フォルセル建国祭24 ~再会~
激しい紅蓮の柱が、煌々と燃えている。
ベルクを飲み込んだ炎は、その勢いをとどめることはない。
ベルクがそこにいた痕跡すら残さぬかのような炎魔法のようじゃ。
始めからセスルートは、これを狙っていたのかもしれない。
召喚された小悪魔達も、大元のベルクがやられたのを眼にして、勢いが衰えた。
ここじゃ!
ワシは、一気に攻勢に出た。
闘気衣を使用し、体全身を強化する。
飛行型の小悪魔は、魔道士に任せ、二足、四足の悪魔に向かって、距離を詰める。
途中、騎士の誰かが落としたであろう小刀を拾い、小刀も身体の一部だと、頭のなかで印象付ける。
そうすることにより、気が小刀にも移り渡る。
まずは二足歩行の悪魔に斬りかかる。
ワシに袈裟気味に斬られた悪魔は、胴体を切り裂かれ、悲鳴を上げてその場で消滅していく。
ワシはその場に留まることなく、進む。
四足歩行の小悪魔の懐に入り込み、小刀を何度も突き立てる。手刀よりも鋭い斬撃が、高速で行われたため、四足歩行の小悪魔は、斬られたことに対して、気がつくまでに少しの間を要している。
周囲の騎士や魔道士も勝機が見えたと思い、攻勢に出ていた。
疲弊していた体力も気力で補い、奮闘しているのが分かる。
これもセスルートがあのベルクを倒してくれたおかげじゃ。
ワシはそう思い、セスルートの方を横目で一瞥するが、セスルートの表情は険しいままじゃ。
まさか、今のでトドメではないのか。
ワシは、燃え盛る炎の中を見る。
あれだけの炎に焼かれれば、倒せずとも、致命傷なる傷は与えられたはずじゃ。
何故、その険しい表情を崩さん、セスルート。
その鋭い視線は、未だに自分が繰り出した炎の柱を睨んだままじゃ。
「……姿を現せ。そういうのは好かん。聞こえているだろう」
セスルートが、炎の柱の向こうに話しかけるかのように話す。
「くくくっ、ふははっ。まさか気が付いているとはな。その方も中々鋭いではないか。我がやり過ごしたと何故分かった?」
召喚紋の中から声がしたかと思うと、そこから再びベルクが巨体を露わにし、にやりと嘲笑しているのが分かる。
どうやら召喚紋の中に身を潜ませ、セスルートの魔法をやり過ごしていたようじゃ。
耳元まで避けている口がさらに強調される。
「勘だ。物心付いた時から、この身体を通じて、魔法を扱ってきている。だからこそ、何となく分かる」
セスルートは、言葉を返す。
勘という答えにあながち間違いはないじゃろう。ワシも数多のものを斬ってきたが、大体は相手に与える致命傷や手応えは分かる。それがある程度、自分の武を鍛えてきたということじゃ。
ワシであれば、気であり、斧術であったり。セスルートであれば魔法であったり。
「面白いことを言う。そのような不確実なことを言うとはな。ではその方の勘に聞こうではないか? これから我とその方が戦うと、どちらが勝利するのか」
ベルクが問いかける。
「それは答えるに値しない質問だ。自分に絶対の自信があるのなら、答えは他者に求めたりはしない」
セスルートは淡々と答える。
ふむ、自分に絶対の自信を持っているセスルートだからこその言葉じゃのう。
奴がいうからこそ、言葉に重みが出て、意味を成す。
「その方はいちいち癇に障る話し方をする。人間風情が我の感情を逆なでするとは数百年早いわ!」
白眼である部分を充血させ、ベルクは両手に漆黒の光を纏った。
闇魔法の類。
