フォルセル建国祭23 ~契約の元に~
離れるだけ離れて、エヴァの上に覆いかぶさり、ワシは庇う。
しかし、ワシの体を襲う衝撃や身体の皮膚を焼け尽くすような痛みは一向に襲ってこない。
これは一体?
ワシは、悪魔の放った球状の息の所在を確かめる。
観客席の前方部に直撃するはずだった悪魔の一撃は、見事に受け止められていた。
半透明の膜のようなものが、観客席全体を覆い尽くしている。
そして、その膜は悪魔の放った球状の息を見事に防いでいるのだ。
息が膜にぶつかり、激しい爆発が起きているが、その爆風すらも一切、膜は通していない。
膜の外を見てみると、周囲には激しい砂煙と、膜に覆われていない大広場の複数の席が衝撃波で宙を舞っている。
凄まじい衝撃波よ……いや、それ以上にそれを防ぎきるこの難攻不落な魔法障壁。見事と言わざるを得ないな。
ある男の張っている魔法障壁により、ワシ達、観客は守られた。その男とは、
「セスルート様」
隣でエヴァが、やっぱりといった表情で、微笑んでいる。
悪魔とワシ達観客の間に立ち、相棒である杖を左手、右手を前方に突き出すような形で、魔法障壁を張っている。
悪魔の視線も自分の息を受け止めたセスルートに注がれているようじゃ。
セスルートもそんな悪魔を見ているような気がする。
「こんな大きな魔法障壁見たことないわ。流石、セスルート様凄い、凄いわ!」
エヴァが、魔法障壁の全体を見てから言った。
これほどの規模の障壁を張れるのも、この世界でセスルートを含め、数人じゃろうて。
大抵は己自身や多くて、数名を守るくらいの大きさじゃからのぅ。
ようやくセスルートは、魔法障壁を解いた。
セスルートの判断でとりあえずは安心ということであろう。
国王と悪魔の間には、セスルート、国王直属の魔道士、親衛隊の騎士ががっしりと国王の周りを固めている。
「ほぅ……我が一撃を受け止める者がいたとはな」
悪魔が、セスルートを見下ろしながら、口を開いた。決して大きな声でないのだが、おかしなことによく耳に響いて残る声である。高等な悪魔ほど、言語を多様に扱うとかつて聞いたことを思い出した。
「なんとかな。それでどういった要件でここにいる?」
セスルートが、声を張り、悪魔に聞き返した。
その声には、いつもの飄々とした感じはなく、真剣そのものじゃ。口調も悪魔に負けじと強気に聞こえる。
「要件? これは異なことをいう人間よ。主らが我を呼んだのであろう。可笑しなことをいうものだ」
口調は、一見おだやかじゃが、悪魔は呼ばれたことについて、おもしろく思っていないのがよく伝わってくる。
「呼んだ人間はさっき、貴方が食したであろう」
セスルートは、少し前の出来事を指摘する。
悪魔はその言葉を聞き、くくっと笑い、
「違う、さっきの人間は我をただ呼び出したにすぎない。本当の契約者は他にいる。それにまだ契約は果たされていないのだ。だから我はその契約通りに動くだけのことよ」
悪魔が、セスルートに言い返す。
今にも、悪魔は次の一手を繰りだそうとしているようにも見える。
「なるほど。それでその契約者はどこにいる? その契約をなんとしても無効にしてもらいたい」
その訴えは通らん。
一度契約してしまったら、もうその契約は何があっても実行するはずじゃ。じゃからこそ悪魔と迂闊な契約はしてはならんのじゃ。
「それが通ると思って、その方は聞いているのか? それがそうだとしたらその方は、悪魔を少々見くびりすぎだ!」
語尾を強く言い、悪魔は巨大な片手で地面をえぐり、その破片をセスルートに向けて、放り投げてきた。大きな土の固まりがごうと音を上げてこちらに向かってくる。
セスルートは、再び魔法障壁を繰り出す。
杖の先端が微かに光り、また再び魔法障壁が姿を現した。
魔法障壁により、悪魔の土の投擲は無効化されたる。
「トーブ!?」
ワシの隣りにいたエヴァが叫んだ。
悪魔の大きな片腕が高く掲げられ、それが勢いよく振り下ろされたのだ。投擲をやり過ごした直後の一撃。
打撃か!?
