フォルセル建国祭22 ~異変~

 時間は、無駄にはできないということで、ワシとエヴァは急ぎ足で中央図書館に向かった。

来た道を戻るのが、最短の経路なので、そのまま戻る。

行きと同様に、特別混むこともなく、すいすいと進み、気がつけばフォルティモの木が近くにあるところまで戻ってきていた。

図書館まで、距離は近い。

あの無数の紙が織りなす世界を堪能できる図書館は、本好きには堪らない空間のはずじゃ。

ワシも兵法書といった類の本は、かなり目を通したはずじゃが、他の種類の本はこれっきりじゃ。

活発で、考えるよりもまずは行動を重んじるエヴァも、こう見えて本を読むのが好きじゃ。

自室にある本棚には、たくさんの本が置かれている。

フォルティモの木を通り過ぎ、そして昨日、開会式を行った大広場の横を通った時に、軽快な楽器の奏でる音色と人の大歓声が巻き起こった。

なんじゃ!?

ワシは、音が鳴った大広場の方向に視線を移し、耳を傾けた。


「一体何?」


エヴァもワシと同様に、視線を大広場に移している。


「詳しくは、ワシも分からぬが、おそらく昨日のあそこで何か催しでもやっているんじゃろうて」


詳しい内容までは分からないが、ワシはエヴァの問いに答える。


「そう……なんだ」


エヴァが、少し残念そうに答える。

表情から察するに、その催しがどのようなものか気になるようじゃ。

仕方ないのぅ。


「どれ、ならばその催しでも見ていくか」


ワシは、エヴァの雰囲気から、心情を察し、言った。


「いいの?」


エヴァが、嬉しそう、意外そうな顔半分で、ワシに聞いてくる。


「図書館は明日も行けるしのぅ。今一番自分がやりたい、見たいことをする。後悔しないように。今、無理に図書館に行ったとしても、エヴァは、こっちが気になってしまうじゃろ」


