フォルセル建国祭11 ~開催式~

激しい音が、右の鼓膜から、左の鼓膜へと駆け抜けた。

何じゃ!?

この耳を、つんざくような音は!

ワシは、寝具から跳ね起き、すぐに地べたに這いつくばり、状況を理解しようとする。

昨日のあの不可解な出来事を思いだし、一気に緊張感が高まる。

時が、刻まれていく。

しかし、待てども待てども、次に何か起こるわけでもなく、静けさだけが訪れた。


「うるさいわね。ふぁぁああ、一体何?」


ここでまた不測の事態が訪れた。

まだ寝ぼけ眼のエヴァが、ワシの部屋に入ってきたのだ。

なんじゃと!

すぐにエヴァの元にワシは向かい、覆いかぶさるように、エヴァの身を地べたに伏せさせようとする。


「きゃ、な、何トーブいきなり、あぁ!」


突然の出来事にエヴァは、驚き、ワシを引き剥がそうとする。


「落ち着け! エヴァよ、これには訳があるのじゃ!」


ワシは、落ち着かせようとするのだが、いきなりの出来事でエヴァの抵抗は激しい。

押さえつけるつもりが、思わぬ抵抗に合い、両方とも仁王立ちの状態のままだ。

むぅ。


「何が落ち着けよ! あぁ……どこ触ってるの!? トーブのエッチ!!」


不可抗力でワシの手の一部が、エヴァの胸に触れたらしい。

強烈な一撃がワシの顔面を捉えた。

それからその直後に、ワシの顔面から身体全身に痛みが伝達される。

相手の意識伝達を遮断する一撃。

脳みそが揺れる。


「……見事じゃ……エヴァよ」


ワシはその一撃をもらい、地面に崩れ落ちるように倒れた。


「えっ!? トーブ、起きて! ごめん!」


当事者のエヴァが、ワシのことを確認するのは、変な話だが、自分がしたことなどなかったかのように、地べたに倒れているワシの身体をさすっている。

うん……。

ようやく指先が、ぴくりと動いた。

それから次第に道が、開けたように身体の機能が回復していく。


「そんなに動かさなくても大丈夫じゃ。エヴァ」


ワシは覚醒した意識で、しっかりと答えた。

ようやく地べたから起き上がる。


「トーブよかったぁ。ごめんね、私、急にトーブがあんなことするから、つい手が出ちゃった」


エヴァが舌を出しながら、謝る。


「触れたのはたまたまじゃ。それよりも……」


ワシは身を屈みながら、窓際まで移動し、窓の外を伺う。

すると、ワシの目に映ったのは、


「わぁ、いよいよ始まるんだね。楽しみ」


いつの間にか、エヴァが窓から外を覗いていた。

エヴァの言葉通り、それはとても素敵な光景だった。

建国百三十三年の文字が空に浮かび、また空には七色の虹が、掛かっている。

美しい。

毎年見てきてはいるが、今年が今までで一番美しいと思ってしまう。

そんな印象さえ感じる。

さっきのあの大きな音の合図は、この光景を見てもらいたいという誰かの粋な計らいなのかもしれない。

街の皆が窓を開き、食い入るように外を見ている。

そうじゃのぅ。

祝い事は、派手に盛大にしなければのぅ。

ワシの見る世界。

エヴァの見る世界。

マンダリンの見る世界。

セスルートの見る世界。

ルースの見る世界。

それは、それぞれ見えているのは、異なる世界であるけれども、今のこの一時だけは、繋がったと思う。

この光景を見て、皆が同じ言葉を口に出すだろう。

さて、ようやくフォルセル建国祭始まり始まりである。




ワシの手を意気揚々と引張り、どんどんと人混みの中を臆せず、進んでいく。


「すごい、すごい、すごい!」


瞳を輝かせながら、エヴァはどこまでも止まることなく、進んでいく。

向かっている場所は、王宮近くの演説台のある大広場だ。

ここでいつもは国王が住民に向かって、演説したりする。

いつもは、住民が全員すっぽり中に入るのだが、今日は来訪者もたくさんいるので、外にあぶれるはずじゃ。

そして、今日ここでセスルートが演説を行う。

エヴァは、それが聞きたいがために、もうそこに移動したいとのことだ。


「どうせ聞くなら、よく見える場所で聞きたいでしょ」


エヴァが、真面目な顔つきでそう言っていた。ワシとしては、この広場の中ならどこでもいいと思っていた。耳から聞こえるものだから、多少離れていてもという気持ちはあった。