ワシは、あの巨大な腕から繰り出される一撃の重さを想像する。巨人族と同等。いやそれ以上の重さやもしれぬ。
並の重さではないぞ。
グゥオン!
激しい衝撃が、魔法障壁に走った。
そして、内部にいるワシ達観客にも、外で生じたであろう衝撃が大地を伝い、伝わってくる。
魔法障壁は無事か?
これほどの重い一撃を浴びたのじゃ。
魔法障壁の表面を見てみるが、特に変わった様子もないし、傷一つも見当たらない。
ワシは、セスルートを見る。
顔色ひとつ変えずに、今のこの戦いを行っているのか。
ワシは、相手が高揚していくと、自らも高揚していき、お互い感情を、高めあっていくのじゃが、セスルートはどうやら違うようじゃ。どこまでいっても何があっても冷静沈着。相手に自分の調子が左右されることはない精神の持ち主のようじゃ。
やりにくい相手じゃのう。
「ほう、今の攻撃さえ、防ぐとはその方は少しはデキるようだ。名は何と言う? せっかくだ、覚えておこう」
悪魔が、セスルートに尋ねる。
「己が名も語らず、人の名前を聞くとは失礼極まりない」
セスルートは、魔法障壁を解いてから返答する。
「そうか、そうだったな。その方らの世界では、人の名前を聞く前に、自らの名を語る文化があった。我が名はベル…」
「必要ない、必要ないのだ」
悪魔の名乗りの途中で、セスルートが言葉を挟んだ。
「己が名も語らず、人の名前を聞くのは失礼極まりない。だが別に私は、貴方の名前に興味は一切合切ない。それに円満に話し合いで解決出来ないのなら、お互い名なぞ、知らないほうがいい」
セスルートは言い切る。
「この白眼のベルクの言葉を遮るとは、その方は大層な命知らずだ。その出した言葉、舌ごと引き抜いてやろう!」
ベルクと名乗った悪魔はそう言うと、自分の半身が出ている召喚紋とは別に、新たに召喚紋を作り、使い魔の悪魔を呼び出した。
「その方ら、狩りの時間だ。ここにいる動くもの全てが餌ぞ!」
ベルクの声に呼応して、ぞくぞくと悪魔が現れる。
二足歩行の悪魔、四足歩行の悪魔、宙に浮いている悪魔と様々だ。続々と召喚紋の中から姿を現す。
何にしても数が多い。
こちらは、この会場内にいる限られた戦力。
出来ることなら短時間で決めたいところじゃ。
「ここにいる武に心得がある者達にお願いがある。私がこの大型の悪魔に対応するので、その間、他のこの小型の悪魔に対応していただきたい。大丈夫、皆さんの後ろには、このセスルートがついている。安心して戦われよ」
セスルートの願い。
皆を守りながらだと、どうしても後手に回ってしまう。
それ故の判断。
ならばそれに答えるのが、武人よ。
「エヴァよ、ワシはセスルートさんの手伝いに行ってくる、エヴァはここで待っていてくれ」
ワシは、エヴァにここで待機しているようにお願いする。魔法を今の現状、うまく扱えないエヴァに戦わせることは出来ないからじゃ。
「嫌よ、トーブもセスルート様も戦っているのに、私だけが何もしないで見ているだけだなんて出来ない」
当然のことながら、エヴァが反論してくる。
分かってはいたことじゃが。
「エヴァよ、お主は今は戦える状態ではないのじゃ。今、無理をして戦いに行っても、他の人達に迷惑をかけるだけじゃ。ワシは守る側であって守られる側ではないのじゃ。今のエヴァは守られる側なのじゃ。分かってくれ、エヴァよ」
ワシはそう言うと、へなへなと崩れるエヴァを優しく、地面に座らせてから、近くにいる観客の一人にエヴァのことを任せて、セスルートのいる前線に向かった。
国王が、自分を護衛している親衛隊と魔道士に、自分よりも国の宝である国民を守れと指示している声が聞こえる。民草想いのよい国王じゃとその言動を通じて、ワシは新たに感じた。
