フォルセル建国祭17 ~フォルセル魔法堂研究所1~
ワシとエヴァは、魔法堂研究所まで、先ほどの騎士のおかげで労せず、何とかたどり着くことが出来た。
建物の外装も確かにいわれれば非常に一目見て、分かりやすい。
もっと近代的な外装を予想していたのだが、どちらかというと、落ち着いた緑豊かな植物園のような印象を受ける。
建物の外壁には、何の植物か定かではないが、植物のつるがあちらこちらに走っている。
建物の大きさはというと横に大きく、建物の屋上には木々が生い茂っている。
所見で見たとおり、植物園といった表現が本当にあてはまる。
人だかりもそうでもなかった。
興味のある層が、ここは確かに一部に限られるのであろうことから、それは納得することが出来た。
予想通り、魔導士と呼ばれる人間が多い。
見るからに、服装で分かるもの、立ち振る舞いで分かるもの。
様々だ。
共通して言えることは、皆が自分の魔道具である杖を、自分の命より大切そうに抱えていたり、握り締めたりしていることだ。
その気持ちは、ワシにはピンとこないが、隣にいるエヴァには、重々伝わっていることじゃろう。
「よし、無事辿り着いたな。早速中に入るとするか? それとも一息つくとするか?」
ワシは、エヴァに聞く。
人だかりを避けたとは言っても、距離的には短い距離では決してなかった。
エヴァが、疲れていても何もおかしいことではない。
「私は大丈夫よ。少し歩いた感じはするけど、体力的にまだ余力はあるわ。大丈夫」
エヴァから頼もしい返事が返ってくる。
ならば進むしかなかろう。
ワシとエヴァは、いよいよ魔法堂研究所の門を叩いた。
建国祭中は、公開されているとはいってもそれは、研究所の一部だけだ。
フォルセルの最先端の魔法を研究しているところだけあり、全てが全てを公開することは、無理な話である。
主に公開されているのは、一階から三階と屋上の部分であり、四階から六階にかけては、関係者以外立ち入り禁止だ。
入口の扉を開けると、受付が正面に見えた。
普段はない仮設のものであろう。
受付には、二人の人間族の若い女性が座っていて、入口の扉が開く度に、ようこそ、フォルセル魔法堂研究所へという優しい声を掛けてくれている。
「ふむ、さてどうするかの?」
ワシは、周囲をきょろきょろと見回した。
するとエヴァが一点を見ている。
その視線の先には、たくさんの観葉植物と一人の人間族のおかっぱ頭の女性が立っていた。年齢でいうとまだ二十にも満たない感じだ。あの女性も職員の一人なのであろうか。
「気になるか?」
ワシは、真剣に集中して、女性職員と観葉植物を見ているエヴァの隣に行き、聞いてみた。。
「うん、何となくね。とりあえず見てる。聞くのは簡単だけど、それだとあんまり意味がないもの」
エヴァはそう言い、じっーと見つめている。
女性が、何かぶつぶつとつぶやいている。
なるほど。
呪文の詠唱か、その類だな。
エヴァもその女性の動きを瞬きせずに見ている。
また、ワシ達以外にもその光景を見ている者もちらほら見られた。
にしても詠唱が長い。
なんじゃ?
