フォルセル建国祭10 ~報告、いよいよ~

 体力的に疲れたと言うよりも、精神的に疲れたワシ達を救ってくれたのは、フォルセルの象徴であるフォルティモの木と、その周辺から聞こえる住民の生活音だった。

ようやくここまで戻ってきたか。

内心、少しほっとする。

さっきまでいたところとは、まるで違う世界がここにはある。


「何だか、さっき見たのが嘘みたいな光景だな」


マンダリンが言うように、今のこの建国祭に向けて、馬鹿騒ぎしている連中を見ていると、さっきの凄惨な光景が夢の様に思えてくる。


「うむ、じゃがさっき見たことは、まぎれもなく事実。フォルセル深緑騎士団に報告しなければならないな」


ワシの頭に、ルースの生真面目な顔が浮かんでくる。


「報告か。俺たちの言葉を、そのまま受け取ってくれるものだろうか?」


マンダリンが聞いてくる。


「どういう意味じゃ?」


ワシは、マンダリンの言いたいことが分かっていたが、敢えて聞き返した。


「あぁ。俺たちのようなガキの言葉を、そのまま鵜呑みにしてくれるかということだ。大人はそういうものだろ? 子供だからと言って、取り合わない奴も多いしな」


マンダリンが、軽くため息まじりに言った。

確かに、マンダリンの言いたいことは分かる。


「まぁ、残念ながらそういう大人が、たくさんいるのは事実じゃ。だが深緑騎士団の騎士団長は違う」


ワシは、即座に答える。


「ほぉ、何故そう言い切れる? 言い切るということは、何かしら根拠があるはずだ」


マンダリンが、覗くようにワシを見ながら言った。ようやくらしさが戻ってきた。


「実際、話してみて感じたことじゃ。まだ年齢的に若輩じゃが、生真面目で一本気のある青年だ」


ワシは、簡単にルースの性格を述べた。


「若輩? お前より年上だろう? 変なことを言う奴だな」


マンダリンが、訝しげな表情で聞いてくる。

筋肉で守られた太い首を、少しかしげている。


「おぉ、すまん。確かにそうじゃ。まださっきの凄惨な光景が、目に焼き付いておってのぅ。すまぬ」


ワシは、マンダリンの鋭いツッコミにしまったと思いつつ、何とかごまかす。


「らしくないな。まぁいい……それでどうする? すぐにその騎士団のところに向かうか?」


怪しんでいたマンダリンだが、すぐに気を取り直して聞いてくる。


「そのほうがよかろう。何かが起きているのは、事実じゃが、今の状況より、悪くなることはなんとかして阻止せねばなるまい」


腕組みをして、ワシはきっぱりと返答する。


「よし、なら早速行くとするか。こんな夜中でも、うまくすぐに対応してくれればいいが」

「それは問題なかろう。おそらくこのフォルセル建国祭が、完全に終わるまで、深緑騎士団は、不眠不休じゃからな」


マンダリンの危惧を一掃し、ワシ達は深緑騎士団の詰所に向かった。

普段は、北門である輝鳥の門と、中央にそびえ立っているフォルティモの木のちょうど中間地点に、ここフォルセル国王の居である王宮がある。深緑騎士団は、その王宮の目と鼻の先に本部が、置かれている。

