フォルセル建国祭15 ~宿にて2~
夕食が終わり、それぞれが明日の一日の行動を把握して、そのまま解散となった。
自室に戻り、ワシは勢いよく、寝床に飛び込んだ。
飛び込むと、優しく包み込むように寝床は、ワシを迎えてくれた。
この柔らかさと居心地は格別じゃな。
そう思い、ワシは仰向けになった。
視線の先には、天井が見える。
それもしっかりとした木目が浮き彫りになっている。
一本作りの醍醐味の一つでもある。
この自然な感じが、一定層には好まれているのだ。
かくいうワシもその一定層に含まれているのじゃが。
「ふう」
ため息が息だけでなく、言葉まで出ていた。
今日あった一日の出来事が頭の中を回っている。
何にしてもセスルートの挨拶に行きついてしまう。
天候を操る魔法。
恐ろしい魔法じゃ。
戦局を一瞬で変えてしまう位の強力な魔法。
奴はどうやってあの魔法を……。
いや、それよりもあの魔法の使用できる回数、使用条件等の詳細が知りたい。
あれだけの大魔法じゃ。
必ず何かしら使用制限があるはずじゃ。
「!?」
扉を叩く音が、聞こえた。
誰じゃろう。
「はい、どうぞ」
ワシは特に鍵もかけていないので、来訪者を中に招き入れる。
扉を開けると、いつでも寝れる格好に着替えたエヴァが入ってきた。
「あっ、まだ起きてた。よかったよかった」
エヴァが、ワシの隣に座る。
「一体どうしたというのじゃ。明日の大まかな予定は話した通りじゃぞ」
エヴァのほうを向き、ワシは話しかける。
「分かっているわよ。それよりどうしたの?」
エヴァが、突然聞いてきた。
どうしたのの意味が分からずに
「何がじゃ?」
とワシは聞き返した。
「とぼけないでよ、夕飯の進み、悪かったのなんて誰が見ても分かるじゃない」
エヴァが、心配そうな顔つきでこちらを見ている。
あぁ、そのことか。
ふむ、いらん心配をかけたようじゃのう。
「あぁ、それは本当にあまり腹が空いていなかったんじゃよ」
ワシはそれらしく言う。
「嘘言わないで。私は一日中、トーブと一緒にいたから分かるわ。どこかでつまみ食いなんてしてないじゃない」
エヴァが、唇を尖らせながら言った。
確かに、一緒にここまで帰ってきたから、どこかで買い食いをしたら、エヴァにはばれているだろう。
「すまん、エヴァ。ワシはお腹がいっぱいではなくて、焼き芋を昨日食べたばかりで、あまり好んで食べたいとは感じなかったのじゃ」
ワシは昨夜、マンダリンと会ったことを話し、その場で焼き芋を食べたことを告げた。
もちろん、倉庫群のほうの話は伏せておいたが。
「そうだったんだ。なんだぁ……変に心配して損しちゃったな。今度からはそういうことはしないできちんと話してよね。私にはすぐに嘘や隠し事はばれるんだからさ」
エヴァがワシを覗きこむように身を乗り出し、言った。
「わかった。変に隠してすまなんだ。これからは心配かけないようにすぐに話すわ」
ワシは、エヴァにいらん心配をかけてしまったことを詫びた。
「お願いね。まぁ、体調が悪いとかでなくて、よかった。何だか私、毎年この時期で体調崩してるから、変に気になってしまって」
エヴァは、ほっとした顔つきで、言った。
そうじゃったな、そんな経緯もあったから、ワシは慎重にならなくてはならなかった。
「まぁ、あとやっぱりトーブは、そのしゃべり方がいいわ。さっきまでは何だか話し方が別人みたいだもん」
くすりと笑い、エヴァが指摘する。
「仕方がなかろう。この口調で父さんと母さんと話せば、変に思われるからのぅ。この話し方はエヴァやマンダリンと一緒にいるときだけじゃ」
ワシは、答える。
「まぁ、そうよね」
エヴァがうなずく。
「逆を言えば、エヴァもワシの父さんや母さんと話しているときは、普段と別人じゃぞ。違和感を感じる」
エヴァに言われたので、ワシは言い返す。
