フォルセル建国祭13 ~開催式3~

バークレイにルースにセスルート。

様々な強者と、ここフォルセルで出会うことが叶った。

今のワシでは、及ばない相手もいるが、いずれ必ずはと思う。

それが、武を極めるということじゃからのぅ。


「彼が大きいのも、あのお父さんあってのことかな?」


エヴァが聞いてくる。


「分からん。少なからずは関係はしておるとは思うが」


ワシはそう言い、バークレイを見た。

確かによくよく見ると、増々大きく感じる。

まるで一本の巨大な大木のようだ。

並々ならぬ威圧感を感じる。

あの体格から発せられる威圧感だ。

計り知れないものがあるだろう。

遠方から見て、これなのだから近くから見れば、それは二倍にも三倍にも膨れ上がる。


「ふーん、納得。他のオーク族の子たちに比べても一回り大きいもの。その理由がなんとなく分かった気がする」


エヴァが、一人で納得している。

おそらくそうであるとは思うが。


「マンダリンもこの会場にいるとは思うが、まだ見つけておらん。何分、この観衆の多さじゃからのぅ」


ワシはエヴァに言ってはみたものの、エヴァは聞いているのかいないのか。

視線は演説台に戻っていた。

ワシもその視線に習い、演説台に視線を移した。

そこには間もなく、挨拶が終えるであろう他国の来賓の一人が立っていた。

予想通り、その来賓はぺこりと頭を垂れて、演説台の上から下がっていった。

一体何人の来賓の挨拶があるのであろうか。

ワシも流石に飽き飽きとしてきていた。

エヴァもワシ同様に飽きているのは、目に見えて分かる。

始めの国王の挨拶が、簡潔でよかっただけに残念な気がしてならない。


「初めの王様の挨拶はよかったのに……」


エヴァがしょぼくれながら言った。

おっ!

そんなワシ達のこの憂鬱な気持ちを変えてくれる歓声が巻き起こった。

いよいよか。

セスルートが席から立ち上がったのが見える。


「エヴァよ、ついにお主の待ち望んでいた人物の登場だぞ」


ワシは、エヴァに言った。

しかし、エヴァから返事はない。

横目で見てみると、エヴァの視線はもうすでに、セスルートのほうに注がれていたからだ。

すでに見ておったのか。

さっきまで別のところを、見ておったというのに、抜け目のない奴じゃぅ。


「もう見てるわよ! 大分前からね」


エヴァが答える。

これはセスルートの挨拶が終わるまで、静かにしておいたほうがいいな。

ワシはそう思い、セスルートの挨拶中はエヴァに話すことを辞めようと思った。

にしてもようやくセスルートか。

結構、時間が掛かるもんじゃな。

やはり長い挨拶はダメじゃ。


「はじめまして。ここに集まっていただいた皆さん、こんにちは。私は、セスルート・ヴィオハデスと申します。この度は、初めに挨拶を行われたデュインド・ラ・フォルセル国王に招待され、今ここにいます。ここでまさか話すことを、知ったのはここ最近のことですけど。

