フォルセル建国祭26 ~少年~

 ニハトのことか。

この間の森で、初めて少年と会ったときのニハトの姿を脳裏に思い浮かべる。

少年にやられて、地べたに這いつくばっていたが、気持ちは折れていなかった。


「お主と実力差があったのだ。仕方なかろう」


ワシは静かに言った。


「実力差ねぇ。違いますよ。この僕とは、才能が違うんです。この気に選ばれし僕とは才能がね」


少年の語尾が強くなった。

気に選ばれし者?

この少年は、何を言っているのじゃ一体。

しかし、少年の顔は疑う余地もなく、まっすぐだ。

どうやら嘘で言っているわけではないようじゃな。


「やはり、お主も気を使うことができるのは本当みたいじゃな。これで核心したぞ」


ワシは、九割九分の予想がここで十割の核心に変わった。


「ご名答。だからこそ貴方は、僕と戦いたいと思ったんじゃないですか? この間、僕と拳を交えたことがあったから。現に今、こうして拳を交えてますしね」


少年が、不敵に笑いながら言った。


「ふむ、ワシもまさかここフォルセルで同業者に出会うとは思わなかった。それもまだ年端もいかないお主のような少年に」


ワシは、会話をしながら一定の距離を保っている。

いつ仕掛けられても、この距離であれば、素早く対応出来る。


「くだらないですね。闘いに年齢は関係ないでしょう。貴方も分かるでしょう。この気を使うのに年齢は関係ないと。僕よりも弱い人間はたくさんいるでしょうし、その逆も然り。

現にあっちの……」


少年が、ベルクとセスルートを指差す。


「数百年生きた悪魔も、あのまだ半世紀も生きていない人間に勝てないでいる。だから年齢は関係ないです」


少年が、首を振りながら言った。

この首振りには、年齢は関係ないという意味合いと、セスルートにまだ勝てないベルクに対しての嘲笑の意味があるように思えた。


「同感じゃ。ワシもそう思う。お主はどうなんじゃ?」


ワシは敢えて聞いた。

それほど自信満々の面構えをしているからだ。


「僕ですか? まだ感じないですか? 鈍いなぁ」


少年は、やれやれといった素振りで、首をふるふると左右に振っている。


「てんでな。今のところ、ワシはお主から得るものはなにもないぞ」


ワシは、正直に答える。

少年と戦ってはいるものの、特に響いてくるものもないし、かといって強敵かと言われたら、それも該当しない。


「そうですか。ならこれから十分に味あわせてあげますよ。僕は、まだ一部の力しか使用してないですし」


少年は、くすりと笑い、構え直した。

構えを、両手の指先をワシに対して突き刺すように構える。

変えてきたか。

これは確かにさっきまでとは違う。

見たことのない構えじゃ。

少年の緩んでいた口元のたるみが無くなり、目付きが鋭くなる。


「どうやらさっきの言葉は、本当のようじゃな。さっきとはまるで別人のようじゃわ」


ワシは、少年の全体から発せられる闘気のようなものを感じた。


「同じ人間ですよ。少しまじめに闘うだけです」


すると少年は、地面を軽く蹴った。

小声で何かを口ずさんでいる。

ワシが、気が付いた時には、少年の顔がそこにあった。

ワシを見上げるかのような視線。

早い!

ワシはすぐに、迎撃する。

上空から拳を振り下ろす。

地面に少年を叩きつけるつもりで繰り出したワシの拳は虚しくも空をきった。

むっ!

早い、言うだけはあるわ。

じゃが!!

ワシは、少年の行動を読み、次の一手を繰り出した。

自分の身体のばねを利用し、自分の後方に裏拳をお見舞いする。

しかし、ワシのこの裏拳は叩きつけと同様に再び空をきった。

なんじゃと?

叩きつけとは異なり、きちんと的を絞り、裏拳を繰り出したはずじゃ。

何故当たらぬのじゃ?