ワシは、後悔しないような選択をエヴァにしてもらいたい。何より、数年に一回の建国祭じゃからな。


「ありがとう、トーブ。なら私、今日はあの大広場の中の催しが見たいわ」


エヴァが迷うことなく、言い放った。

よし、ならばそうしようではないか。


「分かった。ならば向かおうぞ。催しは待ってはくれないのじゃから」

「うん」


嬉しそうに、エヴァはうなずいた。

大広場に近づくにつれて、さらに人が多くなってきた。様々な種族がこの催しを見たいようじゃ。

また、一般の住民だけでなく、剣と盾を相棒とした剣士、杖を相棒とした魔導士など。身なりですぐに職業が断定できる人々も見受けられる。

懐かしいのぅ。

ワシはその中の、斧を両手で持った屈強な斧戦士を見て、自分の昔の姿を重ね合わせ、懐かしむ。


「凄い人の数ね。なんか昨日よりも多いって感じ」


エヴァが、目の前の光景を見て、言った。


「うむ、建国祭の当日に着く人々が着いたのであろう。かなり偏りはあるがのぅ」


ワシは、目の前の冒険者たちを見ながら言った。


「そうね。心なしか、魔導士の数も多いような気がするわ」


エヴァが指を差していく。

確かに仄暗い色をした衣を纏い、衣が頭を覆っているせいで顔も見えない魔導士がちらほらとワシの目にも映る。


「うむ。まぁ、人よりも催しを見ようぞ。まずは中に入ろう」


ワシは、ここで止まっている時間がもったいないと思い、エヴァを大広場に進むように促した。

中に入ると、昨日と同じくらいの人々が、席に座りながら、演説台が取り払われた広場中央を見ている。ワシ達は近くにあった席に座った。

どうやらこれから何か始まるらしい。

国王まで見ているのか。

国王の姿を目視する。

すると音楽が鳴った。

ワシは、視線を広場中央のフォルセルの音楽隊に移す。

指揮者の合図で、演奏が始まった。

音楽に精通しているわけではないワシじゃが、自然と今、奏でている曲に耳を奪われる。隣に座っているエヴァも同様じゃ。

周囲の反応も皆が、静かに演奏を聞いている。

いい音楽は種族、国を選ばないと聞いたことがあるが、やはりそうじゃと思う。

演奏が終わってしまった。

演奏時間は短いものではなかったが、それでもそう感じずにはいられないほど奏でる音色に耳を傾けてしまっていた。

会場では、大きな拍手が音楽隊に向けて、拍手喝采が送られている。


「いい演奏じゃったわ」

「うん、心に響く感じね」


エヴァも、演奏を聞いて、ワシに似たような感想をもったらしい。

大広場の中央では、次に行われる催しの準備が行われているようじゃ。

次にフォルセル騎士団の選りすぐりが行う剣舞、踊り子が行う舞踊が行われた。

隣にいるエヴァは、その一つ一つを一喜一憂しながら、見ている。

ここでエヴァの視線が一層輝いた。

次に行われるのは、どうやら魔導士絡みの催しみたいじゃ。

魔導士たちによる魔法筆による召喚紋が描かれる。彼らにとって、召喚紋は身近な存在であるから、使用することは日常茶飯事である。

様々な小さな小動物のような自分の使い魔を召喚し、会場の人たちを沸かせようとする魔導士たちの中で、一際、大きな召喚紋を描いている仄暗い衣を着た魔導士がいた。

周囲が召喚紋をとうに書き終わっているのに、まだ描いている。

なんじゃ、あの魔導士だけ、なんでこうも時間がかかっておる。

ワシは、訝し気な表情でそれを見ていると、何故だか、いいようのない不安な感情が胸にざわついてきた。

何故なら、ワシは、あの召喚紋に見覚えがあったからじゃ。

まさか……。

そう思ったときには、時が遅かったようじゃ。

演説台が、除去された会場の地面にでかでかと大きく書かれた召喚紋は、赤黒い不気味な色を帯び、光り始めた。

馬鹿な……何故。

例の倉庫群で見たものに酷似している。

止めようにも止めれない。ここからでは距離がありすぎる。


「トーブ凄いね。これから何が起こるのかなぁ」


隣にいるエヴァは、この目の前で起きている光景が、未だに催しの一部だと思っている。いや、エヴァにとどまらず、会場のほとんどが、そう思っているに違いない。

国王や来賓の座っている席に動きがある。

どうやらこの異変に気が付いているようじゃ。慌ただしく騎士団が動き出し、現国主であるデュインドの前にへばりついている。

召喚紋がさらに光り輝き、中から何かの叫び声が聞こえてきた。


「ヴオオオオオオオオオオオ!!」


今まで、聞いたことのないような地獄の底からのような叫び。

ワシはこの何かの咆哮を聞き、耳を塞いだ。

何という咆哮音じゃ。

周囲の観客も皆が地面に伏せ、耳を塞いでいる。

首なし騎士なぞ比ではないわ!

かつての首なし騎士の咆哮音と比較するが、違いすぎる。

流石に今の咆哮音で、異常事態が発生していると、観客のほとんどが気が付いたようじゃ。我先にと、皆がこの会場の出口から出ようと移動を開始する。身体同士がぶつかり、身動きがとれない。幼子の声が響きわたり、その幼子を探す親の辛辣な声も聞こえる。

