フォルセル建国祭19 ~フォルセル魔法堂研究所3~

炎魔法術者に動きがあった。

水の鎧で、手刀を防いでいる水魔法術者の様子が少しおかしい。

水の鎧に気泡のようなものが現れる。

それは、ぷくぷくと音が聞こえるかのように、水の鎧内で泡立ってきている。


「始まったようじゃな」


ワシの予想通りに試合は動いた。

火は水で消えるが、逆もまた然り。

前者は日常茶飯事じゃが、後者はあまり普段は見ない光景じゃからのぅ。


「でもそう簡単にうまくいかないんじゃ……」


エヴァは、魔道士を志すからこそ、今回のこの蒸発という現象の難しさが分かっておるみたいじゃ。


「じゃからこその、この試合の進め方じゃったのではなかろうか」


ワシは、火魔法術者の試合運びを思い出す。

特に表立って、やったことは多くはない。

水魔法を避けながら、接近して活路を見出そうとしていただけだ。

魔力の消費も特にそうはないはずじゃ。

低俗魔法数発程度を使用しただけなのじゃから。

それに対して、水魔法術者は、火魔法術者の接近を阻むために、遠慮なく、魔法を使用しすぎた。

接近されると、嫌じゃということは分かるが、その阻んでいる最中に仕留めきれなかったのが痛い。

魔力消費も仕留めきれると判断しての消費じゃったが、無駄撃ちに終わってしまった。

明確にこの動きで倒すということを予想しての火魔法術者の作戦、いや粘り勝ちじゃな。


「試合の進め方? 確かに相手に接近されないように魔法で防いでいたけど、結局は火魔法術者の接近を許してしまった」


エヴァは、考えながら言った。

推理をするかのように、眉を少し潜めている。


「うむ。じゃから火魔法術者の粘り勝ちじゃ。接近することで勝機を一気に引き寄せたのじゃ。中々やりおるわ。属性の不利的な要素を見事に埋めおった」


ワシは、火魔法術者を見る。

水の鎧の中に気泡の数がさらに増加した。

大きさも大きいものから小さいものと大小様々なものが身に見えて分かる。

直接音は聞こえないが、始めはぷくぷくだった音も今ではごぼごぼといった音に変化しておるようにも見える。

もはや水の鎧ではなく、ぬるま湯の鎧。いや熱湯の鎧にそのうちなるかのぅ。

水魔法術者も今の事態を苦々しげに見ているはずじゃ。

水の鎧を解けば、火属性を帯びた手刀が来るだろうし、このまま水の鎧を繰り出していると、水の鎧が熱湯になり、それを覆っていてしまう。

水を熱湯にするくらいの魔力は、火魔法術者は持ち合わせているはずじゃからのぅ。

中々できる若者、いや素顔は見えんから分からんか。


「凄い。私も同じことが果たしてできるかしら……」


エヴァが火魔法術者の方を見てつぶやく。

その幼き、小さな手にはセスルートから受け取った杖がぎゅっと握られている。


「同じことは無理じゃろうて。真似ることはできるが」


ワシはすぐに答える。


「なんでよ。私も同じような状況になったら、ああ戦ったらいいんじゃない? 現にあそこで戦っている火魔法術者は不利な状況をひっくり返したわけだし」


エヴァは、ワシの返答が気に入らないのか、少し声をとがらせる。


「必ずしもそうとは言い切れない。ワシが見るにあの火魔法術者は体術の心得もあった。じゃからこその火属性を帯びた手刀と自身の身体的な速度を上げる風魔法を利用したのじゃ。魔道士というよりかは、魔闘士に近いかもしれない」


ワシは、分かりやすいように簡潔に答える。


「魔闘士? 魔法と体術を併せ持った感じの職業ね」


エヴァは、あぁとうなずきながら答えた。


「うむ、じゃから魔法に特化というよりかは、魔法を利用し、自分の得意分野で勝負するという感じじゃろう。今回は、いわば遠距離と近距離のそれぞれ得意な間合いが異なっていた者同士の戦いじゃったわけじゃ」