詳しいことまでは分からぬが、膨大な闇属性の素が集束されていく。
妙に集束速度が少し早い気がした。
ワシは、はっとなり、空を見上げた。
そうか、もう日が暮れたか。
予想以上に時間が経過している。
さらに困ったことに夜になると、昼とは異なり、魔法に使用される属性の素の割合が、ほとんど闇が占めてしまう。
そのため、今から夜に向かうということは、目の前にいるベルク達、悪魔の動きが活発になる時間帯ということじゃ。
光源は、このフォルセルで見かける光蟲がいるから、都市内部が真っ暗にはならない。ほかにも街のところどころに発火性の石を耐熱性魔法を付与した容器を置くことにより、明るさを保っている。
この大広場も決して暗くはない。
そのため、ベルクの繰り出そうとする魔法は、日中に比べて、勢いが増している。
「闇に飲まれるがいい!」
両手を大きく振るい、ベルクの放った闇魔法が音も立てずに、セスルートに向かっていった。
するとセスルートは、杖を片手にまた詠唱をし始めた。
あれほどの禍々しい魔法が来るのだから、魔法障壁は、当然ここにいる閉じ込められている観客分全員を覆うように張らなくてはならない。
セスルートは、それをさも当たり前のように行う。
くっ、この結界が解けてしまえば、セスルートも気兼ねなくやれるというのに。
闇魔法が魔法障壁を飲み込むようにぶつかった。
再び、前の息の時と同様に衝撃が襲った。
しかも以前に比べて衝撃が大きい。
それほどベルクの闇の力が、夜ということで、増幅されておるということか。
しかし、セスルートも内心はどうかは分からないが涼しい顔で防ぎきっている。
じゃがいつまでもこれではいかん。
もう観客のほとんどが、この普段では味わうことの出来ない非日常的なことで精神的に限界に来ている。
この結界さえ、この結界さえ何とかさえ出来れば。
「あれ? やけに余裕がない表情じゃないですか?」
ワシは声のした方向へ、首を向ける。
そこにはあの森で会った少年がいた。後ろには仄暗い衣を着用した魔道士が複数人立っている。
こやつら……。
ワシは、この場に現れた少年達を睨みつける。少年とは会うのは、これで二度目じゃが残りの魔道士は初めて会うわけじゃが、どうにも胡散臭い奴らじゃ。
自分の顔を仮面で覆っている。
それは心の中の本音を隠しているかのようにワシには見えてしまう。
「へぇ……ベルク級を召喚しても、耐えてるなんて、あの魔道士はとても優秀なんだね」
少年が言い放つ。
セスルートも横目で少年を見ているようじゃ。
やはりお主達の所業か。
身体の中の血液がかっと熱くなってくるのが分かる。
セスルートが、魔法障壁を解いた。
流石のセスルートでもベルクとこの少年と一緒に相手にすることは厳しいじゃろう。
それにワシ以外、こやつとまともにやり合えんじゃろう。
勇敢な精鋭隊の騎士の一人が、少年に向かっていった。剣の腕前は一流なはずじゃ。
さっきもここいらにいる小悪魔をばったばったと倒したはずじゃ。
じゃが、それでもこの少年に勝てる気がしない。
ワシの予想は的中した。
「せい!」
的確な少年を捉えた一撃は、少年に当たる寸前のところで空を斬った。
「馬鹿な!?」
騎士がすぐに、少年の所在を確認しようとするが
「後ろじゃ!」
ワシは思わず、声が出ていた。
しかし、ワシの声を聞いて反応しているようでは、少年の動きについていけないわ。
騎士が、後ろを向くころには、少年は騎士の足を蹴り飛ばした。