初めは断ろうと考えていたのですが、国王から何度もどうしてもというお言葉をいただき、参った次第でございます」


そこでセスルートは、一端話すのを辞めた。


「セスルート様」


エヴァの視線が、セスルートに釘つけになる。

昨日も似たような光景を、見たような気がするが、エヴァはそんなことは微塵も気が付いていないだろう。

それにしてもセスルート。

見事に演じておるわ。

いわば、大衆にむけての顔かの。

昨日のセスルートとは一見同じようで、似て非なるものじゃ。

不思議な印象を受ける。

今日は、白い法衣を着ている。

偉く小奇麗に見えるが、あれは何かの正装着だろうか。


「始まったようね」


すると聞き覚えのある声が、鼓膜を刺激した。


「マリィさん」


エヴァが、声の主に向き直り、昨日の呪具店の女店主の名前を呼んだ。

マリィは、昨日と同じ黒い法衣姿に、両手に複数の指輪、耳には三日月型の耳飾りをつけている。


「こんにちは」


マリィが、挨拶をしてきたので、ワシとエヴァも挨拶し返した。


「ちょうど、あいつの挨拶を見に来たら、二人の姿が見えてね」


マリィは、ふっと微笑んだ。

何の匂いかは詳しく分からんが、とてもいい香りが鼻をついた。


「やはり見に来たんですね」


ワシの問いかけに


「まぁ、一応顔なじみだしね。それにこんな大任はあいつが、やるのはこれが最初で最後かもしれないし」


マリィはそう言いながら、ワシの隣の席に座った。


「セスルートさんなら、引く手数多でしょうに」


ワシは、当然のように聞いた。

実力、強さ。

言葉の巧みさ。

どれをとっても、セスルートは適役だと思う。


「どうだろう。あいつは呼ばれても、今まで全部断ってたみたいだけど」


マリィから、意外な返答がくる。


「それは意外ですね。セスルートさんから断っているなんて」

「何でも自分の知らない人に、いらない影響を与えたくないらしい」


答えを思い出したかのように、マリィは答えた。

なるほど。

確かにセスルートの言うことは、一理あるな。


「色々と考えていらっしゃるみたいですね」


ワシの中で、少しセスルートの株が上がった。

あの大魔導士の一言は、人々に影響を与えるのは間違いない。

その影響がいい方向に働けばいいが、悪い方向に働く場合もある。

誰しもが、エヴァのように働いてくれればよいのじゃが。


「さぁね、それがいいかどうかは分からないけど。少なくとも影響力があるのは事実さ」


マリィの言葉を聞き、ワシは視線をセスルートに移した。

観衆からセスルート、セスルートという大きな歓声が聞こえてくる。

人気は相変わらずじゃ。

ワシの隣の少女も小さい声ながらも、壇上の上の男の名前をつぶやいている。

観衆を味方に付けるか、セスルートらしいやり口じゃな。

セスルートは、自分に浴びせられる歓声と喝采がある程度出てきたのを確認し、手を上げて答える。


「みなさん、拍手ありがとう。改めまして、フォルセル国、百三十三年目の誕生日おめでとうございます。心から御礼申し上げます。

何か話してくれればと国王様から伺っておりますが、元来口下手なため、私は行動でここにいる皆様方を、あっと驚かせてみせましょう」


セスルートはそういうと、おもむろに自分の杖を取り出した。

元来口下手は嘘じゃな。

ワシはそう思い、エリィの方に顔を向けると、エリィは、やれやれと首を左右に振りながら、手の平を見せる仕草をとった。

エヴァは、というと終始無言でセスルートを凝視している。

もうすでに、セスルートの言葉の罠にはまっていることにも気が付いていない。

まぁ、エヴァにとってはそれが一番いいことなのかもしれないが。


「先ほども申し上げましたが、私は口下手なので、これを使わせてもらいます」


それは、セスルートが愛用している魔法の杖だった。

杖を取り出し、演説台の壇上から少し前に降りた。

降りると、少し小さな円状の広場がある。


「では!」


セスルートは、一気に何かを唱え始めた。

いや、ほぼ無詠唱と考えてもいいくらいの速度じゃ。

それで一気に杖を掲げた。

すると杖の先端が、ぽわんとほんのりと光を帯び始めていく。


「むん!」


セスルートの力強い掛け声とともに、その光は、上空に凄まじい速さで飛んでいった。その上空に昇っていく速度は、かなりのもので肉眼では一瞬で空に吸い込まれるかのように、消えていった。

あの光は一体?

