フォルセル建国祭21 ~フォルセル魔法堂研究所5~
魔法にしろ、気にしろ、使用するには、必ず手順があるものだ。
それは簡単であろうと、難しいことであろうと、一つでも抜けたり、怠ったりすると、使用できるものも使用できない。
「……体内にある魔力。魔力には属性がない。ここにいる人たちは、恐らく知っているだろう。少なくとも魔導士を志す人達だ。そのくらいは知ってはいるはず。おっ、一般の方々もいたか、失敬。前言は撤回する。ご容赦願いたい」
老人の熱弁は続く。
魔力には、属性がないということは、ワシも知っている。
無色透明、何色にも染まっていない色じゃ。
「その魔力をどんな魔法に使用するかということで、その魔力が属性の色に染まる。炎魔法なら赤、水魔法なら青と言ったように。この空気中に、魔法を使用するにあたっての各々の属性の
老人がいきなりそう言ったので、ほとんどの人が手を上げるまで戸惑い、時間がかかった。
もちろん、エヴァも同様じゃ。
「はい。では水属性の方」
老人が、次の水属性の方に手を上げるように指示した。
水属性も手を上げる人は、火属性と変わらないくらい多い。続いて風属性。
こちらは前の二属性に比べて、少し少なかったのが印象的じゃ。
次は土属性。
やはりここが、フォルセル地元であることから、手を上げる人がとても多い。
地元だけはあるか。
仮に何かが攻めて来たとしても、地の利を活かした集団戦で対応が出来るな。
残りの雷属性は他の四属性に比べて、比率が少なかった。これは昔から言われているが、何故か雷属性を得意とする魔導士は、他の基本属性を得意とする魔導士より少ない。原因や理由は不明である。
「よし、大体ワシの予想通りの結果になったな。つまり、魔導士も時として、戦う場所や魔法を使用する場所を考えて、行動しろってことだ。川辺の水魔導士、森林に囲まれた土魔導士、大いに戦いにくいはずじゃ」
地の利を活かした戦い方。
戦闘では至極当然のことじゃが、それは魔導士であれ、気使いであれ、同じであるということじゃのう。
「また、これとは違ったもので無属性魔法というものがある。これはどんなときも相手を選ばず、戦うことが出来る。だが忘れるな。不利な相手がいなければ、有利な相手がいないことも忘れてはいけないことだ。つまり、各上の相手には絶対に勝てないということ。だから無属性を得意とする魔導士は、立ち回りが難しいということだ」
老人はそう言い、ようやく腰を落ち着けた。
かれこれ、大部立ちながら話している。
疲れが見えてもおかしくはない。
「ここで話を先に戻すと、体内である魔力を、魔道具である杖が増強、形状変化をして魔法が繰り出される。ここまではいいな? ここでもし魔導士が杖がない状態で、魔法を使用しなくてはならない事態になってしまったらどうする? ではそこの君!」
老人が、正面に座っている男性の聴講者に向かっていきなり、聞いてきた。
「えっ、あっ。ええと代わりの杖を用意するとかでは」
いきなり指名された黒衣を来た男性魔導士は、しどろもどろになりながら答えた。
いきなりの突然であるから、しどろもどろになるのも無理はない。
「ふむ。その答えもまんざらではないが、それは代わりの杖が手元や、近くにある場合限定での答えだ。五十点」
老人はそう言い、次の指名者を探す。
むっ……。
嫌なことに、ワシと目が合ってしまった。
老人が、そこでにやりと笑ったことに気が付いた。
やはり、ここの研究所の入口で会ったことを覚えているようじゃ。
はぁ、嫌じゃのう。
ワシは、視線をゆっくりとずらした。
「ではそこの君!」
老人が、こっちに向かって、指さしてきた。
来たか。
全く面倒くさいのぅ。
「はい」
するとなんということであろうか。
指名されたのはエヴァじゃった。
エヴァはゆっくりと立ち上がり、
「はい、杖は先ほどの方の言う通り、すぐに予備があれば問題がないのですが、外出先等で杖が折れてしまったときにどうするかと言われたら非常に困ります。それに対しての対策ですが、杖がないときとおっしゃられているので、杖無しの魔法発動しか選択はないと思います。杖に頼り切っている状態から、自分だけで杖の普段は行っている部分を補って魔法を繰り出すので非常に困難だとは思いますが」
エヴァはそう返答した。
周囲の人々もエヴァの方を見ている。
「ふむ、それはいい考えだ。九十二点。でもそれが、如何に難しいことか分かるか? 杖に頼っている部分を全て自分が調整しなくてはならないということで、非常に面倒なことだ」
老人が意地悪そうに答えてくるが、それもワザとだということをエヴァは知っている。
「それをしなければ、本当の魔導士になれないというのなら、やるしかないでしょう。それにここにいる皆が魔導士を志すものとして、覚悟はしているはずです」
淡々と答えるエヴァ。
何だか、一丁前の魔導士のようになったかのように堂々と話している。
これも大魔導士であるセスルートに接触したからなのか、どうかは分からないが立派なものじゃ。
「ふむ。九十五点。お嬢ちゃん、中々立派な志を持っておるな。そうか、覚悟か」
老人は、こくりこくりとうなずいている。
表情もどこかしら嬉しそうだ。
「それに実際、杖無しで魔法を繰り出した方を、私は見たことがあるので、それが不可能ではないことが分かっています」
あの入口で植物に水を与えていた女性のことじゃな。
エヴァは、あの女性が杖無しで魔法を繰り出していたことを見抜いていた。
じゃからこそ、ここで言える。
「うん、それは非常に長い年月の訓練が必要じゃが、君はそれに耐え抜くことが出来るか?
