フォルセル建国祭20 ~フォルセル魔法堂研究所4~
仕事に対しての熱意は、ワシと土俵は違うが、負けないものを持っている。
受付の女性に言われた通り、通路を少し進むと、そこには大きな教室が現れた。
中央の壇を中心に長机が、壇上を囲むように、ぐるりと円を描いて、並んでいる。
収納人数として、席にきちんと付いていけば、ゆうに千人くらいは、簡単に中に入るのではないかとワシは感じた。
「広いね。シルトの中心にある広場より広いかも」
エヴァが、自分の住んでいる街の中央広場を比較の対象として、出してきた。
非常に分かりやすい比較対象じゃなとワシは思い、微笑んでしまった。
「うむ、じゃが人数はその比ではないのぅ」
ワシは、自分の目に映っている光景を見て言った。
ワシの目には、この講義を聴講しようとたくさんの聴講者たちが所狭しと教室の中に映っている。
主に多くは、ここの魔法堂研究所の隣にある魔導士養成所の生徒たちが、多いように見受けられる。
魔道士養成所か、確かこんな感じじゃったかな。
過去の記憶を思い出す。
生徒は、大事に自分の杖を抱え、養成所が配布したであろう衣を着用している。
この配布している衣も色で、すぐにその着用している人物の所属が分かるようじゃ。黒に茶に灰色を基準にした衣の色に、肩に色着きの線が入っている。
この衣の色と肩に入っている線の組み合わせで、たぶんじゃが所属が判断できるようになっている。
ワシの目の前には、黒衣を着用した受講生の集団がようやく席を見つけ、腰を下ろしているのが見える。
まだ入って間もない感じがするのぅ。
その落ち着かないそわそわした生徒の雰囲気から、ワシはそう判断する。
正直、ワシやエヴァのような一般に参加者と大差はほとんどない。
逆に茶色や灰色の衣を着た生徒は、非常に数が少ない。見渡してみても、辺りにぽろりぽろりといるだけだ。
おそらく育成所に在籍してから、それなりに期間を有しているものであろう。
黒色の衣をした生徒に比べ、貫禄と己から発している空気感が違う。
普通に考えれば、一般大衆向けの講義であるから、ある程度の魔法や魔力に対して知識がある者であるなら参加する理由は全くない。むしろ他の事をしておいた方が、いいくらいじゃと思う。
それでも見に来ているのは、よほどの変わり者か、よほどの勉強熱心か。
この二つのどちらかであろう。
「ワシ達もどこかに腰かけよう。この人数じゃからすぐに席は埋まってしまうからのぅ。せっかくの機会なんじゃし、どうせなら前の席の方がエヴァはいいんじゃないかの?」
ワシは、エヴァの方を向き、聞いてみた。
「そうねぇ……せっかくだし、そうしようかしら。それにしても凄い人数ね。毎回思うけどフォルセルの人たちは、こんなに人混みの中に毎日いて、疲れたりしないのかしら」
エヴァは、ずらりと目の前に並ぶ、人混みの渦を見ながら言った。
「うむ、どうじゃろうな。もうここに住んでいる人たちはそれに慣れてしまったのかもしれんな。毎日がこうじゃと、それが浸透していき、日常の一部となってしまう。じゃから何とも言えんわ。それよりささっと席を決めてしまおう。ここでうんうん唸っていてもしょうがないからのぅ」
ワシはそう言い、エヴァを前のほうの席のほうへと促した。
一般の聴講者もそれなりに多く見受けられる。
まぁといっては、何じゃがリリス族が多い。
バーズルから来た人々だろう。
小人の集団が、ところどころに健在している。
「あそこにしよう、トーブ」
エヴァに引き留められ、ワシはエヴァの指さす方向を見た。
ちょうど前の席で、二席空いている席がある。
「うむ、そうするか」
エヴァの決めた席に、素早く移動し、腰を下ろした。
「さて、あとは始まるまで待つだけかのう」
ワシは重い腰を下ろして、どかりと座る。
あまり座り心地が、いい椅子ではない。
やはり、あの宿の長椅子が最高じゃわい。
マルスが、離れたくても離れられない理由がよく分かる。
