フォルセル建国祭16 ~いざ、魔法堂研究所へ~

 朝食が終わり、ワシとエヴァは魔法堂研究所と中央図書館に向かう支度をする。

ワシとしては、裸一貫で行ってもさして問題はないのじゃが、エヴァとしてはそうはいかないじゃろう。

淑女としてのたしなみというものかどうか、ワシにはよく分からないが、こういうときの支度には、時間がかなりかかってしまうのは昔からじゃ。

かといって凄まじい量の何かをもっていくものではないから不思議なものじゃ。

ここが戦場であり、戦支度でこんなに時間を掛けていたら死んでしまうぞと言いたくなる。

それはエヴァだけでなくイーダも同様だ。

マルスは、真面目に待つのは諦めて、お気に入りの長椅子で横になりながら、ぼっーとしている。

気を抜けば、うたた寝してしまうやもしれない。

ワシも諦めて、一人がけの椅子に腰掛けた。

しばらくして、イーダとエヴァが、ようやく部屋から出てきた。

ようやく終わったか。

マルスの方はすでに、我慢しきれず、うたた寝してしまっている。


「父さん、父さん」


ワシは、小声でイーダに気が付かれないように声がけをして、マルスの身体を揺すった。


「ん!?」


マルスは、ワシの囁きと小突きに気が付き、すぐに目を覚ました。

完全に熟睡していたようだ。

イーダの支度が終わった事に気づき、ワシが起こしたことを察すると、


「すまん、今日、何かおみやげでも買ってくる」


小声でワシにそう言い、マルスはにかっと笑った。

まぁ、ありがたいことじゃのう。


「トーブお待たせ。待たせてごめんね」


エヴァも、ようやく支度を終わらせて来た。


「支度は大丈夫?」


確認をする。


これだけ時間をかけて、支度が不十分だとたまったものじゃない。

エヴァは、ワシに言われて、鞄を開けて、中身を再度確認している。

何か色々と、鞄の中にじゃらじゃらと入っているが、ワシはそれを見て見ぬふりをする。


「うん、大丈夫」


エヴァは、鞄の中を一通り確認して、蓋を閉めてから答えてくれた。


「よし、ならばそろそろ出発するか。では父さん、母さん。魔法堂研究所と図書館に行って参ります」


ワシは、マルスとイーダに行き先を告げた。


「おじ様、おば様行って来ます」


エヴァも元気よく言い放つ。

今日は動きやすいように、軽装をしている。

まぁ、そっちのほうが移動には都合がいいわ。


「うん、いってらっしゃい。気をつけてな。あときちんと見学して、学んでくるんだぞ。

それと必ず夕方までには帰ること。以上だ」

「父さんの言うとおり、気をつけるのよ。私達も、夕方前までにはちゃんと帰ってくるからね。いってらっしゃい」


マルスに続いて、イーダが言った。

表情は、やはり少し心配しているようだ。

無理もない。


「はい、では気を付けて行ってきます」


ワシは、心配をかけまいと大丈夫という仕草をしながら、エヴァと一緒に宿を出た。

太陽の光が、空高くから照り付ける。

眩しい、今日も一日どうやらいい天気になりそうじゃわい。

片手でこう太陽の日光を遮るような仕草をしながら、ワシは思う。

雲一つない空だ。

本当にいい建国祭日和になったものだ。

まぁ、この天候もセスルートが変えてしまうかもしれんがのぅ。


「いい天気ね。今日も天気に恵まれてよかった」


エヴァもワシ同様、同じ感想を持ったようじゃ。同じく日差しを遮るような素振りをしている。


「じゃな。天候に恵まれてよかった。これだけは、どんなに準備してもどうしようもないからのぅ」


ワシは反応する。


「うん。雨だったら、ちょっとげんなり。気分も憂鬱だもんね。それでどっちから行くの?」


エヴァが、くっーと身体を伸ばしながら、ワシに聞いてきた。

どうするかのぅ。

道のりのほうは問題ないが、行く順番ばかりは、ワシだけが決めるわけにはいかん。


「エヴァはどうしたい? 今日の主役はお主じゃからのぅ。ワシは案内するよ」


ワシは、エヴァに行きたいところがどっちか促す。せっかくフォルセルに来ることが出来たエヴァにどうせなら、選択してもらいたい。


「そうねぇ。いち魔導士を志すものとしては、魔法堂研究所かな。図書館は確か、年中開いてるけど、魔法堂研究所は確か、今回の建国祭の期間や、特別な時にしか、開いてないんでしょう?」