ワシがそうエヴァに答えたのと、時を同じくして、水魔法術者は、手を軽く挙げて降参の意を示した。


「どうやら勝負ありのようじゃな」

「うん、勝ってよかったわ。あまりに予想通りの結果だとつまらないしね」


エヴァも同属性の火魔法術者が、勝って嬉しそうじゃ。

笑顔がこぼれておるわ。

演舞場の見るからに重そうな扉が、音を出しながら開き、中から対戦していた二人と審判をしていた人物が出てくる。

やはり、対戦していたのは才能豊かな若者じゃった。

人間族のまだ二十歳すぎくらいの男じゃ。

両方共身長は百七十フィールくらい、肌の色は黄色。黒髪じゃが、対象的なのは、片方がツンツン頭の短髪に比べて、もう一方は一見後ろから見ると、女性に見間違われるような長髪じゃ。

短髪が火魔法術者で長髪が水魔法術者であるようじゃ。


「接近された時点で、もうすでに勝負は着いた。あそこがこの勝負の分かれ目だった」


長髪が、落ち着いた口調で短髪に話している。模擬戦に対しての内容のようじゃ。


「確かにあそこが分かれ目だったのかもな。離れている時に仕留めきれれば一番よかった。だけど、これで次に自分のやるべき方向性が分かってよかったんじゃないか。その問題点をうまく補填することが出来れば次に進めるはずさ。俺もお前も」


短髪がにししと笑って、長髪を励ますかのように肩を叩いた。


「あぁ、そうだな」


長髪は、短髪の言葉に同意する。

そして、ここでワシ達観戦者とようやく目があった。

おっという表情で、短髪はこっちを見ている。

長髪はそれほど、反応らしい反応はしていない。

すると、短髪は特に声をかけるわけではなく、軽く手を挙げた。ワシ達は頭を軽く下げて、答える。

短髪なりの挨拶らしい。

そして短髪を含めた三人は、ワシ達とすれ違う前に、通路を曲がり、どこかへ行ってしまった。

とりあえずここはこれで終わりかのぅ。

ワシは、ここにいても特に何もないので、エヴァに先に行くように促した。

通路を先に進むと、様々な部屋がある。

壁は基本的に白色が主だ。

それぞれの属性ごとの研究をしているかもしれない。

扉は硬く、施錠されており、中に入ることはできない。


「ここら辺一帯はどこも開いておらんようじゃのう」


ワシはエヴァに話しかける。


「う、うん。そうみたいね」


返事がどこかしら曖昧だ。

何か他のことを考えている時に、よく返答するときのエヴァじゃということをワシは知っている。


「とりあえず、始めの入口に戻るとするかのぅ。闇雲に進んでも時間がもったいないしな」

「うん、分かった」


すぐに入口に戻り、受付の女性におすすめの見学する場所はないかとワシは聞いてみる。

すると受付の案内人の女性は、


「それでしたら、三階にある第三教室でこれから、簡単な一般参加可能な講義があるのですが、よければご参加してみれば、どうでしょう」


にこにこと女性は、笑顔を崩さず、ワシとエヴァの表情を見て言った。


「そうじゃのう? どうするエヴァ?」

「うん、それじゃ参加してみよっか。どういう講義を行っているか気にもなるし」


エヴァの承諾を得て、次の目的地が決まった。


「はい、お二人共リリス族であられるので、魔法には精通しておられるとは思いますが、どうぞ、ご参加のほどよろしくお願いします」


馬鹿丁寧な説明とずっーとこっちを見ている受付の女性にたじろぎながらワシ達は、三階へと続く、階段へと向かおうとした。


「お客様、もしよろしければ、そこにある昇降機をお使いになってください」


受付の女性が、ゆっくりと手を指し示したところには、見たことのない人が入れるくらいの金属製の箱のようなものがある。

受付の女性に促されるように、半ば強引に連れて行かれ、箱の中に入った。

中は、人が数名くらい入れる感じだ。


「ではゆっくり動かしますね」


受付の女性の言葉の意味が初めは分からなかったが、ようやくこの箱が動き出したときにその意味が分かった。

受付の女性が細長い棒状の金属を手前に引いた。

すると機械音のような音が聞こえ、本当にゆっくりといった速度で、金属製の箱が上空に上昇していく。

な、なんじゃあああ!!