「うん、そうね。私、ちょっと行ってくるわね」
エヴァはそう言い、せっかく下ろした腰をまた再び上げ、立ち上がった。
一体今からどこにいくのじゃ。
ひどく、そわそわとしている。
「今からどこにいくというのじゃ? 講義が始まるぞ」
ワシは、エヴァに聞いた。
エヴァは、相変わらずそわそわしている。
「だから、うん。お手洗いだって……言わさないでよ」
少し顔を紅潮させながら、エヴァは言った。
あぁ……。
それは聞いたワシが悪いわ。
「エヴァ、すまなんだ。行ってきてくれ」
ワシは、申し訳なく感じ、すぐにエヴァに行くように促した。
「別にいいけど、もう少し気を使ってよね。それじゃ、行ってくるわね」
そういうとエヴァ、ここに来た通路を戻っていき、入口から姿を消した。
ぬかったわ。
もっと注意深く見ていればよかった。
ふむぅ、中々難しいものじゃのう。
よくトウブ時代にも言われたものじゃ。
戦場での武働き、適切な指示は抜群じゃが、とりわけ日常での会話。
特に女性との会話は、自分でも認めてはいるが得意ではない。
それは、自分で考えてみてもそうだろうなとは思ってはいるが、傍目から見ると、自分で予想していたものより、ひどい有様のようじゃ。
よくその点に関してはヴァンにも言われたものじゃ。
「先生は、女性の心をもう少し考えたほうがいいです。先生の考えとは、全く異なる考えを持っているかもしれないですよ」
まだ幼いなりに、よく自分の意志というものを持った少年であった。
修行にもひたむきであったしのぅ。
ワシは、今は懐かしい弟子のことを思い出していた。
ペルトの防衛戦のあとの消息が、不明になっている。
ヴァンを、託した戦友バストゥルクからも何も音沙汰はない。
まぁ、誰もがワシは、あのペルト防衛戦で死亡したと思っているから、仕方のない話じゃがのぅ。
まさか、こんなおちびに転生するとは、誰も。
誰も……。
例え、誰かに話したところで誰もまともに取り合ってくれない。
知っているのは、当事者であるワシとあのテンカイだけだ。
テンカイ。
今、ワシがこうしている間に奴は一体何をしているんじゃろうな。
ヴァン、お主は?
年齢を考えると、ルースと同じくらいの青年になっているはずじゃ。
修行をあれから継続していれば、武人としてもきっと開花しておるはずじゃ。
バストゥルクから学んでおるのなら、間違いはないはず。
バストゥルクは、それなりの年齢になるだろう。種族的にも人間族より、息は長いが、そろそろ折り返しの地点じゃろう。
会いたいのぅ。
話して信じてもらえるか分からないが、久々に会いたい。
身の安否だけでもいいのじゃ。
ふぅ。
気疲れのような、やるせなさを感じる。
今までは、ただ強くなりたいと切に願い、それだけを考えていたのじゃが、テンカイの転生の儀式に巻き込まれてから、様々なことを考えるようになった。
決して一人で強くなったわけではないが、それでも以前のワシは、一人でなんでもやれた。バストゥルクやヴァンもいたが、特にその二人に対してしてやることは特になかった。
最低限の会話と関わり合い。
話す内容も各国の情勢や強くなるには、どうしたらいいかということを永遠と話していた。
今、思えばヴァンには、悪いことをしてしまったなと本当に思っている。
つまらない内容だったと思う。
それに対して、ヴァンは嫌な顔せず、返事を返してくれた。
今のこのワシが、体験しているようなことを、あの時にヴァンに体験させてやるべきじゃった。
今ごろになって、自分で体験してみて分かったことじゃ。
もうすでに、遅いことじゃがのぅ。
手遅れになってから気が付いてしまう。
愚かな大人じゃのう。
ワシは、深く反省する。
あとは、あの少年か。
同門の出か、誰からか教えてもらったか分からんが、まぎれもなく気であることは間違いない。
彼に対しても情報が少ないから、何ともいえないのじゃが。
目的はなんじゃ?
