フォルセル建国祭9 ~不安の種~

 路地裏に移動して、ワシはマンダリンから、まだ買って間もない、如何にも、美味そうに湯気を出している焼き芋を受け取った。

焼き芋から見た目通り、暖かさが肌を通して、ほんのりと伝わってくる。


「すまんな」


ワシはそう言い、マンダリンから貰った焼き芋を一口、口に入れた。

口の中に芋の甘みが、すぐに広がっていく。

美味い。

この舌の上に、ほんのりと残る甘みにワシは、そう言わずにはいられなかった。

余計なものなど一切使わず、芋の甘みだけで勝負している。

故に無駄がなく、食べる側としては、全てを安心して受け止めることが出来る。


「うまいな、こいつは本当に」


マンダリンもワシと同じ気持ちなのか、美味しそうに焼き芋を頬張っている。


「うむ。お主もそう思うか」


マンダリンの同意も得られ、ワシらは焼き芋に心が釘付けになる。

焼き芋に心が夢中になってはいたが、マンダリンに、ここフォルセルにいる理由を聞いてみた。

大体は予想が出来たが、あくまでも予想は予想だ。


「親父と一緒に来た。あと数人の仲間たちもいるが」

「なるほど」


ワシはうなずく。


「親父がどうやら招かれたみたいなんだ。俺と仲間は、それに便乗して来た」


マンダリンはそう言うと、二個目の焼き芋に手を伸ばした。


「建国祭を見に来たということか。ワシと同じじゃな」


マンダリンも自分と同じ理由で、ここフォルセルに来た事が分かった。


「お前もか。しかし、珍しいな」


マンダリンが、周囲の様子を伺いながら、聞いてくる。


「珍しい?」


ワシは、何故マンダリンがそんなことを言ったのか、理解出来なかったため聞き返した。


「あぁ、お前にはいつも一緒におしゃべりで勝気なお嬢ちゃんがいるじゃないか。今回はどうした?」


真面目な口調でマンダリンは聞いてくる。

ふむ、周囲からはいつもそう見られているのか。


「おしゃべりで勝気? あぁ、エヴァの事か」


ワシが幼馴染の名前をあげると、


「そうだ。いつも隣にいるお嬢ちゃんだ」


こくりとマンダリンは、太い首をうなずかせる。


「来とるぞ。今はワシだけじゃがな」


明るいときに、色々あったことを思い出す。


「そうか。お前たちはいつも二人でいるからな。少し気になっただけだ」


マンダリンはそう言うと、また焼き芋を口に運んだ。

マンダリンも何だかんだでこの焼き芋は好きみたいだ。同じオーク族のトッドが満面の笑みを浮かべて、微笑みながら、焼き芋を食べていた時が懐かしい。


「それはいいとして続けておるか?」


ワシは、毎朝の修行について、聞いてみた。


「ん? ……あぁ、早朝の稽古か。毎日続けているよ。今日も朝早くから走っている。背中に丸太を背負いながらな」

「そうか。まぁ、さっきの身のこなしは確かに、修行せずには出せぬ速度じゃな」


さっきの焼き芋屋に横入りされた時のことを思い出しながら、ワシは言った。

横入りとは言え、中々の瞬間速度を伴った身のこなしだった。


「継続はなんとやらだろ? だからこれからも継続していく。戦い方は親父達から教えてもらえることになった」


マンダリンは少し嬉しそうに言った。

この間、大会で優勝したことが、どうやら響いたらしい。


「よかったな。やはり戦闘訓練の基礎は、別種族のワシが教えるより、同種族から教えてもらったほうがいい」


初めの基礎固めは、そっちのほうがいい。

いずれ様々な武人と相対する中で、一番しっかりと築かねばならない部分だからのぅ。


「お前から教えてもらったことも踏まえて、俺流にしていくつもりだ。オーク族の攻撃手段は、己が腕力に頼りすぎているところが多いからな」

「ふむ、自分なりに考えて出した答えなら、それでいいと思うぞ」


マンダリンの心の成長を、ワシは感じた。

とてもうれしいことだが、逆に何も己の成長を感じ取れない自分に歯がゆさを感じた。

顔には出さないが。


「ふぅ、食った食った。これはトッドが熱を上げるのも分かる。うまかった」


マンダリンが焼き芋の感想を言った。


「全く同感じゃ。これは癖になりそうな感じじゃな」


おもむろに立ち上がりながらワシは言った。


「ワシはこれからまた少し走ってから帰るが、マンダリン、お主はどうする?」

「俺はそうだな、少し付き合ってもいいか? 正直、年上たちの相手でうんざりしていたんだ」


マンダリンは、苦笑しながら立ち上がる。


「お主も苦労しているんじゃな。まぁ、いい息抜きになってくれればよいが」


ワシはそう言い、走り出した。

後ろからはマンダリンが付いてくる。

マンダリンが付いてくるので、帰宅するという選択はなくなった。

さてどうするか。


結局、ワシが初めに通ったところをもう一度回ることになった。

終始、無言ではあったが、マンダリンはいい息抜きになっただろうか。

後ろにいるマンダリンの顔を見ようとしても、暗闇なので明確に表情が見えない。

文句もないから、悪くなかったかのようにとは思うが。

むっ?