しかし、出口に向かっているのに会場からは、入場者の数が減っているようには感じられない。


「トーブ……」


ワシの隣でエヴァが、心配と不安そうな顔つきでこっちを見ている。

何故じゃ。

早く脱出しないと、この会場が血の海になるぞ。

思いのほか、心は冷静に努めてはいるが、事態はよろしくない。

まさか……。

ワシの脳裏に嫌な映像が浮かぶ。

魔法障壁を応用した結界か。

そう、この開会式会場は何者かによって、結界によって、中から外に出ることは封じられたようじゃ。

ワシの経験が、そう告げていた。


「大丈夫じゃ、エヴァ。ワシが付いておる。気をしっかり持つのじゃ」


ワシは、エヴァににこりと微笑み、そう告げる。エヴァの不安を取り除くのと、自分を今以上に冷静にして、心を落ち着かせること。それに努める。


「う、うん」


エヴァはうなずいてはいるが、不安な表情は全てが全てぬぐい切れたわけではない。

ここにそう長くはいれんな。

エヴァだけでなく、ここにいる人たち全員が。

にしても……。

ワシは、召喚紋の中から出て来ているどす黒い太い腕を見た。

あれは一体。

悪魔の類じゃとは思うが、とても人間が契約して、使い魔として使用できる範疇ではないわ。

冷や汗が背中をたらりと流れ落ちるのが分かる。

ワシの本能がそう、危険すぎると告げている。

悪魔は大抵が魔界に住んでおり、あちらから、こちらに絡んでくることは少ない。

ほとんどがワシ達が、私利私欲に染まり、悪魔の力を借りたいがために、儀式を行い、呼び起こす。悪魔は、そんなワシ達の心を見透かし、時にはわざと利用され、最終的にワシ達を利用し、悪さをする場合がある。

悪魔を呼ぶには、儀式と契約があり、それが成されないと召喚することは出来ない。

つまり、あの召喚紋から出て来ようとしている悪魔も、誰かと契約しているというわけじゃ。

あの召喚紋を描いた魔導士が、契約をしたのか?