一体何をしようというのじゃ。
そんなにも凄まじい魔法でも唱えるつもりか。
詠唱している女性もどこかたどたどしく、自信なさげな印象を受ける。
すると、ようやくここで女性の詠唱が終わった。
おっ、いよいよか。
最近、セスルートのような超一流の魔道士の無詠唱や無詠唱と見間違えるかのような高速詠唱を見てきていたので、どうも詠唱に時間がかかるということをワシは忘れていた。
何が出る。
待ちに待った魔法だ。
一体どんなものを見せてくれるのじゃ。
すると、おかっぱの女性の指先から、ちょろちょろと水がしたたり始めた。
「
エヴァが答える。
自分の専門以外の魔法もきちんと覚えていることは、とても偉いことじゃ。
「しかも、水流の出る量をうまく調節しているみたい」
エヴァが、ワシに対して説明してくれる。
ワシも大体は分かっているのじゃが、エヴァの分析からの説明をワザと聞きたいがために、敢えて何も言わない。
周囲では水流が出た瞬間、あまりに詠唱に時間がかかったので嘆いている人がほとんどだった。大抵の魔導士からすれば、水流程度の低俗魔法の詠唱でどれだけ時間がかかっているのだという話じゃ。
じゃが、ここは魔法堂研究所。
そんな程度の低いことをやること自体何か意図があると、考えたほうがいいとワシは思う。
おかっぱの女性は、水流で観葉植物に水をかけていく。観葉植物は、水分を吸収して、嬉しそうにしているかのように、ワシの目には映った。葉全体で水を受け止め、そこからしたり落ちた水は、しっかりとその身体を支えるため、根を生やした大地が吸収している。
「ふむ、調整とな」
ワシは顎を触りながら、答える。
「ええ、敵を攻撃するための魔法、私の炎魔法は威力調整はある程度大雑把でいいの。なぜなら対象が、敵と認識して攻撃する魔法だから。魔気の消費を考えて、ある程度の調整をするだけ。でも目の前のあの女性がしていることは、初めから敵意なんかないから、きちんと調整しなきゃいけない。まぁ、そんなに難しいことではないけど」
エヴァが珍しく、物語ってくれた。
ありがたいことに、昨日のマルスが頼んだことをどうやら忘れていないようじゃ。
「つまり、一定量しか出ないように調整しているということか。なるほどのぅ」
ワシは、エヴァの説明に対して納得する。
水流で観葉植物に水を上げていたおかっぱの女性もここでようやく、水流を唱えるのを止めた。
そして、来た通路のほうに下がっていった。
周囲の反応が、がっかりという反応が大半じゃった。
無理もない。
ここに来ているのは、魔法を極めようとしている魔導士の卵やそれを志す者達。
素人まがいの魔法を見せられても、ぴんとくるどころか、失笑してしまうくらいじゃ。
じゃが、さっきもワシは思った通り、ここは魔法堂研究所。
フォルセルの最先端の魔法や魔法について研究されているところじゃ。
あんな素人が、ただ単にあんなことを行うのは、にわかに信じがたい。裏があると考えるのが普通であろう。
すると、先ほどのおかっぱの女性が戻ってきた。今度は手にじょうろを持っている。
動きからするに、すでにじょうろの中には水がたくさん入っているようじゃ。
エヴァも女性が戻ってきたのがわかると、女性にすぐに視線を戻している。
「今度はなんじゃ? じょうろなぞ持ち出して」
ワシは、エヴァに聞こえるようにワザと言った。
「見ていればじきに分かるわ。静かにしていて」
エヴァに注意され、ワシは分かったわと言葉を返した。
おかっぱの女性は、特にじょうろを他の用途に使うわけもなく、観葉植物にかけ始めた。
この光景はよく見られる一般的な光景と同じだ。特に変わった様子もない。
ただの水やりじゃな。
大体は読めたが。
魔法とは違い、詠唱もないので、女性は次々に水をかけていく。
さっきの緊張していた表情とは異なり、今の表情には心のゆとりが現れている。彼女の中では、あのさっきの水流が終わった時点で山場は超えたのだ。
水をかけ終わり、おかっぱの少女はまた戻っていった。
「どうやら終わったようじゃのう」
ワシは、エヴァに話しかける。
エヴァはというと、未だに難しい顔をしている。周囲で最後まで見ていた人はほんの数人で、やはり途中で帰った人がたくさんいた。
「トーブ。今の彼女中々凄いわよ」
エヴァから予想外の返答が返って来て、ワシは少し驚いた。
「何がじゃ?」
ワシは敢えて聞いてみた。