ワシはマリィのほうを見るが、マリィも光の飛んでいった空を眺めているだけだ。

おそらく、マリィもこれからどうなるか分からないだろう。

少しの時間が経過した。

しかし一向に、なんら変化はない。

変わったと言えば、少し日光の強さが弱まり。改正だった青空に、雲が少し出てきただけだ。

周囲の観客も何が起きたか分からず、どよめいている。

セスルートに限って、間違いということはないと思うが。

エヴァは、この状況をどう思っているんだ。

隣でいるエヴァを見ると、ずっーと空を眺めている。

空か。

気のせいか、雲がさっき見上げた頃に比べて多くなった気がする。


「!?」


そうか。

そういうことか。

空気も少しずつだが、湿り気を心なしか持ち始めてきている。


「なるほど。まさかそこまでやるとはね。悔しいけど流石だわ」


マリィも、この状況に気が付いたようだ。

ワシとも視線があった。

濡れてしまうな、このままだと。

ポツ。

地面を一滴の水滴が濡らした。

それを皮切りに、

ポツポツポツ。

大地を大粒の水滴が、濡らしていく。


「雨? そっか。セスルート様は、雨を降らしてくれるのね」


エヴァが、こっちを向いて言った。

服が濡れるのは勘弁なのじゃが、仕方がない。

これも一つの催しなのじゃから。


「みたいじゃな。それにしても天候すら操ることが出来るとはのぅ」


ワシは、このことはとても恐ろしいことじゃと感じた。戦場の天候を選ばずして、戦地で戦えるということじゃ。

これだと、その天候を利用した戦い方のために作られた作戦が、意味を全くなくすことになる。

恐ろしい男よ。

末恐ろしい男よ、お主は。

雨が空から勢いよく、降り注いでくる。

周囲ではこの現象を、セスルートがやったことであることにも気がつかず、ただの天候の変化と認識している者さえいるはずだ。

気が付いているのは、魔法の心得がある者達。

周囲を注意深く見て、変化の違いに長けている者、あとはワシのように武に通じていて、勘が鋭い者だけじゃ。

それ以外の一般人は、突然の雨としか認識していない。

一般席はこうだが、国王がいる来賓席の周りは何か不思議な力が働いているかのように、雨が、そこには降ってはいない。

セスルートがうまく調整して、そこだけ降らないようにしているのか分からないが。


「会場に来訪中の皆さま、突然の雨、驚かせてしまって申し訳ありません。この天候の変化は、私が行ったことです」


セスルートが、悪びれながら言った。

観衆は、そのセスルートの言葉に驚いている者、感心しているもの、知ってるよと返答している者に分かれた。


「さて、では自分で天候を雨に変えてしまったのですが、やはりこのめでたい建国祭の日に雨は嫌ですから、今からこのどす黒い雨雲を、綺麗さっぱり無くしてご覧に入れましょう」


そういうとセスルートは、杖をまた構え始めた。ここからだと、流石に杖の事細かな形状は見えないが、一部宝玉がはまっているかのように見える。


「それ!」


そんなことを考えているうちに、セスルートが上空に杖を掲げた。

さっきとは、また異なった球状の青い球が上空に打ち上げられた。

ゆっくりとその球は空に上り、雨雲の中に吸い込まれていく。

しかし、待てども空に変化はなく、雨が小降りで降り注いでいる。


「変化なし? しくじったかな、あいつ」


マリィから、地味にセスルートの事を案じている感情が感じられる。

しくじる?

