フォルセル建国祭18 ~フォルセル魔法堂研究所2~
始めに仕掛けたのは、予想通り、水魔法を得意とする魔導士だった。
自分が、有利な属性魔法が使えるということを盾にがんがん攻め入る。
水流の魔法に、
他にも名前は忘れたが、水魔法が数種類は、使用されている。
目に見えて、弱点をついて、ついての戦法だ。
対する炎属性を得意とする魔導士は、一つずつ、丁寧にやり過ごしていく。
ほとんどが回避するのが基本だが、他の防ぎ方として、他属性の魔法で対処している。
やはり自分の得意とする炎魔法では、かなり分が悪いようじゃ。
「エヴァ」
ワシは、隣にいる少女の名前を呼んだ。
真剣なまなざしで、二人の術者の動きを見ている。自分がその場で一緒に戦っているような感じで。
じゃが、どう見ても圧倒的に不利じゃ。
現状のままじゃと。
ただ避けていても、勝機は訪れない。
どこかで活路を見出さなくてはならない。
それに、誰が見ても、水魔法を使用する術者が、有利なこの光景をおおっぴらに大勢の見学者に見せるだろうか。
やはり、ここにも何かしらの意図があるような気がしてならない。
周囲の反応も誰しもが、水魔法術者の勝利を疑っていないだろう。
ワシも、少なくともそう思う。
水魔法術者の心に慢心や隙といったものが、生まれなければということが前提であるが。
人間の心は決して、強いものではない。
だからこそ、心技体が備わるように、強くならないといけない。
それが非常に難しい道ではあるが。
火魔法術者が動いた。
高速で詠唱を行い、
右手から球状の炎の球を殴り飛ばすかのように飛ばした。
「
エヴァが、少し信じられないといった表情で話している。
確かに、あんな小さな炎では、致命傷になることはないし、まして流れる水の前では、すぐに消し去られてしまうじゃろう。
それは、あの火魔法術者が一番分かっておることと思うが。
ワシは、礫火を繰り出している術者を一瞥する。
顔までは見えないが、その礫火を繰り出している姿に、迷いや疑いは見られない。
勝負は、これからということか。
水魔法術者は、礫火をやはり、水で出来た小さな壁を出現させ、防ぐ。
壁は、礫火が直撃しても崩れることはなく、礫火を無効化にする。
「
エヴァが、水の壁の魔法の名称を言った。
ふむ、流石は魔導士を志す者。
よく知っておるのぅ。
ワシは、エヴァに感心する。
火魔法術者は、礫火を牽制にして、水魔法術者との間合いを詰めようとしたが、望み通りにはならなかった。
これ以上、接近するのは困難だと感じ、火魔法術者は、その場に止まり、間合いをまた離すために、後方に下がった。
よーく見ると、2人とも、口が動いているのが分かる。
ワシ達には聞こえはしないが、お互い何か話しながら、闘っているようじゃ。
周囲からは、誰しもが水魔法術者が勝つということに疑いの余地はないかのように、声が聞こえる。
無理もない。
自分の苦手とする相手と相まみえるということは、何かこう自分の中である程度の勝算や勝機というものがないと、まず戦っても意味はない。
それがないならば、はじめから戦わないのが、最良の選択だ。
今、この目の前で起きている戦いは、模擬演武なので、その勝算や勝機が、あの火魔法術者にあるか分からない。
ただの建国祭が、開かれている間の見世物かもしれないしのぅ。
じゃが、あまりにも有利不利の戦いで、理論通りに有利な方が勝つということは芸がないし、つまらない。
少なくともワシの心は、満足しない。
それは、エヴァも同じはずじゃが。
横目で真剣に戦いを直視しているエヴァを、見ながらワシは思う。