何じゃ。

ふと上空を見上げると。

民家の建物の上で、何かが動いているような気がする。

しかし、この暗闇の中なので、それが何かは分からない。

だが何かが動いている。

ワシは急にその場に止まった。

目を凝らしながら、じっーとその暗闇の空間を見る。


「うお!?」


突然、ワシが止まったので、マンダリンがワシを避けるために、素早く体を動かし、何とかぶつからずに避けた。


「おい! 急に止まるなよ。危うく、ぶつかるところだったぞ」


マンダリンは、軽く息を弾ませながら言った。

マンダリンの声が耳には届いているものの、ワシはそれでも、その空間を凝視している。


「おい! 聞いているのか。一体どうした?」


ワシの反応のなさにマンダリンが気が付き、聞いてくる。


「ん? あぁ、あそこなんじゃが……何かこの暗闇の中で動いている影のようなものが見えたのじゃ。ワシの気のせいかもしれないが、マンダリンお主は見えないか?」


ワシは、マンダリンに聞いてみた。

マンダリンはすぐに、ワシの見ていた方向を見る。ワシと同じく、目を凝らしながら。


「うーん」


唸るマンダリンだが、未だに何も見えていないようだ。

それともワシのただの勘違いということもある。


「よくは見えないが、僅かにだが、この風の中に血の匂いが混じっているような気がする」


腕組みをしながらマンダリンは答える。


「血の匂いか。ワシは全くしないが。お主のほうが鼻はかなり利くから、お主の言葉を真っ向から疑うことはできぬ」


ワシは暗闇の中、睨みつける。


「そこまで気になるなら、登ってみないか? 屋根の上に登り、そこから見てみたら、何かが分かるかもしれない」


マンダリンが提案してくれた。


「うむ、少し見てみるか。すまぬ、つき合わせてしまって」


ワシはマンダリンに謝る。


「気にするな。お前といると常に、何か起きるんじゃないかと思ってしまう。いい退屈しのぎになる」


マンダリンはにかっと歯を出して、笑った。


「すまぬ、では行こう」


ワシとマンダリンは現場へと向かった。

周囲からは物音一つしない。大分都市の中心部から離れた位置。

倉庫街といって荷の運搬しかされていない場所だ。建物は頑丈な大木を使用し、縦に長い建物がずらりと並んでいる。

人の出入りはこの時間帯はまずありえない。


「ここら辺じゃったかな?」


ワシとマンダリンは、屋根の上で動いていた怪しい影のいた大体の場所にたどり着いた。


「大体な。さてどこから屋根に上るか。何かしら方法はありそうだが」

「あれを使うか」


周囲を見渡し、建物の側面部に梯子が、立てかけられている倉庫を発見した。


「これで何とか屋根の上には上ることはできるな」


ワシとマンダリンは二人で気を付けながら、梯子を上っていく。地面がどんどん離れていき、暗い空が近づいてくる。


「さてと、何か変わったところはあるか?」


ワシはマンダリンに聞くが、特に何も返事は帰ってこない。

フォルセルの建造物の屋根は、屋根の上で作業がしやすいように平らな屋根が多い。

ワシも周りでさっきの影がいないか、探したり、マンダリンが血の匂いを感じたので、屋根に血がしたり落ちていないか探したが、

発見できない。

ワシの気のせいじゃったか。

少し落胆し、気持ちの焦りもあってか、自分が少し最近、何かと過敏にどんなことにも反応していたことに反省する。

マンダリンを付き合わせたことを、申し訳なく思い、


「マンダリン、付き合わせて申し訳なかった。どうやらワシの勘違いだったようじゃ。最近何かと敏感に反応してしまってな。すまなんだ」


ワシはそう言い、うずくまっているマンダリンの近くに向かった。

さっきから何も反応がない。