「うむ、左様。この建国祭の期間しか開いておらぬ。いい選択じゃな」


ワシは、エヴァから帰ってきた選択が、適格だったので嬉しく思った。


「あったり前でしょ。私だって、馬鹿じゃないのよ。時間は有効に使わないと」


エヴァが、えっへんと胸を張りながら言った。

時間は有効か、確かにな。

まるで自分に対して言われているかのような錯覚を受ける。

痛い言葉じゃ。


「よし、ではまずフォルティモの木の前まで行こうかのぅ。まずはそこからじゃ。ワシもある程度は、魔法堂研究所の行き先は分かっているが詳しい細部までの行き方までは、ほんの少し自信がないからのぅ。フォルティモの木のところで、詳しいところは、深緑騎士団の人に聞くことにする」


ワシはそう言い、フォルティモの木に向かって、ゆっくりと足を動かした。


「うん、分かった。じゃあ、いざ、しゅっぱーつ!」


エヴァもワシ同様、一歩また一歩と歩み始める。


「それにしても、本当に空に雲ひとつないのぅ。まるでこの空から、雲だけが除外されたようじゃ。まさかセスルートさんの仕業ではないか?」


ワシは、エヴァに話を振る。

昨日のあの大魔法を見た後だ。

この天気も、もしやと考えてしまう。

そんな気持ちにさせてしまうのがセスルートという男じゃ。


「流石にそれはないと思うけど……言い切れないのがセスルート様の不思議なところ。まさか、今日の天気も……」


エヴァは少しにやけながら、つぶやく。

おいおい、洒落にならんのぅ。

まさかとは思いたいが、セスルートの場合なら、やりきれんからのぅ。

全く、この都市にいる人々、全員にセスルートは大きな魔法をかけたようだ。

それにワシもエヴァも該当する。

少なからず、セスルートの影響力をうけているというわけか。


「まさかじゃろうて。流石のセスルートさんもそこまではせんじゃろう」


ワシは、自信なく答えた。


「うん、私もそう思うけど、なんかこう絶対してないと言い切れないところがあるの。その度にセスルート様の影が頭の中に散らつくの」


エヴァが、ふふっと笑みを作りながら、説明している。


「言いたいことは、何となくじゃが分かるぞ、エヴァ。分かる。言葉で中々いい言葉や説明がしづらいが、言ってみるならばセスルートさんならあり得る。こんな感じかのぅ?」


ワシも中々表現するうまい言葉が見つからず、濁しながら言った。


「うん。本当にそう。そんな感じ。セスルート様ならあり得る、か。トーブにしてはいい言葉を使うじゃない」


ワシにしてはか。

普段から、ワシはどう思われておるのやら。

ワシは心の中で苦笑しながら、うんうんと相槌をする。

閑静な宿が固まっている居住区域が終わり、フォルティモの木に近づいてくる。

ここに来るのは今回エヴァは二度目。ワシはここにきて三度目になる。


「相変わらず、人が多いわね。昨日より多いんじゃない」


エヴァが、フォルティモの木の前に集まる人混みを見て言った。

ワシ達二人の目に映っているのは、昨日のそれと比べて、それ以上のここフォルセル建国祭に訪れている来訪者の数だった。

人間族に、耳に特徴があるエルフ族。

ワシ達と同様のリリス族。

鍛冶業を生業としているドワーフ族、漁業を生業としているスパン族まで来ている。

まさに、十人十色。

色々な人々が、ここフォルセル建国祭に訪れておる。


「うむ。それにここフォルティモの木はいい名物場所になっている。誰が見ても、この木だけは、脳裏に刻まれるからのぅ」


フォルティモの木が、ここに来る人々を暖かく包み込むかのように、今日もここにそびえ立っている。

