フォルセル建国祭25 ~気使い~

ワシは、気のこもった拳を少年の胸部に当てた。


「くわっ!?」


声と共に少年は、後方に横回転しながら倒れた。

手応えはあった。

じゃが、直撃ではない。

ワシは、地面に倒れている少年を睨む。

しかし、少年は起き上がってこない。


「おい、ほとんど効いていないのは分かっておるぞ」


ワシは、倒れている少年に言葉を投げる。


「あれっ? バレてましたか? おかしいな、うまくやれた気がしたんだけどな」


ひょこっと上半身を起こし、少年は不敵に笑いながら言った。

その表情に悪びれた様子はない。

小賢しいわ。

戦いを何じゃと思っておるのじゃ。

ワシは、内心そう思ったが、口には出さない。


「直撃は免れたのじゃ、当然であろう。立て、続きをすぐに始めるぞ。こっちは時間がないのでな」


ワシは、少年にすぐに立つように促す。


「ふっ、僕は特に急いでないんだけどなぁ。そんなにここに閉じ込められている人たちの命が大切? 別に昔からの知り合いとか友人でもないのに」


少年は、冷めた口調で話を進める。

ワシが言うのもあれじゃが、この少年は年齢以上に考えが大人びている。


「じゃが、理由もなしに失っていい命なぞないはずじゃ。ワシはそう思う。今回の件は、明らかにそちらだけの都合で行われている悪魔との契約じゃ。そんな勝手な都合で失っていい命なぞないわ」


ワシは、すかさず答える。


「そうかなぁ、その人たちも生きるために、罪のない動物を殺して、食べているじゃない?

 それと同じだと僕は思うけどな」


少年は、後頭部を両腕で抱え込むような仕草をしながら答えた。


「違うな。それと今回の件は違う。お主とワシとでは、持っている価値観自体、大いに異なるようじゃのう。話していても、会話にもなりもしないわ」


ワシは、この少年と話すのを無駄じゃと思い、もう話す気がないことを少年に伝えた。


「ふぅ。まぁ、僕としても、貴方の考えに同意は出来ないから別にいいんだけどね。だからこそこうして戦っているのかもしれない。同じ気の力を使用してね」


少年はそう言い、片腕を前方に突き出した。

そして、力を込めるかのような仕草をする。すると、少年の突き出した片手にうっすらと膜のようなものが出来てきた。

先ほどセスルートが作り出した風魔法の魔法障壁の膜とは、異なる色と形状をしている。色は曇りがかった透明じゃ。

気の力か。

目に見えるように具現化できるのは、中々の鍛錬を積んだ者だけ。

この少年も口だけでなく、実力を兼ね揃えているというわけじゃな。


「見えるかな? 僕の気が。ここからは僕も本気を出すよ。だって貴方は、出し惜しみして戦って勝てる相手じゃないって分かるからさ」


少年はそう言い、その気の手で地面に落ちている石を拾い始めた。

何をするつもりじゃ一体。

少年の戦闘中の奇怪な行動にワシはただ、身構えることしかできない。


「これで二十か。さてそれじゃいくか!」


二十?

石の数か。

少年の言った数字を、石の数じゃと理解し、少年の動きを警戒する。


「それ!」


少年が、石を投げてきた。

石じゃと!

少年が放り投げた石は、巨人族が力いっぱい投げたかのような速度で、ワシに向かって飛んできた。

びゅううと大気を裂くような音をなびかせながら、ワシに吸い込まれるように飛んでくる。

ふむ。

これは、中々面白い攻め方じゃな。

ワシは、少年の攻め方に今まで戦った相手になかったかのような不思議な印象を抱く。

まぁ、かつての相手は獲物持ちがほとんどじゃったし、それに気を使用する相手と戦う自体、非常に稀なことであるからのぅ。

ワシの脳裏にテンカイの姿が浮かんだ。

絶対的な自信を持ち、相手を倒すためにはどんな手段も辞さない男の名じゃ。

ワシは、投げられた石を身体を左右にずらしながら、避ける。

おそらく直撃すれば、ただでは済まない。

石の固さに、気で強化されているのだから、当たったときの痛みは想像を絶するはずじゃ。


「悪いが、そんな単調な攻めでは、ワシにかすり傷すら与えることは出来ないぞ」


石による投擲を回避しながら、ワシは少年に言い放つ。


「いいの、いいの。僕が狙っているのは君でもあり、それ以外でもあるのさ」


少年がけらけらと笑った。

こやつ一体何を言って……はっ!?