声をかけても返答は返ってこない。


「どうした? うずくまったりして。体の調子でも急に悪くなったか?」


ワシは、少し心配になって声をかけた。

マンダリンはじっと屋根を見つめている。


「……見てみろ」


押し黙っていたマンダリンが、口を開いた。


「どうした?」


ようやくしゃべり出したので、ワシは少し安心する。


「これって」


マンダリンが、屋根の上に人差し指の指先を付けて、それをワシに見せてきた。


「……うむ! 血液じゃな」


マンダリンの人差し指の先端に付着している液体を見て、ワシは言った。

匂いも血液特有の鉄臭さを感じたので間違いない。

ワシが、言ったことはどうやら間違いではなかったようじゃ。


「お前の勘ってやつも外れてなくてよかったな」


マンダリンは、血液が落ちていた屋根の近くを他に何か手がかりがないか探し始めた。


「そこそこの量だし、まだ乾ききってない。

まだこの血液の持ち主は、案外近くにいるかもしれない」


マンダリンの言葉は正しい。


「よし、探してみるか。お主の嗅覚には頼りにしておるぞ」


ワシは、マンダリンにお願いする。


「血液の匂いか。さっきのところより、大部匂い自体は強くなっている。行くぞ」


マンダリンはそう言い、隣の倉庫の屋根の上に飛び跳ねた。

あの巨体だから屋根は大丈夫かという心配はあったが、屋根は微かに軋む音がしたが、何ともない。

フォルセルの建築技術は素晴らしいなと思う。


「何してる。早く行くぞ。血の匂いなんてすぐに流されるからな」


マンダリンが隣の倉庫の屋根から、ワシを呼ぶ。


「すまぬ、今行く」


ワシは、すぐに隣の屋根へと跳躍する。

目下には、無造作に派手さも何もない倉庫群が立ち並んでいる。


「案内を頼む」

「任せろ」


マンダリンは即答し、自分の鼻を頼りに屋根の上を飛び跳ねて進む。

倉庫群の奥に進むので、一定間隔の街灯だけが、唯一の明かりだ。

都市部とは異なり、こっちは本当に静かじゃ。

ワシはそんなことを考えながら、マンダリンに置いて行かれないように、大きな背中との距離が離されないように、しっかりと後を追う。

中心部からは大分離れたな。

ここでマンダリンの動きが、止まった。

ワシもマンダリンと同じ屋根に跳躍し、着地する。


「どうした?」


ワシはマンダリンに聞いてみた。

腕組みをして、険しい顔をしている。


「ここで匂いがぷっつりと途切れている。ここから先には行っていないか。あるいは無理やり匂いを消したか、どちらかだ」


どちらにしても、ここで何かが分かるということだ。


「なるほど、ここら辺を手あたり次第探してみるか」

「分かった。何か分かり次第知らせる」


マンダリンはそういうと、隣の屋根に跳んだ。

ワシもすぐに手がかりを探すために、マンダリンとは反対の屋根に跳んだ。


ここも異常なし。

ワシは屋根の上を、見尽くしてから次の屋根の上に跳んだ。血液どころか、屋根の汚れすらほとんどない。

ここまでないとマンダリンの匂いとやらは、一体何だったのか。


「トーブ!」

「うお!」


そんなことを考えていると、後ろにマンダリンが立っていた。

心臓に悪い奴じゃわい。


「どうした、マンダリン」


ワシは振り向く。


「付いてこい、お前の見つけたかったものを見つけたぞ」


マンダリンが、どうやら手がかりを見つけたようだ。

だがしかし、マンダリンの様子が少しおかしい。

マンダリンの後を追い、屋根を一つ、二つと跳んでいく。


「次だ」


マンダリンの抑揚のない声の元、ようやくお目当ての倉庫の屋根の上にたどり着いた。

屋根にたどり着き、着地した瞬間、屋根が滑ったので、ワシはうまく体勢を整え、転ばないように着地した。