今は建国祭でその本部とは、また別にフォルティモの木の近くに支部が緊急として、置かれている。

これは、この建国祭期間限定の支部で、住民や来訪者達にすぐに対応するために設けられている。


「あれか!」


マンダリンが指差すと、そこには仮設で出来た建物が建っている。大きさは一軒家より、小さいが、それが複数連なって、建てられている。

ほとんどが、騎士たちの待機場所だとは思うが。


「うむ、行こう」


入口には、鎧に身を包んだ二人の騎士が、入口を守るように、微動だにせず、立っている。鉄製の剣に、盾に、兜、甲冑は汚れ一つすらない。

騎士たちの元に向かい、自分達の素性を話し、要件を告げようとする。


「…簡潔に述べよ」


マンダリンを見て、一瞬驚いたような感じにも見えたが、すぐに騎士の一人が、抑揚のない声で言った。

少し偉そうな印象を受けるが、そういう聞き方になっているのであろう。

ワシは、マンダリンに事の説明をするように促した。


「都市の外れの倉庫群の方で、ある倉庫の屋根が、何らかの血液で一面べっとりと朱色に染まっています」


マンダリンが、簡潔に述べる。

それを聞き、二人の騎士は一瞬、顔を見合わせたように見えた。兜越しだが、動きで分かる。


「分かった分かった。それで何故君達はそんな人気のないところにいたんだ?」


騎士の一人が聞いてくる。明らかにこちらの話を信用していない上に、馬鹿にしている様子だ。


「それは……」


マンダリンが、どうするといった表情で、ワシの方を見た。


「それは、私達がこの都市にある門から門へ運動のため、走っている最中でした。たまたま上空を眺めたら、怪しげな影を見たのです。それで不審に思い、その影を追いかけていると、ちょうどそこが、倉庫群のところだったんです」


ワシは言葉を選びつつ、それとなく説明する。


「なるほど、怪しげな影を追いつつ、倉庫群。それで倉庫群では、その血液一面の屋根と……」


騎士の一人が、備忘録のようなものに記している。

記録として、残るのであればまだいいか。

本当に記入していればの話だが。


「では、何とかこの件について、調査をお願いします。明日、建国祭の前までに何とかお願いしたい。何か起きる前にその芽を潰したほうがいいと思います。何かあったら困るのは、そちらもですし。何もなければ御の字ですが」


ワシは、二人の騎士に対して、確認しながら言った。


「一応記入はここにしてはおいたが、君達の見間違いということはないか? 走るのに一生懸命になっていて。何分こっちも、この建国祭前だ、人出があってもあっても足らないくらいだ。見間違いで貴重な人員を割くのも惜しい。なのでもう一度聞く。この暗闇の中だ。見間違いではないか?」


まるで、見間違いにしたいかのような物言いだ。

ワシは、隣りにいるマンダリンに視線を移す。

表面上は、冷静にはしてはいるが、この決めつけた対応に対して、腹の中では憤っているだろう。


「分かりました。ではもう一度答えます。暗闇だろうが、走っていて息が上がっていようが、見たものは見た。何より、あの屋根の上の血液の感触と光景は、今でも思い出すだけで生々しく、おぞましい。以上」