火魔法術者が動いた。
また礫火を使いながら、水魔法術者に間合いを詰めていく。
音は聞こえないが、かっかっかっと地面を駆ける音が今にも聞こえてくるようじゃ。
それに対して、また水魔法術者は激流で、その名の通り、荒れ狂う水で押し流そうとする。
火魔法術者は、その押し寄せてくる激流の隙間を掻い潜り、さらに接近を試みようとする。
零距離まで接近すると、魔法を使用するための詠唱はただの邪魔な時間となる。
魔導士と戦うときは、如何に接近し、如何に一撃で致命傷を与えるかが重要じゃ。
先の帝国との戦争での、ペルト防衛戦で、ワシはそれで数多の魔導士を駆逐した。
始めは距離が、離れていて、胡坐をかくように、魔法を繰り出していた魔導士も、ワシが魔導士を護衛する盾兵を鬼のような攻めで、なぎ倒し、距離を詰めると、皆が泡を食ったように逃げ出した。
まさかここまではこれまいと高をくくっていた。
そんな印象を受けた。
如何に接近させないように対応するか、もしくは接近されても、それに対応できる何かを持っていれば、問題はないが。
さて、どうする。
火魔法術者は、接近するということは、何かしら接近しての勝機があるということじゃ。
水魔法術者は、その火魔法術者の接近を何としても、防ぎたい。
そのための、水魔法での必死の迎撃。
この戦いの均衡が崩れるのは、その時じゃ。
まぁ、今では水魔法術者が一見押しているように見えるが、それはただ迎撃しているだけの話。
「!?」
状況が動いた。
火魔法術者が、今までよりも早い速度で、接近した。
風属性の魔法で、自分の速度を一気に強化したようじゃ。
今までの速度の二倍以上の速さを、ワシは感じた。
それに水魔法術者は、何とか反応し、すぐに対処するが、思いのほか、火魔法術者の移動速度は速い。今までの速度にわざと慣れさせておいたのなら、火魔法術者は中々の策士じゃ。
水魔法術者としても、次もこう来るとある程度の予測をして攻撃を行っているため、急激な速度上昇はこれから攻撃を繰り出す全てのことを調整し、また新たに組み立てなおして、攻撃を繰り出していかなきゃならないはずだ。
ここから、今のここから、この戦いは動く!
ワシは、ようやく面白くなってきたと心中で唱える。
もう火魔法術者は、水魔法術者を捉えていた。
自分でもここが勝機と分かり、一気に攻め込む。
もう距離的に、お互いが接近戦を行える距離までになった。
これでは、少しの詠唱も致命的な問題になる。
お互い、そこは分かっているはずじゃ。
無詠唱で大技を繰り出せるセスルートなら、また別かもしれないが。
それは、また別な問題だ。
火魔法術者が動いた。
自己強化系の先ほどの風魔法の
ここまでくると、火魔法術者の発する圧が、水魔法術者に伝わってきているはずだ。
それだけ、今は火魔法術者に風が吹いている。
いや風向きが変わったと言った方が正解かもしれないが。
水魔法術者は、観念したかのように己の態勢を整え、身構える。
防御、回避することに意識を集中しておるようじゃ。
エヴァも心なしか、表情が嬉しそうじゃ。
やはり同じ属性を得意とする魔導士として、火魔法術者を応援していたようじゃ。
それに、もしこのような状況にエヴァが遭遇した場合、このような戦い方があるということを、エヴァが念頭に置いていれば、幸いというものじゃ。
さらに、火魔法術者と水魔法術者の距離が縮まった。
お互いの拳が、交わるくらい。
これを、火魔法術者は狙っていたようじゃ。
火魔法術者が、拳を繰り出した。
火属性で強化した拳。
これは、よく接近戦を生業としている武術に長けた者も行う魔法だ。