「ここだよ!」


少年が、上空からワシに遅いかかってきた。

ワシは、その少年の声に反応する。

少年は、自分の両手に気を帯びさせる。

気が具現化し、十本の指を覆い尽くしている。


「これはよけきれないよね」


少年は笑いながら、自分の指を突き出していく。

高速の突きだ。

風を、斬り裂くような音が聞こえてくる。

面倒なことになったわ。

ワシは、心の中でそう思い、自分自身の両手に気を込め始めた。


「いくよ!」


少年が突きを繰り出した。

ワシは、気の込めた手でさばく。

高速の突きをワシは、高速の手さばきでさばく。

ワシにとって一つのしくじりが、致命傷になる対応だ。

少年は、そのことを理解しているのか、攻撃の手を緩めるところか、さらに加速させていく。

また突きの繰り出す速度や時機もわざとずらして、ワシの隙やしくじりを狙っているようじゃ。

勝負に徹するという点では大層、いいことじゃがどこか小さいのぅ。


「どうした? 当てるのではないのか?」


ワシは、少年に聞いた。

少年は、ワシの問いかけを無視し、さらに突きによる攻撃を強める。

ワシの顔の鼻先、頬、首元と少年の突きが通り過ぎていく。

残念ながら直撃することはない。

ワシには、少年の繰り出してくる突きの道筋が見えているからじゃ。

少年の身体にある気孔から、気が今にもあふれんばかりに吹き出ている。

そのため、どういった手段で攻撃を行ってくるのか、ある程度読めるのだ。

あとは、セスルートもさっき言っていた長年培ってきている勘じゃ。

実戦経験ならば、この少年の百倍以上は経験してきているはずじゃ。

そこから導き出される勘は伊達ではないわ。


「今度はワシから行くぞ」


さっきから、小手先の攻撃ばかりしてきおって、見本を見せてやるわ。

ワシは、右手に気を送り込んだ。

丹田から気が波打つように、流れ出てくる。

そして、これでもかといわんばかりに右手を握りしめた。

少年は、自分の攻撃ばかりに気を取られ、意識に煩雑さが生じている。

こういうところもまだまだ青臭い。

経験不足じゃ。

ワシは、少年の突きに合わせて、拳を振るい、合わせた。

右手が一閃。

少年の突きが早いか?

ワシの拳が、早いか?

両方共、間合い的には大差はない。

双方の拳がどんどん狙った箇所に近くなる。


「!?」


ワシの左頬を、鋭利なものがかすめた。

闘気衣をしているが、それでもその闘気衣の上から何かが斬り裂いていった。

それは、少年の繰り出した高速の突きじゃった。

ワシの左頬からたらたらと血液が流れ落ちる。


「ぐっ!?」


少年の鈍い声が響いた。

しかし、それと時を同時にして少年の左頬にワシの右拳が、打ち込まれていた。

ワシが、痛みを感じたのは少年の突きが頬をかすめた、そのほんの一瞬だけじゃった。

すぐに少年の頬に拳を打ち込み、前に体重をかけるように身体の重心を動かす。


「むん!」


掛け声とともに、ワシは右拳を渾身の力で振り切った。

大砲が、弾を押し出すように、渾身のワシの一撃は、体重のほとんどを乗せて、少年に炸裂した。

少年は、ワシの気の一撃を頬に貰い、後方に回転しながら、吹き飛び、地面にうつ伏せになり、倒れた。

騎士団の一人の騎士が、ワシを見て、驚いている。

無理もない。

にわかには考えにくいことじゃからじゃ。

こんな小さな身体のどこにそんな力があるのだろうかという表情でワシを見下ろしている。

むぅ、ワシもこの身体で気をあまり人前でばかすか使用できんな。

気のおかげで小男でさえも、十二分に大男を倒すことが出来る。

また大男は、そのバカ力をさらに増大することが出来る。

さっき、この少年は、才能という二文字を使用した。

確かにこの少年は才能に優れているかもしれない。

じゃが、その才能も気も使い方次第なのじゃ。

使い手である気使いのさじ加減で変わる。


「起きてこい。この程度でお主を倒せると思っていない」


ワシは、地面に倒れている少年を見下ろす。

この少年が今まで、数多の相手にしてきたことである。


「あはは……中々出来る。流石だ。話に聞いていただけはあるか」


少年が、うつ伏せから大の字に体勢を変えて、ワシに答えている。


「話に聞いている? 一体どういうことじゃ? それは」


ワシは、少年が言っていることが気になり、聞き返した。


「それは言わないよ。言ったら怒られちゃうからさ」


少年は少し笑いながら言った。

まるで人事のように話す。


「でも久々に効いた……。あの時以来かな」


少年はそう言い、むんずと立ち上がった。

自分の左頬を右手で抑えている。

その抑えている手が光っている。

その技は?