セスルートに限って、そんなことなどあるはずなかろうて。

ワシは、若干の心配をよそに、魔法の球が上がっていった雨雲を凝視している。

エヴァも同様だ。

多くの観衆が固唾を飲んで、今のこの状況を見守っている。

確実な答えが分かっているのは、この行為を行った張本人であるセスルートだけだ。

そのセスルートは、仕事はやりぬいたといった体で、同じく上空の雨雲を見ているだけだ。


「セスルート様」


エヴァが、胸の前で手を合わせた。

やれやれ。

こんな純粋な娘にも、心配をかけさせるとは、セスルートも罪な男じゃ。

ワシは、そんなことを思いながら視線を雨雲に戻す。

ここでようやく、変化が訪れた。

激しい雷鳴のような音が、まず会場に鳴り響いた。

爆発音のような雷音。

それから、雨雲に変化が訪れた。

雲が、どんどんとしぼんでいくかのように小さくなっていく。

何かによって、吸い込まれるかのように。

凄い勢いで、雲は吸い込まれていく。

フォルセル一帯を覆っていた雲は、セスルートが作り出した魔法によって、どんどん無くなっていく。

あれよあれよと吸い込まれていった結果、上空に蔓延っていた雲は、まるで始めからそこになかったかのように、綺麗さっぱり姿を消した。

湿り気を帯びていた空気もさっきに比べて、次第に乾燥してきている。

雲一つない上空からは、日光が優しく照り付ける。

しかし、地べたにはさっきの雨が、降ったであろう痕跡がしっかりと残されている。

この大広場の所々にある水たまりがそれだ。

ついさっきまで、雨が降っていたのは周知の事実だ。

ワシは、セスルートを見る。

演説台の前でセスルートはいた。


「ほっ、なんとかうまくできました。自信がなかったのでうまくいって、今はほっと胸を撫で下ろしている次第でございます」


わざとらしくセスルートは、控えめに言った。


「あの顔は嘘ね。いつものしてやったりって顔と同じ顔してるわ」


マリィが言った。

ワシもマリィ同様、そのように思えてくる。

あの自信家のセスルートが、そんなことをいうはずはないだろう。

全ては、観衆を盛り上げるセスルートなりの催しの一部だ。

変にだらだらとおめでた挨拶をするくらいより、大部よかったが。


「では、皆さま。私の稚拙な催しに付き合っていただき、大変ありがとうございました。

私の挨拶は、これを持って最後とさせていただきます。皆さま、フォルセル建国祭、存分に楽しんでいってください。私も開催中は、都市のどこかでいると思うので、見かけたら、よければ声をかけてやってください。では、セスルート・ヴィオハデスでした。以上」


そう言い、セスルートは演説台から一歩また一歩と離れていった。

行きとは違い、帰りは自分のやるべき大任が終わったからの安堵感なのか、足取りが軽そうに見える。

周囲からは、大喝采と多くの拍手が起こっている。それだけ、セスルートの行ったことは、すごかったのだ。


「流石はセスルート様、ありがとう」


エヴァは、無意識に口でそうつぶやいている。

セスルート熱、いやセスルート病だな。

とはいえ、流石セスルートだ。

一見やったことは、戦争とは関係なさそうに見えるが、この天候を変える魔法は恐ろしい魔法だ。

ということは、国王が初めにちらりと帝国との戦争のことを話したのも、このセスルートの魔法が分かっていたからなのか。

ワシは、国王席のほうを見る。

デュインド・ラ・フォルセルとセスルートが仲良さげに話している。

たまたまじゃとは思うが、これが計算されていたことだとすると、それはある意味おそろしいことじゃ。

帝国だけと戦っているならばそれでよいが。

もしその均衡がやぶれたら……。

ワシは、あまりその先を考えたくはなかった。

セスルートに限り、そんなことはないと思いたい。

今日見せたあの魔法は、これから魔導士を志す者、現在、魔導士になっている者達に大きな希望を与えたはずだ。

少なくともエヴァはそう捉えている。

だからこそじゃ。


「エヴァよ、どうじゃった? 憧れの人の挨拶は?」


ワシは、まだセスルートの演説が終わってから、一度も口をかわしていないエヴァに声をかけた。


「う、うん。あぁ、トーブ。私も何が何だか」


興奮して考えがまだ、まとまっていないらしい。


「凄かったのぅ。天候を変えてしまう魔法」


ワシは、エヴァが答えやすいように、質問内容を変えた。


「うん、流石はセスルート様。私たちと考える規模が違うわ。ここだけを変えるのではなくて、ここら辺一帯の天候を変えるなんて、私全く予想できなかったわ」

「ワシも予想できなかったわ。二つ目の魔法なんて失敗したかと思ったしのぅ」


ワシは、わざとらしく言った。


「失敗? 馬鹿ねぇ、トーブ。セスルート様が、失敗するわけないじゃない。そもそもあのくらいのとてつもない強さになると、失敗しても、私たちなんかじゃ、失敗の判別はできないと思うわ」


エヴァが、もうと言った表情で答えた。

確かにエヴァのいうことも一理あるわ。

ワシは、変に納得してしまった。

失敗しても素人じゃ分からないか。

そういう考え方もあるな。


「エヴァ、今日もお主は冴えておるのぅ」


ワシは、感心し、褒め言葉をかけた。


「も、もちろんよ。いつも私は冴えているわよ。たぶんだけどね」


エヴァも急にワシに言われたもので、対応に困っている。


「それでこれからどうするかのぅ? 楽しみにしていたセスルートさんの挨拶が、終わってしまったからのぅ」


エヴァにこれから建国祭をどう味わうか、聞く。おそらく、エヴァに振り回されて一日が終わるとは思うが。

それは別としての話だ。

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