フォルセル建国祭12 ~開催式2~

 大きな音が、何度も演説場の上空に鳴り響いた。

第百三十三回目に当たるフォルセル建国祭の開催が、数発の狼煙によって、近隣に知らされたのだ。

演説の会場にいる人々は、首を上空に上げて、その色とりどりの狼煙を見つめている。

天気の崩れもなく、いい建国祭日和だと言える。

それにしても……。

ワシは、首を自分の右から左へとゆっくりと動かしてみた。

瞳の奥に見えたのは、人、人、人。

この会場の地面が、陥没するのではないかと思えてしまうほど、人が多い。

去年は、こんなに多かっただろうか。

一年前の記憶を思い返してみる。

その時も、人が多かった気がする。

結局、去年も今年もその一言に尽きる。

隣のエヴァは、未だに青い空に浮かぶ狼煙の煙を見ている。

赤い瞳を綺羅綺羅と輝かせ、じっーと上空を楽しそうに眺めている。

その表情を見ていると、本当に連れて来てよかったなと思う。

無意識にエヴァから綺麗、凄いという単語が自然に出てきている。

うむ、よかった、よかった。

ワシは、視線を来賓席に移した。

どこかにマルスとイーダがいるはずだ。

マルスいわく外れの外れの席にいると言っていたが。

うーむ……。

分からん。

あまりに離れすぎていると、ワシのこの肉眼の視力では確認できない。

ダメだ。

それらしい人物を発見することが出来ない。

まぁ、代わりではないが、セスルートの姿は目視できたが。

あとは他国の来賓。

分かりやすく、その周辺は、定間隔ごとに深緑騎士団の団員が配置されている。

まぁ、こんなことをいっては失礼だが、セスルートがいれば、護衛は事足りるのではないかと思ってしまう。

フォルセルの国王も、それを踏まえてのセスルートを招きれたのではないかとさえ思ってしまう。

セスルートの存在がどれだけ、他者に対して安心感をもたらしているか、計り知れない。

あとはマンダリンか。

いくら身体がでかいといっても、この観衆の中で、限定して探すのは難しい。

親父殿は見つけたんだがのぅ。

来賓の席で、一際大きな身体のオーク族が座っている。

遠巻きに見ても、すぐに只者でないことが分かる。

無理じゃな。

諦めるか。

そんなことをしている内に演説台の壇上に、ある人物が、ゆっくりと向かっているのが見える。

恵まれた体格に肩までかかる白髪。

顎下に蓄えている同じく白色のたくましい髭、彫りの深い顔つきは、王としての貫禄をいかんなく周囲に伝えている。その白髪の上には、王である象徴の冠が携われられている。

上半身には、薄若葉色の布製の衣を着用し、装飾品として宝石が、所々の定位置に散りばめられて、ほんのりと煌めいている。

下半身は、真っ赤な提灯袴を穿いている。

背中には、薄い青色の袖なしの外套をひらりと羽織っている。

見るからに王という存在を体現している。

前フォルセル国王も知ってはいるが、貫禄は現国王も負けてはいない。

デュインド・ラ・フォルセル。

年齢は、四十五くらいだったと思う。

壇上の前に、国王は着いた。

近くには、国王の肉声を遠方まで聞こえるように、風魔法で援護する術者が二人備えている。

この二名も国王の声を飛ばす任だけでなく、

国王を守護するという責務があるだろう。


「いよいよね」


エヴァがいつの間にか、ワシのほうを見ながらつぶやいた。

こっちもどうやら聞く気満々のようじゃのう。


「うむ」


ワシは、小さくこくりとうなずく。

周囲もどよめきに包まれていたのが、いつの間にか静まりかえっている。


「皆様、こんにちは。フォルセル第五代国主デュインド・ラ・フォルセルと申します。本日は、第百三十三回フォルセル建国祭に足をお運び戴き、心より御礼申し上げます。この通り」