ワシは慌てて、自分の後方を見た。

そこには……。

エヴァ。

エヴァが座り込んでいる周辺に、この少年が投げた石が地面にめり込んでいる。

それも石の大きさの割に地面にめり込んだ穴は、石の大きさの比ではない。

気の力を得ているので、威力がただ石を投げるものより、はるかに増大しているのじゃ。


「お主……」


ワシは、少年を鋭い眼光で睨みつけた。

腹の中で何かが煮え立つような怒りが、沸々と沸き立ってきた。

やり方が汚い。

このような戦い方をする気使いは見たことがない。

ワシの父も兄弟弟子たちも、気を人を傷つけるために使用したことはなかった。

人を守るために、気を使用してきた。あとは自分自身の信念のため。

ワシも、自分自身の信念のために、気を振るってきたが、この少年の気の使い方はただの暴力にすぎない。破壊する力。

守るための力ではないのじゃ。


「あと少しなんだけどな。もう少し右かな」


少年が、再び気入りの石を投げた。

ワシは、もはや避けることはせずにその石を受け止めた。

ぱしっと軽快な音がして、石がワシの手の中で激しく回転して、やがて粉々になる。

闘気衣を使用しての受け止めである。


「これ以上はさせぬ。汚いやり方をしおって」


ワシは、憤りを感じながら、少年とエヴァの間に入るように、身体をはさみ入れた。


「戦いに汚いも綺麗もないよ。あるのはどちらかが最後に立っていられるか。どんな手を使ってでもね。勝たなきゃ意味がないからさ」


少年がまたそう言い、にんまりと目を見開いて笑った。


「勝利至上主義か。大いに結構じゃ。お主にもお主なりのやり方があるのじゃし、ワシにもワシのやり方がある。じゃが、お主は一つ間違いを犯したぞ」


ワシは、双眼で少年を捉えて言った。


「間違い?」


少年がオウムのように聞き返した。

別に特に気にしていない素振りだ。


「うむ、間違いじゃ。ワシの大切なものを傷つけようとしたその行いは絶対許されないことじゃ」


ワシは、少年を鬼の形相で睨みつけた。

久々に、頭に血が上りそうになっている。


「そっか。あの子が君にとって、そんなに大事だったなんて知らなかった。けどさ、そんな大事なものをあんなところに一人にしちゃいけないよ。だって、事故によるまさかってのが起きるかもしれないからさっ!!」


少年は、再び石を投げた。

少年の投げた石が、ワシの横を大きくずれて通り過ぎていく。

何じゃ、何故そのようなところに投げたのじゃ。

少年の顔を見るが、にやにやと自分の石の行く末を見ているかのように、動かない。

石は次第に、変化を見せ始めた。

さらに加速して、次第に上昇し始める。

エヴァに直接当たるような位置に飛んで行っているようには見えないが……。

ワシの脳裏に、一つの嫌な映像が過る。

石が上昇しているということは、やがて……。

ゴンッ!!

激しい音が鳴り響いた。

少年が、投げた石がぶつかったのは、雨よけのためにこの大広場を、上空の雨等から守るために作成された石煉瓦の屋根の一部じゃった。

少し老朽化が進み、少しの衝撃で崩れ去るのは容易なはずである。

少年の投げた石のぶつかった辺りから亀裂が起き始め、屋根が崩れ始める。

初めは、屋根の石煉瓦が少量ぽろぽろと落ちてきているだけだったが、次第にそこの抜け落ちた石煉瓦の支えるつっかえが無くなったため、どんどんと一気に屋根が崩れ落ちていく。