このエヴァを試すように聞くのが、最近中々面白い。
「うん。まず女性がしていたことは分かる?」
エヴァが質問をしてきたので、
「うむ、観葉植物に水をあげたのじゃ」
ワシは答える。
「ううん。もっと詳細を細かくまで言わないとダメよ。それだと誰が見ても答えられるもの」
エヴァが、全然ダメダメな回答ねといった体で答える。
「ううむ、そうじゃな。ならまず初め、彼女は観葉植物に魔法である水流で水を与えていた。そして、次に彼女は戻り、じょうろを持ってきて、今度は普通の水をまだ水をかけていない観葉植物に与えた。これでどうじゃ」
ワシは、今の目の前で起きたことを事細かく、詳細を伝えた。
「うん、それであってる。つまり重要なところは魔力を使い、人工的に作った水を与えたのか、自然にある元からの水を観葉植物に与えたのか。つまりそういうことね」
エヴァがさらに簡潔にまとめる。
うむ、そうだとは思うが。
「ふっ、それで五十点くらいかな。そちらのお嬢さんの中では」
突然、後ろで声がして、振り向くと、白衣を着た高齢の白髪交じりの老人がいた。
「そうね、トーブ。貴方の答えは五十点よ」
エヴァが老人の言葉に乗っかる。エヴァは老人が来たことに気が付いていたようじゃ。
なんじゃと、あと他に何かあるというのか。
「人工的に作られた水と自然の水。植物に使用した場合、与える異なる水により、成長に大差や変化はないかという実験かと思いました」
ワシは、老人が会話に入ってきたので、口調を丁寧口調に戻して言った。
「うむ。君の言う通り、それもある。じゃけどな、それ以上に大きな問題があった。ここにたむろしていたほとんどの者が見逃していた点がのぅ。気が付いていたのは、そこのいる真っ赤な髪をしたお嬢ちゃんと今ここに残っている少数の者達だけ。優秀だよ、お前さんたちは」
そういうと老人は不気味に、歯を見せながら笑い始めた。
なんじゃ、この老人は。
突然出てきて急に何か言い始めたら、今度は笑い始めた。
白衣を着ているということは、ここの魔法堂研究所の関係者だとは思うが。
「さて、結論にいくとするか。魔法を使用するにあたっての手順を理解していれば簡単に分かることじゃ。ほれ、坊主。魔法を使用するに当たっての手順を口に出して、答えてみよ」
ワシは、突然振られ、少し内心どきりとしたが、すぐに平静を取り戻し、
「まずは何の魔法を使用するか選択。そしてその魔法に必要な詠唱を行う。身体に中に流れる魔気を魔力に変換、その魔力を自分の杖で、さらに……あぁ、そうか。なるほど。そういうことか」
ワシは、ここでようやく納得した。
エヴァが、ワシに五十点しかつけなかった理由が。
エヴァもこくりこくりとうなずいている。
「杖なしでの魔法発動というわけですか。なるほど」
ここでようやくすっきりした。
なるほど、いつも常に使用しているから、それを使用しているということが当たり前となってしまっていたわ。
魔法を使用する。
それで杖を利用するということを、自分の中で勝手に思い込みで、成り立っていたのだ。
「気が付いたようじゃな。そう、そういうことだ。いつも使っている。だから今度使うのも当たり前。そんな思い込みがあった」
うんうんと老人はうなずいている。
「エヴァは気が付いておったのか?」
ワシは、エヴァに聞いてみた。
「うん、少し前の私だと絶対気が付かなかったけど、今の私なら気が付くことが出来た。何故なら……」
そういい、エヴァはセスルートから貰った杖を、静かに見た。
そうか、そうじゃな。
応えてほしくても、応えてくれない。
今のエヴァにとっては、忘れたくても忘れられないな。
「ううん、何でもない。最近、注意深く行動することを意識がけているから、気が付いたんだと思う」
エヴァが答える。
「ふむ、お嬢ちゃん。お前さんはいい魔導士になるぞ。いやいい魔法研究士にもなれるやもしれん。このワシが言うんじゃ間違いない。ほっほっほ」
老人がにこやかに笑った。
少々とっつきにくそうじゃが、悪い人間ではなさそうじゃ。
「ありがとうございます。ええと……」
エヴァが、感謝の意を述べ、老人の名前を伺おうとした。その時に、
「あっ、いたいた。局長、ここにいたんですか。探しましたよ。こんなところで油を売ってるなんて全く」
遠方から声がして、若い黒髪の白衣を着た青年がこちらに駆けてくる。
どうやら、ここの研究職員のようじゃ。
ん?