屋根の上が、滑りやすいようになっている。

さび止めのための屋根に着色したようだ。

赤色の屋根か。


「マンダリン、お主よく滑らなかったな」


ワシは、この屋根の上に着地したときに、体勢を崩さず、着地したマンダリンに言った。

しかし、マンダリンからは返答は返ってこない。


「それでどこじゃ? 手がかりは?」


ワシは、周囲を見渡すがそれらしいものは見つからない。

屋根は、平らなので何かあればすぐに目に付くはずだ。

しかしそれらしいものはない。

一体どこに手がかりがあるというのじゃ。

ワシは、マンダリンの顔を見る。

マンダリンと距離が離れていないので、奴の顔がはっきりと分かる。

自分が立っている屋根を厳しい視線で見ている。

どういうことじゃ、何故何も言わない。

ワシは、もう一度マンダリンに聞こうと思い、足に力を入れた時だった。

再び、足元が滑った。

力を入れすぎるとまずいな。

マンダリンがあそこから動かないのも、そういうことからなのか。

それにしてもやたらと滑りやすい屋根じゃ。

ワシがそう思ったとき、鼻腔を微かにある匂いが香った。

ワシは、滑った足元を凝視する。

自分の足元の赤い屋根がねちゃねちゃと音を立てている。

まさか……

ワシは、もう一度マンダリンを一瞥する。

マンダリンは、ワシのほうを見ていた。

つまりは、そういうことだとワシに表情が言っている。

ワシは、この屋根を見た。

赤く染まっている表面が鮮やかだと思っていたがそれは、そんな喜ばしいものではなかった。

元々あったであろう屋根の色の上から、真っ赤な血液が屋根のほとんどを被せ塗られているようだ。


「この血の持ち主達は、どこにいるのじゃ? これだけの血が流れているということはそれなりの死体の山があるはずじゃが?」


ワシはマンダリンに冷静な口調で聞く。


「俺に聞くな。俺も今のこの不可思議な光景を見て、どうしたらいいか考えているんだ」

「そうじゃな、すまなんだ」


ワシ達は、この異様な光景を見て、何をどう考えたらいいか言葉を失っていた。

さらにここは深夜に人が通ることが滅多にない場所だ。目撃者はいないだろう。

全てを見ていたとしたら、それはフォルティモの木ぐらいだ。


「マンダリン、戻ろう」


ワシはここにいても埒があかないと思ったので、声をかける。


「あぁ、そうだな。俺もそう思う」


マンダリンが力なくうなずき、来た屋根を戻っていく。ワシもそれに続く。

それにしても異様な光景だ。

何があったのかさえ、分からない光景だ。

だから余計に気持ちが悪い。

屋根を飛び跳ねながら、ワシは考える。

途中、マンダリンに屋根から降りることを提案する。

途中、人に見られても面倒だからだ。

走る気力もなく、マンダリンとゆっくりと歩く。

この建国祭という行事の中で、このような気味が悪いことが起きている。あそこまで整いすぎている現場も気になるところだ。

殺害現場というよりは、あれだけの量の生命または血液を、何かしらに使用したと捉えてもいいかもしれない。

儀式……いや。

専門な知識がないため、詳しくは判断出来ない。なぜだかここでセスルートの顔が脳裏に浮かんだ。しかしワシは、頭を振り、奴の存在をかき消した。

セスルートに聞けば、何かしら助言は得られるであろうが、今日は彼には大任がある。

ダメだ。

建国祭が始まる前に、不気味な暗雲が立ちこもうとしていた。



                                                                                        



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