まず、間違いなくワシじゃと見て間違いないのじゃが。気がらみであることから、そう判断せざるをえない。じゃが気になることは、ワシが気の一撃を放ったときに、あの少年が驚いていたことじゃ。あれはワシが、気を使用したことに驚いたことに違いない。
つまり、少年は始めからワシが、気を使用することを知らなかったということである。
このことから、誰からか命令されて動いていたが、情報がうまく伝達されていなかった可能性がかなり高い。
自分の意思で仕掛けてきた可能性も考えるが、それは限りなく少ないじゃろう。
ワシが、気を使用することを知っている人物は限られている。
やはりテンカイなのか。
奴が、あの少年に関与している。
それであれば、少年が気を使用することも合点がいく。
ワシが気を使用して、驚いたところは、おそらくテンカイに試されて、知らされていなかったのかもしれない。
テンカイであれば、十二分に考えられる話じゃ。
人を試し、弄ぶ。
奴にこそある言葉じゃ。
がらがらがらと音が鳴り響いた。
壇上の近くの扉を開けて、一人の老人が教室の中に入ってきた。
あれは!?
とぼとぼと中に入ってくる姿を見て、ワシはさっき玄関で見た老人だとすぐに分かった。
やはり、ただならぬ老人じゃと思っていたが、ワシの予想は当たっていた。
それにしても……。
ワシは、エヴァの出ていった出口を見た。
未だに中に入ろうとしている人たちがいる。
しかし、エヴァの姿がそこにはない。
ちと遅い気がする。
どれ、迎えにいってみるか。
ワシは、席を立ち、小走りで教室内を駆け抜けていく。
すれ違う人を避けながら、進んでいく。
この建国祭に来てから、こんなのばっかりじゃな。
ワシは、苦笑いしながら、人混みを突破し、出口にたどり着いた。
エヴァよ、どこじゃ。
あまり心配はしておらぬが、こうも帰りが遅くなると、その気持ちは否が応でも膨らんでしまう。
エヴァ!!
ワシが、出口から出て、すぐに通路を進んだときじゃった。
「あれ? トーブ。どうしたの?」
エヴァがゆっくりと歩きながら、こっちを見ている。
どこも特に変わりなさそうじゃ。
おいおい、どうしたのじゃないわい。
こっちがどうしたのじゃわい。
ワシは、すぐにエヴァの全身を一瞥するが、特に変わったところもなさそうじゃ。
怪我の類も見当たらない。
まずは一安心かのぅ。
「どうしたのじゃないわ。流石に帰りが遅いので、迎えにきたのじゃ」
ワシの心配なぞ、何ぞそのといった感じでエヴァがワシを見ている。
「えー、心配してくれたんだ。それはありがとう。でも、ただお手洗いが少し混んでいただけよ。ただそれだけ。それで時間がかかっちゃった」
特に、悪びれた感じもしていない。
まぁ、当人はただ手洗いに行って済ましてきただけじゃからのぅ。
「まぁ、何もなくてよかったわい。むっ!」
教室の中から歓声が響いた。
エヴァもその声を聞いて、何々と言った動作をする。
「まさかもう始まっちゃったの?」
エヴァが、ワシに聞いてくる。
「そうじゃ、それもあり、呼びにいったのじゃ。それより早く行くぞい。ここで話していることは後でも出来るが、あの講義を聴講することは今しか出来んわ」
ワシはそう言い、エヴァを連れ、すぐに自分たちの座っていた席に戻る。
さっきよりも、さらに人が増えている。
ほぼ満員御礼といった感じじゃ。
ふぅ、まだ空いてるな。
ワシは、自分達が立った席が埋まっているのでないかと危惧していたが、空いていたのでほっとした。
「まだ空いていてよかったわね。ここが埋まっていたら、また席探しに、相当時間をくっていたかもね」
エヴァもワシと、ちょうど同じことを考えていたらしい。
「うむ、よかったよかったわい。流石にこれ以上またここを歩き回るのはうんざりじゃわい」