とても辛く長い道のりかもしれない」
老人は言った。
相手を脱落させようと、はいと言わせないように言葉を返していく。
「はい。それが決して簡単ではなく、すぐにたどり着けるものでないことは分かります。
近道なんてない。何かを志すことについて近道なんてないから。楽になれるのであれば、それに見合ったものしか返ってこないし」
エヴァは、落ち着いた口調で答えている。
視線は老人だけを見ていて、まるで二人だけで会話をしているみたいだ。
「九十八点だ。近道なんてない。いい言葉だな、お嬢ちゃん。久々にワシの心が揺れ動いたぞ。ならばお嬢ちゃんのその魔導士になりたいという確固たる理由はなんだ?」
中々、百点はくれないんじゃのぅ。
そろそろ決めてしまえ、エヴァ。
「私は大魔導士セスルート・ヴィオハデス様のような大魔導士になりたい……ううん、大魔導士セスルート・ヴィオハデス様を超える大魔導士になりたいのです」
エヴァが、そういうと周囲がざわめきだした。
馬鹿にするもの、拍手喝采するもの、同じ志を持つ者の賛同の声と様々だ。
「百点だ。最後に超えるということを付け足さなければ百点には到達していなかった。おめでとう、おじょうちゃん」
老人が拍手した。
すると、周囲で拍手をしていなかったものも老人につられて、自然と拍手を繰り出していく。
「ちなみにおじょうちゃん、百点といっても千点満点中の百点だ。覚えておくんだな。よし休憩に入る」
老人は、にかっと満面の笑みを浮かべて笑った。
健在の白い歯が、きらりと光ったような気がした。
「ふう、ようやく座れる」
エヴァはそう言い、ゆっくりと席に腰かけた。
座って少し落ち着いた感じを見たら、やはりかなり緊張していたようだ。
「よくもまぁ、この大勢の中で、大魔導士のセスル―ト・ヴィオハデスを超えると言い切れたもんじゃ。まぁ、ワシとしてはさっきのエヴァは輝いていたとは思うが」
ワシは、さっきのエヴァの宣言を思い出しながら、言った。
あれだけのでかいことを言ってしまったのだから、もうなる以外ないわな。
「ちょっと言ったあと、後悔よね。だって周囲の目線がすごかったんだから。突き刺さるような眼よ。もう私、倒れるんじゃないかと思ったわ」
エヴァは額に手を当てて、やってしまったという動作をしている。
「そりゃあ、魔導士を志すものとして、セスルート・ヴィオハデスを知らないものはいないからのぅ。皆が彼を敬い、そうなりたいと思っている。じゃからこそ、信者はエヴァのああいった宣言が気に入らないんじゃろうて」
ワシは、そう言い周囲を見回す。
聴講者のほとんどが休憩ということで、教室から出ていく。さっきの宣言のこともあるから何か、問題が発生しなければいいが。
「おじょうちゃん」
すると、熱弁を振るっていた老人が、声をかけて来た。
「うん、やはり入口にいたおじょうちゃんだ」
老人はそう言い、微笑んだ。
「やはりあの入口にいらっしゃった方だったんですね」
エヴァが、ぺこりと頭を下げてから言った。
ワシもそれに続く。
「さっきの宣言は中々よかったわ。久々に骨のある志をもったものがいて、嬉しかったよ。あのセスルート・ヴィオハデスが台頭してから、誰しもが口を揃えて、馬鹿の一つ覚えのように言う。セスルート・ヴィオハデスのような大魔導士になりたいと。おかしくはないか。誰もセスルート・ヴィオハデスを超えたいとは言わないのだ。そう、セスルートという壁で、自分自身に上限を作り、無理やり、押さえつけている。実に愚かで嘆かわしいことじゃないか。ワシは少なくともそう思えた。自分の成長をセスルートのせいにして、自分で止めているんだ。その分、お嬢ちゃんのさっきの宣言はよかった。途中までは、このお嬢ちゃんも同じ穴のなんとやらかと思っていたが、途中言い直したときにワシは非常にすかっとした。千点満点中百点とはあそこで言ったが、ワシの本心からいくと満点だ。ありがとうよ」
老人はそういうと、踵を返して、すたすたと足早で、自分の入ってきた入口から出て行った。
「褒められてよかったな、エヴァ。ワシも同感じゃぞ。自分で自分に限界を決めるのはよくないことじゃからな。常に向上心を持ち、毎日こつこつと行っていくのが、一番の最短経路だと思う。敢えて、そこで近道とは言わず、最短経路と言わせてもらうぞ。人によって変化していくものじゃから」
ワシは、あまり長くならないように、ここで会話を終えた。せっかくの休憩時間であるからな。
「うん。なんだか、もう気持ちで胸がいっぱいだわ。まだ半分講義あるけど、図書館に行ってもいいような気もする」
エヴァが、身体を伸ばしながら言った。