ワシは、視線を騎士二人に戻し、毅然とした態度で応対する。

そのワシの言葉に騎士たちは、反応もせず、こっちを見ている。いや睨みつけているといった方が正しいのかもしれない。

少しの沈黙が流れる。


「トーブさん?」


天の助けか。

ワシはついてる。

ここで一番聞きたかった声を聞いた。


「おお、ルース殿。先程はどうも」


ワシは、手を上げて答える。

ルースも手を上げて、こっちに向かってくる。


「どうしました? 何か問題でもありましたか?」


ルースが、ワシ達の元にやってきて、全体の雰囲気から察し、聞いてくる。

騎士の二人は、明らかにバツの悪そうな顔をしているはずじゃ。


「いやいや、特に何もないのじゃ。ワシ達がさっき不審なものを見て、その調査をこの二人にお願いしていて、快く引き受けてくれたところ」


ルースの登場で優勢になったので、強気で話す。

ここが推しどきだ。


「そうでしたか。この建国祭前って時に。一体どのような不審なものを?」


ルースは、片方の騎士が持っている備忘録を受け取り、見る。


「なるほど、これは面妖な……。早速、部下数名を送らせて、調査させましょう」


すると、ルースは片方の騎士に言付けをする。すぐにその騎士は、詰所の中に入っていった。


「指示を出しておきました。それにしても恐ろしい光景に出会いましたね」


ルースが考えこむ。


「うむ。確かにのぅ。死体がない上に、あれだけ堂々と犯行の傷痕を残していくとは……これはあくまでもワシの勘じゃが、あれは、まじないや儀式の類か、何かだと思う」


ワシは、以前に戦ったことのある呪術師を思い出した。

等価交換。

力を得るために、それと同等の価値のあるものを支払う。当事者には人間の生命なぞ、その交換の一部の道具としか考えていなかった。

そのときのまともな考えではない術者を思い出した。


「分かりました。その線でも調べさせておきましょう。となると魔法堂研究所のご助力も必要だな」


仕事熱心なため、自分の頭の中の独り言も口に出すこの青年をワシは、微笑ましく思う。


「この皆が、楽しみにしている建国祭前に、何も起きなければいいのぅ」

「はい、こんなときに限っておかしなことばかり……」


ルースは視線を伏せつつ、つぶやく。


「……ばかり?」


ワシは、ルースのつぶやいた言葉に反応する。


「はい。ここ昨日、今日と周辺の動物達が、ざわめき、この都市から遠ざかるように移動をしています。また、森の一部の木々が急に枯れたりしたりと何かとおかしな現象が生じているのです」


ルースが神妙な顔つきで答える。


「動物の大移動? ふーん」


さっきから、ワシ達のやり取りを押し黙ったかのように聞いていたマンダリンが、口を開いた。


「どうした? マンダリン」


何か考え込んでいるマンダリンに聞いてみる。


「動物の大移動となると、何かしらあるとみたほうがいい。俺も今まで数回しか見たことはないが、漠然とこれといった特定の場所から遠ざかるなんて聞いたことがない」


マンダリンが返答する。


「つまり、ここフォルセルに問題があるという可能性があるわけか。これはどうも嫌な予感がしてきたわ」


ワシは、ルースの様子を横目で伺う。

額にすっすらと数本の皺が現れ、考え込んでいる。


「だとしても、だとしてもこの建国祭をしくじるわけにはいかないのです。だから、大事になる前に、小事で抑えます。それが我々、フォルセル深緑騎士団に与えられた使命。失敗は許されない」


決意に満ちた視線で、ルースは力強く答える。


「その意気はよしじゃな。よし、あとは任せた。伝えることは伝えたから、ワシ達はお暇するよ」


ワシはそう言うと、踵を返し、マンダリンと一緒に詰所を後にしようとした。

空を見上げると、ちょうど夜と朝方の中盤に差し掛かろうとしている。


「くあああ」


そんなことを考えていたら、あくびが出てしまった。

流石に少し眠い。

いつの間にか、ほんのりとまぶたが重くなってきている。

隣では、マンダリンも大きな口を開けて、あくびをしているではないか。

どうやら伝染したようだ。


「これはお二人共申し訳ない。こんな夜遅くまで」


そんなワシ達のあくび顔を見たのか、ルースが気にかけて、声をかけてくれた。


「いやいや、おかしなことが起きたのじゃ。報告するのはこちらの義務。主もここ数日、ほとんど気の休まらない日が続くと思うが、体調に気をつけてな」


ルースは、誰よりも身体、精神的に疲弊しているはずだ。

それでも、それを他人には見せないのは流石だ。


「はい、いよいよ建国祭です。楽しんで下さいね」


にこりとさわやかな笑顔で、ルースは見送ってくれた。


「うむ、楽しみにしておるぞ」


そう言い返し、ワシ達はようやく詰所から開放された。

これでようやく帰ることが出来る。

じゃが……。

ワシは、さっき見た光景を思い出す。

何もなければ、本当にいいが、もし何かあるとすれば間違いなく今日、建国祭に合わせて仕掛けてくると誰もが思う。


「気にするな」


突然、隣で歩いているマンダリンから声を掛けられた。

気にするな。

マンダリンの掛けてくれた一言が、全てを物語っている。


「顔に書いてあるぞ。そんな顔じゃあ、今日の建国祭は楽しめないし、それにお前が、それだとおじょうちゃんに気づかれて、逆に気を使われてしまうぞ。お前はどうかは知らないが、おじょうちゃんは、この建国祭を楽しみにして来ているんだろうから、気を使わせてはダメだと俺は思う。違うか?」