この勢いじゃと、エヴァだけにとどまらず、他の閉じ込められた観客まで巻き込んでしまう。ワシは、まずはエヴァのもとまで下がる。

移動しながら、エヴァの頭上から落ちてくる屋根の破片をワシは気で作った指弾で吹き飛ばしていく。

最後に人間台の大きさの欠片が落ちてきたのは、跳躍して飛び蹴りで欠片を粉砕して事なきを得た。


「エヴァすまんのぅ。怖い思いをさせて」


エヴァを抱え、ワシは屋根の破片が落ちないであろう場所まで誘導する。

他の観客席に落ちそうじゃった破片は、国王の指揮のもと、国王の周囲を固めている魔導士複数名が魔法障壁を張ってくれたおかげで事なきを得た。


「何なの? 彼は」


エヴァが少年を見て、ワシに聞いてくる。

少年は、エヴァが見たことに反応するように手を振っている。


「ふん、よく分からん。じゃが非常に危険な考えの持ち主じゃ。おまけにワシと同じ気を使う」


ワシは、気使いに少年のような使い手がいることを恥じるように言った。


「同業者ってやつね。トーブ、いつもみたいにやっつけれる?」


エヴァが、心配そうな表情でワシを見ている。


「もちろんじゃ。あやつを放置するわけにもいかんからのぅ。エヴァはここで安心して見ておいてくれ、ワシが勝って戻ってくるまで」


ワシはそう言い、エヴァの頭を優しくなでた。

とんだ、寄り道になってしまったな。

こりゃ帰ったら、怒られるわ。


「うん、私も魔法が使えたら、あの小悪魔程度とは戦えるのに、悔しい……」


セスルートからもらった杖を握りしめ、エヴァは瞳を伏せながら言った。

本来は戦えるのに、戦えないこの現状。

なんとも不憫なものよ。

ワシも気が使用できなくなったら、どうなるのであろうか。

転生前から、ずっと共に苦難を乗り越え、数多の強者を、倒してきたこの気を失うとは、ワシから魂を抜いたことと同じじゃろう。


「エヴァよ、必ず魔法は使えるように戻れる。

それまで、今は神様が与えてくださった長い長いお預けの時間じゃ」


ワシは、ふっと笑い語り掛ける。


「なによそれ。でもトーブが、お預けなんて言うなんて変な感じ。ふふ」


エヴァの表情に少し笑いが戻ったのを確認して、ワシはエヴァの元を離れた。

背中越しに強く何かに圧されたような気がした。

その直後にワシの耳にトーブがんばれという声が聞こえたような気がした。


「おかしいな、おかしいな」


ワシが、少年の元に戻ると、少年が首を傾げている。


「何がおかしい?」


ワシは、強い口調で聞き返した。


「だって、まさかあれだけの破片が落ちて来たのに、怪我人が皆無だなんておかしいじゃないか」


少年が、さらに首を傾げる。


「別におかしくないわ。助けたいと思う人達が全力でことに当たり、見事に危機から救ったそれだけのことじゃ」


冷静に努めているがどうにも、この少年と話していると苛立ちが募る。


「まぁ、いっか。それなりに楽しめたしね。それにしても噂に名高い悪魔も大したことないな。たかだか、まだ魔導士一人を仕留めきれないなんて。白眼のベルクの名が泣くよ。そうは思わない?」