ワシは、今自分に起きている状況を理解できずにいた。

ワシの隣りにいるエヴァも、未だに状況を飲み込めずにいる。

箱もとい受付の女性の言葉を借りるならば、この昇降機なるものは、確かに名前の通りに上へとゆっくりと上昇していっている。

ワシは、こんなものは見たことがないため、少し驚いている。

何故、金属の箱が空を飛ぶことができるのじゃ!?

ワシにしがみついているエヴァも下を見て、自分たちが箱の中ではあるが、宙に浮いていることが未だに信じられず、表情に驚きを隠せずにいる。


「これは風魔法を研究した結果、応用、利用することで、上空に上昇しているんです」


驚きを隠せないといった表情でいるワシ達に、受付の女性は優しく教えてくれた。


「そうなんですか。とても驚きました。急にこの重そうな金属の箱が宙に浮いてしまうのだから。にわかにまだ信じきれていないです」


エヴァが、定まらない視線で周囲をきょろきょろしながら、返答する。


「もちろん、安全面を十二分に考慮して、きちんと安全対策はしています。急激に落下しないようにきちんと幾重にも固定していますし」


この受付の女性は、もう慣れたような手つきでにこにこ笑いながら説明する。

まぁ……慣れたのであれば、へっちゃらだとは思うが、ワシは未だに……。

この地に足がつかないような感覚が、嫌なのじゃ。

ふわりと浮いている感じ。

この感覚は、ワシには不安感を煽る感じしかしない。


「さっき風魔法と言いましたけど、どんな感じで利用されているんですか?」


ようやくこの昇降機に慣れてきたエヴァが、受付の女性に質問している。


「はい。流石はこの魔法堂研究所にいらしたお客様。そこを質問してくるとは流石です」


もうその手の質問は、何度も聞き慣れているといった作業的な感じで受付の女性は答えている。


「この昇降機を見たら、誰でもそう思ってしまうわ。それより教えてください」


エヴァが食いついている。

エヴァは、新しもの好きじゃからなぁ。

街で珍しい食べ物や物がでれば、ワシ達の中でいの一番に買いにいくのが、エヴァじゃった。

それで食べたり、使ってみたりして、自分なりの批評を行うのじゃ。


「はい、では質問に対して、質問で返すのは、失礼ですが、どんな魔法を使用しているか予想はついているでしょうか?」


受付の女性も負けじにエヴァに聞き返した。


「うーん、風属性について事細かには分からないけど、おそらく風疾トーム巻風テスペンの魔法かなとは思いましたが」


エヴァがうんうん言いながら、両腕を組みながら、答えた。

そして受付の女性の反応を見る。

受付の女性は、エヴァの返答を聞き、一瞬わざと考えこむような素振りをしたが、


「正解です。ほぼあっています」


とすぐに言い放ち、正解の丸といった動作を手で現した。


「ほぼって言うと少し足らないのかぁ……うーん、なんだろ?」


エヴァが、トーブ分かると言った感じで視線を送ってきた。

ワシは、少しの間考えたが、今の地に足がついていない状況では、まともに返答することが出来ず、首を軽く左右に振り、分からないということをエヴァに伝えた。


「そうねぇ……うーん」


エヴァは、まだ粘っているが、これ以上考えていてもいい答えが出てこないことが、次第に分かってきたので


「うーん、悔しいけど分かりません。教えて下さい」


エヴァが、悔しそうに言った。


「はい。では説明しますね」


どことなく、この受けつけの女性は嬉しそうに見える。

こうしてたくさんの知らない人に、自分のきちんとした説明をするのが、好きそうにワシには見えた。


「この装置には、先ほどお客様がおっしゃったように風疾トーム巻風テスペンを使用しています。あともう一つ。風柱テムロの魔法が使用されています。簡単にいうと巻風が起こした風を風柱の中に閉じ込めて、風の魔法の基礎になっている風疾で風力の調整を行っているんです」