おそらく、セスルートの肉声を風魔法で、遠くまで飛ばすはずなので、ある程度距離が離れていても、きちんと聞こえるはずだ。

まぁ、それでもエヴァとしては、きちんとセスルートの近くで、声を聞きたいということか。

相変わらずのセスルート熱だのぅ。


「あまり急ぐと、危ないぞ。急がなくてもセスルートさんは逃げん」


ワシは、エヴァに背中越しに声を掛けるが、どうやら聞き入れてもらえないみたいだ。

大広場までたどり着き、ワシはようやくエヴァの足取りが、ゆっくりと落ち着いていくのが分かった。周囲にもまばらに人影が見える。

余程の愛国心の精神を持つ人物か、セスルート信者でない限りは、街中で色々な物を見て回り、美味しい物を食べて、買い物をしているほうが楽しいはずだ。


「エヴァ、どこら辺に座るつもりじゃ?」


ワシは、軽く息を弾ませながら、エヴァに聞いた。


「そんなの決まっているわ。セスルート様と距離が一番近いところよ」


得意気にそう言い、エヴァは演説台に一番距離が近い一番前の列の演説台に対して右斜側の座席に腰掛けた。

ここからだと、セスルートの表情が斜めから伺える。

優男を見るには、一番適している場所だと言える。


「ここでいいのか?」


ワシは、エヴァに聞いてみる。


「うん、ここからの角度のセスルート様が一番かっこよく見える気がする」


女の顔よのぅ。

憧れの男性に恋い焦がれる少女。

まぁ、エヴァはそんな夢見る少女ではなく、自分から進んで、夢を叶える方だと思うが。


「よし、決まったのなら一息いれよう。ワシは少々くたびれたわ」


今日も朝から振り回されることを考えると、ワシはここで喉を潤したくなった。


「しかたがないわね。少しここで待っているのよ」


エヴァがそう言い、すたすたとここから離れていく。

一瞬迷わないかどうか危惧したが、演説台から見て、右斜の一番前の座席と覚えておれば、迷うことはない……はずじゃ。

ワシは座席に座り、昨日のことを考えていた。

倉庫群の方向をここから見る。

マンダリンは、ああは言っていたが、やはり気になる。

まぁ、ルースが適切に処理したとは思うが。

それにしても女性の客がよく目立つ。

これもセスルートのせいだろうが、予想以上に目につくのはどれもエヴァと同様、魔術とセスルートに心を奪われた者たちだ。

色付きの衣に杖を持っているのが、専らである。

やれやれ。

こうも同じようなのが視界に入ってくると、疲れるわい。

隣の座席に、誰もいないのを確認して、ワシは横になった。

ちょうどいい気温に涼しさ、そして照りつける日差しの強さも程よくて気持ちいい。

こうまで条件が揃うと、ワシは睡眠不足ということもあり、自然とまぶたが重くなるのを感じた。

……

気が付くと、何もない真っ白な空間で、ワシは寝ていた。


「ここはどこじゃ?」


動こうとしても身体が動かない。

むしろ身体の自由がきかない。


「なんだと、身体のいうことが!?」


身体はいうことは利かないが、意識だけは、はっきりしている。


「転生せし者よ」


頭の中に、言葉が流れ込んでくる。

耳の鼓膜を刺激して、伝わってきているものではない。


「転生せし者よ」


抑揚のない声で話しかけられている。


「ワシのことか。しかし、何故ワシが転生したことを知っておる?」


ワシは、声の主に聞き返す。


「よく知っている。転生する前と後も変わらず、あなたはよく私の元に来てくれている」


声の主はそう答える。ここでワシは合点が言った。


「あなたはもしや?」


ワシは答えようとするが


「私が誰であろうが、それはどうでもいいこと。私が貴方に伝えたい事は、これから起きるであろうことです」


ワシの質問には答えず、謎の声もといフォルティモの木は答える。


「これから起きるであろうこと? それは一体なんでしょう?」


ワシは、すぐに聞き返した。


「はい、それは……」


フォルティモの木が、答えようとした時、ワシの身体に異変が起きた。

何か大きく、身体が動かされていることに気がつく。


「これは!?」

ワシは、自分の身体に起きていることを理解した。


「転生せしものよ、また機会が、あれば再び語ろう。機会がなくても、貴方なら必ず気がつくはず。では、またいずれ」


すっと、頭の中に入り込んでくる感触が無くなり、身体の自由が利くようになってきた。


「……ーブ、起きて。ねぇ、トーブったら」


聞き慣れた声が聞こえ、ワシの身体を揺すっている。

ワシは、ゆっくりと目を開ける。

予想通り、エヴァがそこにいた。


「エヴァ、もう大丈夫じゃ」


ワシは、ゆっくりと身体を起こし、立ち上がる。

そして、身体を伸ばした。


「何が大丈夫じゃよ。飲み物を買って、帰ってきたら、ここで眠ってて、いくら揺らしても起きないし。起きたら起きたで、もう大丈夫とかなんなのよ」


エヴァが、ほっぺたを膨らましながら、怒る。

無理も無いか。

ワシも何とか起きようとしたが、どうにもならなかったし、まさかフォルティモの木が話しかけてくるとは思いもよらなんだ。


「すまぬ、エヴァ」


ワシは、両手を合わせて、ご機嫌斜めの彼女に謝る。

しかし、中々今にもその破裂しそうな頬をすぼめてくれない。


「夢を見ていたんじゃ。その夢の中にフォルティモの木が出てきた」


エヴァに異変が現れた。ワシの話に反応したいが、まだ怒っているところもあり、素直に反応できない。


「フォルティモの木には、なんでもお見通しなんだな。ワシにしか知り得ないことまで知っておった。その話を聞いたら、驚く前に納得してしまった。フォルティモの木なら考えられるからのぅ。何ら不思議な力が働いていてもおかしくはないからのぅ」


