フォルセル建国祭14 ~宿にて1~

 エヴァの一番、楽しみにしていた行事が、終わってしまった。

これから、数日間ここに滞在することから、ある程度したいことであったり、見たいものだったりを決めておかないと、この規模の大きさの祭りだと、十分に堪能、網羅することは難しい。

ワシの目の前の少女は、考え込んでいる。

うんうんといいながら、両手を組むようにしながら、唸っている。

まぁ、ここに来て、一番見たかったものを見たので、エヴァとしては一番したかったことは終わったのだから、仕方ないと言えばそうだが。


「無理に決めなくてもよいぞ。当初のエヴァのここに来る目的は果たしたのじゃから。今日はこれでよしとして、宿に帰宅して、明日からどうするか考えるという手もある」


ワシは、考え込んで、言葉に詰まったエヴァに対して、一つの案を提示する。


「うん。それもいいかもしれないわね。何も考えなくして、闇雲に回るのももったいないし。それに、今は私は、セスルート様の挨拶の余韻に浸りたいの」


すると、考えこんで、難しい表情をしていたエヴァの表情が緩んだ。


「あいつの挨拶が、見たいがために来たんだね。あいつもそれを聞いたら、喜ぶと思うよ。

そうさね、魔法に長けているあなた達、リリス族なら魔法堂研究所や中央図書館で魔法について、調べたりするのもいいかもね」


マリィが、見学する場所の候補の例を挙げてくれた。


確かに、魔法の扱いに長けているリリス族なら一度は行ってもよいかなと思う場所だ。


「魔法堂研究所と中央図書館か。トーブ、明日行くべき場所は決まったわね」


エヴァが、うなずきながら話しかけてくる。


「じゃな。いい選択肢をありがとう。マリィさん」


ワシは感謝の意を込めて、マリィに礼をした。魔法堂研究所は、ルースと会話していたときに、出てきた場所だ。

少し気になることもあるので、行っておいても、悪いことはないじゃろう。


「いえいえ、このフォルセル建国祭にせっかく来てもらったのだから、どうせなら楽しんでもらわないとね」


マリィは、そう言いにこりと微笑んだ。


「なら今日のところは、おとなしく帰るとしようかのぅ。エヴァ、よいな?」


ワシは、エヴァに宿に帰るように、促す。


「うん、今日は早く、休んで明日に備えるわ」


エヴァが、ワシの言葉に同意し、席から立ち上がった。

他のここに来ていた人々も、会場からぞろぞろと動物の群れが、大移動するかのように、移動していく。

開催式が終わったのだ。

さっきまでにぎやかだった会場も、次第に静けさを取り戻してくる。


「では、マリィさん。ワシ達はこれで。セスルートさんに会ったら、挨拶見事でしたとお伝えください」

「私からも、セスルート様大変凄い魔法を見させていただき、ありがとうございました。昨日、いただいた杖もすぐに扱えるように、練習するので待っていてくださいとお伝え下さい」


エヴァが、セスルートからもらった杖を、握りしめながら言った。

今のエヴァにとって大切なものの一つであるのは間違いない。


「うん、分かった。伝えておくわ」


マリィは了承してくれた。


「よし、なら帰るか。エヴァよ、今日は早く休もう」


ワシとエヴァは、マリィに別れの挨拶を告げて、会場にまだいるセスルートを横目で見ながら、開催式会場を後にした。

とはいえ、すでに昼はとうに過ぎているので、帰りに昼食を食べてから、宿に帰った。


昼食を食してから、宿に帰り、開催式のこと、明日行くべき場所の魔法堂研究所、中央図書館のことをエヴァと話していると、時間は過ぎ、夕方過ぎに、マルスとイーダが帰ってきた。