局長?
男性職員に言われた言葉をワシは思いだし、老人の方を見る。
老人は、その男性職員の方を一瞥してから、ワシとエヴァの方を見て、にぃと不敵に微笑んだ。
「よし、ようやく捕まえた。はい、もう今日は離しませんよ。全く勝手に何も告げずに、いなくなるんだから」
男性職員は、老人の右腕をぎっしりと掴んで離さない。そしてぐいぐいと老人の二の腕を引っ張り、連れ帰ろうとする。
「ええい、離せ離せ。いいじゃろ! 建国祭の間くらい休ませてもー」
局長と言われた老人は、嫌だ嫌だと叫びながら、連れ帰されていく。
「なんじゃ? あれは一体」
ワシはエヴァに聞くが、エヴァも知るはずもなく、
「分からないけど、あのおじいさんが只者でないことは分かったわ」
エヴァが、唖然としながら答える。
「じゃな、着眼点は確かに凄かった。言葉に妙に説得力があり、こっちは納得させられてしもうた」
ワシは、未だに遠方であーだこーだ叫んでいる老人を見て、つぶやいた。
「うん、最後まできちんと見ておくもんだね」
エヴァもワシの言葉にうなずきながら言った。
「魔道具である杖を、使用しないで魔法を使うのは難しいことなのかのぅ?」
ワシは、素朴に気になったので聞いてみた。
「うん、慣れるまでは中々難しいんじゃないかな。だって、魔気を魔力に変換するまでがいわば魔導士の仕事で、それ以降は杖が大部調整だったりはしてくれるから。その杖の普段している部分を自分だけで行うものだから、そこそこ難しいと思う。私には、今じゃ無理かな」
「なるほど、それをやってのけるあのおかっぱの女性も中々のものじゃということか」
ワシは、ただ水やりをしているだけではなかったのじゃと、改めて再認識した。
「そうよ、ここは魔法堂研究所。誰もかしこが何か持ってるんじゃないの」
エヴァもワシの言葉に同意する。
さっきの老人もそうじゃが、入口から入った早々、中々のものを体験できた。
ここに来たことはこれだけでも意味がある。
自分の見たことのない、知らないことを体験すること。
刺激を受けるわ。
この年になっても。
ワシは久々に何か新たなものを得たような気がして、嬉しくなった。
「トーブ、あっちに行ってみない。さっきから騒がしいわ」
エヴァが指さした。
ここはあくまでも、ここ魔法堂研究所の入口で、まだこれと言った催しは見ていないのだ。
「うむ、行こう。今日も忙しくなりそうじゃのう。エヴァよ」
ワシは同意し、エヴァの指さした方向に向かった。今ばかりは少し、童心に少し戻れたかのように思えてしまった。
長い木製の木の香りがする通路を進むと、そこには人だかりが出来ていた。
ワシとエヴァは詳細が知りたくて、急ぎ早足になる。
通路を歩く音が次第に高くなり、ようやくたどり着いた先に目にしたのは、
「ふむ、やはりいつの世も人の心踊らすものは、闘いか」
魔導士同士の訓練を兼ねての模擬演武だった。
片方の魔導士は炎魔法を、もう一方の魔導士は水魔法を得意としているようじゃ。
うまく水魔法で不得手を付いているようじゃが、その考えは捨てたほうがいいかもな。
ワシは長年の戦術眼により、いざ戦場になったら有利不利は参考にならないことを知っていたからだ。窮鼠猫を噛むという言葉もある。その心に出来た隙が命取りになる。
「エヴァとしては、同属性の魔道士を応援しておきたいところかのぅ?」
ワシはエヴァに聞いたが、エヴァの視線はもう、目の前で行われている模擬演武に注がれていた。
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