世間話を、話すかのように少年は、ワシに話しかけてくる。

ふざけた男じゃ。


「思わんな。あの魔導士が誰じゃか分かっておるのか? かのセスルート・ヴィオハデスじゃぞ。イシスの称号を持っている」


ワシはエヴァではないが、少年にセスルートの名を教える。


「ふーん。噂には聞いたことがあるけど、そんなに強そうに見えないなぁ。でもあのベルクと互角以上にやり合っているのだから、強いってことか。今度戦ってみようかな」


ワシと対峙していることを、まるで忘れているかのような少年の言動と仕草にワシは呆れ果てる。


「忘れてはおらぬじゃろうな? お主は今はワシと戦っておるということを」

「知ってるよ。もちろん、そろそろ僕も調子が出てきたところだよ。ようやく身体が温まってきたところだしさ。お遊びの余興も流石に飽きちゃったし」


少年は、さっきのエヴァに対してしたことをお遊びの余興と言った。

それだけでワシが少年に跳びかかる理由にはちょうどよかった。


「はっ!」


地面を高速で小走りで駆け抜け、ワシは一気に少年に距離を詰めた。

一陣の木枯らしが、すっと通り過ぎるように、ワシは、少年の背後へと回り込んだ。

少年は、身体の全てが反応していないようじゃが、ほぼ八割程は防御態勢を取っている。


「むん!」


ワシは気を、右手に送り込み、意識を集中させる。

五本の指を、平らに並べて出来た手刀の表面にうっすらと気の膜が具現化して現れる。

そして、その手刀を少年に向けて、斬りつける。


「はああ!」


少年は、ワシのその一連の高速移動に慌てることなく、対応した。

ワシの手刀の手首を掴み、斬られないように抑える。

気を扱うものとして、気の怖さも知っているのだ。

じゃが!

ワシは、ここで押し切ろうと考え、身体の重心を前のめりにして、少年を押し込もうとした。


「凄い。よく切れそうな手刀だね。洗練されて、よく研ぎ澄まされてるようだ」


状況を説明している少年には、まだ余裕があるようにワシには感じられたが、そんなことなぞ気にもせずにワシは、力押しで少年を壁に叩きつけた。


「うっ」


少年の口から、痛みとも取れる言葉が出てくる。


「ようやく痛みらしい言葉を口にしたか」


ワシは、少年を見下ろしながら言った。


「痛いなー、ほんとに」


少年は片目をつぶり、痛みを訴えている。

しかしながら、どこか他人事のように見える。


「でもさ、こんなことは想像できた?」


少年は、ワシの力押しに対抗するかのように力で押し返してきた。

予想以上の力がワシにかかってくる。

同じような体型じゃというのにどうしてこんな力が。

ワシが疑問に思っていると、ようやくそのからくりが分かった。

身体の力だけで押しているワシに対して、少年は背中越しにある壁を気の力を持ちいて、蹴ることにより、力を得たのだ。

そのおかげで押し込んでいたワシじゃったが、かなり押し戻されてしまった。

こうなっては、一度仕切り直したほうがいいわ。

ワシは、少年との距離を離した。


「あれ? もう来ないの。残念だなぁ」


少年は、物足らなそうに言った。

気の使い方はまだまだじゃが、起点の良さは中々のものを持っておる。

ワシは、この少年を少し見直す。

実戦経験を積めば、いい武人になるじゃろう。

じゃが、考えている内容があまりにひどすぎる。


「じゃあ、今度はこっちからいくとするかな」


少年はそういうと、ワシに向かって、突っ込んできた。

真っすぐに、ぶれることなく、一直線。

青いのぅ、青いのぅ。

じゃがその愚直さは評価する。

捻りがないからこそ、余計な考えなぞ入らず、思いっきりのいい攻撃を打つことが出来る。


「行くよ、はあああ!」


少年が、右手に力を込めたのが分かる。

右手に気の光が見える。

こうまで主張しながら、攻撃してくるとは。

ワシは、少年の拳をぎりぎりで避ける。

少年の拳が、ワシの頬をかすめる。

闘気衣をしているため、怪我らしい怪我はないが、避けて距離をとった後に頬から、たらたらと血液が垂れている。

ほぉ、距離をとって避けたはずじゃがのぅ。


「あれ? 当たったと思ったんだけどな」


少年が首を傾げている。


「いや、当たったには当たったぞ。じゃが、頬をかすめただけじゃ」


ワシは、擦り傷になっている頬を見せる。

すでに血液は乾燥し始めてきている。

闘気衣の能力のおかげである。

自分の治癒能力も高める気の技の一部だ。


「それは当たったうちに入らないですよ。当たるということは、相手が転がり、地面にはいつくばっていないと当たった内に入らない。この間のオーク族の雑魚みたいにね」


少年は思い出し笑いをしている。

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