「帰ったぞ」


マルスが、帰宅したことを告げる挨拶をする。


「おかえりなさい」

「おかえりなさい、おじ様」


ワシとエヴァが入口まで行き、マルスを出迎えた。


「ただいま」


続いてイーダも、帰宅してきた。


「おかえりなさい、母さん」

「おば様、おかえりなさい」


マルス同様、イーダも迎え入れる。

マルスは、すぐに備え付けの長椅子にだらんと座り、白色を基本とした正装着の襟元を緩めた。

イーダは、すぐに自室に着替えに行ったようだ。

国王の近くの席だからといって、かちっとしっかりと決めていっただけに、長時間拘束される開催式典の間、窮屈な思いをしていたであろう。

扉が開く音がして、イーダが私服に着替えて戻ってきた。両手で、マルスの私服をしっかりと持っている。


「すまんね、母さん。わざわざ持ってきてくれて。ありがとう」


マルスは、イーダにお礼を言い、優しく感謝の意を伝えて、着替えの服を受け取った。


「いいえ、どういたしまして。きっと着替えると思いまして」


イーダはそう言い、軽く微笑んだ。

仲睦まじい夫婦を絵に描いたような二人。

ワシの親ながら、感心してしまう。


「私達も、式典会場に行き、開催の挨拶を聞いていたんですが、父さんと母さんを式典の会場で探したんですが、結局最期まで、見つけられませんでした。一体どこにいらしたんですか?」


ワシは、マルスとイーダを会場で探した旨を、伝えると、


「探してくれたのか。そうか、俺も母さんも、本当に端の端に座っていたからな。トーブ、お前はどこら辺にいたんだ?」


マルスが聞いてくる。


「私とエヴァは、演説台から見て、斜め右側より、式典を見ていました。エヴァがそこから見たいと言ったので」


ワシは、後ろにいるエヴァの方を一度見てから言った。


「その席からだと、中々見えにくいから知れないな。俺と母さんはちょうど演説台を背にして、見尾斜め後ろの少し離れた席だから、距離的に一番遠い位置になる」


マルスが、腕を組みながら答える。

イーダはというと、何か台所の方で夕飯でも準備しているようだ。

エヴァは普段とは、別人のように、静かにワシとマルスの子と親の会話に耳を傾けている。

会話というと主導権を握るのはいつもエヴァのため、何だが今のこの静かなエヴァには、新鮮さを覚えてしまう。


「なるほど、通りで分からなかったわけです。かなり探したはずなのに、中々見つけられなかったので」


ワシは、距離的な問題で見つけられなかったことに合点が言った。


「仕方なかろう。席は初めから決まっていたから、俺たちはただ黙ってそこに座るだけだった。近くには国王様、その国王様を護衛するフォルセル深緑騎士団の方々、今回、挨拶で凄まじい魔法を披露したセスルート大魔導士と凄い方々ばかりだった。正直、ここにいるのは場違いだなと思ったぞ。なぁ、そうだろ? 母さん」


マルスが台所で作業しているイーダに同意を求めて、聞いている。


「そうですね。あんな凄い方々を間近で見れるなんて、未だに信じられません。国王様もりりしくて、素敵な方だし、セスルート大魔導士は、私がつまづいた時に、身体を支えてくださってくれて、うふふ」