首を左右に振りながら、ワシはお手上げの動作を決めた。
「そうね、流石に私もこの人数の中で探すとなると、もうここの講義は聞かなくてもいいかなって思ったもん」
エヴァも同様に、うんうんとうなずいている。
「まぁ、席も空いていたのじゃし、為になる話でも聞こうではないか」
ワシは、そう言い、椅子の深くに腰掛けるように態勢を変えた。
「うん。分かった。わざわざごめんね。呼びに来てもらって」
エヴァはそう言い、視線を壇上に移した。
「あれ? さっきの入口で会ったおじいちゃんじゃない?」
エヴァが、壇上で話している老人を見ていった。
「じゃな。エヴァもそういうなら間違いないようじゃのう。ワシもそう思ったんじゃが、エヴァがいないと、その確認もできなかったからのぅ」
ワシの思い違いでもなかったようじゃ。
あの壇上で熱弁している老人は、この魔法堂研究所の入口で会った老人に間違いないじゃろう。
ふむ、ここで弁を振るうということは、やはりただ者ではなかったようじゃ。
さて、ならば実力拝見とするとしようかのぅ。
「えー、魔法とは何か。この話題について話していると、永遠と話すことになると思うので、ワシより年寄りが参加している場合は、帰ったほうがいいです。それで魔法についてだが、魔法とは自分の体内にある魔力を使用し、それを魔道具である杖を媒体として、魔力を増強し、形状変化させるというのが魔法を繰り出す簡単な手順である」
老人はそう言い、言葉を切り、壇上にある容器に入っている水を飲んだ。
「これは、ここにいる皆さんが、無意識に行っていることである。大抵はこの魔法を使用したい。そう思ったときに、こういった手順を瞬時に無意識で行い、気が付いた時には、すでに魔法が形として出ていると言ったほうが正しいかな」
水を飲んでから、すぐに老人は言葉を読けた。
確かに老人が、言ったことを意識している魔導士は中々いないと思う。
戦闘中であれば、そんなことを考えている時間があるなら、相手を倒すことだけを考えるからだ。
「エヴァは、そんなこと考えておるか?」
ワシは、隣の魔導士の卵である少女に聞いた。
「えっ? 私も特に考えていないわ、そんなこと。魔法を使用するときに考えることは、ただただ、自分の使用したい魔法を意識して、それを出そうとするだけ。私の場合はそれだけどな。他の人はもっと考えているかもだけど、私は、ただ繰り出したい魔法を、ずっと頭の中で考えるだけ。それで出ちゃうからさ」
エヴァの説明は、ただ自分の頭の中に、使用する魔法を思い浮かべ続けるだけということか。
分かりやすい説明じゃが、具体的ではない。
気を繰り出すには、手順がある。
まずは、頭から気を使用するといった伝達が飛ぶ。
そこから気を蓄えている丹田に伝達が行き、使用する量や使用する箇所、形状はどんな形状でいくかということを選択する。
ここも瞬時に選択をする。ここの瞬時に選択をするということが、魔法を唱える際の無意識的な部分と似ているとは思うが。
あっちは、魔道具という受け皿のような存在であるので、難易度としては気の扱いのほうが難しいようにワシには思えてくる。
気にもそんな魔道具のようなものがあれば、もっと簡単に使用できたかもしれない。
「いざ、考えて使用しているかと言われたら、全然考えていないわよね……」
エヴァが、首を傾げながら答える。
「まぁ、その無意識の部分で行っているところが、あの老人にしてみれば、決してないがしろにしてはいけない部分だといいたいんじゃろ」
ワシは、老人の言いたいことを総括して言った。
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