国王の指示通りに、親衛隊と魔道士の一部を残して、それ以外の魔道士と騎士は観客もとい国民や来訪者を守るために、小型の悪魔の迎撃に向かう。
じゃが、圧倒的に人数が足らん。
あるいは……。
ワシの思惑が当たった。
親衛隊の一人が、二足歩行の小悪魔に対応する。体格は同じくらい、細長い尻尾をなびかせながら、赤い充血した目に三角形の顔、口からは小さな牙をのぞかせている。身体の色はもちろん黒じゃ。
鋭い爪で、親衛隊の騎士に襲いかかろうとするが、爪が騎士に届く前に胴体に、騎士の放った突きの一撃が深々と刺さる。その剣の先端から悪魔の血液がぽたぽたと地面にしたり落ちている。騎士の剣さばきは見事じっゃった。小悪魔を寄せ付けぬ速度での一瞬の出来事である。
こちらは頭数は少ないが、それぞれの個の武は圧倒的に上のようじゃな。
これならば、あの悪魔どもを圧倒できるやもしれぬ。
宙を舞い、悪魔の一体が観客に襲いかかろうとしている。
前線の漏らした悪魔の一匹のようじゃ。
頭が大きく、身体があまり大きくない。空を飛べる反面、他が退化したかのような悪魔じゃ。
じゃが、戦う術を知らない人にとっては、ただの恐怖の対象でしかない。
上空から滑空するように降りてきて、力なき者を狙う。
それも襲う目標を心得ているのか、その小悪魔の狙った先は、大人ではなく子供じゃった。
子供が自分が狙われていると分かり、逃げる。しかし小悪魔の速度には敵わない。子供を庇おうと母親らしき女性が子供の上に被さった。
「ギィ」
そこで一瞬、小悪魔が笑ったような気がした。
ワシは、小悪魔のその振る舞いに幾ばくの憤りを感じ、小悪魔の引っ掻こうとするところに、横槍を入れる。小悪魔に向けての軽い気を込めての蹴撃だ。足の筋肉に力を入れ、気を小悪魔の体内に撃ちこむように意識する。小悪魔は思いのしれないワシの蹴りに成す術なく、吹っ飛び、地面に転がる。
「ギィギ……」
地面を転がりながら、傷を痛がっている悪魔にワシは、気を込めた正拳突きを胴体に打ち込み、止めをさした。
子供を狙った時点で、主の地獄行きは決定事項じゃ。
ワシが助けた少年と母親が、ワシに礼を言いに来たが、緊急時であるのですぐに安全な場所に避難するように指示する。安全なところがあればいいのじゃが。
少なくともセスルートの認知できる場所なら危険は少ないとは思うが。
ワシの目の前でどんどん、こちらの魔道士の魔法により、上空を飛んでいる小悪魔が消滅させられていく。
魔法の種類も使用している魔道士によって様々だ。
炎魔法により、一気に小悪魔を燃やし尽くす魔道士もいれば、雷魔法で、感電死させるものもいる。
ワシはそれを尻目に、自分が有利に戦える間合いに向けて進んでいく。
接近戦。
ワシには、今のところこの間合いしかない。
目の前から、四足歩行の小悪魔が迫ってきた。
身体はそこらの魔物より大きい。
何より、自分の身体ほどの尻尾が生えている。他の悪魔に比べて、発達しているこの尾はおそらく。
恵まれた尻尾による打撃。ワシは上空に飛び跳ねて、その攻撃を回避する。周囲の騎士や魔道士達もこの四足歩行の小悪魔の姿を見て、どのような攻撃を繰り出してくるか、理解しているため、巨大な尾による一撃で巻き込まれた者は一人もいない。巻き込まれたのは専ら、自分の仲間である二足歩行と四足歩行の小悪魔だ。仲間同士でお互い自滅しあっている。
着地後にワシは、四足歩行の小悪魔の尾の一撃の隙を逃さず、懐に入った。
気の量を多めに消費し、腸の部分に手刀を打ち込む。
気を手刀表面に出し、切れ味を増しての一撃。
腸にその手刀が触れた瞬間に、柔らかい感触がして、表面の皮膚が切れていくことが分かる。
四足歩行の小悪魔からは、断末魔のような耳に残る悲鳴が放たれ、周囲に木霊する。
そして己の影に同化するように消えていった。