マンダリンのこの言葉は、とても強く心に感じた。


「そう見えたか?」


ワシは試しに聞いてみた。


「あぁ、書いてあるな。明らかに今回のことについて、何かしなければという顔だ」


マンダリンは即答する。


「そうか。ワシもまだまだじゃな」


自分に呆れて、力なく笑う。


「ここの騎士団に任せよう。さっき話した感じ、優秀で物分りが良さそうな男だった。それにあれだけの規模の騎士が備えていれば、大抵のことは大丈夫だ」


マンダリンは言った。

それは、ワシも思うが、どうも釈然としないのだ。

この胸に突っかかるものはなんだ。


「あぁ、そうじゃな。お主の言うとおり、ルース達、フォルセル深緑騎士団に任せることにするか」


自分の心の中で、十と言い切れない自分がいたが、そう答える。


「ああ、ここはあの騎士団の庭みたいなものだ。わざわざ不慣れな俺達が首を突っ込むことはないさ」


マンダリンは、すました顔で答える。

なんだかいつものマンダリンではないように見える。

あぁ、いつものワシとマンダリンが逆になったような感じだ。

妙にこの捉え方は合点がいった。


「ふははっ」


思わず、笑みがこぼれてしまった。


「ん? なんだいきなり。 気味が悪いぞ」


マンダリンが、変なものを見るような目で、ワシを見ている。


「こっちの話よ」


ワシは、こみ上げてくる笑みをこらえながら、友の顔を見た。

ワシより、顔は二回り以上でかくて、強面だ。

だが、この顔がワシは、今たまらなく好きだ。


「それより、俺はお前が、ここの騎士団長と顔見知りだったのに驚いた。いつ知り合ったんだ?」

「あぁ、ルースとは、ついさっき会ったばかりじゃ。フォルティモの木の前で、奴の騎士団員と揉めてしまってのぅ」


マンダリンの問いに、ワシは答える。


「ぬ、すでに揉めていたのか。だからさっきの詰所の入口の騎士は対応が冷たかったんじゃないのか」


マンダリンの言葉に、


「それはない……はず。リリス族なんて、たくさんいるからのぅ。特定はされていないはずじゃ」


さっきのフォルティモの木の場面を思い返してみるが、特定される情報は話していないはずだ。


「いや、話すというよりかは、そういった慌てたり、驚く場面で、妙に落ち着き払っていたり、動じていないお前の毅然とした姿のほうが目立つぞ」


マンダリンの指摘に、日頃から周囲にそう思われていたのかとワシは、考えてしまう。


「まぁ、気づかないほうが大半だと思うが、よーく、見ている奴は見ているはず。俺も最近、気が付いたことだからな」


マンダリンはそう言い、またあくびをした。


「気をつける。一人に思われているということは、ワシに関わっている数名も気が付いているはず」


あくびをしているマンダリンに対して、ワシは嘆息まじりで答える。


「まぁ、でもその落ち着き払っていて、動じないところが、お前の持ち味だから。俺は好きだけどな」


マンダリンはふんっと笑った。


「それよりも、あのルースとかいう騎士団長もかなり出来るな。見るからに他の騎士達に比べて、発しているものが違った」


マンダリンも気が付いているようだった。

この相手の力量を戦わずして、大体分かるということも非常に重要である。

マンダリンもこの間の首無し騎士と戦った辺りから、少しずつだが、力量が測れるようになってきた。


「うむ、かなり出来ると思うぞ。騎士団長を務めているだけはある。それを言うなら、お主の親父殿もかなりの使い手だろうに。噂には、聞いておるぞ。不動のバークレイの名は」


ワシは、まだ見ぬマンダリンの父親の名をつぶやく。


「ふん、親父か。自分の父親ながら、本当にでかい壁だぜ。親が偉大すぎるのも問題だな」


半ば呆れ果てたようにマンダリンは言った。


「まぁ、そう言うでない。壁が高ければ、高いほど、その壁を乗り越えた時、嬉しいではないか」

「まぁ、それはそうなんだが。あまりにでかいとな」


やれやれといった体でマンダリンは答える。

ちょうどフォルティモの木の前を通り過ぎ、ワシの宿がある通りに曲がる道が見えてきた。


「ワシはここを曲がったところに宿を借りている。お主は?」

「俺は元亀門の近くだ。まだ少しある。それじゃ、また明日か。会えたら会えるし、会えなければいつかだな」


マンダリンはそう言い、大きな手を軽くあげた。ワシも軽くあげて返答する。

いよいよこれから寝て、目が覚めたら建国祭。

何も起きなければいいが。

少しの不安を抱えながら、ワシは宿への道を曲がった。

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