すると国王は一歩下がり、会場に集まっているワシ達に頭を下げた。

その光景を見て、観衆が少し沸きだっている。

去年もそうだったが、現国王のこの飾らない振る舞いが素晴らしいのだ。

感謝の意は、王族だろうが国民だろうが、変わりなく、感謝は感謝なのじゃ。

それを、素直にすぐに行動に移せるという彼の姿勢は、敬意に値する。

ここに集まったであろう観衆からそんな国王の姿勢を見て、拍手が送られる。

ここに住んでいる民も訪れている人々もそんな王のことを心よく思っているのだ。

鳴りやまない拍手。

王の名前を連呼する観衆。

おそらく名前を連呼しているのは、ここフォルセル国民の大半が叫んでいるのであろう。

国王の名前を声を合わせて、叫んでいる。

戦場で、兵が団結し、一つの集合体となったときと似ている。

それだけ、まとまりがある。

隣に視線を移す。

エヴァもそんな普段見慣れない光景を、目に焼き付けるかのように見ている。

エヴァ自身、こんな大勢の中でこのような催しを見るのは、初めてのはずじゃ。

彼女の心の瞳には、この光景がどう映っているのであろうか。

ワシが、横目で見ていることにさえ、気が付かず、じっーと食い入るように国王のいる演説台を見ている。

流石に、今、セスルートを見ているということはないだろう。

ワシは、エヴァから国王に視線を戻した。

国王は、自分に掛けられている言葉を全身で受けとめながら、観衆を見ている。

少し間が空き、国王が軽く手を上げた。

会場に響いていた観衆の声が少しずつだが、静かになっていく。

国王が演説台に近づいた。


「皆、ありがとう。その声が私の支えでもあり、力の源そのものである。心から感謝する」


国王が、また軽く頭を垂れるとまた観衆が賑やかになる。

先ほどに比べればそうでもないが。


「ここに今から百三十三年前に、一つの命が芽吹きました。そう、ここにいる誰もが分かるフォルティモの木です」


そう言うと国王は、フォルティモの木がある方向を見つめた。

ここに来ている誰しもが、フォルティモの木に視線を同様に移したことであろう、

エヴァも同様である。


「あのフォルティモの木が、この大地に産声を上げた百三十三年前の今日。我々の歩みは始まったのです。フォルティモの木を中心とした生活。少年は父親になり、少女は母親になり、それを繰り返しながら、歴史は作られていった。それでも変わらなかったのは、あのフォルティモの木とその木を敬い、奉る国民達の想い。それは、技術向上、発展。生活の水準がどんどん向上していく中で薄れることのない想いの一つだ。今も百三十三年前もその想いは何一つ変わってはいない。そう私は思う」


そして国王は、静かにここで言葉を切った。

色々と様々な想いが、自分の心の中で錯綜しているであろう。


「それぞれの想いは、互いに異なっているであろうが、このフォルティモの木を思う心は、我々一人一人同じであろう。帝国との戦争が続いて、数十年。動乱の世の中だ。またいつ血を流す争いが起きるかもわからない。国民には大変辛く、不安な想いをさせているが、今一つ辛抱願いたい」


国王が、申し訳なさそうに話す。

帝国と現在このフォルセル、バーズル、マーブルの三か国は戦争をしている。

現状、直接的に争うような形ではないが、戦争終結、和睦のような話は聞こえてきていないので、冷戦のような水面下では見えない闘いが起きているのか、分からないが、今は変に安定している状態だ。

この不気味な静けさが、怖いところだが。

帝国側で、何か問題が生じたと風の噂では聞いたことがあることぐらいで、現在のこの状況に関係しているかは分からない。


「そんな中、今年もこのように建国祭を無事、開催出来たのは、ここにいるそれぞれの皆が一致団結し、協力してくれたことに他ならない。特に、フォルセル深緑騎士団には、治安維持、設備の整備等。多くの事に従事してもらっている、大変負担を掛けている。ありがとう。君達を誇りに思う。ここにいる皆を、代表して礼を言いたい」