自分の拳に炎を纏い、相手を殴りつける技だ。
火魔法術者は、勢いよく殴りつけた。
それを水魔法術者は、何とか身体を動かしながら、回避する。
火魔法術者の拳から、火の粉が飛び散り、地面にほろりと落ちて、消えていく。
周囲からは危ない、まだくるわと言った声が聞こえてくる。
攻撃を緩める理由はない。
そもそもの話、今まで防戦一方だった火魔法術者なのじゃ、ここは一気呵成に圧して、圧して、攻めるべきじゃ。
ワシの心中の心に呼応するかのように、火魔法術者は攻撃を繰り出していく。
紅蓮の炎を、拳と脚部に纏いながら、水魔法術者に攻撃をどんどん繰り出していく。
中々の身のこなしと技のキレじゃと感心する。
魔導士といったら遠距離戦が主体と考えていたが、どうやらあの火魔法術者は違うようじゃ。
対する水魔法術者も大したものだ。
火魔法術者の止めどない連撃を何とか、回避したり、水流壁で防いでいる。
若干の動作に、素人くささは抜けてはいないが、それでも十分な対応の仕方じゃ。
じゃが、相手の火魔法術者はどうやら接近戦に長けておる。
いつまで防ぎきれるか。
火魔法術者が、烈火で水魔法術者を殴りつけた。
それをほぼ無詠唱のような感じで、水魔法術者は水流壁で、防ぎきる。
水流壁が、烈火の炎を消火していく。
炎が消えさり、無くなりそうな時に、火魔法術者の繰り出した拳が、真っ赤に光った。
無数の礫の火の塊が、水流壁に繰り出される。
礫火の零距離での魔法が、すぐに水流壁に阻まれ、じゅわじゅわという音を立てて、どんどん消失していく。
こんな小さな炎ではやはり、水流壁は突破できないのか。
しかし、水魔法術者を、どきりとさせた瞬間でもある。
双方が、警戒しながら距離を離した。
火力じゃ。
火力が、あの魔法では足らん。
どうする。
せっかくここまでこれたのに、ここで終わってしまっては元も子もない。
それはワシ以上に、あの火魔法術者が一番分かっておるはずじゃ。
火魔法術者の礫火が全て、水魔法術者の水流壁に消火されてしまった。
水魔法術者の方に風向きが変わってしまったか。
ここにいる皆が、そう思ったときじゃった。
「まだ、まだ終われない。トーブそうでしょ? だってあの火魔法術者の目は、まだ終わりじゃないって、そう私には見えるもの」
試合を観戦していたエヴァが、急にワシに向かっていい放った。
「エヴァ……」
ワシは、彼女の名前を呼んだ。
「それにまだ負けたわけじゃない。確かに防がれてはいるけど、相手の水魔法術者に攻められてるわけではないもの」
エヴァがそう言った。
「確かにそうじゃな。まだ間合いは、火魔法術者の間合いじゃ。この間合いから離れるまでは、何が起こるか分からん」
ワシは視線をすっーと、試合に戻した。
皆が視線を注ぐ模擬演武。
意外や意外、結構本格的じゃ。
もっと手加減や和気あいあいと行うものじゃと思っていたが、どうやらそういうものではないらしい。
本格的な方が、ワシとしては非常に心沸き立つものがあり、嬉しいが。
実戦と模擬戦の違いは、命を奪うか、失うかだ。
模擬戦だと、どうしてもその緊張感に欠ける。
この模擬演武は、命の有無はあるかもしれないが、双方の必死さは伝わってくる。
まずまずの合格点。
あとは決着をどうするかじゃ。
お互い何もしない時間が流れる。
何か話しているようじゃ。
すると火魔法術者は、再び両手両足に烈火で炎を纏った。
暑くないのかといった疑問が、ワシに一瞬浮かんだが、その考えは一瞬にして消し飛んだ。
水魔法術者にも、反応があったからだ。
水魔法術者の身体に、水がまとわり付き始めた。
水を纏う?