ワシは、実際にワシの正体を知っていたことについて、少し話を膨らませて脚色する。


「それで、そのフォルティモの木と何を話したの? トーブ」


すでにエヴァは、ワシの話に興味津々になっていた。身を乗り出すような体勢で聞いてくる。


「うむ。ワシも詳しいことは分からないが、これからこの建国祭で何かが起きるという注意喚起じゃ」


ワシは答える。

正直、何が起こるかさえも分からないし、本当に起こるかどうかさえ分からない。

となれば不測の事態に備えて、こっちとしては準備しておくしかない。


「何かが起きるって!? 一体何が起きるわけ?」


エヴァが、驚きの声を上げる。

ワシは、即座にエヴァの口を塞ぐ。

こんなことを聞かれて、ここにいる人達が混乱状態になってしまってもいかん。


「じゃからワシも分からん。その何かを聞く前に叩き起こされてしまったからのぅ」


ここで少し、エヴァに言い返す。


「うっ……ごめん。そこは謝るわ」


エヴァが、申し訳無さそうに頭を垂れた。


「いや、謝らなくても結構。最期にフォルティモの木が言ったのじゃ。ワシが必ず、そのことに気がつくはずと」


ワシは、フォルティモの木が言っていたことを思い出す。


「そうなんだ。ならその事に早く気が付いて貰わないとね。出来れば、その何かが起きる前に事前に止められたら、最高だわ」


エヴァはそうは言うが、そううまくいくだろうか。

大抵、気が付いた頃には、もう状況は進んでいる。


「ワシも善処するが、エヴァも何かあったら、ワシやフォルセル深緑騎士団の騎士に知らせるのだぞ。一人で何とかしようと無茶はしないこと。よいな?」

「分かった、トーブがいればトーブ。トーブがいなければルースさん達に話せばいいのね」


確認しているエヴァの表情を見ていたが、いつものように瞳が好奇心と興味に満ちあふれている。

それを見て、一言言いたかったが、途中で言葉を飲み込んだ。今に言ったところで、首を縦にふるようなエヴァではないことを知っているからだ。

ワシや深緑騎士団連中が、速やかに対応して、何とか事なきを得ればいいのだが。

ふと昨日のことがどうなったか、気になった。

おそらくこっちから聞きにいかなければ話してはくれないと思うが。

考えるだけで、頭が少しずつ痛くなっていく。

要因は考えれば考えるほど上がってくる。

不測の事態というのが、誰に対して、指し示しているのかも分からない。

ワシ達なのか、ワシ一人なのか、この国に対してなのか、特定の人物にたいしてなのか。判断がつかない。


「大丈夫?」


押し黙っているワシに対して、エヴァが声を掛けてくる。


「うむ、何もない今だからこそ楽観が出来ないからのぅ。どこか何か些細ないつもとは違う変化があるのかもしれない」


まぁ、その違いが分かれば、苦労しないか。

ワシは、話の話題を変えることにした。


「そういえば、マンダリンもここに来ておったぞ」