ワシは一瞬そう思ったが、次第に時間が経つにつれ、その技の効能が分かった。

ワシに殴られた箇所の傷が治っていっている。

少年の手で抑えている箇所から広がるように。


「この技は結構気を使うんだよね。まぁ、それ以外のこともしてるんだけどね」


少年は説明する。

自然治癒能力系の技ではない。

じわりじわりと効く回復というよりかは、即効性に叶った技じゃ。

ワシは、少年の技を分析する。

自分の知らない技には警戒しないといけない。


「その技、お主が編み出したのか? 回復魔法の類とも異なる技じゃな」


ワシは、試しに聞いてみた。


「あははは! 僕が編み出した? 可笑しなことをいいますね」


少年はいきなり笑い出した。


「僕は、こんな地味な回復技なんて編み出しませんよ。編み出すとしたらもっと派手でかっこいい技を考えますよ」


少年が悪びれもなく、答えた。

では一体誰がこんな技を。

ワシはそう疑問に思ったが、少年にこれ以上聞いても無駄だなと思い、聞くのをやめた。


「よっこいしょっと。大分回復したかな」


少年は、そう言い回復している手を自分の左頬から離した。

少年の頬はワシに殴られて、視覚で確認出来るほど、腫れていたのじゃが、今では何もなかったかのように腫れが引けてきている。


「中々の治癒速度のようじゃな。かなりの気を消費しておるんじゃないか?」


ワシは、少年の傷の治り具合を見ながら言った。


「まぁ、そこそこです。ですが問題ありませんよ。貴方との闘いで、勝てるのであれば、僕は自分の気を、全て使用してでも勝ちたい」


少年は、躊躇するわけでもなく言い放った。

ふむ、あの顔まんざら嘘を言っているわけではないな。

自分の中の気を全て消費したら、全快するのにそこそこの日数はかかるというのに。

満足に動けるようになるのに少なくとも三日はかかるわ。


「そこまでお主を突き動かす原動力はなんじゃ? 単純に闘いに勝ちたいだけでは、そこまで徹しきれないはずじゃ」


ワシは、ふと思った疑問を聞いてみた。


「原動力? うーん。考えたこともなかった。単純に闘うのが好きってこともあるし」


少年は、腕組みをしながら、首をかしげ、考える素振りをする。


「単純に戦闘狂なら、五万と見てきた。そんな奴らも何かを信じ、拳を血で濡らしてきていた。じゃが、お主のそれはこやつらとは違う。何か別のものを感じる。伝わってこないのじゃ。お主の声が」


ワシは、感じたことを意のままに伝えた。


「別に貴方に何かを、伝えるために拳を振るっているわけじゃない。僕のこの拳は……」


少年はそう言い、自分の拳を上空にかざした。

深夜ではあるが、周囲の証明や光蟲のおかげではっきりと少年の姿が見える。


「僕は破壊者だ。全てを壊す。それがものであったり、人であったとしても関係ない。全てを壊す。その手段が気だ。僕の唯一手元にあるもの。僕を裏切らないもの」


そして、その拳をワシに向けて、勢いよく、突き出した。


「強者を破壊することで、僕という存在が成り立っている。僕に敗北は許されない。それがあの方のためにもなる」


珍しく、少年の口調が変わった。

感情らしいものをわずかに感じる。

それまでの少年から発せられる感情は、どこかうわべだけのような感触じゃった。

珍しく今は違う。


「ようやく、お主らしさが出てきたようじゃな。じゃが、遅すぎるくらいじゃ。ワシもようやく身体が暖まってきたところじゃ。お互い、それなりに拳を交えたのじゃ。そろそろ教えてくれんかのぅ。お主の名前を?」


ワシはそう言い、首を回した。

コキコキと関節の擦れる音がなり、ワシの身体の中に力がみなぎってくる。


「おかしな人だ。こんな時に自己紹介だなんて。まぁ、いっか。僕はセスク。僕は何もらしさなんて出しちゃいない。ただ拳を振るい、これからも全てを破壊するだけの存在さ!」


セスクが、そう言い、軽く足踏みをした。

ワシは、さっきの高速移動が来ることを警戒する。


「!?」


気配?

ワシは自分の背面に気配を感じた。

風を従えた影が、ワシの背後に見える。

それはセスクなる少年じゃった。

さっきとは、速度が違う。

ワシは驚き、背面に意識を集中させる。


「僕のとっておき。見せてやる!」


セスクの拳が繰り出される。

セスクの身体の部分部分に風の膜が出来上がっている。

気と魔法の合成技!?

ワシは、かつて似たような光景を見たことがあった。

氷の刃に闇魔法、さらには雷魔法すらも使用していた。

テンカイ。

宿敵の名前だ。

同じ気使いで初めて会った時に、このワシが恐怖を体全身で感じた相手じゃ。

それとは異なるが、このセスクのそれも似たようなものであろう。

風魔法であることから、速度上昇ということは何となくは予想出来る。


「遅い!」


セスクが、ワシの背中目掛けて、気を込めた突きを繰り出した。

風の真空波を帯びたそれは、周辺の大気を振動させ、ワシに吸い込まれるかのように向かってくる。

避けることは不可能。

ならば!

ワシは、即座に避けることは不可能ということで防御の体勢を整える。

闘気衣を発し、身体全身の強度を上げる。

来る!

セスクの一刺しがワシの背中に炸裂した。

不思議と痛みらしい痛みはない。


「その技は!?」


セスクは、ワシが行った行動を見てつぶやいた。

ワシのしたことは、セスクの気の一撃を単純に打撃に変えただけ。

背中に直撃した風魔法は闘気衣で防ぎ、気の一撃を自分が創りだした気の力で相殺したのだ。

背中から伝わるセスクの気の一撃に合わせて、自分の胸部に気の一撃を放つことにより、身体の内部を伝達して、ワシとセスクの気と気がワシの身体の内部でぶつかり、お互い相殺された。

セスクは自分の繰り出した一撃が効いていないのを信じられないといった素振りで見ている。

この技は、相手の気と同程度の気を相殺に使用しないと、うまく相殺することが出来ず、あまりに違いすぎると、自分の身体の内部を傷つけてしまうのじゃ。故に技発動者の技量が物を言う。


「うまくいってよかったわ」


ワシも、気のさじ加減がうまくいってよかったと、内心少しほっとした。


「くっ!」


セスクは、悔しそうな表情で、後方に下がり、距離を取った。

本人的には決まったと思ったのかもしれない。

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