「そりゃそうよ。私だって色々と考えているんだから」
エヴァなりに色々と考えて、言葉を選んでいるようじゃ。
「まぁ、お互い気を使っているということじゃな」
ワシがふっと笑うと、エヴァもつられたように笑い始めた。
「さてと、私はそろそろ自室に戻るわ。明日に備えたいしね。明日は魔法堂研究所と図書館まで道順と案内お願いね。私、全然分からないからさ」
エヴァがしれっという。
「仕方がないのぅ。今回だけじゃぞ」
仕方なく、ワシは承諾する。
大体の行き先は、フォルティモの木を中心にして考えると覚えやすいはずじゃ。
少なくてもワシは、フォルティモの木を中心、または目印にして行きたい場所に移動をしている。
「はーい、これで明日は何も心配なく、楽しめそうだわ」
エヴァはそう言い、ワシの部屋から足早に出て行った。
扉が閉まるのを確認して、ワシはまた寝床に寝っ転がる。このままいくとここで寝てしまいそうじゃな。
ワシは、微かな眠気の到来を迎えた。
セスルートのこと、マンダリンと一緒に見たあの血みどろの光景。まだ色々と考えることがあったが、迫りくる眠気が次第に強くなり、やがて誘いに負けて、その眠気に身を委ねるのであった。
次の日、ワシはゆっくりと目を覚ました。
前日の睡眠不足もあり、気持ちよく眠れたようじゃ。
身体を動かし、身体の目覚めを早める。
意識は目覚めても、身体の目覚めはすぐにはいかないからじゃ。
手や足を回したりして、身体のつま先まで、
即座に動けるようにする。
「よし、今日も問題なしじゃ」
身体のほぐしが終わったので、精神統一に移る。
毎朝の基本的な流れだ。
いつもはこの辺りで、エヴァが訪問してきたりするのだが、今日はいつもより時間帯が早いということで、エヴァが来るようなことはなかった。
ということから、気兼ねなく気を練ることが出来る。
建国祭という大きな行事の中、何もないとは言い切れない。
フォルセル深緑騎士団に任せることの出来ることは任せられるが、限界もあるはずだ。
ルースの手腕にもよるが、圧倒的な力の差の前では、数など問題ではないからじゃ。
集の強さもある程度までは、強いが、そもそも強いものは群れたりしなくても、個として強いのだ。
「ふむ、今日はこれくらいにしておくかのぅ」
閉じていた瞳をうっすらと開け、ワシは立ち上がった。
あとは皆が、起きてくるのを待つだけじゃな。
ワシは自室から出て、居間まで向かう。昨日マルスが腰かけていた長椅子に向かい、深々と腰かけた。
座り心地が抜群にいい。
マルスが、あまり動きたがらないはずじゃ。
シルトにある長椅子と比べると、雲泥の差である。
ここに座っているとあっという間に眠りに落ちそうじゃ。
ワシは脳裏に地図を広げた。
ここフォルセルの都市内の大まかな地図。
フォルティモの木を中心として、東西南北に広がる四つの門。あとは昨日の演説広場、王宮、自分の宿とどんどん情報を地図に埋めていく。
今日行くべき目標地点である魔法堂研究所と図書館の場所は……。
「図書館の場所は、フォルティモの木からそう離れた場所ではなかったはずじゃ」
ワシは、昔の訪れた時の記憶を思い出す。
フォルティモの木から王宮側に向かうと、すぐに見つかったはずじゃ。
古びた大きな建物が、あったはずだ。
図書館のほうは問題ないと、残るは魔法堂研究所か。
確か、東門の方にそういった研究施設があったような気がするが、いまいち自信がない。
うーむ、これはフォルティモの木の目の緊急の詰所のところで、道順を聞いた方が確実じゃな。
変に間違えていくより、素直に聞いて行った方が時間も無駄にしないで済むしのぅ。
よし、この手筈でいくか。
脳内で変換していた地図の更新が新しくされた辺りでマルスとイーダが起きてきた。
「おはよう、おぉ、早いなトーブ」