騎士は甲冑の重さもあり、その場で転倒してしまった。
「ふふ、転ばせたらこっちのもんだ」
少年は、騎士の上に馬乗りになり、気の一撃を何発も打ち込んだ。
騎士の身体が何度も衝撃で起き上がりそうになる。
そして、動かなくなった。
少年が、立ち上がりワシを見て笑った。
「殺しちゃいないよ。ちょっと気を失うまで殴っただけさ」
無邪気な嘲笑。
ワシは、握りしめている自分の拳に力がさらに込められた。
明らかにワシに対しての挑発行為じゃ。
ワシが相対しないかぎり、無駄に誰かが傷付いてしまう。
それを知っての少年の挑発行為じゃ。
少年が従えていた仄暗い衣をした魔道士達も、こちらの魔道士たちと戦いを開始したようじゃ。
お互い距離を取りながら、魔法を繰り出している。
始めから、この少年の考えている通りに、これでなったはずじゃ。
親衛隊の騎士が、少年に向かおうとする。
「待ってくだされ」
ワシはその騎士を言葉で遮る。
騎士の動きが止まり、ワシの方を見た。
「あの少年は明らかに、ワシと戦いたいがために、あのようなことをしているのです。なのでワシが、あの少年の相手をします」
ワシはそう言い放ち、騎士を下がらせた。
これ以上こっちの戦力を減らしたくなかったのと、単純に少年と拳を交えたいと思ったからじゃ。
さっきの騎士を倒した動きは、この間のそれとは比較にならないほどよい動きをしていた。
騎士は、少し考えていたが、ワシと小悪魔が戦っていた姿を見ていたため、渋々下がっていった。
「申し訳ない。恩にきります」
ワシは下がった騎士に対して、一礼をして少年の方を見た。
「ようやくですか。この間の借りを返すために来ましたよ。それにこっちも確認したいこともありますから」
少年は、どこか機嫌よさ気にワシに話しかけてくる。
「ワシも、二、三聞きたいことがある。必ず答えてもらうぞ」
ワシは、じりじりと距離を詰める。
一歩また一歩とお互いの距離がどんどん近づいてくる。
「お互い聞きたいことがあるようですね。何なら差し支えない内容なら僕から答えましょうか? そっちのほうがすっきりするだろうし」
少年が、丁寧心からの言葉に、
「必要ないわ。ワシの質問には言葉ではなく、武で語ればよい。それが一番簡単で、伝わる方法じゃ」
ワシは、立ち止まった。
双方、十歩程度で拳が届く距離じゃ。
「へぇ……だったら奇遇だね。どうして分かったんだい? 僕の一番得意な返答の仕方をね!!」
少年が仕掛けてきた。
地面を軽く跳ねるように、小走りでワシに向かってくる。
正面か!
ワシは、その場から動かずに少年がどう動いてくるかを見極めようとする。
ワシの目の前で、少年は反時計回りに動いた。
ワシの左側面部に回り込んでの攻撃。
じゃが肉眼で簡単に見切れる攻撃なぞ、このワシには通じんぞ。
ワシは、すぐに反応して、少年目掛けて、右手の拳を握りしめて、少年に向けて、拳を打ち込んだ。
拳が少年の身体に直撃する。
「!?」
じゃが、ワシの拳に残ったのは手応えの無さじゃった。
殴った生の感触が拳を通じて、訪れていない。
ゆらゆらと少年が幻のように消えていく。
虚像か!!
すぐに頭の中で切り替えて、少年の動きを感じ取る。
必ず、少年はこの隙をついて、ワシに襲いかかってくるに違いない。
後方で感じるものがあり、すぐに肉体に命令を下す。
「はっ!」
直ぐ様、命令が肉体に伝達され、ワシは、自分の後方に向けて、蹴りを繰り出していた。
パンッ!