ルース達、フォルセル深緑騎士団が、国王から直接、労いの言葉をかけられた。

誰からも見ても分かるが、ルース達のフォルセル深緑騎士団の活躍は確かに大きい。

現在もこの会場を重点的に守護し、何か起きれば即座に対応が出来るように、その場に備えて、目を光らせている。

ここの会場以外でも、ここの国民や来訪した他国の人々の困りごとや意見、訴えを適切に処理しているはずだ。

まさに寝ずの番といった感じである。

労いの言葉もなければ、やりきれんじゃろうて。

ワシは、ルースに視線を移した。

国王席の近くの最前列にルースは控えている。

国王のおかげで、ルースがどこにいるのか、分かることがすぐに出来た。

生真面目な青年は、国王からありがたい言葉をいただき、感動しているように見える。

これだけの激務をやりぬいてきたことから、一気に感情が、あふれてきたような感じだ。

深々と平伏している。

ルースらしいな。

これで先代の騎士団長にも、一歩近づけたかもしれない。


「さて、ご来場の皆様。せっかく、フォルセル建国祭に来ていただいたというのに、国主の私の話があまり長いと、うんざりする人も多いと思うので、私の開催式の挨拶はこれくらいにするとします。あまりに長いと前国主に怒られますから。第百三十三回フォルセル建国祭に訪れた方々、心より来てくださり、重ね重ね御礼申し上げます。では十分に楽しんでいってください。ようこそフォルセルへ!」


そう言い、デュインド・ラ・フォルセル国王はさっそうと胸を張り、自分の席へと帰っていった。

ふむ。

まぁ、まずまずの挨拶かのぅ。


「なんか感じのいい王様よね? トーブもそう思わない?」


隣にいるエヴァが、話しかけてくる。

かなり気持ちが、舞いがっているように見える。

セスルートの演説を待っていて、気持ちが舞い上がっているのか、今の国王の挨拶を聞いて、舞い上がっているのか定かではないが、

嬉しそうで心が弾んでいるエヴァを見ると、本当に連れてきてよかったなと思う。


「じゃな。実際、中々評判のいい王様らしい。ワシ達の住んでいる国の王様だけに評判がいいことはよいことじゃ」


柔軟な思想の持主で、臨機応変に対応ができると聞いている。


「そうなんだ。なら尚更、頑張ってもらわないとね。フォルセルのことだけじゃなく、戦争のことも」


エヴァの口から、戦争という言葉が出てくることに少し驚いた。


「エヴァから、戦争という言葉が出てくるとは驚いたぞ」


戦争が起きている現実とは、全く関係のない生活をしているワシやエヴァにとってその二文字は日常的に聞きなれない言葉だ。


「私だってそのくらい知っているわよ! もう、失礼しちゃうわ。帝国ってところと戦争しているんでしょ?」


少しぶっーと頬を膨らませながら、エヴァは言った。


「うむ、よく分かっておったのぅ。感心感心」


ワシは、孫娘を見るかのように答える。


「私が生まれる前から、続いていると聞いているわ。今は、こう落ち着いているけど、昔は凄かったんでしょ? お父さんやお母さんからそう聞いてる」


エヴァの表情が、少し強張っている。

戦争というものを何となくだが、分からないにしろ理解しようとしているように見える。


「うむ。それはそれは、昔は凄惨な光景ばかりだと聞いておる。ワシやエヴァのような子供も戦争に巻き込まれて命を落とした」

「えっ……そうなんだ」

「昔の話じゃ。今はこうしてここフォルセルとマーブル、バーズルが三カ国間の同盟をして、帝国と戦っている。そのおかげかどうか知らないが、帝国もここ十年以上は攻めこんでは来ていない。明確な理由は分からんがのぅ」