イーダの顔が、その時の光景を思い出しているかのように、にんまりとしているのをワシは感じた。

セスルート、イーダまで虜にしてしまうとは……。

セスルート病発症だわ、ここにも。

ワシは軽く心の中で、ため息をついた。


「そんなことがあったのか。知らなかったぞ。次に会う機会があれば、礼を言わねばなるまい。とても親切な方だ」


マルスが、感心しながら口を開いた。


「はい、私もまた自分の口から、お礼の言葉を言いたいですわ」


イーダは、にこにことした表情を崩さず、言った。

さっきまで台所で作業をしていたのに、

今ではセスルートのことを考えているせいで、戻る気配もない。


「……セスルート様」


その時、今まで押し黙っていたエヴァが口を開いた。流石にセスルートの話題になると、我慢できなかったようだ。

突然、エヴァがセスルートの名前を口ずさんだので、マルスとイーダが、エヴァの方を不思議そうに見ている。

エヴァは、そんなマルスとイーダが、自分の方を見ていることに少ししてから気が付き、あっというような表情をしておる。

無意識で反応してしまったようじゃな。

セスルートという響きに。

エヴァにとっては、もはやとんでもない影響力を与えておるわ、やれやれ。

ワシは、そう思い


「あぁ、父さん、母さん。エヴァは、セスルート・ヴィオハデス大魔導士を心から尊敬しているんですよ。同じ魔導士を志す身として」


うまく助け船を出す。

でないとエヴァが少し不憫でならん。


「あぁ、そうだったのね。確かに魔導士を志す者としては、あの方は、最高の到達点だわ。そうでしょ? あなた」


イーダが隣にいるマルスに聞く。


「そうだな。あのように魔法を、変幻自在に操れるのであれば、魔導士でなくても、誰でも羨むものだ」


マルスもイーダの言葉に同意する。


「はい、セスルート様は、私の目標としている人なんです。私ももっと魔法を練習して、セスルート様に一歩でも近づけるようになりたい」


とエヴァ。

すっかり、ここもセスルートの話題で一色になってしまったな。


「エヴァちゃん、うちのトーブにも魔法を教えてやってくれないか? あいにくトーブが、魔法を練習しているところなんて見たことがない。いつも小難しい顔をして、瞳を閉じ、座しているだけだからな」


マルスが、少し困り顔で言った。

精神統一のことか。


「はい、任せてください。おじ様」


エヴァは、うなずく。

魔法か……出来ないわけではないが。

自分の体の中を気とは異なる、別のものが流れているのが分かる。

魔力の源、魔気だ。

魔導士はこの魔気を魔力に変換して、魔法を使用している。この魔気の絶対量の多さが、魔力の強さに比例している。

リリス族はこの魔気の量が多種族に比べて、多い傾向がある。


「そう言ってもらえると助かるわ。ありがとう、エヴァちゃん」


イーダが、マルスの代わりに礼を言った。

ワシの承諾のないところで話が進んだようだ。


「さて、明日はどうする? 母さん」


マルスが、話の話題を変えた。


「そうですね。やはり、ここフォルセルに久しぶりに来たんですもの。何かこちらでしか、買えないものを買いたいですわ」


イーダが待ちかねていたかのように、即答した。


「そうか。なら明日は、買い物にでも行くか。

トーブとエヴァちゃんはどうする? 一緒についてきてもいいが、うちのに振り回されるだけだぞ」


マルスが、イーダのほうを見て言った。

嫌そうというよりかは、嫌なの半分、イーダと一緒に入れて嬉しさ半分といったところか。

ワシは、エヴァの方を見た。

エヴァはワシを見て、こくりとうなずく。

どうやらもうすでに答えは出ているようだ。


「魔法堂研究所と図書館だな?」


ワシは、確認のためにエヴァに聞いた。

マルスとイーダが返ってくる前に、二人で色々相談し、考えて出した答えであった。


「分かった。父さん、母さん。私たちは明日、魔法堂研究所と図書館に行くことにします。魔法堂研究所は、この建国祭の時や、一定の期間だけしか一般公開されていないので、この機会しかなくて。それに身近で最先端の魔法に関わることの出来る貴重な機会でもあります。あと、図書館ではここフォルセルの詳しい歴史や成り立ち、魔法について学んでこようと思います」