マンダリンが、来ていることをエヴァに知らせる。


「えっ、そうなの? 偶然よね?」


エヴァがワシに聞いてくる。


「たまたまじゃと思う。ワシ達と同じで親父殿が招待されたのに、便乗してきたようじゃ」


マンダリンが、話していたとおりに伝える。


「そうなんだ。こんな偶然もあるものね」


エヴァが特に驚きもせず、つぶやく。


「さて、大分経ってしまったが、エヴァが買ってきた飲み物をいただこうかのぅ」


ワシは、エヴァが買ってきたであろう木製の容器に入った飲み物を見て言った。


「あぁ!? 話に夢中で忘れてたわ。甘みとさっぱりが味わえるんだって。サノゴの木の樹液に何かを加えてるんだって。詳しくは忘れちゃったわ」


エヴァが、飲み物について中途半端な説明をし、悪びれもせず、舌を出す。


「味も大切じゃが、この飲み物は、エヴァがわざわざ買ってきてくれたものじゃ。無下にはできんわ」


ワシはそう言いながら、エヴァから中身の入った容器を受け取った。

鼻を近づけ、匂いを嗅いでみる。

特にこれといった匂いはしないが、ほんのりと甘さを象徴するような香りはする。

見た目は、薄い黄色だ。

木の樹液ほど黄色くもないくらい。

軽く一口飲んでみる。

一口飲んで見ると、まずは舌に甘みが一気に広がった。

しばらくその甘美なひと時を味わってから、さっぱりと引き締まる酸味が訪れる。

おかげで口の中が、甘っだるくなることはない。

非常に飲みやすい。


「なかなか美味しいな。これは」


甘いものには目がないワシにとっては、かなりの高評価の飲み物じゃ。


「うん、この甘くてさっぱりの不思議な感じがいいわね」


エヴァもどうやら気に入ったようだ。

二人で何かに取り憑かれたかのように、ごくごくと飲む。


「ごちそうさま。いくらじゃった?」


ワシは、エヴァに飲み物代を払おうとして、小銭入れに手を伸ばした。


「いいわよ。私のおごりで。だから次何かおごるときは、トーブにお願いするわ」


いたずらっぽく微笑み、エヴァはごちそうさまというしぐさを取る。


「分かった。じゃがあまりに高価なものはおごらんぞ。よいな」


ワシは、釘を刺すように言った。

以前に一杯の飲み物をおごってもらい、そのお返しで、割にあわない金額を支払ったことがある。

だからここで釘を差しておく。


「分かっているわよ。もうあんなことはしないから。安心して」


エヴァが笑いながら、返答する。

やれやれ、笑って済まされる金額ではなかったんだがのぅ。

一杯の飲み物が、飲食店の複数の料理に化けたのだから、ワシもその時は驚いた。

まぁ、約束は約束だから仕方がないが。

全て飲み干して、周囲を見回すと、また人がぞろぞろと集まってきている。いよいよ始まるのだ。フォルセル建国祭の開催式が。

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