ワシは、召喚紋を描いた仄暗い衣を着た魔導士を探す。

いた、あそこか。

例の魔導士も、ここの観客と同様に逃げている。

ということは奴も、まさかこのような状況になるとは考えていなかったというわけか。

あの慌てぶりから、容易にそう想像できた。

では誰が……。

しかもあの片腕の大きさからするに、悪魔はかなりの大きさじゃ。

ワシは、大広場の中心で動いている巨大な手を見て言った。


「!?」


そう見ているうちに、その巨大な手が動いた。

地面を、手が這うように動き、逃げ惑う観客たちのほうに向かう。

一瞬の出来事だった。

その悪魔の手が、求めていたものは、自分をこの世に呼び出した本人。

そう、仄暗い衣をした魔導士じゃった。

巨大な手に握り潰されるかのようにわしづかみにされる。

魔導士の叫び声が、大広場に叫びわたる。

ワシは、隣でその光景を見ているエヴァの前に立ち、視界を遮り、見るなとつぶやいた。

決して、見て気持ちのいい光景ではないからじゃ。悪魔の手に全身を握りつぶされ、魔導士の身体はあらぬ方向に曲がり、命の灯火が消えた。

ワシが、その光景を苦々しく見る。


「トーブ、さっきの人は……」


エヴァも分かっているが、ワシに聞いてくる。


「ダメじゃ。あれでは助からん。見んでよかったな」

「……そう」


結果は分かってはいるが、エヴァは聞かずにはいられなかったようじゃ。

じゃが、あの魔道士の命一つでどうも収まりが付く悪魔ではなさそうじゃ。

魔道士の亡骸を、召喚紋の中に引き入れ、悪魔は音を上げて、食べている。

くちゃくちゃと、まるで人間が肉料理を食べているのかのように音をあげて、食べている。

ほのかに血の匂いが、会場内を覆い尽くした。

そして食べ終えたのか静寂が会場に訪れた。妙に静かじゃ。

さっきまでの、あのおぞましい姿をした悪魔の声がなくなっただけでこんなに静かになるのか。

ここの皆が、召喚紋の中に消えていった悪魔の手の行方を見ている。


「グオオオオオオオオオオオン!」


すると召喚紋の中から、また例の咆哮音が聞こえた。さっきまでの静かな世界が終わりを告げる。

さっきの魔道士を握りつぶした手が、また地表に姿を現した。

すると、さっきまでの静かだった会場内にまた、取り残された観客の悲痛な叫びが響き渡った。

逃げたくても結界に覆われていて、逃げれない。

となるとあとは、結界を張っている術者を探し出し、この結界を止めさせるか。

それも叶わぬなら……。

ワシは、召喚紋の悪魔を睨む。

奴と相まみえるだけのことよ。

どの程度の強さか分からぬが、今はそれしか考え付く方法が浮かばぬのじゃ。

悪魔の手が、またおびただしく動いた。自分の身体を出そうと、地表に手を置いて、無理やり、召喚紋の中から出ようとしている。

無理やり出てなど来られたら、契約なぞあれでは意味がなくなるわ。

そもそも、無理やり出てくることなぞ可能なのであろうか。

今のこの光景を見ていると、今にもあの召喚紋から悪魔の身体全体が出てきそうだ。

そんなことを考えつつもワシは、周囲を見回し、結界を張っている人物を探しているが、それらしい人物は見当たらない。

ええい、時間がないというのに。

ワシは思わず、ぼやきを口の出そうとしたが、飲み込んだ。

エヴァに聞かれたら、彼女に心配をかけることになる。


「やっぱ出れないみたいね。誰かが妨害でもしているとしか考えられないわ」


エヴァが、状況を次第に把握しつつある。

ここにいる国王のデュインド・ラ・フォルセルもさぞ困っているであろうに。

ワシは、国王のいた席を見る。

そこには、たくさんの騎士を引き連れた国王がいる。

じゃが、こんな状況なのに、予想以上に落ち着いている。

おかしいなと思っていたら、落ち着いている理由が分かった。

セスルート。

ふむ、どおりで国王が落ち着いていられるわけじゃわい。

まぁ、セスルートがいるなら確かに、ある意味安心ではあるか。


「エヴァよ、セスルートさんもいるぞ」


ワシは、エヴァに少しでも安心してもらおうと彼女の尊敬している人物の存在を教えた。

するとエヴァの表情が明るくなった。


「セスルート様がいるの?」


エヴァがどこにいるかワシに聞いてきたので、国王の護衛に当たっていると、ワシは教えてあげた。


「そっか。セスルート様がいるなら大丈夫よね」


その大丈夫は、国王が大丈夫ということなのか、ここにいるワシ達も含め、全員が大丈夫ということなのか。

ワシはエヴァに聞きたかったが、あえて聞かなかった。

じゃが、セスルートがここにいるということは、かなりの戦況は変わってくるぞ。

ワシはそう思いつつ、悪魔に視線を移した。

片腕しか出ていなかったが、ついには両腕が召喚紋から姿を現した。

両腕が出たということはそろそろ本体が出てきてもおかしくはないのぅ。


「グオオオオオオオオン!」


三度目の咆哮が聞こえ、召喚紋に中から、ついにそれは現れた。

口は耳元まで裂け、口の中には鋭い牙が覗かせている。頭には二本の角が生えており、その大きな双眼は白目一色であるが、常にぎょろりと使命の息吹を見ているかのように、周囲を伺っている。

どんな化け物が、出てくるかと思っていたが、これは予想以上の化け物じゃな。

背中に冷や汗をかくのも無理もない。


「セスルート様が、あの化け物と戦ってくれるわ。そして、必ず倒してくれるはず」


セスルートが、ここにいることを知っている人物なら、全員がそう思っているに違いない。

ワシもそう思う。

悪魔に動きがあった。

大きな口がさらに開けられ、顎を九十度上に上げた。

何かしてくる。

そうワシが思ったのもつかの間、すぐに悪魔は、攻撃を繰り出してきた。

口から、黒々とした暗闇を凝縮したかのような球状の息じゃ。

それを有無も言わさず、一気に放ってきた。

あまりの悪魔の迅速な行動に、ワシは何も準備していない。

これが、エヴァ一人を守る戦いならまだしも、ここにいる観客全員を守る戦いであることから、難易度は跳ね上がる。

くっ、間に合わんわ。

ワシは、エヴァだけでもと、エヴァを抱え、悪魔の息から離れるだけ、離れた。


「なんなの? あれは!?」


エヴァがワシに抱え上げながら、言った。


「詳しくは分からんが、あれはたぶん直撃したら、やばいものじゃ」


誰が見ても、やばいと分かる球体が観客席に放たれたのだ。

そして、観客席の一番最前列には、すでにその球体が、今にも当たりそうだ。

近くには、逃げまどっている観客がいる。

どうすることもできない。

悪魔から放たれた球体の息が、ついに観客席にぶつかった。

逃げ惑う人々の歓声が響き渡る。

ワシとエヴァはその衝撃と反動に備えようとする。

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