ワシは、簡潔にマルスとイーダに説明した。


「ふむ、分かった。気を付けていってこいよ」


マルスが承諾してくれた。

別に断られることはないとは思うが、一応はある程度具体的な一日の流れを話さないと、心配するじゃろうしの。


「うーん、やっぱ心配。母さんも付いていこうか?」


イーダが、心配そうな表情でワシとエヴァの両方に聞いてきた。


「いえ、大丈夫です。母さんは明日、せっかくの買い物に行くことになったんだし、楽しんできてください」


ワシは、丁重にイーダの申し出を断る。

ワシもエヴァも、イーダが一緒にいると変に気を使うしのぅ。


「そう……。なんだが今日は開催式典で貴方たち二人を完全にほっぽり出してしまって。何だか悪いなぁと思ってたの」


イーダが申し訳なさそうに言った。


「ううん、そのお気持ちだけで結構よ、おば様。私とトーブにはしっかりその気持ちは伝わっているもの」


エヴァが、イーダに返答する。


「それにご迷惑をかけて、連れてきていただいたのに、これ以上、世話になるなんて出来ません」


エヴァが言い切る。


「分かった。お前、いいじゃないか。ここまでしっかり受け答えの出来る二人だ。明日は、二人で買い物に行こう。だけど約束がある」


マルスは、そう言いワシとエヴァの二人を見た。


「や、約束?」


ワシは、マルスの剣幕に圧される振りをして、聞き返す。


「そう、まずは人様にご迷惑をかけず、礼節励行を心がける。あとは暗くなる前に、必ず帰ってくることだ。いいな?」


「分かりました、父さん。日ごろ、父さんが心がけていることですね。分かりました」


ワシは元気よく、返事をする。

このマルスの礼節励行を重んじる精神は、ワシは好きだ。


「おじ様、ありがとう」


エヴァもワシに続いて言った。


「よし、じゃあ夕飯にでもするか? 帰りにいい屋台を発見して買って来たんだ」


そういうとマルスはイーダに持ってくるように、お願いした。

お願いされたイーダは、台所のほうに戻っていき、あるものを持って帰ってくる。

それは紙袋だった。

中には、何が入っているというのか。

いや、あの類の袋はどこかで?

ワシは、何とか思い出そうとするが、先にイーダが、袋の中から、よく見知ったものを取り出してきた。

それは焼き芋だった。

まさかの昨夜、マンダリンと一緒に食べた焼き芋が、また再びワシの前に出てくるとは微塵も思っていなかった。


「これ、懐かしいなぁと思って。お父さんと一緒に買っちゃった。トーブとエヴァちゃんも懐かしくない?」


イーダがそう言い、こちらの反応を伺っている。確かにうちの食卓ではあまり出てこないものじゃ。

エヴァは、あのマンダリン達と河原で食べた日以来じゃと思うが、まずいことにワシは昨日食べたばかりじゃあ。

エヴァの様子を伺う。


「わあああ、おば様ありがとう。いただきますね」


すぐにエヴァは焼き芋に食いついた。

確かに、あのとろけるような味は忘れることなぞ出来るはずもない。

さらにこの鼻に香る、甘美な匂いは虫が花に誘い込まれるかのように、ワシ達の心をわしづかみにする。

しかし、昨日食べたばかりのワシは、その虫のようにはなりきれない。

ワシ以外の三人は、ほっぺたが落ちそうな勢いで、焼き芋を食べている。


「あら? トーブどうしたの? 何も食べていないじゃないの」


ワシが、焼き芋にまだ手を付けていないことをエヴァが、不審に思ったのか、聞いてきた。


「あまりお腹が空いていなくて」


マルスとイーダも不審がると思い、ワシは何とか小さな焼き芋の切れ端に手を伸ばし、口に運ぶ。

美味い。

美味いのだが、何じゃ。

今日はこの甘美な誘惑を持て余してしまう。

素直に受け入れられずにいるわ。


「美味しい、ほっぺたが落ちそうだ」


ワシは、何とか精一杯の返答を皆に怪しまれない様に返した。

マンダリンにしてやられたわ。

友人のいかつい顔がワシの脳裏をかすめた。

今日は一体どこにいたのであろうか?

自分の親父の晴れ姿を見に来ていたんであれば問題ないが。

まさか無茶はしていないよな。

エヴァとは異なり、マンダリンは一応は冷静な一面はある。

あまり危惧はしていなかったが、少し気がかりじゃな。

もう一度、建国祭中に出会えればよいが、そう思いワシは、焼き芋を口に運んだのであった。

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