こきこきと関節部から、音が聞こえてくる。
「ふむ、エヴァがそうしたいというのなら、ワシはそれで構わんぞ。エヴァの行きたいところに行けばいいのじゃ」
ワシはそう言い、微笑んだ。
流石にワシもこの人混みの多さには、気疲れしておるところじゃ。
「うーん、それじゃあ、何だか視線も痛いし、図書館に行って休みたい。いえ、勉強したいわ」
ぐてんとしているエヴァが言った。
「分かった。なら図書館に向かうとしようかの」
ワシは、承諾し、立ち上がった。
エヴァも気合を入れなおして、立ち上がる。
「来た道を戻れば、問題なくいけると思う。迷う要素もないから安心んじゃわい」
「うん」
ワシの何気ない言葉に、エヴァはうなずく。
席から立ち上がり、教室の出口に向かう。あまり目立たないように足早に。
昇降機で降りて、また不思議な感じを体感しようとしたが、人が並んでいて、それは叶わなかった。やはり、新しいものは人気があるのぅ。
ワシとエヴァは、昇降機の横の脇にある階段で下層に降りていく。
一階まで降り切り、研究所の扉から、外に出た。
日差しが、建物から出た瞬間、照り付けてきた。
真上からちょうど照らされているようである。
昼間ということか。
ここに、そんなにも滞在していたか。
「よし、軽くお腹の空腹を満たしてから、図書館に行くとするか。途中で腹を満たす場所もあるじゃろうて」
ワシはそう言い、エヴァを連れ、足早に魔法堂研究所を後にした。
昼食で
皮に付いた香ばしいたれ汁の味付けに、中の甘い餅が相まって、とても美味しいのだ。
エヴァも、美味しい美味しいといって喜んでくれた。
「よし、じゃあ腹も満たされたことじゃし、予定通り、中央図書館に向かうとするかのぅ」
「うん、最後まできちんと勉強して、おじさまと約束した時刻まで戻るわ」
エヴァも、どうやらこの口調からして、元気が回復したようじゃ。
「また一本ずれた路地から行こう。はぐれる心配もないからのぅ」
「分かったわ。それじゃ行こう行こう」
足取りも軽い。
まぁ、あの中に残り、最後まで講義を聴講するのも手だったが、今はその選択をしなくてよかったと思っている。
数分後。
「よし、ようやくここまで戻ってきたか。あとは王宮側に少し向かうだけだ。フォルティモの木を正面にして、北側じゃぞ」
ワシは、額に出来た豆上の汗を手で拭い去りながら、言った。
日差しが思いのほか、暑い。
エヴァも所々に出来た汗を、色彩豊かな布で拭いている。
「にしても暑いわね。溶けてしまいそうだわ」
エヴァが近くにある木によってできた日陰の下に行く。
「うむ、確かに少しばかり暑いのぅ。あと少しなんじゃがのぅ」
ワシもエヴァに習い、日陰に導かれるかのように向かった。
「セスルートさんからもらった杖、どうじゃ?」
ワシは、まだ魔法が繰り出せていないことを知っている上で敢えて聞いてみた。
「うん、まだ実をいうと使えないんだ。全然だめ」
エヴァが、正直に答えた。
強気な彼女なら、もう使えているわよくらいの返答が戻ってくると思ったが、ワシの予想とは異なった。
「でも、必ず使用できるようにするから、問題はないわよ。それに少しだけ、何か見えてきたのかもしれない。近道なんてないんだから」
使えないことは事実じゃが、そのことについて絶望もしていない。
「見えてきたとは? もしかしてきっかけが掴めてきたか?」
ワシは、今日の朝までのエヴァとは違うエヴァがここにいるので聞いてみる。
「うん、少しだけね。もしかしたらって思ってさ。まだ試してないんだけど、試して成功だったらトーブにも教えてあげるね。違ってたら恥ずかしいからさ」
真っすぐな視線で、片時も目をセスルートからもらった杖から外さないエヴァ。
「分かった。その何かがうまくいけばいいな。ワシは、いつでも吉報を待っておるぞ」
「うん、分かった。ところで吉報って何?」
エヴァが、全く予期していなかったことを聞いてきた。
「ううむ、そうじゃな。簡単に言うと、いい知らせということじゃ」
ワシは、簡潔に分かりやすく答える。
「なるほど、分かった。トーブに吉報を伝えられるように私、頑張るわね」
エヴァは、微笑みながら答えた。
「うむ、ワシもその報告を、楽しみに待っておるぞ。よし、そろそろ中央図書館に向かうぞ。うかうかしておれば、あっという間に、夕方が来てしまうわ」
ワシは、そう言い身体を図書館のある方に向けた。
「うん、時間は無駄にはできないわね。行こう、トーブ」
「うむ」
こうしてワシとエヴァは、図書館へと向かうのであった。
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