受け付けの女性が、力のこもった説明をした。

少し早口に聞こえたのは、言に力がこもったせいもあるかもしれん。


「なるほど。それを無人で行えるようにしたんですね。凄い、凄いわ。これは画期的な発明だわ。三つの魔法の性質を、利用するなんて」


エヴァは、いつも以上に瞳をパチクリさせながら驚いている。

確かに、三つの魔法を組み合わせるとは、驚きじゃのう。

二つの魔法を組み合わせるのも中々容易ではないが、それが三つともなると、さらに難易度は桁違いに上がる。

流石はフォルセルの魔法を研究し、司る機関じゃ。

やりおるわ。


「はい。現在のこの段階でも、一応試作の段階ですが、何重にも試験や検査の結果、この度、一般の方でも中に乗せることが可能になりました。これからもっとたくさんの検査と試験を重ねて、どんどん設置していく場所を増加させたいと思っています」


かなりの製作者側の願望が、詰まったかのように感じた。それは、それだけこの昇降機に尽力してきた研究員を、見てきたのかもしれない。


「日常生活に、これがあったらさぞ驚きじゃろうなぁ」


単純に、心の中で思ったことを口に出してしまった。


「うん、そうね。日常生活の一部にこれがあるなんて。想像が中々出来ないわ」


エヴァも、ワシの言いたいことを理解してくれたようじゃ。


「はい。ですので、まずはこの建国祭に来て頂いた方々に乗っていただいてます。そこからさらに感想や指摘をいただき、さらに良い物にしたいと私たちは思っています」


かなりの熱意を感じる。

少なくとも、ワシとエヴァには伝わっているはずじゃ。

それに建国祭という様々な人や人種が集まるときに、一般公開しているのもいい点の一つじゃとワシは思う。

現にそうでもしないと、ワシ達はこの昇降機なる存在をもっとかなり後々に知ることになっていたじゃろうしな。

それに利用した人の感想が直に聞ける点もいい。

そんなことを考えている内に、ゆっくりと上昇していた昇降機が速度を緩めていく。

そして音を立てながら、動きが次第に停まっていく。その昇降機の動きが、しっかりと止まったときには、もうすでに三階の光景がワシとエヴァに飛び込んできた。

もちろんじゃが、ここに一階の光景はない。

間違いなく、ここは三階のようじゃ。


「お待たせしました。三階でございます。第三教室は、今、目に見えている通路をまっすぐ進んで突き当たった教室でございます」


受付の女性が、丁寧に第三教室までの行き方を教えてくれた。


「ありがとうございます」

「教室までの行き方まで教えてくださり、ありがとうございました」


ワシに続いて、エヴァも礼を述べた。


「いえいえ、では講義が終わるまで、ごゆっくり」


そういうと、受付の女性は、昇降機の装置を行きとは異なる反対側の方向に倒した。すると昇降機はまた機械音を上げて、一階へとゆっくりと戻っていった。

帰りもあれを使うのであろうか。


「昇降機か。凄いものが作られたものじゃ」


ワシは、昇降機が見えなくなってから、エヴァに話しかけた。


「そうね。便利よね。階層が多いような建築物には重宝されそうな感じよね。帰ったらおじ様に話してみたら? きっと建築家側からの意見が得られると思うわ」

「確かに。作り手の本職からじゃと、どう思っているか気にはなるな」


ワシは、マルスの顔を脳裏に浮かべる。

住に関わる建築物の話はマルスにとって、決してないがしろにしてはいけない内容の話じゃ。

その中にもマルスなりの譲れない思いやこだわりが存在しているため、その点はマルスの融通の利かない部分ではあるが、ワシはそこを決して譲らないマルスが好きじゃった。

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