外にもベルクが召喚した小悪魔たちが、まだこぞってここにはいる。

翼をもった悪魔がワシに向かって、上空から滑空してきた。

さっき激闘を繰り広げたばかりなのじゃがな。

ワシは、両腕の痛みに耐えながら、気を丹田から手に送り出そうとした。


「?」


ワシは、悪魔の鋭い爪の攻撃を横っ跳びに跳んで避けた。

おかしい。

ワシの中で何かが変わっていた。

いつもと違う、何か。

悪魔が、また仕掛けてくる。

単調な攻撃なので、裂けるのは容易じゃが。

もう一度試してみる。

じゃが、いつものようにワシに応えてくれるものが応えてくれない。

何故じゃ。

何故使えんのじゃ。

ワシは、自分が普段使用している気が、ワシの言葉に応えてくれないことをここで感じたのである。

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