マルスが、長椅子に座っているワシに向かって挨拶をしてきた。
「父さん、おはようございます。よく眠れましたか?」
ワシは長椅子からすぐ退散し、木製の一人用の椅子に移動した。
「よく眠れたはずだ。寝床に横になったら、いつの間にか朝になっていたよ。ははっ」
マルスが笑いながら言った。
「おはようございます、母さん。母さんもよく眠れましたか?」
今度はイーダの方に身体の向きを直して、ワシは挨拶をした。
「おはよう、私もよく眠れたわ。父さんと同じく目が覚めたら、朝だったもの。うふふ」
イーダもマルスのように笑い、二人ともお互い顔を見合わせて笑った。
朝から仲がよろしくて何よりじゃのう。
ワシは微笑ましさを感じながら、二人を見ている。
「あれ? エヴァちゃんは?」
マルスが、ワシに聞いてくる。
そろそろ、いつもは起きてくるころだとは思うが。
「まだ起きてきていません。少し様子を見てきますね」
ワシは立ち上がり、エヴァの部屋に向かった。
部屋の扉を叩こうとすると、何か中から聞こえてきた。
ワシは扉に耳をあてがい、中の音を拾おうとする。
「はぁはぁはぁ……どうして、何も反応しないの?」
エヴァの声が聞こえる。
どうやら中で何かをしているようじゃ。
もっと耳に神経を集中させていると、
「ダメ……全然魔力を増幅できない!?」
なるほど。
ワシはエヴァが部屋の中で、セスルートから数日前にもらった杖の練習をしていることが分かった。
話している内容を聞いている感じ、どうやらうまくいっていないように感じられる。
ふむ、どうしたものかのぅ。
ワシは、部屋の扉を叩くかどうか迷ったが、いつまでも待つわけにはいかないので、意を決して叩いた。
少しの間をあけてから、声をかける。
「エヴァよ、おはよう。寝ているところ悪いが、そろそろ起きないか? 父さんも母さんも起きて来たからのぅ。どうじゃ?」
ワシは、わざとゆっくりと言い放つ。
すると中で少し、がさつくような音が聞こえ、
少ししてから
「トーブ、おはよう。私はもう起きてるから入ってもいいわよ」
エヴァから、返事が返ってくる。
「あい、わかった。では入るぞ」
ワシはそう言い、部屋の扉を開けた。
扉を開けると、中に寝床の上にちょこんと座っているエヴァがいた。
わずかに息が乱れているが、それを無理やり押さえつけたようじゃ。
「トーブ、おはよう。ごめん、わざわざ起こしにきてくれて」
エヴァが、申し訳なさそうに言った。
セスルートから貰った杖は、がっしりと右手に握られている。
「いやいいんじゃ。まだこんな時間じゃしな」
大体のいつも起きる時間とほぼ差はない。
「それより、そのセスルートさんから貰った杖を握りしめて、寝たのか?」
ワシは、握りしめた杖を指さしながら聞いた。
「あぁ、うん。そう、私にとってこれはとても大切なものだから」
エヴァはそう言い、杖をさらにぎゅっと握りしめた。
セスルートから貰った杖という嬉しさもあるが、反面それが重圧にもなっている。
また、その杖を使いこなせていない自分にも歯がゆさを感じているだろう。
悪い方向に転がらなきゃいいんだがのぅ。
ある意味これもセスルートが与える影響力の一部なのかもしれないな。
「じゃな。今のエヴァにとってはとても大切なものじゃな。じゃが寝るときくらいは手放さないとよく眠れんぞ」
ワシは、あまり杖に固執してほしくないことから、遠回しで注意を呼びかける。
「うん、そうね。今度からは注意するわね。もうもしかしてご飯の用意できてるとか?」
エヴァが聞いてくる。
「いやまだじゃが。そろそろのはずじゃ。じゃから起こしにきたんじゃ」
「そっか、ごめん。準備してすぐに向かうわ。おじ様とおば様にもうすぐ行くって伝えて。あとお待たせしてごめんなさいって」
エヴァはそう言い、準備をし始めた。
「分かった。伝えておく」