水の鎧か。
完全に防御に特化させてきおったな。
そして、さらに水流壁で防御もするといった方向に決めたのじゃろう。
この間合いじゃからこその守りの選択。
悪くない選択じゃが。
攻撃という選択肢もあっただけに、理論通りじゃが、面白みがない選択じゃ。
逆に火魔法術者は、攻撃の選択肢しかないので、驚くものですらない。
さて、どう動くか。
まぁ、動くのは……。
ワシの予想通り、先に動いたのは火魔法術者だった。
風の魔法風足を使用し、己の速度を上昇させる。
動いた。
最短の距離で水魔法術者に向かう。
直線的な動き。
水魔法術者は、水流で応戦しようとするが、風足の速度に追いついていない。
火魔法術者が、仕掛ける。
両手を高らかにあげ、上から下に振り下ろす。
攻撃の動作からすれば手刀のようじゃ。
炎の刀と化した、手刀が水魔法術者に襲い掛かる。
水魔法術者は、水流壁を唱え、応戦しようとする。
がしかし、水流壁が手刀によってぱかりと勢いよく、斬られてしまった。
薄っぺたい紙きれのように真っ二つに水流壁が崩れ落ちる。。
今までは拳ということで、拳全体を纏っていた炎を、手刀に切り替えたことで、攻撃する断面の面積は少なくなったが、逆に鋭さが増した。
今じゃ、刃物と変わらぬじゃろうて。
水流壁では、一か所集中型のこの攻撃は、防ぐことは難しい。
手刀が、水魔法術者に直撃した。
直撃したと言っても、それは水の鎧の上からだ。
水魔法術者は、両手で自分の身体を守るかのように防御姿勢をとっている。
じゅわわという火が水のよって消火される音が聞こえてくるようじゃ。
今度の音は、連想しやすい。
防がれたか。
流石に水流壁と水の鎧の二段重ねでは突破するのは無理なのか。
ワシは、火魔法術者を見る。
「ダメなの!?」
隣にいるエヴァもついには言葉を出してしまった。
他の観戦者も固唾を飲んで見守っている。
弱点、不得手、苦手。
やはり、厳しいのかのぅ。
ん?
偉く長いな。
火魔法術者と水魔法術者二人のつばぜり合いのような光景は未だに続いている。
いつもなら、すぐに双方、退いているはずじゃが。
なぜじゃ、不退転の覚悟はよいが、それでやられては意味がない。
それとも何か他に狙いがあるか。
ワシは、脳裏に昔、関わったことのある魔導士の言葉を思い出した。
「火と水は対照的だ。お互い相反する関係。手を取り合うことは出来ない。故に反発しあう。風は、火を運び、火は風を吸い、大きくなる。だからお互い相性がいい。一見、水は火を消し、水の一人勝ちのように見えるが、それは浅はかな考えだ。筋の通った猛き炎は、水を蒸発させて、焼失させる。と俺は思いたいね。じゃないと世の中、当たり前すぎてつまらないじゃない」
その魔導士はそう言い、にかっと笑ったのをワシは今でも覚えている。
蒸発か。
「負けるの?」
エヴァが、火魔法術者を見て言った。
火は水に勝てない。
一般的にはそうじゃが、それだと面白くないわ。
「エヴァ。火は水で消えるが。水は何で消える?」
ワシはエヴァに問うた。
突然のワシの謎かけに、
「何よ、突然。なぞなぞ? 普通に考えれば、水は草や植物に根っこから吸収されれば、なくなるけど。ほかにあったかな……」
と試合を観戦しつつ、答えるエヴァ。
「うむ。火は水で消える。じゃが水も火で消える。分かるか?」
「あっ! そうか、蒸発!? でもそれは大きな水を消滅させるかのような大きな火力じゃないと無理だわ」
そう言い、エヴァはまさか。といった表情で試合を見た。
「それを今からやるというの? あの水の鎧を消滅させる量なんて、かなりの魔力を使うわ!?」
エヴァは驚きながら答える。
「じゃが、決して不可能ではない。そうじゃろ?」
ワシは不敵に笑って聞き返した。
「うん、確かにそうだけど、かなり難しいと思う。それも格下の相手ならともかく、自分と同じくらいの実力の相手なら尚更」
「じゃが、そうしなきゃ勝てない相手じゃ。
なら選択する余地もない。実行する、ただそれだけのことじゃ」
「うん。私もそうは思うけど。あっ!?」
エヴァの口が開き、指が試合会場を指し示した。
どうやら試合に動きがあったようじゃ。
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