次じゃ。
まだまだこんなものではない。
ワシは、まだまだ数が減っているようで減っていない小悪魔の大群に向かって歩を進める。
皆が息切れをする前に、この戦いの戦局を決めておきたいのじゃ。
数が少ないことを、個の武の高さで補ってはいるが、体力には限りがあり、疲弊してくると辛いのはこちらじゃからじゃ。
そのためにもセスルートが、あのベルクなる大型の悪魔を倒せなければ意味が無い。
頼むぞ、セスルートよ。
ワシは視線をセスルートに移す。
距離は遠くもなく、近くもない。
それなのに、セスルートはワシが見る前からワシを見ていた。
そして、そっちは任せたとばかりに不敵に笑っているように見える。
恐ろしく感の鋭い男じゃのう。
じゃが、それは逆じゃ。
この戦いの勝利の有無は、お主にかかっておるのじゃから、頼むぞ、セスルートよ。
「この白眼のベルクに一人で挑もうなどとは、その方は愚か者なのか、大物なのか。どちらにしろ、その方の未来は死だ」
ベルクが、セスルートに話しかけている。
まだ召喚紋からは半身しかでていないため、契約は完全には、済んでいないようじゃ。
「御託はいい。どちらにしろ、この戦いで勝者は一人。俺かお前か。戦えば分かるさ」
そういうとセスルートは、相棒の杖を構えた。
そして、何かを口走っている。
詠唱か!
早い!
セスルートが、詠唱を唱える時間は恐ろしいほど早かった。
しかし、彼の目の前には巨大な紅蓮の球が姿を現した。
球からは、うっすらと蒸気が出ている。
目に見えているのじゃから、かなりの熱を帯びているようじゃ。
あんなのを浴びたら、ひとたまりもないぞ。ワシは、小悪魔を相手にしながら、そう思った。
「吹き飛べ……」
セスルートがそう言い、球を軽く押したかのように見えた。
するとゆっくりと、球はベルクの元に向かっていく。
「ふん!」
ベルクは、大きく息を吸った。
胸部が少し膨らんでいるのが分かる。
そして、凄まじい勢いで吸ったであろう息を球に向けて吐いた。
凄まじいまでの風が、紅蓮の球を通り過ぎていく。
押し戻されはしなかったが、ベルクの強力な息のせいで、紅蓮の球の炎がかき消されてしまった。
「甘いわ!」
ベルクが、紅蓮の球の向こうにいるであろうセスルートに言った。
「どうかな?」
「何?」
セスルートは、もうそこにはいなかった。
驚くベルクの周囲に移動しながら、魔法を繰り出す。
つらら状の刃が、ベルクの方に先端を向けて、宙に浮いている。
その数は一瞬にして、出来たとはいえ、すぐに数えきれる数ではなかった。
「切り刻め」
セスルートの掛け声と共に、氷の刃は、ベルク目掛けて、速度を一切衰えることなく、突き進んでいく。
遂には全部の氷の刃がベルクに突き刺さった。
ベルクは、その氷の刃を成す術もなく、受け入れるしかなかった。
やったか?
ワシは、一瞬そんな考えが浮かんだが、その判断は、時期尚早だと考え直した。
そう、きちんと確認するまで、油断は出来ん。
ベルクからは、刺さった部位から血液も流れ出ていないからじゃ。
「いつまでだんまりのつもりだ」
セスルートが、ベルクに声をかける。
「ふふふ、よく分かったな」
ベルクがにんまりと不気味に笑った。
自分の身体に突き刺さっている氷の刃も音を立てて、溶け始めていく。
やはり、効いていないようじゃ。
「分かるさ。術を繰り出したは俺自身だからな。そして、これも読めたか?」
セスルートが、合図するのと同時に地面の真下から、灼熱の炎の柱が飛び出てきた。
いつの間に仕掛けておいたか検討もつかない。
炎の柱が、生き物のように自我を持っているかのように動き、ベルクを飲み込んだ。
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