その木が、ワシに言いかけたことは気にはなるが、まだワシはその答えにはたどり着いておらん。


「私もここに来ると、何だか心がすっーと、透明というか、浄化されていくかのような気になるのよね」


エヴァがしみじみと言う。


「自分の心にある汚い部分が、全てフォルティモの木に見透かされておるのじゃ。フォルティモの木には、全てお見通しというわけじゃ」


ワシもうなずく。


「えっ!? てことは私が何を考えたりとか、思ってたりするとそれも分かってしまうってこと?」


エヴァが、驚いたような表情でワシに聞いてくる。


「まぁ、おそらくそんな感じじゃろうて。エヴァの気持ちなぞ、すぐに木には分かられておると思うぞ。まぁ、エヴァに限らず、ワシやここにいる人々。マリィさんやセスルートさんだって同じことが言えると思う」


ワシは、実際そうだと思い、エヴァに説明する。


「セスルート様も? それだったら私なんかが隠しても、すぐに何を考えているのかばれてしまうわね」


エヴァが、腕を組み、うんうんと自分で納得している素振りをしている。

自分なりに理解、納得しているということか。

まぁ、それでいいと思う。

ワシが、生まれ変わったことまで、この木は知っておったからのぅ。

そんな木には、人間の感情なぞ、手に取るようにフォルティモの木には分かるじゃろうて。


「よし、では深緑騎士団の詰所に向かう。人が多いからはぐれるなよ、ほれ、行くぞエヴァ」


ワシはそう言い、何気なく左手をエヴァに差し出した。

エヴァは、ワシの手を握り返そうと思ったが、途中で一度その動作を止め、考える素振りをした。

そして、また自分の手を差し出し、ワシの手を握り返してきた。

何故、一度差し出してきた手を緩めたか、謎じゃが、ワシはエヴァの小さな手を離さないように、がっしりと握りしめた。


「ワシはこの手を離さぬ故、エヴァも離さないように心掛けてくれよ。それじゃ行くぞ」


人混みの中にワシ達は入っていく。

身長が低いため、多種族の足の動く動作に細心の注意をしながら、深緑騎士団の詰所に向かう。

エヴァもワシの手を、握りしめる力を緩ませていない。

何とか人混みの間をすり抜け、ようやく深緑騎士団の詰所が見えた。何度か、身体が接触したところがあったが仕方ない。

あと少し。



「詰所が見えた。あと少しじゃぞ。あと少しじゃぞ、エヴァ」


ワシはエヴァに声をかけた。


「う、うん。あと少しがんばろう」


少し、人混みの中を潜り抜けたせいもあり、エヴァの息が上がっている。

最後の人混みの波を、ワシは掻き分け、何とか深緑騎士団の詰所の前に辿り着いた。

詰所の前は、流石に詰所の前だということもあり、人だかりはない。

詰所の間に、鋼鉄に身を包んだ屈強な騎士が二人立っているのも、あまり人が寄り付かない理由の一つなのかもしれない。


「すみません」


ワシは、一人の騎士に声をかけた。


「ん? なんだい?」


騎士がワシに気が付き、反応を返してくれた。

兜で顔が隠れているため、あまりは分からないが、マンダリンと一緒に来た時とは、別の騎士の方なのでほっとした。


「ええと、魔法堂研究所まではどう行ったら一番近いでしょうか?」


ワシは、目的地の名前を告げる。


「魔法堂研究所か。東の蛟竜の門は分かるかい?」


騎士は東にそびえ立つ巨大門の名前を言った。


「はい、わかります」


ワシはうなずく。


「よし、蛟竜の門を目指しながら、進むとすぐに分かるよ。如何にもって感じの施設がある。すぐに分かるよ。それに今は建国祭期間だから、人だかりも出来ているはずだから、見間違えるってことはないと思う」