ワシはそう言い、エヴァの部屋から出て行く。
「起きてたか?」
マルスが、ワシにエヴァが起きていたか、確認するように聞いてきた。
「はい、起きていました。間もなく来るそうだそうです」
ワシは起きていたことを伝える。
「あと、父さんと母さんに遅くなってごめんなさいと伝えてくれと頼まれました」
ワシは、エヴァから言われた通りのことをそのまま伝えた。
「別にいいのに。いつもならみんな寝ている時間よ。私たちが少し早く起きたばっかりに」
イーダが出来上がった朝食を運んで来て、木製の机の上に置いた。
中身は野菜たっぷりの汁物のようじゃ。
「うん、そうだな。少しいつもより早かった分、母さんや、エヴァちゃんのは大盛りにしてやってくれ」
マルスがそういうと、
「あなた。エヴァちゃんが小食だったらどうするの? こういう時はいつも通りがいいの。いつも通りの挨拶に朝食でいいのよ」
イーダが異を唱えて、いつも通りがいいことを伝える。
ワシもそう思う。
へんな気遣いは逆に相手を困らせるからのぅ。
それから少ししてからエヴァがとことこと歩いてやってきた。
流石にセスルートの杖は持ってきていない。
「おはようございます」
エヴァがワシ達全員に挨拶をしてくる。
「おはよう」
「おはよう、エヴァちゃん」
「おはよう、エヴァ」
マルス、イーダ、ワシの順番で挨拶をし返す。
「寝坊してしまい、遅くなってすみません。ごめんんさい」
エヴァがこちらの様子を伺いながら、謝ってきた。
「ん? エヴァちゃんは別に何も悪いことはしておらんぞ。きちんと朝食の時間に間に合っているしな。なぁ、そうだろ母さん」
マルスがイーダに聞く。
「うんうん。別に謝ることはないのよ。さぁさ、食べて食べて。私の野菜たっぷりの汁物を」
蓋を開けると、今まで逃げ場を失っていた湯気が一斉に、この部屋の中に逃げ出した。
「おお! こいつはうまそうだ!」
マルスが歓喜の声を上げた。
「美味しそう……」
エヴァがその鍋と湯気の光景を見て、つぶやく。
「エヴァ、美味しそうじゃなくて美味しいんだよ」
ワシがそっと、エヴァに一声かける。
「うん、おば様の作ってくれた料理だもんね。美味しいに決まってるわね」
エヴァはそう言い、微笑んだ。
ようやくエヴァが笑ってくれて、ワシはほっとする。
「よし、母さんや。早速、皆によそってやってくれ。俺は大盛りで頼む」
マルスがイーダに促す。
「はいはい、分かったわよ。そんなに焦らないで」
イーダが笑いながら、器に盛り付けを開始した。
マルスの自己申告通り、マルスには大量に汁が盛られた。今にも溢れんばかりだ。
「トーブはどうする?」
イーダが聞いてくる。
ワシは昨日、焼き芋のこともあり、お腹が減っていたので
「母さん、私も大盛りでお願いします」
するとイーダがマルスに負けないくらいの量の汁をよそってくれた。
むう、凄い量じゃのぅ。
「エヴァちゃんは? どうする?」
イーダは最後に聞いた。
「ふ……私も大盛りでーー!」
エヴァが、意を決して大盛りを宣言した。
ワシとイーダに流されたのかもしれないがそれもいい。
「うわああ……」
盛られた器を見て、エヴァが驚いている。
それだけの量じゃ。
ワシも正直全部平らげることができるか自信がない。
最後にイーダが自分の分をよそい、いよいよ食べる時が来た。
「それでは、いただきます」
マルスがそう言い、手を合わせると、皆が続けて同じ言葉を吐いた。
いただきます。
本当にいい言葉じゃ。
皆がこの熱さ、量に関係なく、がつがつと野菜汁に食らいついている。四人、人間がいるというのに皆が無言だ。
そのため、朝食の時間がいつもの半分の時間で終わってしまった。
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