簡潔にここ数年の戦争の流れをエヴァに説明する。

エヴァにとっては、未知の世界だったようで、食い入るようにワシの話を聞いている。

さっきは国王の挨拶、今度はワシの説明と中々エヴァも忙しいものじゃな。

現在は、演説台には来賓で呼ばれた国の代表達が、祝いの一言を話している。

特にエヴァはその話には、興味が引かれていない。

やはり話し手にも、うまいかどうか、興味を引くか引かないの良しあしがあるということらしい。


「戦争は終わらないのかな? みんな仲良く出来ないのかな」

「その答えには、ワシは答えることが出来ない。片方が歩みよったとしても、片方がそれを拒絶したら意味もないし。それに攻め手側の考えなぞ、受け手側の人間には分からんと思う」


戦争の根絶。

それは、もう出来ない事なのかもしれない。

闘えば、血が流れ、負の連鎖が始まる。

殺された人間には、家族や血縁者がいる。

そこで必ず殺した人間に対して恨みの感情が生まれる。それは消し去ることのできない感情だ。

殺した人間を殺しても、殺された人間は戻ってこない。

悲しい話じゃ。

意味のないこと。

始めからしなければ、起きなかったことだ。


「トーブでも分からないことか。じゃあ私が、考えても全然かな。難しいことは分からないもん」


エヴァが、首を傾げながら言った。

その仕草を見て思う。

いや、その答えはワシなんかより、エヴァよ、お主のほうが、きっといい答えを導き出すと思うぞ。

ワシのように数えきれない人間の命を奪ってきた者は、戦争という空間に浸かりすぎて、すでにもう考えることをあきらめている、いや麻痺しているからじゃ。

綺麗事は、もう言えない。

それが、ワシの出した結論だった。


「いや、ワシもその答えは分からないから、エヴァと同じじゃよ」


ワシは、静かに口を開いた。


「そうなんだ。なら一緒にどう解決していくか考えていきましょう。戦争は、やっぱりやっちゃいけないことだと思うの」

「うむ、ワシも心からそう思う」


そう思いたい。

それが難しいのじゃが。


「それにしても今度の挨拶は長いのぅ。やっぱり挨拶は、始めの王様の挨拶くらいの長さがちょうどいいと思わないか? エヴァよ」


ワシは、暗い話の内容から話題を変えようとする。


「うん。それは私も思った。あまりに長いと飽きてくるし、眠くなってくるもん」


そういうと、エヴァは欠伸をする。

よほど暇なようじゃな。

確かに飽きるし、眠くなってくるのは、エヴァだけじゃなさそうだ。

周囲もさっきの国王の挨拶は、一生懸命聞いていたが、今の来賓の挨拶は、聞いている方が少ないくらいだ。

エヴァと同様、欠伸をしている者もいる。

流石のワシもそう感じてくる。


「セスルート様はまだかな……」


最後に行きつく先は、やはりセスルートか。


「あそこに座っておるぞ」


ワシは、セスルートを指さして答える。


「知っているわよ! いの一番に見つけたんだから!」


見事なまでの反応速度で返答してくる。


「知っておったか。流石じゃな」


半ば、あきれながら言った。


「すぐに分かったわよ。今日もセスルート様、とっても素敵だわ♪」


若干、鼻歌気分混じりでエヴァが答えた。

大変ご機嫌よろしいようで。


「あっちにいるでかいオーク族は、マンダリンの親父殿じゃぞ」


ワシは、来賓席の端の方で座っているひと際目立つオーク族を指さした。

エヴァは、ワシの指先の方向を見る。


「何あれ!? でかっ」


エヴァが、素っ頓狂な声を上げた。

まぁ、初めて見る人や耐性のない人が見れば、びっくりするのも無理はないか。

マンダリンの父であるバークレイの大きさは常人の比ではない。

いや、オーク族の中でも群を抜いている。

通常の成人オークより一回りはでかい。

だからこそ、オーク族の族長の座に就いているのもうなずける。

マンダリンが、前に言っていた。

オーク族は強ければ強いほど、敬い、称賛されると。

それを、見事なまでに体現しているのがバークレイである。


「あの恵まれた体躯じゃ。かなりの力を秘めているじゃろう。いつかは相まみえてみたい相手の一人じゃな」


ワシの心の中の闘志が、沸々と燃えあがってくるのが分かる。

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