騎士が、おおざっぱに教えてくれた。

まぁ、大体の位置は分かるから、別にいいんじゃがのぅ。


「ご親切にどうもありがとうございました。では蛟竜の門のほうに向かいながら、探してみることにします」


ワシはぺこりと礼を騎士にした。

エヴァもワシに習い、礼をする。


「いいよいいよ、これが仕事だからさ」


騎士は、案内したことに対して満足したのか、気持ちよさそうに答える。


「では僕たちはこれで」


ワシはそう言い、詰所の前から、エヴァと立ち去ろうとしたとき、


「待て……」


もう一人の騎士に呼び止められた。

今まで一言も話さなかっただけに、ワシに緊張が走る。

まさか、この前のことが分かっているのか。

昨日の事とは、マンダリンと一緒に報告したことだ。


「はい」


ワシは、無視するのもいかんと思ったので、返事を返した。

しかし、騎士は兜ごしにワシを見て、何も語らない。

やはり、この騎士はこの前のことを知っている。

どうする?

エヴァのいる手前、ここで変に騒ぎを起こすわけにはいかない。

ワシは少し身構えつつ、この騎士の発する言葉を待つ。


「おい、お前どうした? 急に口出してきたと思ったら押し黙って」


ここで隣の騎士が,助け船を出してくれた。

押し黙っている騎士に声をかけてくれたのだ。


「……いや、すまん。なんて話そうか少し考えていたんだ。そうだな、大きい通りを進むと、人が多くて思うように進むのに時間がかかると思う。行くとしたら、大通りから一本横にずれた路地を通るといい。一本横にずれただけで意外と人も少なく、思ったより、すいすいと目的地に向かって進めると思うぞ。早く行きたいのなら、試してみる価値はある」


そういうと騎士は、また押し黙ってしまった。


「ありがとう。騎士のお兄さん。ご親切にありがとうございます」


さっきまでワシに任せっきりだったエヴァも会話に参加してきた。


「いや、どうせならと思ってな。それにせっかくの建国祭だ。できることなら行きたいところに、素早く行きたいと誰もが思うと思ってな」


説明してくれた騎士が答える。


「まさか、お前がそこまで考えているとはな。感心したよ」


もう一人の騎士が驚いている。


「ふん。期間中だけだ」


そういうとその騎士は、照れたように、詰所の奥の方に入っていった。


「あいつは恥ずかしがり屋だからな。気を悪くしないでくれ。まぁ、実際あいつの言ったことは正しいよ。路地一本ずれることで人だかりは確かになくなるからさ」

「そうですか、では一本ずらして向かってみることにします」


ワシはそう言い、頭を下げた。


「おう、何だかすまんかった。変に時間をとらせてしまって」

「いえ、貴重な情報ありがとうございました。助かりました」


エヴァが答える。


「よし、じゃあ行くとするか。エヴァ行くぞ」


ワシは、エヴァに声をかけ、魔法堂研究所に向かうことにした。


「うん」


エヴァも承諾する。


「おう、それじゃ気を付けてな。建国祭楽しんでいってくれよ」


騎士はそう言い、ワシ達が去るのを見届けている。

詰所から少し離れて、


「さて、さっきの騎士の話の通りだとすると、一本横の路地にずれるといいと言っていたのでずれるとするか」


ワシは、エヴァに聞いた。


「うん、この人混みの中を進むって考えるとそれだけ気持ちが滅入るわ。いざ、魔法堂研究所に着いても、そこで着いたことに満足しちゃいそう……」


エヴァはそう言い、ワシの後に続く。


「よし、ならあの騎士の言う通り行くか」


ワシはそう言い、大通りから一本道をずらした。

ずらしてみると、本当に人が少ない。

にわかにとは思うが、想像以上にこれは快適そうだ。


「んじゃ、行くとするか。エヴァ行こう」


は、エヴァに魔法堂研究所に向かうように促した。


「うん、行こう行こう」


ワシとエヴァは足取り軽く、魔法堂研究時へと向かった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る