ようやく、生の感触がワシに伝わってくる。
これじゃこれじゃ。
ワシは、己が繰り出した蹴りを、少年の両手に受け止められた。
「僕の残像に気がつくなんて、やるじゃないですか! やはり貴方は只者ではない!」
少年が蹴りの衝撃を受け止めながら答えた。
すぐに反撃に移れないのは、ワシの蹴りが重いからじゃ。
「お主もその身のこなし。それにこの間に使用していた技はなんじゃ? 答えぃ!」
ワシはさらに足に力を込めて、少年を受け止めた身体ごと吹き飛ばした。
少年もワシが力を入れたのが分かったのか、流れに反するわけでなく、自然と後方に吹き飛ぶ。
敢えて、後方に吹き飛ばされることにより、流れに乗り、受け身を的確にとることで傷を負うことなく体勢を整える。
「それは拳で聞いてくださいよ。貴方、強いんだから。相手の力を最大限に引き出すのも、武人の心得の一つでしょ」
少年がへらへらと笑いながら言った。
一見、隙があるようで、全く隙がない。
面白いわ。
久々の感覚。
このどう攻めたらいいか、考えらせられる感じ。
ワシも笑みが止まらない。
身体が喜んでいるのじゃ。
強敵と出会い、喜んでおる。
この少年はこの間の森で出会った時より、さらに腕を上げておる。
身のこなしですぐに分かる。
「お主の言うこと、一理ある。ならば、もう手加減はなしでいくぞ」
ワシはそう言い、ぐっと自分の身体に力を入れる。腹下の丹田から気が流れ出て来ているのが分かる。
この少年だけに時間を奪われるのは問題じゃが、この少年と今この場で対等に戦えるのはワシだけじゃ。
頼みのセスルートは、悪魔のベルクを相手にしておるから。
重い鎧を着た騎士や詠唱で時間を要する魔道士では、この少年の速度についていけない。
ワシは、横目でセスルートを見た。
ベルクと戦っている。
ベルクは攻撃方法を変えていた。我々が対応している小悪魔は召喚せずに、厳選してセスルートの行動の一つ一つを潰すその役割をそれぞれ担う使い魔を召喚している。
セスルートの詠唱だけを邪魔する悪魔、セスルートに対して魔法で遠距離から仕掛ける悪魔、接近戦で致命傷を与えようとする悪魔と多様じゃ。問題はその数が多いということと、倒してもすぐにベルクが再召喚してしまうことにある。
セスルートも人間である。
体力には限界があるであろうに。
それを感じさせずに、風魔法の刃で悪魔を一掃するセスルート。
この男はどこまで。
その時、セスルートと目が一瞬合った。顎をくいくいと前に出している。
その顎の先には、ワシが対峙している少年の姿がある。
まるでこっちは任せろ。その代わりそっちは任せたぞと言っているようにワシには感じられた。
近くで、激しい爆発が起きた。
魔法同士の衝突。
少年と一緒にここに来た仮面の仄暗い衣を来た魔道士と国王直属の魔道士が戦っているのじゃ。
見た感じ、双方とも、それなりに実力が伴っているため、中々決定打に欠いている印象を受ける。
他の仮面魔道士に対応する国王直属の魔道士も似たような感じじゃ。
騎士達は黙々と、小悪魔を撃退している。
こっちは順調じゃ。
やはり結界が解かれないと、こっちは進めない。
「よそ見? それとも考え事かな?」
少年による叩きつけの攻撃をワシは避けつつ、次の動きに備える。
少年は、例え同じ攻撃でも、繰り出す一つ一つをその都度、時機を変えて繰り出してくる。この一見、統一性のなさ気な攻撃から、一気に仕掛けてくるはず。
ワシは、常に少年の動きの一挙動一挙動を見逃さない。
首を左に傾けて、少年の突きを回避する。
「まぁ、のう。この結界を張ったのは誰か知りたくてな」
ワシは、素直に答える。
「それを話してしまったら、僕達の優位性がなくなってしまうからね」
少年が、攻撃の動作速度に強弱をつけて、繰り出してくる。
「それもそうじゃな。ワシも主と同じ立場なら、絶対に話さんわ」
ワシもこればかりは相手の少年の言葉に同意する。
「でしょ? だから僕に聞いても駄目ですよ」
少年はにたにたと笑っている。
「ふっ、別にお主には聞かないから安心しろ。ワシが聞くのは、主の拳にじゃからのぅ。拳は言葉を語らないが、お主の心境をきちんと語ってくれるぞ」
ワシは、そう言い少年が殴りかかってきたので、それに対応する。
少年の拳に合わせて、ワシは気を込めた正拳突きを合わせた。
少年の顔色が一瞬、変化した。
どうやらワシの拳に乗せた言葉を理解したようじゃ。
「気。やはり貴方は気を使用出来るんだね?」
少年が嬉しいのかどうか分からないが、感情を高ぶらせているのが伝わってくる。
「じゃったら何じゃ、お主も使えるじゃろう?」
ワシはそう言い放ち、右足を大地に食い込ませた。
そして、目の前で気の込めた拳の一撃を少年に浴びせるのであった。
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